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聖女な義妹と始める二人暮らし  作者: 田中たんか
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質問

「逆に俺からも聞いていいか」


 日頃の感謝を伝え終わったあと、雰囲気を断ち切るように発した言葉。雪代からの質問に答えている内に、俺も彼女に聞きたいことがあったのを思い出した。そこまで重要なことではないが、この機会に訪ねておきたい。


「構いませんけど....」


 お許しが出たので、俺は息を吸い込んで口を開く。


「家にいる時と、学校にいる時じゃ随分雰囲気が違うよな」


 家にいる時は、ご存知の通り。中々に家庭的で人間味のある受け答えや行動をしてくれる。しかし、学校ではどうか。

 学校での雪代は、どこか機会的なのだ。友人らしき生徒と話している時も、一緒になって笑っている時も、その笑顔にはどこか違和感を感じる。


 俺が特別雪代のことを良くみているのではなく、ちらりと視界の端に捉えるのがほとんどだ。それなのに違いに気付いたのは、普段から彼女のことを見ているからか、それともただの勘違いか。

 勘違いはないな。少しでもその可能性があったら俺はこれを口外していない。


「それは、まあ。そっちの方がやりやすいですから」

「確かに。でも俺が聞きたいのはそっちじゃないんだよな」


 学校で役を演じていた方がやり易いのは分かる。それが意識的だろうと無意識だろうと俺の関与することでもない。それが雪代なりの処世術だというなら尚更だ。


「ああ.....だって、五宮さんの前で取り繕う意味がありますか?」


 俺が聞きたかったのはまさにそれ。何故俺の前では素を晒しているのか。

 帰ってきたのは実にシンプルな回答だった。


「それもそうか。でも、最初は俺のことも警戒してただろ」

「それは....」


 図星だったようで、雪代は目を泳がせる。嘘をつくのは下手らしい。俺でも一発で見破れた。

 初めて会った時、特に初日の時点では俺は信用されていなかったと思う。今と比較すればだが、素っ気なかった。つっけんどんな感じではなく、必要最低限しか言葉を交わさないという風に。


