推理01
翌日、授業がすべて終わって、私とトモエは保健室でおしゃべりをしていた。放課後の教室は一軍たちのたまり場になるため、スクールカースト最下位の生徒は素早く帰宅するか、思い思いの場所で友達と語り合う。私達が行きついたのはこの保健室だった。
「毎度になるけど、一応言うね、ここは談話室ではなく保健室だからね」
保健室の先生が呆れた様子で声をかけてくる。私は「分かっていますよ」とだけ言って、トモエに向き直った。私達は体調が悪いわけでもないし、教室に行く事ができない生徒でもない。保健室の先生からすれば、ずっといてもらっては、本当にここを必要とする生徒に使ってもらえない可能性がある。かと言って強くも言えない。そんな感じなんだろう。保健室の先生は「ちょっと用事で出てくる」と諦めたように口にして、出て行ってしまった。
「そ、そういえば昨日のリアルBLカップルについて、か、考えてみたの」
先生が出て行ったからではないと思うが、ちょうど会話が途切れたタイミングでトモエがそう切り出してくる。
「聞こうか」
やっぱり気になっていたらしく、勉強どころではなかったのかもしれない。私も気になっていた。リアルなBLという物を見てみたいし、その顔も拝みたい。
「と、東城氏がBLカプを逃がしたとかどう?」
おそらく一番最初に思いつくのがそれだろう。私も考えて、すぐ否定した。私のそんな考えを、当然知らないトモエは自信満々で続ける。
「わ、私達の声を聞いて、逃げようとしていたリアルBLカップルを、わ、私達が正面の方のドアから入ってくるタイミングと同時に、う、後ろのドアから脱出させたとか」
「それで、イオリ氏が私達に嘘をついたか」
トモエが頷く。
「イオリ氏がリアルBLカップルを助けるのはあるかもしれない、が今回に関しては不自然と言わざる負えない」
不思議そうな表情をして、トモエが首を傾げる。私は出来る限りわかりやすい様に言葉を選び、続けた。
「状況としておかしい、イオリ氏が目の前にいるのにリアルBLカップルはイチャイチャしていた事になる、例えばイオリ氏が脅迫してイチャイチャさせていたとしたら、聞こえてきた声が自然すぎるし、脅迫とかではなかったのなら、イオリ氏は席を外す事もせずにそれを眺めていた事になる、普通に考えるならリアルBLカップルは自分たちの関係を隠したいだろうし、誰かに見られながらなんかではなく、二人きりの方がいいと考えるだろう」
一気に言いすぎて、トモエは少し混乱した表情になった。それでも何とか飲み込んだらしく、新たな考えを口にする。
「り、リアルBLカップルにそういう性癖というか、そ、そういう趣味があって、東城氏に頼んで見てもらったとか?」
「面白い考えだね、でもそれも違和感があるな、イオリ氏がグルだったのなら一緒に脱出してしまった方がいい、一応後ろめたさもあるだろうからそっちの方が思いつきやすいだろうし、そもそも残る意味がない、残っても面倒なだけだ、現にイオリ氏が残った事で私達に変な勘繰りをされている訳だしね」
私の言葉にトモエは少し唸る。脅迫ではないだろうし、偶然居合わせたとしたら、席を外さないイオリも、そのままそこでおっぱじめたリアルBLカップルも不自然。性癖や趣味という可能性の方は、グルだったなら一緒に逃げなかったのは何故か。やっぱりどっちも違和感がある。スッキリ説明できるストーリーはなんだろうか。
私が考え込んでいると、トモエが思いついたように口を開く。
「じゃ、じゃあリアルBLカップルのどっちかが、と、東城氏とか」
後輩君の方は佐藤だから、イオリとは苗字が違う。そう考えると、ありえるなら先輩君の方だけど、イオリは私達と同じ一年生だ。後輩がいない。それに。
「そもそも、声が違ったでしょう」
閉めきられた窓越しでくぐもった声だったから、絶対違うと言い切れないが。トモエが追い打ちをかける様に反論する。
「そ、そういう事をする時は、お、男っぽい声になっちゃうとか」
可能性は無いとは言い切れない。でも、と私は返す。
「むしろそういう時こそ、飛び切り可愛い声を意地でも出すのでは、と思うけど」
「……まぁ、そうかなぁ」
少し納得していない様子で呟くトモエ。例えイオリの声がそうだったとしても、やっぱりイオリだけが脱出せずに残るのは違和感がある。その辺をわざわざ追及する必要もないかと思っていると、トモエはスマホを取り出していじり始めた。自ら話題に出しておいて、飽きてしまったらしい。それとも考えをすべて吐き出して満足したか。