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聖女な義妹と始める二人暮らし  作者: 田中たんか
9/17

連絡先

 アラームの音で目を覚ます。

 叩くようにして目覚まし時計を止めると、俺はベッドを這い出した。


 寝ぼけながらも機械的に、新しい制服に腕を通す。まだブレザーには慣れない。中学の頃は学ランだった。


 そんな違和感を感じながらリビングへ向かうと、既に雪代が朝食を作っていた。制服はきっちりと整えられ、髪のセットも終わっているようだ。

 俺はまだ寝癖が付いたままである。直すのも億劫だ。


「おはようございます」


 俺に気づいたのか、雪代から朝の挨拶が飛ぶ。


「うん、おはよう」


 この挨拶にも随分慣れた気がする。少なくとも、雪代に対して違和感を感じないほどには馴染んでいる。


 炊事当番の時であろうとなかろうと、雪代は俺よりも起きるのが早い。何時に起きているのか聞いてみたところ、5時だそうだ。

 俺には絶対無理だな。朝は弱いんだ。


 なのに、目の前に座っている雪代本人は微塵もそんな様子を見せない。ショートスリーパーなのか何なのか......おっと、ご飯が冷めてしまう。

 

 お互いが椅子に座ったのを確認し、俺達は合掌するようにして手を合わせる。


「「いただきます」」







「それじゃあ、私は先に行きますね」

「ああ、行ってらっしゃい」


 玄関でローファーを履く雪代に手を振る。「おはよう」には慣れたが「行ってらっしゃい」には慣れない。

 これまでの人生で余り言う機会が無かったからだろう。


 雪代が先に学校に行くのは、例の兄妹バレを防ぐための一つの措置だ。時間をずらせば、同じマンションと考えることは有っても同じ部屋に住んでいるとは思わない。よほどの妄想癖がなければ、の話だが。


「俺もそろそろ準備するか.....」


 始業までの時間はそこまでない。その短い時間で登校をズラそうというのだから、必然と俺は急ぐはめになる。


 学校指定の鞄を肩にかけると、やはり落ち着かない。制服の感じが気になるのだ。

 雪代については慣れたが、こっちには中々慣れなさそうだと。俺は一人溜息をついた。






♦︎♢






「次の授業って何だっけ?」

「確か数学だ」


 午前中の授業が終わった昼休み。

 わざわざ椅子を反転させ、俺の机を使っている朝霧の質問に返答する。


 うん、やはり雪代の弁当は美味い。

 俺のと何が違うのか。その答えは未だ出ていない。


「にしても美味そうだよなー五宮の弁当」

「分けてはやらないぞ?」


 良い目をしていると褒めてもいいが、朝霧に至っては菓子パンだらけである。


「うぇっ、なんだこの味.....」


 ほぼ外れがないと言ってもいい菓子パンで不味いって何味を選んだんだ。メロンカレー味?正気の沙汰じゃないな。製作者は何を考えて作ったのか。

 そしてパッケージの見た目からして味は知れているのに何故買ったのか。


「残さず食べろよ?」

「クソッ!心底面白そうな顔しやがってぇ!」


 人の不幸は蜜の味、というからな。俺もその格言にあやかろう。さあ、そのパンを食べるのだ。


「ねえねえ、朝霧くん!」


 笑ってやろうと構えた時、二人組の女子が朝霧に話しかける。


「連絡先教えてくれない?」

「おう、いいぞー。ほれ」


 慣れた手つきでスマホを操作し、朝霧はQRコードを画面に映し出す。きゃぴきゃぴとしながらそれを己の携帯で読み取る女子二人。


「ありがとー!」

「あとで連絡するねー!!」


 用事はそれだけだったようで、名前も分からぬ女子達は去っていった。


「あんた.....めちゃくちゃ息殺してたな」

「万が一にでも話しかけられたら面倒だからな」


 弁当に集中している振りをして、一度も目を合わせない。これが気配を消すコツだ。どうせ俺が話しかけられるはずもないし、聞かれたとしても連絡先は教えない。


「女子の連絡先の一つくらい持ってねーの?」

「君と一緒にするな。個人情報の安売りはしない主義なんだ」

「聞かれなかっただけじゃねえの?」


 ふむ、不愉快な笑みだ。


「そんなことより....もうすぐ昼休み終わるぞ」


 俺はもう食べ終わった。朝霧はさっきからパンを手に持ってすらいない。


「やばっ!?」


 慌ててパンを口に詰め込む朝霧を尻目に、俺は考える。

 連絡先、か。







「ただいまー」


 靴を脱ぎながら部屋の中へと向かってそう声をかける。


「お帰りなさい」


 奥から、雪代の綺麗な声が聞こえた。

 前から思っていたが、このやり取り夫婦みたい——って考えるのはキモい。兄妹なら別段変なことでもないのだから。


 自室へ戻り、部屋着に着替えてからリビングへ移動する。雪代はまだ制服のままだ。


「先に帰ってたんだな。遊びに誘われてなかったか?」

「あまり気乗りしませんでしたし。それに今日は私が炊事当番でしょう」

「言ってくれれば変わるけど」


 毎日となると流石にどうかと思うが、一日や二日くらいなら代わりにやっても吝かではない。雪代にも雪代の交友関係があるだろうし。


「......次回があればそうします」

「ん、是非そうしてくれ」


 食器棚からコップを取り出し、冷蔵庫のお茶を注ぐ。その間はお互い無言だ。


 話したいことはある。雪代にとっても決して無関係ではないし、有益なことだ。しかし、何と切り出せば良いのか検討もつかない。

 対人経験の低さがこんなところで障害として出るとは。

 

 ......違うな。雪代だから、こんなにも悩むのだ。朝霧ならこうはならない。

 どう関わるかを真剣に考えているからこそ、言い方に気をつける。話す内容に気を使う。


 それは恐らく、雪代も同じなのではないか。


 なら、こうして無言でいたって何も変わらない。今やらなければダメだという気持ちで挑む必要がある。


 覚悟を決め、俺はコップをカウンターに置いた。


「雪代」

「はい?」


 別に変なことを言うわけじゃない。至極当然のことだ。


「あー、その、なんだ。連絡先、交換しないか?そうした方がお互いやりやすいだろ」


 そう、それだけだ。

 何も可笑しなことは言っていない。ショッピングモールの時から考えていたことだ。


「構いませんよ。ちょっと待って下さい」


 スマホを操作する雪代。

 彼女ほどの美人ともなれば、連絡先の交換くらい慣れ親しんだ動作なのだろう。


 俺もメッセージアプリを開き、一瞬迷いながらも交換画面をタップする。使わなさすぎて分からなかった。

 

「あれ?どこが.....あの、交換ってどうすれば良いんでしたっけ」


 眉尻を下げて聞いてくる雪代。困っている顔は見たことがなかったが、こんな所で目撃するとは思わなかった。

 そして、別に美人だからといって慣れているわけではないらしい。


「ここをこうして、ほら」

「なるほど....ありがとうございます」


 俺も戸惑ったのでお礼を言われるのは何かむず痒い。二人共同レベルなんだな。


 ピロン。と気持ちの良い音が鳴り、俺の友達欄に「雪代天音」という名前が追加される。


 この四文字を手に入れるのに俺がした苦労を分かってくれる人はほとんどいないだろう。


 思いの外嬉しいものだ。誰かとの連絡手段が手に入るというのは。

 


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