不吉なメール
チュンチュンと鳥の囀りが聞こえる中。
俺 五宮夏樹は目を覚ました。覚ましたというより、覚まされたという表現が正しいだろう。
その証拠に、枕元に置かれた携帯が二度震える。電話ではないようで、すぐに振動は収まった。
大した音ではなかったが、もう早朝であるということも相まって目が覚めてしまったのだ。
寝起きでシパシパする目を擦りながらスマホの電源を付けると、メールの送り主が親父であることが判明する。
揺れたカーテンの隙間から外を見てみると、まだ薄暗い空が顔を出していた。
こんな時間にメールとは、非常識な。
眠いし起こされて苛々するしで散々な起床だが、無視をするわけにもいかずパスワードを解除する。
別に今見る必要は特にないのだが、せっかく起きてしまったのだから見ないという選択肢は自然と消えた。
スマホを操作し、メール欄を開く。
『夏樹へ。
この手紙を読んでいるということは、私はもうこの世にはいないということでしょう。.....何ちゃって!これ一回は使ってみたかったんだよね!
他にも「知らない天井」とかも使ってみたい。
僕の使ってみたい言葉ランキングはさておき、本題に入ろうか。
なんと、嬉しいことに夏樹に妹ができました!!
まあ義妹だけど!
それで、今日夏樹の家に行くから面倒見てやってくれるかな!
それじゃ、よろしく!!
愛すべき父より』
えっと.....書き方のせいで良くわからなかったが俺に妹ができただと?
ふーん、妹...妹ねえ....。
「はぁ!!??」
飛び起きた。
さっきまでの眠気が嘘のように消し飛び、俺の意識は一気に覚醒する。
わなわなと震える手でスマホの電源を切り、もう一度入れる。そしてメールを確認するも、書いてある内容は変わらなかった。
妹?俺に?しかも義妹?がウチに来る?
カレンダーの暦は三月二十日。
エイプリルフールには少し早い。親父はメールだとふざけているが、普段は真面目な人だ。つまり嘘というのもあり得ない。
というかこんな朝っぱらから冗談でこんなメールを送っていたらたとえ肉親でも許せない。
ベッドの上で動きすぎたのか、時計がゴトリと地面に落ちた。
時刻は五時きっかり。
俺史上、最低最悪。最も衝撃を受けた起床だった。
♦︎♢
春。
別れと出会いの季節だ。
そんな感動的な時期、俺は中学校を卒業した。
そこまで仲の良い友人もいなかったので涙も出なかったが、少しばかり寂しくもある。
そんな中、高校入学を機に俺は一人暮らしを開始することにした。
もちろん親の同意は貰っているし、どちらかといえば両親の方が乗り気だったまである。
俺の通う予定である高校は実家から些か遠いため、定期代などと比べても値段的には遜色がない。
そんなわけで、学校近くの安いマンションに俺は住んでいる。
学校にもそこそこ近く、駅近、しかもスーパーもすぐそこにあるという好物件にも関わらずお手頃価格というどうやって経営が成り立っているのか分からない物件だ。
親父がいうには知り合いがオーナーであり、そこに少しコネがあるとかないとか。俺は聞いていないことにした。
そんなこんなで忙しい春休みを過ごした俺だが、今は一旦落ち着いていた。
が、残りの休みはのんびりして過ごせると思っていた矢先にあのメールだ。
俺の怒りも察してもらえると思う。
考えてもみろ。
一人暮らしというのは、大半が親や兄弟姉妹の呪縛から逃れたいと思っての行動だろう。もちろん物理的な問題だったり上京だったりもするだろうが、ほとんどの人はこれが理由だ(偏見)。
そして引っ越し作業か済み、明日からは念願の「一人」が始まる——。
そんなタイミングで、義妹ができたと知らされる。しかも朝の五時に。更に、その義妹とやらが家に来るというではないか。
どうだ?これが憤らずにいられるだろうか。
否。断じて否である。
放心、戸惑い、怒りのフルコンボで感情のジェットコースターが巻き起こり、最後に思ったのはこれ。
親父。次会ったら覚えてろ。
義妹が出来たことも、家に来ることも俺にはどうしようもない。連絡しようにも連絡先は知らないし、俺には現実を改変する力が無かった。
そんなわけで、リビングの荷物を整理する。
親父の処遇については置いておくが、来るのは義妹。つまりは女子だ。
女子が来る。
しかも恐らく住み着くというのにリビングを俺の私物だらけにしておくのはダメだろう。
片付けなければ。と思ったのだが、引っ越したばかりなのでリビングにあるのはダンボールの山だけだった。
事前に連絡しておいてくれれば....と思ったが、特段やることが無くなってしまった。終わっていないのは心の準備くらいだ。
起きたのが早かったとはいえ、あたふたしていたらもう正午が近づいて来ていた。時間の流れる速さに驚きながら、お昼ご飯に何を食べようかと思案する。
今日は朝ご飯を食べたのでそこまでお腹は減っていない。軽めの物でいいだろう。だからといって、軽すぎてもダメだ。夜まで持たない可能性がある。
やはりカップラーメンだろうか?
今から料理をする気分にはなれない。その点カップラーメンは楽だし早いしで最高の選択肢と言える。
いつもなら自炊を厭わないが、今日は話が別だ。
って、ちょっと待て。
妹とやらはいつ来るんだ?
お昼頃に来るなら一応用意しておくべきだろう。夕方でも然り。
メールをもう一度見返すも、義妹の来る時間については一文字も言及されていない。親父の抜けている所は変わっていないようだった。
迷った末、俺は結局昼ご飯を食べてしまうことにした。
よく考えてみれば、初対面の義妹にカップラーメンを出すというのは如何なものか。かといって今料理をするのも面倒だ。
そんなわけで、三分で作れるという奇跡の料理カップラーメンを食べることに。ちなみに味は味噌だ。
一番好きなのは豚骨だが、我が家の在庫にはなかったので味噌にした。
ものの数分で作ってから食べるという工程を終え、綺麗になったリビングで一息つく。ソファに腰を埋めた瞬間、ピンポーンとインターホン特有の音が鳴り響いた。
荷物は頼んでいないし、こんな時間に俺の家を訪ねるような人もいない。消去法で件の義妹だと判断し、俺は玄関の扉を開けた。
「マジか.....」
なんという勘違い。思い込み。
「義妹」という単語から、小、中学生くらいを想像していた。しかし、今俺の目の前に立っているのはどう見ても同い年か年上の少女。
見目麗しく、栗色の髪が風に靡いている。目、鼻、口のバランスが整っており、百人に聞けば百人が美少女だと答えるような人物だ。
「すみません。ここが、五宮さんのお宅ですよね?」
急に開いたドアに驚いた顔をしながら少女は問う。
驚いていても美人は崩れないな、なんてことを考えながら、俺は返事を返した。
「ああ。君が......」
そういえば、メールに名前は書いていなかった——。
初日なので今日はプラス二話!