4:とうとすぎて
フィービーの配信は歌枠が中心だけど、箱で流行っているゲームのプレイ実況にも果敢にチャレンジしてくれていた。
彼女は正直言ってゲームセンスがある方ではない。
けど、努力家で、コツをつかむまでの繰り返し練習もいとわず、上手い人の教えを謙虚に吸収していくので、配信でその成長を見守るのは楽しい。
ほかのフルメンとコラボで十月のGPEXのカスタムイベントに出る、という話を聞いた時も、
「がんばってたもんね、うんうん」
と後方腕組み保護者面で感慨に浸ってしまった。
GPEX-Herosは、二年前にリリースされたFPS(一人称射撃ゲーム)で、その競技性の高さと、参加可能人数の多さが配信映えするということで、顔出し、V、三人称を問わず、ゲーム実況配信者がこぞってプレイし始めて、大流行している。
ルールはバトルロイヤル――同じフィールド内で、自操作キャラクター同士が、最大六十人ニ十チームに分かれて銃を撃ち合い、最後に生き残ったチームが勝つ、というものだ。
ただし、時間の経過とともに「安全地帯(安地)」と呼ばれる生存可能な領域が狭まっていくので、逃げ回って隠れているだけでは生き残れない。
命中精度やキャラコクターコントロールといったプレイスキルだけでなく、使用する装備の選択や、広いフィールド内での位置取りなど、知識や戦略性も必要なゲームだ。
フィービーは初見プレイではそのゲーム音痴ぶりをいかんなく発揮して、かわいい声でキレちらかしていたが、その後、箱内でGPEX最強と謳われる一期生・諏訪原千織と数回にわたりコラボして、FPSの基礎を身につけ、またGPEX特有の立ち回りを理解するに至り、カスタムイベントでお声がかかるほどのプレイヤーに成長していた。
……ってか、うちの姉さんが最強すぎる件について。ほんま、あの人何でもできるよなあ。
このゲームも最初は俺が教えてたのに、すぐに俺より上手くなった。
それはともかく、フィービーのことである。
彼女が得意とする積極的な撃破優先行動は、プロ級の対面強者が跋扈するカスタム大会では不利になるのでは、と予想されていた。
チームは基本三人一組で、同じチームには、姉さん、フィービーと、三期生の明智蘭世さんが入っていた。
姉さんも蘭世さんもカスタム大会の経験者だったので、練習のためコラボしたときに、その点はきちんと指摘された。
それに対して、フィービーの答えはシンプルだった。
「慣れないことを付け焼刃でやっても極まんないとおもうんです」
「極まんないかあ」
と蘭世さんが受ける。「うん」とフィービーは(負荷軽減のためにこの日は立ち絵だったけどたぶん)うなずいて、
「いままで練習してきたことをやって負けるなら納得いくんですけれど、泥縄で今までのスタイルを捨てて、守りに入って、まあ勝てばよかろうですけど、でも結果負けたら、ひゃくぜんとしないじゃないですか?」
そんな経緯があって、結局このチームの方針は、フィービーの意見が通り、他のチームに積極的に撃ち合いを仕掛けていくことに決まった。
大会の当日は日曜日だったが、共通テストの模擬試験がある日で、俺はリアルタイム視聴が出来なかった。
姉さんには朝に「大会頑張って」とメールを送ったけど、フィービーに応援の声を届けるすべがないのはなんとももどかしかった。
(いままで練習してきたことをやって負けるなら納得、か……)
模擬試験の会場まで来て、俺はあの時のフィービーの言葉を思い返していた。
安直かもしれないけど、受験勉強も同じだよな、と思ったのだ。
この時期になると、どうしても「もっと効率よく勉強できる裏技みたいな方法があるんじゃないか?」という悪魔のささやきが脳内に聞こえてくるようになる。受験という現実が目前に迫ってくることに対する焦りと、なかなか成績が伸びない自分自身への不信感があいまって、いままでやってきたことを打ち捨てて、何か新しい、もっとスマートな方法がある、という幻想に望みをつなぎたくなるのだ。
実は去年の俺は一回その罠に陥っている。
英語の長文読解の解法について、元から使っていた参考書のほかに別のメソッドの参考書を追加で購入してしまったのだ。
結局どちらも極められないまま本番に臨んだ結果、二つの参考書の内容がごっちゃになって読み間違え、それが原因で、けっこう配点のいい問題を二問、将棋倒しのように誤答してしまった。
