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推したらぜんぶうまくいく  作者: まつたきりか
8/11

8:女神たちの遊戯

「リ~ア~充ぅぅぅぅぅ……爆発しろぉぉぉぉぉぉぉ!」

 配信はのっけから、姉さんの雄叫びで始まった。

「ど、どうしたんですか? すわてぃ先輩?――あ、皆さんはろびー。あけましておめでとうございます。電子の妖精フィービー・シルエットです」

「あーけましてーこんすわ~! 荒ぶる乙女、諏訪原千織でぇす」

 今日は元日。

 零時を回って、年明け最初のフィービーの配信は、俺の姉さんとのオフコラボだった。

 フリー音源の箏曲がBGMとして静かに流れ始める。二人とも今日は3Dモデルだ。

 ちなみに生配信ではなく事前収録である旨は、概要欄に明記されている。

 姉さん本人は東京での数日にわたる収録ラッシュから解放されて大晦日きのうの夜に帰宅し、部屋で爆睡中だ。

「荒ぶりすぎですよ先輩。なんかあったんですか?」

 収録前日に弟が「彼女できた」って報告してきました、とはさすがに言えまい。

 ってか、言われると俺がものすごく困るわけだが。

「……年末年始のクソ忙しい時にクリスマスだ初詣だとギャルゲーみたいなイベント三昧でいちゃついてるカップルに正義の鉄槌を与えたい! という童貞リスナーの想いを代弁してみました」

 適当すぎる言い訳に、チャット欄が困惑している。


〈リスナーのせいにすんな〉

〈正義とは…?〉

〈ど、童貞じゃねーし!〉

〈自重しろ、ビーちゃんの枠だぞ〉

〈ほんまどしたん? 話きこか?〉


「その割には、ものすごい私的な怨嗟を感じましたけど……まあいいや」

 さすがフィービー、察しがいい。

「今日はお正月特別企画、『とまったマス目の指示に絶対従う人間すごろく大会』で~す」

「なんそれ?」

「そのまんまです。本日お集まりいただいたのは、フルダイブを代表して、すわてぃ先輩と不肖わたくしフィービー、特別ゲストとして、『ごじげん』から観月みづきくねり監督と、日向ひなたひまりちゃんにお越しいただきました~」

 なんと、事務所ハコをまたいでのオフコラボだ!

 ……これはレアすぎる。

「あけおめアクション! 観月くねりです。お邪魔してまーす。監督です」

「あけおめ~、どーもー、日向ひまりです~」

 彼女たちの所属する「Liveごじげんプロジェクト」は、フルダイブと並ぶバーチャルタレント事務所の最大手で、タレントの頭数はフルダイブの三倍以上いるという大所帯だ。

 それぞれ個性はあっても、なんだかんだでアイドル路線が基調のフルダイブとは違い、いろんな方向にとんがったヤバい奴らが百数十人も集まる、V界の伏魔殿パンデモニウムである。

 今日のゲスト二人は、その中でもトップクラスの人気を誇っている。

「それじゃ早速やっていきましょう!」

「説明は? なんですぐやる流れになってんの?」

 フィービー以外の三人は困惑した表情をうかべて、周囲を見渡した。

 と、突如背景が切り替わって、小学生が作ったような一本道のすごろく盤が、四人の足下に表示された。

「うわあ!」

「フルダイブの技術もここまできたか!」

 ごじげんの二人がわざとらしく驚いてみせる。

「ルールは簡単です。サイコロを振って、出た目の数だけスタートから進み、とまったマス目に書いてあるミッションを絶対――絶対ですよ? クリアしてから、次のターンに進みます。ミッションクリアできなかった場合は一回やすみです。最初にゴールに着いた人が優勝、ラス引いた人は罰ゲームです」

「まって、罰ゲームはマジ聞いてなかったんだけど?」

 くねり監督――念のため説明しておくと、彼女は女子高生映画監督なのである――が問い質すと、フィービーはにっこり笑って答えた。

「わたしも今知りました」

「え、優勝したら何があるんですか?」とひまりちゃん。

「何もないです」とフィービー。

「じゃあ早速、ゲストのくねり監督からどぞ」

「やり損じゃねえか! どうなってんだよフルダイブぅ!」

 抗議もむなしく、容赦なく大きなサイコロを手渡された監督は、いやがってた割には豪快に最初の一投をほおった。

 出目は六。

「おっとー、これは幸先いいんじゃないですか?」

 監督はあっという間に上機嫌になった。

「じゃあ六マス進んでくださ~い」とフィービー。

 運動神経の悪そうな特徴的な足取りで、指定のマスまで進んだところで、監督は書いてある指示を読む。

「ええと? フルダイブがごじげんよりダメなところを三つ言う?――すいませんコレ、ガチで燃やそうとしてます?」

「誰やねん、このミッション考えたやつ!」

 姉さんのツッコミが入る。

「あ、ミッションは一応この四人で考えたやつをスタッフさんが厳選してますので。株式会社パワーお墨付きです」

「いんぱらお墨付きは?」

 ひまりさんが首をかしげる。

「知りません」

 フィービーはニッコニコで答える。

 株式会社パワーはフルダイブの、いんぱらはごじげんの運営元企業の名前だ。

 まあお墨付きがあろうとなかろうと、炎上する時はするんだけど。

 監督は「んー」と唸ってから、

「ごじげんより……んー、人数少ない、男がいない、フィービーの歌が上手い!」と一息にミッションの質問に回答した。

「最後のは、ダメなとこですか?」

「ダメです。ゆるさない。うちに来いよ」

「行きませんけど……まあ良しとしましょう」

 こんな調子で楽しいすごろくは続き、理不尽なミッションの指示で歌わされたり過去の黒歴史を暴露されたりしながら、トップをとったのはフィービー、最下位ドベは姉さんという結果になった。

