漫画の取材
3月13日。シラサギ公国ではリンデが新作を構想していた。彼女は[少年ジョエル]に連載中の漫画がじき終わるからだ。少年ジョエルはリアルだと1980年代の[りぼん]に近い月刊誌。連載陣は10代後半から20代前半の漫画家が大半を占める。少年漫画と少女漫画が半数ずつ連載するラインナップ。全盛期の[週刊少年ジャンプ]より面白い。リンデは新米の魔法戦士に特化して不動の地位を築いてきたが、魔法戦士は自国とは敵対関係にあるがゆえに生の取材が難しいのだ。そこで彼女はデビュー前の女の子に狙いをつけた。グレッグたちと何とか連絡をつけようとしたが、彼らはなかなか捕まらない。グレッグたちは心霊系ユーチューバーを目指すべく平日は心霊ロケを敢行していたからだ。でも毎週水曜日は会議に出るため、シラサギ公国に帰るのがルーティンだ。リンデはまず彼らの上司のサイラスに取材の許可を求めて快諾を得た。サイラスは32歳で課長。見た目は[島耕作]ではなく[課長バカ一代]に似ていたが、中身はむしろ島耕作に近い。いまだに少年ジョエルを愛読する気持ちの若さがあった。しかも彼はリンデのファンであるから話が早い。彼女はサイラスから質問攻めにあった。「魔法戦士の取材はなかなかできないだろ?どうやって描いてるの?」「シードマンの取材から得た情報を元にしてイメージを膨らませて描くことが多いですね」「それにしては心理描写が実に見事だ」「ありがとうございます。仮投降した魔法戦士にもなるべく取材して描いていますから」会議が終わるとリンデはグレッグたちに話を聞いた。「魔法戦士の訓練のカリキュラムはどうしてるの?」「もちろんカリキュラムなんかないさ。だからこそ僕たちは会議したりしてアイデアを出し合いながらやっている」「じゃあマニュアルはないのね?」「ない。僕たちはサイラスから最新の対戦記録の情報を元にしてカリキュラムを考えているんだ」「いすみたちはどんな子かしら?」「そうだね。よくも悪くも既成の概念にとらわれない。魔法戦士に志願する子はたいがいそうさ」「なかなか敵国からの募集に応じるなんて考えられないわ」「そうだね。いすみたちはリアルでは満たされない。今の日本の価値観に合わない子だから仕方がないさ」「グレッグたちから見た今の日本はどうかしら?」「思った通りさ。僕たちは名古屋で街コンに挑戦してきたが、25連敗中だ」「シラサギ公国にいた方がモテるでしょ」「間違いないね。確かに僕たちは金髪碧眼でもイケメンでもない。名古屋の若い女性が求める外見のレベルがあまりにも高すぎる」「やっぱり日本人は上っつらしか見ないのね」「そうだね。ただ心霊系ユーチューバーには意外と素晴らしい人たちがいるようだ」「意外ね」「彼らはあまり売れていないが実に誠実で礼儀正しい」「今の日本にまともな人がいるなんて驚きね」「そうだね」シラサギ公国には時差がある。今の日本よりも8時間遅い。なので日本時間で20時でもシラサギ公国時間は12時。なので平日でもセッティングしやすい。「ねえグレッグ、いすみたちに取材してもいいかしら?」「大丈夫さ。いすみたちはきっと喜んで受けるはずだよ」「じゃあ20日の12時からにしない?」「そうだね。日本時間だと20時からだし、大丈夫だ」リアルに戻ったグレッグたちはさっそくいすみたちにラインで伝えた。「漫画の取材が入った」「漫画?」「シラサギ公国には新米の魔法戦士に特化して描く少女漫画家がいるんだよ」「でも都合が合うかしら?」「シラサギ公国には時差があるから日本時間だと20時でもシラサギ公国はまだ12時なんだ」「それなら大丈夫ね」「20日の20時からなんだが大丈夫?」「大丈夫よ。祝日だし春休み前だしね」「リンデはかなりの売れっ子だよ」「リアルだと誰かしら?」「[永井豪]だね」「ねえグレッグ、あなたいくつ?」「ん?20歳だが」「時々あなたの年齢を疑いたくなるのはなぜかしら?」「日本が昭和で時が止まってるからさ」「確かにね」いすみたちはヨガのエクササイズをこなしてから床に就いた。翌日。2人は登校したが、この時期は天気が変わりやすくて難しい時期。春休みに予定はなく、4月からは勉強が難しくなるだろう。人見知りの激しいいすみたちは4月中にクラス内で友人を作らないといけない。ゴールデンウイーク明けからでは手遅れだからだ。でもまさか自分たちが漫画になるなんて。更には取材の日には2人のシードマンが同席する予定だ。彼らは対戦相手の魔法戦士がリタイヤして振られたばかり。なのでいすみたちは彼らと対戦する可能性がある。2人は期待に胸を膨らませた。ギアとクルスは20歳で友人同士。シラサギ公国生まれ。それくらいしか知らないが、いすみたちからすれば漫画の取材は街コンみたいなもの。いやシードマンとのデートと言っても過言ではない。2人は早くも彼らとのデートを妄想し始めた。