(今年は「極まってる」から大丈夫)
去年は、二つの参考書の解法の勘所を十分に理解しないまま適用したため失敗したけど、浪人中に理解の足りなかった部分を補完できたから、今はどちらの参考書のメソッドも使いこなせる自信がある。
そして、それで間違えてしまったのなら仕方がない、と思えるまでになっている。
フィービーたちの戦いは午後から開始だけれど、俺は一足先に自分の戦場で、彼女とともに戦っている――バーチャルと現実、決して交わらない二つの世界の境界を越えて、彼女の決意と言葉が、自分の力に変わっていくのを感じる。
フィービーのラバーストラップの縁にそっと触れて、俺は覚悟を新たにした。
***
模試が終わった後、ロビーで増山さんと待ち合わせて、自習室で一緒に自己採点をした。
彼女も同じ模試を受けていて、答え合わせをしながらアドバイスもくれるので、勉強になる。
そして俺の結果は――上々だった。
「君、すごいやん! 今回難易度高かったのに――志望校を上方修正してもええレベルやで。一緒に京大いかへん?」
「二浪したくないです」
「それはそうやな」
増山さんは苦笑しつつも、少し残念そうな表情だ。
「それより、今日のGPEXカスタムどうなったんやろなあ」
「いまたぶん最終ラウンドの最中ですね。ちょっと確認してみます」
と、スマホを取り出してGoCubeを起動し、カスタム運営元のチャンネル――いわゆる「神視点」――をひらいてみる。
予想とちがって、まだ最終ラウンドは始まっていなかった。進行が遅れているのだろうか。
「なんや機材トラブルあったみたいやね」
自分のスマホでSNSのタイムラインを追いながら、増山さんは言った。配信画面の方でも、運営の固定コメントで同様の説明が書いてあるので、そういうことなのだろう。大人数が参加するコラボではよくあることだ。
運営さんには申し訳ないけど、俺にとっては、最終ラウンドだけでも最初からフィービーたちを見守ることができるのは僥倖だった。
時計は十八時を回っている。自習室には俺たち二人以外誰もいない。
俺はチャンネルをフィービーの枠に切り替えて、スピーカーのボリュームを少し大きくした。
「……な結果でも受け入れようと思ってるし、今日はやりたいことができてるんで、このまま突っ走りますよ」
フィービーの高揚した声が聞こえてきて、俺は条件反射的に「かわいい」とコメントしそうになったけど、ここで「かわいい」はないやろ、と思い直して手を止めた。
場つなぎの雑談中で、会話の内容は、前のラウンドまでの戦績の総括のようだ。
ここまでの四ラウンドで、順位点こそ振るわなかったが、キルポイント――撃破数に応じたボーナス点が、彼女たちのチームは抜きんでて高い、という。最終ラウンドではキルポイントの上限が無いので、撃破数と順位次第では上位に食い込むことも夢ではないらしい。
「それにしてもですねー、すわてぃ先輩に教えてもらったこのハンドガン、すごく使いやすいです」
と、フィービーが言った。
彼女が予備武装として愛用しているハンドガンは、射撃反動が強いため腰撃ちでの制御にやや難があるが、高威力で射程も長く、一発で状況を変える性能を持っている。
使いにくいという人も多いが、フィービーの感性には合っているようだった。
「ああ、それねえ、あたしの弟が使ってて、ええなあ、思ったから教えました」
「弟さんいらっしゃるんですか?」
いらっしゃるんですよフィービーさん。
言うまでもなく諏訪原さんの弟さんは俺のことで、え? つまり今、俺のことをフィービーが話題にしてくれている?
「うわあああああああああ」
「どないしたん急に?」
限界化して変なうめき声をあげた俺に、増山さんが驚いて、心配そうに声をかけた。
「……すみません、何でもないです」
脳がバグっただけです。
落ち着け俺。
画面の中で二人の会話は続いている。
「ああ、そうや。その弟がな、めっちゃビーちゃん推しやねん」
姉さん! 急に何言いだすんだ姉さん!
「ほんとですか?」
「うん。グッズとか買ってて部屋中飾ってある」
「うわあ……なんかうれしいです。すわてぃ先輩の弟さん、いつも応援してくれてありがとう!」
とにっこり。
増山さんがそのやりとりを聞いて、
「こんなん、ほんまにビーちゃん推しやったらその弟さん死んでまうやろ」
と笑った。
はい。死んでます。
享年十九歳。死因は尊死。短い人生だった。