「ゲスト何も美味しいとこないじゃーん」

「接待してくれねえのかよ~」

 とダルめに文句をつけるごじげんの二人。いや、進行中の撮れ高でお釣りがくるくらいホスト側の二人を食ってたんだが。

 それはそうと、姉さんの罰ゲームである。

「それでは、最下位のすわてぃ先輩にはこちら! 中南米あたりからお取り寄せの、すっごく苦い飲み物を飲んでもらいます!」


〈なんだよそのふわっとした説明〉

〈ごじげんのノリに寄せてる?〉

〈ごじなら無人島に放り出されるからこれはフル〉


 定番ながらも期待通りのバラエティ番組的展開に、コメント欄もうれしそうだ。

 姉さんは絶句して固まってしまっている。苦いのにがてだからなあ……

「ではどうぞ。ぐいっと」

 フィービーに笑顔で勧められて、姉さんは覚悟を決めたように手を口に持っていった。モデルには反映されていないが、たぶん手にはその苦い飲み物が入ったコップを持っているのだろう。

 一口飲んだとたん、目がカッと見ひらかれて、ものすごい形相で、姉さんは苦悶の声をあげた。

「ゲフ……コレあかんやつ……にっが!」

「スタッフさん水! 水」

 くねり監督がケタケタ笑いながら、スタッフから口直しの水を受取って、言葉も出なくなっている姉さんに飲ませてくれる。

 水を飲んでようやく復活したところで、姉さんは涙声で、

「もー、今日は踏んだり蹴ったりだよ。みんな爆発しろぉぉぉぉぉ!」

 とオチをつけた。


 最後に、フィービーがゲスト二人の感想を訊いて、四人で揃って新年のあいさつをしたところで、配信はエンディングとなった。 

 それにしても、収録とはいえ、トーク強者のベテラン三人を枠主として捌き切ったフィービーには脱帽だった。

 デビュー直後の雑談から、成長著しい――。

 と感慨に浸っていたら、増山さんからSNSのトークメッセージが入ってきた。

〈さっき、すわてぃに言われて気づいたけど、今日の講義のあと、一緒に初詣いかへん?〉

 予備校は元日から特別講義が入っているのだが、それが終わってから、ということだろう。

 返事は当然、OK!のスタンプ。

 それに対して増山さんは、何かが爆発してるようなスタンプを送ってきた。

 増山さん……今の配信観てなかったら意味わかんないですよ。


***


 そういう次第で、俺と増山さんは、元日講義、

「決戦直前!三月まで俺たちの年は明けない!主要三科目最終特訓」

 が終わった後に一階ロビーで待ち合わせ、予備校の最寄駅から電車に乗ること数分、地元でも有名な天満宮にやってきた。

 着いたのは十五時前だったが、この時間になっても参道はイモ洗いである。

 はぐれないように手を繋いで、二人は拝殿へと続く参拝者の列の最後尾に並んだ。

「増山さん」

 お互いの想いを確認し合ってから十日たってもなお、俺たちはまだお互いを苗字で呼び合っている。

「おせち食べました?」

 参拝の順番が回ってくるまで、まだまだ時間がかかりそうだった。間を持たすために無難な話題を振ってみる。

「今年はずっと寮にいたから食べてない」

 と増山さん。おせち料理デッキ、瞬殺。

 俺たちの通っている予備校は、通うのが難しい遠方の塾生に、寮を提供している。彼女が寮生なのは知っていたけど……

「実家帰らなかったんですか?――地元どこでしたっけ?」

「箕面」

「めっちゃ近所やないですか。帰ってあげましょうよ」

「正月の講義もあったし――お兄ちゃんに会うの、つらいから」

「まだ引きずってるんですね」

「ブラコンはそう簡単になおらへんのよ」

「自分でブラコンて言うてもた」

「自覚はあるんよ。――でもまあ寮の食堂、お正月でもいつも通りやってたから、食べるもんはちゃんと食べてきたけどな」

 俺が心配そうな表情を見せたから気を使ってくれたのか、彼女はあっけらかんと笑って言った。

「お正月風味なんもない、普通のメニューやったけど」

「予備校の寮ですからね。三月まで年明けないて言うてましたもんね、今日」

 先ほどまで受講していた特別講義のサブタイトルを思い出して、俺はげんなりした。受験に集中するためとはいえ、伝統ある暦法を勝手に改変して良いものだろうか。

 とはいえ共通テストまで間が無いのは確かだし、月末には私大の入試もある。寸暇を惜しんで追い込みに入るのが受験生の本道かもしれない。浪人生ならなおのことだ。

「それはそうと」

 増山さんが話題をかえた。

「今日はお参りで何てお願いするん?」

「そら、受験生が天満宮まで来て、合格祈願以外お願いせえへんでしょう」

「そやねんけど。ほんまはね、『合格させてください』やのうて、『合格しますから応援してください!』ってお願いするんが正しい願掛けなんやて聞いたことあるわーていう話」