「やっぱりか。まあ当然だよな。知らない人間と二人暮らしなんて言われたら誰でも疑う」


 例え知り合いの紹介でも、だ。それに親父は別に信用できない。


「反対に五宮さんはずっとその調子ですよね。学校でも家でも、最初も今も」

「俺は猫被らなきゃいけないほど友人がいないからな」


 高校に入ってから二週間ほど経ったが、友人と呼べるのは朝霧だけだ。他の奴らとは一、二回しか喋ったことがない。女子に至ってはほとんど話したことないしな。

 二週間でこれなら、もう来年まで望みはないだろう。困ってもいないし、すでに諦めはついている。


「威張って言えることじゃないでしょうに....」

「あと、態度を変えるのも面倒くさい。雪代とはどうせずっと顔を突き合わせることになるんだし、猫被っても仕方ないだろ」


 俺と雪代の考えは似ている。先に素を晒したのが俺だったというだけで。

 俺自身、他人と付き合う際に自分を隠すようなことはほぼしない。それでそいつが離れていくようからそれまでのことだし、受け入れてくれるならそのまま友達でいればいい。

 誰かのために自分を偽るなど、俺からすれば良くやるなという感想しか浮かばない。


 いつかこの考えに限界がくるのは分かりきっているので、一応たまには猫を被るようにもしている。特に道端で出会ったお爺ちゃんとかな。


「それでも、私はこの生活を変えませんよ」


 さっきも言ったように、本人が満足しているなら俺が否定することはやはりない。


「そうやって他人と関わるのは疲れるだろ」

「否定はできませんが、私が選んだことなので」


 あるとすれば——。


「......なら、俺で息抜きすればいい」


 雪代に潰れられては俺も困る。同じ家に住んでいるのだから、同居人を心配するのは当たり前のこと。


「ちょうど俺の前では肩の力を抜いてくれてるみたいだしな。これからもそうしてくれ」


 美味い飯のお礼を返すにも、これくらいはお安い御用だ。そうでもしなければ男が廃る。ついでに母さんにもどやされる。


「どんな態度を取られようが俺は雪代に失望しないし、行き過ぎなければ我儘だって聞く。もっとも、本人にその気があればだが。どうだ?」


 我ながらいい提案だと思う。雪代がイエスと言ってくれなければただの愚案に成り下がるけど。


「変な提案ですね。でも、お願いします」


 そう言って微笑む雪代は美しかった。俺が布団の中で後ずさるくらいには。咄嗟は卑怯だろう。あんな笑顔を急に向けられれば誰だってこうなる。

 普通の女子にすら免疫がないのだから、こうなるのは必然だ。


「ま、まあ、俺の風邪が治ったらそうしてくれていい」

「はい。あ、もう一度熱を測って下さい」


 何食わぬ顔で差し出された体温計を掴み、手早に熱を測る。電信音が鳴るまでの時間がいつもより長く感じられ、関係ないとは分かっていても熱が上がっているのではないかと俺は心配になったのだった。


「順調に下がっていますね。これなら夜までには平熱になりそうです」

「なら——」

「ですが、まだ微熱ということに変わりはありません。夜ご飯まで寝ていて下さい」


 後に続く言葉を飲み込み、雪代の言う通りに布団を被る。すると、自分の汗で寝巻きが肌に張り付くのを感じ、その不快感に体を震わせる羽目になった。

 飛び起き、布団を放棄する。雪代との会話に夢中になっていたから感じなかったが、寝ていなくてもかなり不愉快だ。


「どうしました?」

「雪代、なんかタオル取ってきてくれないか」

「タオル.....あっ。すいません、忘れていました。すぐに持ってきます!」


 タオルとしか言っていないのに察してくれる。彼女の洞察力には驚かされるばかりだ。

 1分も経たずに、部屋の扉が開く。戻ってきた雪代の手には水に浸かったタオルが一枚。使われている容器は我が家の洗面器だ。水を溜めていたにしては早過ぎるので、事前に用意していたのだろう。


「これを使って拭いて下さい。ちゃんと絞ってからですよ」

「それくらいは分かってるよ」

「って、脱ぎ始めないでください!」


 寝巻きのボタンを外し始めると、雪代は俺から顔を逸らす。半分以上のボタンが外れているので、通常よりも肌面積は多い。だが、そこまで気にするほどの物だろうか。


「男の肌なんて水泳の授業でも見るだろ」

「それとこれとは別です!」


 そう言って、雪代はぱたぱたと部屋を出て行った。あそこまで大仰な反応をされるとこちらが悪いような気がしてくる。水泳と何が違うのか。俺にその差は理解できないが、次からは気をつけるようにしよう。


 水に浸されたタオルを絞り、体に当てる。冷水ではない。かといって熱いお湯でもなく、ほどよいぬるま湯だ。それで汗を拭くと、不快感がなくなった。

 背中に関しては長いタオルなので問題ない。そうでなくとも、雪代を呼んで拭いてもらうなんて愚行は犯さない。


 大体の箇所を拭き終わり、再びタオルを洗面器に浸した時。ノックの音に続いて雪代の声が聞こえてきた。


「終わりましたか?」

「終わった。入っていいぞ」

「服はちゃんと着ていますよね?」

「完璧だ」


 地味に信用されていない。さっきのことがあったのに半裸で彼女を迎えるほど俺は無神経ではない。それは最早ただの変態だろ。


「ならこれは片付けておくので、夜ご飯まで寝ていていいですよ」

「悪いな」

「昨日やって頂いたことですし、恩は返します。そうでなくとも、私はそこまで薄情ではありませんから」


 注意するように言うというよりは、少し笑いを含んだ様子で雪代は言う。彼女が恩を仇で返す人物とは思っていないが、そんな声色も出来るんだなと俺の口元にも笑いが浮かぶ。


「それは良かった。なら、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 この後、俺が寝過ぎて夜ご飯を食べ損なったのはまた別の話だ。

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