間違い
正午を過ぎ、お昼ご飯を食べた後も買い物は続く。
レストランに入る気もなかったため、お昼ご飯はジャンクフードが立ち並ぶフードコートで済ませた。うどん、ラーメン、ハンバーガー、よりどりみどりだったが、俺は安定のハンバーガーである。
雪代はうどんを啜っていた。
「うどん、美味しいか?」
「美味しいですよ。コシがきいてて」
ジャンクフードって、しばらくすると無性に食べたくなるんだよな。中毒性、とまではいかないけど。特有の魅力がある。
そんな昼食を済ませた後は、日用雑貨のコーナーへと向かった。ベッドやタンスなど、大きめの買い物が済んだからだ。他に必要な物はないと雪代に確認したから間違いない。
とはいえ、忘れている物があるかもしれないし気を配っておいて損は無いはず。
雑貨のコーナーで見るのは、お皿やコップなどの食器類だ。主にはそれくらいだが、他にも歯ブラシなども見る予定である。
雪代が歯ブラシを持ってきていなかったわけではない。彼女の持ってきた歯ブラシがお泊まり用の物だったのだ。普通に使おうと思えば使えるが、性能面でいいのはやはりちゃんとした歯ブラシだろう。
お泊まり用は、是非ともそういった機会の時に使って貰いたい。
俺は一応一人暮らしをするつもりだったので、お皿やコップも数人分はあるが最低限しかない。そのため、雪代の分が無いという事態に陥りかねないのだ。
まあそこは作る側が気をつければいいのだが、備え合って憂いなしとも言う。
「これとかどうですか?」
「いいんじゃないか。シンプルで」
雪代が見せてくれたのは、家にあるような真っ白な皿。変に装飾が付いていたりはせず、使いやすさを重視したような物だった。
家にある食器は実家から持ってきた物がほとんどで、こうして食器を見るのは初めてだ。こうしてみると、皿一つにも様々な趣向が凝らされていることが分かる。
どう使えばいいのか分からない大きさや形の物から今雪代が見せてくれたような白無地の物まで。見ているだけでも面白い。
俺が好きなの....というか気に入ったのはシンプルな物だ。しかし、多少なりとも柄が入った皿も彩り的には良いのかもしれない。
いや、盛り付けることを考えれば彩りはいらない....?
ダメだ。よく分からん。
美術センスは俺には無いんだ。
「雪代はどれが良いんだ?」
「私はさっきので良いと思いますけど。シンプルですし使いやすいので」
やっぱり機能性重視か。印象でしかないが、あまり見た目に重きを置くタイプではないと思う。
色合いとか考える必要はなかったようだ。無駄に考え過ぎた。
「じゃあそれにしよう」
雪代の案に乗っかるようにして、買う皿は決定する。数枚を手に取り、俺はレジに向かう。
雪代には引き続き必要な物を物色してもらい、その間に俺が買っておくという算段だ。
「ありがとうございましたー」
聞き慣れた店員の口上を聞き流し、レシートを受け取って売り場に戻る。
お金は親父の物なので俺にダメージはない。バカ高い食器でも買ってやろうかとも考えたが、無駄遣いは好まないので勘弁してやろう。
先程いたお皿売り場に戻るも、雪代の姿はない。別の物を見に行ったのだろう。どこに行くのか先に聞いておくべきだった....。
まあそこまで落ち込むようなことでもない。広いには広いが歩いて探せないほどではないので、地道にこの階を探索するしかなさそうだ。
家族、カップル、子供から大人などの客を横目で見ながら歩いていると、ふと目を向けた先に雪代の姿を見つける。
思いの外速く見つかった。....何かを熱心に見ているようだ。あそこはコップのコーナーだと、天井から吊り下がったプレートを見て確認する。
「何か気になる物でもあったのか?」
後ろから声をかけると雪代は驚いたのか肩をびくりと震わせる。
「五宮さんですか....少しコップを見ていただけです」
「へえ.....そんなに良い物が」
雪代が見ていた辺りには、ピンク色のカップが置いてあった。デフォルメされた動物がプリントしてあり、可愛らしいデザインになっている。
これは猫....?恐らく猫と思われる動物だ。でも猫って手が四本もあったか?
まじまじと見ても、やはり何の動物か分からない。
「雪代が見てたのってこれだよな?」
「そうです。これを買おうかと」
俺の質問に頷く雪代。
このコップ値段が書いてないな。オーバーすることはないだろうが、何円かは気になる。
ちょうど近くを店員さんが通り過ぎようとしたので、声をかけてそれを引き止める。
「すいません。このコップっていくらですか?」
聞いてみると、何らかのアクシデントで値札が外れてしまっていたようだ。よくあることではあるが、手持ちが少ない時は偶に困る。
値段を確認してもらうと、千円ぴったり。
コップ一つで千円か。ここは値段がかなり安い方のはずなのだが。
そんな疑問は店員さんの次の一言で完全に解消された。
「そちらは二つでワンセットになっていまして....彼女様とお使いになるのがいいかと!」
空気が凍る。とまではいかないが、一瞬気まずい空気が流れた。たしかに、ピンク色のコップがあった場所の隣には似たようなデザインの青色バージョンが置かれている。
「俺達兄妹なんですよ」
「あっ、そうなんですか!すいません、はやとちりしてしまい....」
「いえ、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ、店員さんは業務に戻って行く。
わざわざ訂正する必要もないと思うが、それは俺だけの話だ。俺なんかと恋人同士に勘違いされても雪代が不愉快だろう。
にしても、俺と雪代がカップルと間違われるとは。こんなこと、本当にあるんだな。
「大丈夫か?雪代」
「な、何がですか?」
心配の言葉をかけると、雪代ははっとしたように反応を返す。何がってそりゃ....。
「俺が彼氏だって勘違いされるの嫌だったろ?」
「ああ、そのことですか。大丈夫ですよ」
俺に気を遣ってくれるとは、雪代は人格者だな。はっきり言ってくれても良かったけれど、少し救われた気分である。
「それじゃ、他のコップにするか....」
「いえ、これにしましょう」
元の場所に戻そうとする手を掴み、雪代は言う。表情は変わっていないが、どこか有無を言わさぬ迫力を感じる目だ。
「私達は義兄妹なんですから。これを使ってもおかしくないです。二つ買うより安上がりですし」
普通のコップは一つ600円。二つ買えば1200円だ。
たしかに雪代の言い分は合っている。それに、ここで拒否すれば俺がそういう意識をしていると思われかねない。
「分かった。じゃあこれにしよう」
俺のコップも新調できて一石二鳥だ。
仲の良い兄妹ならカップル用のコップを使ってもおかしくない、はず。
俺はそう自分に言い聞かせ、雪代と二人レジへと向かうのだった。
次回はなんと、天音視点です。