「そうなんですか?――まあ確かに、神様の力で受かるんやったら勉強する意味ないですからねえ」

「神様が自分推しになってくれるように祈るんやったら、自分が神様にとって推し甲斐のあるアイドルにならんとあかん、ちゅうわけやな」

「その例え、わかりやすいですけど、『アイドル』て偶像の事やから、それ考えるとややこしいですね」

「君がわかったんならええやん」

 他愛のない会話で場を繋いでいるうちに、やがて自分たちが参拝する番になった。

 俺と増山さんは賽銭箱に小銭を放り込み、二人で鈴を振って鳴らし、二礼二拍手一礼で学業成就を祈念した。

 絵馬に「第一志望合格」と書いて掲げ、授与所で御守りとお札を買う。

「おみくじ、どうしましょ?」

「おみくじなあ……吉ならええけど凶引いたらと思うと……」

「凶は洒落になりませんけど、確率は低いんちゃいます?」

「低確率の凶を引いたー思たら余計しんどいやん」

 たしかに。

 確率がゼロでない以上、リスクヘッジのためには「引かない」という選択が無難か。

 宝くじの主催者にケンカを売るわけではないが、「買わなければハズれない」のだ。

 俺たちはおみくじ売り場を素通りして、順路に沿って境内を出た。

「そういえば、知ってる?」

「何をですか?」

「この神社の近所に、縁結びの橋、いうのがあるんやて。そこの道路の向いにある鳥居のとこらしいねんけど」

「へえ――行きたいんですか?」

「うん。せっかくやから」

 合格祈願に来たはずが、すっかりデートになっている。

 本当は受験生カップルなんて日本中に掃いて捨てるほどいるんだろうけど、なんとなく後ろめたい。

「イヤ?」

「って訊かれたらイヤとはいえませんよね」

 流されやすいなあ、俺。


 件の橋は、池の端に近いところを横切るように架けられたコンクリート製のもので、飾り気のないシンプルな佇まいだった。長さも幅もそれほどのサイズではない。橋のたもとに金属製の大きな銘板が建てられていて、それがかろうじてありがたみを添えている。

「増山さん、いまスマホで調べたんですけど、この橋て、ここで『出会った』カップルがうまくいく、っていうことらしいですよ。俺らにはもうご利益無いんちゃいます?」

「ほな写真だけ撮って帰ろか」

 ご利益があろうとなかろうと、二人で過ごす時間が幸せなことにかわりない。

 橋の真ん中で、池の真ん中にあるオブジェをバックに並び、二人は交互に自撮りした。

 渡りきって、何気なく振り向いた増山さんが、首をかしげてつぶやいた。

「そこのプレートと、欄干に書いてある橋の名前違うんやけど、どっちが本名なんかな」

「銘板の方が古そうですよね。欄干の方は、パワースポットになってからの後付けっぽい」

「後付けやったら嘘や、てことも無いけどね。改名したとも言えるわけで」

「うーん」

「あと、どっちかが苗字でどっちかが下の名前とか……ね」

 そこで、増山さんは意味ありげに目配せしてきた。

 一瞬その意味をとりかねたが、少し考えて思い当たった。

 それは俺自身も、ずっと引っかかっていたことだったのだ。

「増山さん」

「ん?」

「お互いを新しい呼び方したら、そこで出会ったことになりませんかね?」

「!――なるなる! なることにしよう!」

 喜色満面で、増山さんの小さな体がぴょんぴょん跳ねた。

 かわいい。


 そして俺たちは、急いで橋の上に戻って、お互いを苗字ではなく、はじめて、下の名前で呼び合った。


 夕暮れが迫る縁結びの橋の上で、俺たちはその後しばらく見つめ合ったまま何も言えずにいた。

 初めての名前呼びが気恥ずかしかったというのもあるけど、名前を呼んだとたんに、お互いの魂が身体を抜けて触れ合い、絡み合ったったような感覚に陥っていたのだ。

 そして錯覚かもしれないけれど、運命の歯車がカチリとかみ合って、何かが決定づけられたような気もした。


 傍目はためには、お互いぼーっと相手の顔を見ているようにしか見えないそんな状態が数秒続いたところで、

「なあ、まだチューせえへんの?」

 と横から無粋な声がかかって、俺ははっと我に返った。

 物言いはおっさんみたいだけど声は女性で、しかも俺にとっては聞きなれた声だ。

「姉さん?」

 そこには、今朝おせちを食べ終わった後「今日はたぶんずっと寝てるわ」と高らかに寝正月宣言していたはずの姉さんが立っていた。

「なんでここにおるん?」

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