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推したらぜんぶうまくいく  作者: まつたきりか
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1:姉さんとバーチャルアイドル

※この物語はフィクションであり、登場する人物・バーチャルタレント・団体等はすべて架空のものです。

 姉さんが、一通のDMを嬉しそうにスクショして、俺に送ってきたのは三年前のことだった。

 念願だったバーチャルタレントのオーディションに、狭き門を抜けて合格したという通知だった。

「おめでとう」

 高校受験の最中だった俺は、短くそれだけ、お祝いのメッセージを送った。


 CGモーフィングモデルのアバターを介して動画配信を行うバーチャルタレント配信者が、今のように隆盛を極める前の、業界黎明期の話だった。

 バーチャルタレント――バーチャルGoCuber、バーチャルアイドル、あるいは略してシンプルに「V」……と、彼女たちは様々な呼ばれ方をする。

 当時はそういう存在自体が物珍しく、タレントの人数も少なく、一部の有名な人だけが、ネットニュースなどで時々話題になる程度の界隈だった。


 うちの姉さんは、子供のころから劇団に所属していて、中学生の時にアイドルグループのオーディションにも応募した経歴があり、芸能界への野心は人一倍だった。

 だけど、なぜか「はなが無い」という理由で、主役やヒロインなど重要な役のオーディションには落とされ続けてきた。

 外見は弟の俺から見ても美人顔だし、キャラクターも明るく、歌もダンスもトークスキルも水準以上なのに、ギリギリのところで「華が無い」。

「華てなんやねん」

 そのたびに、姉さんはそうつぶやいて、悔しそうに顔を伏せ、一週間ぐらい不機嫌になるのだった。


 そんな風に辛酸苦渋を舐め続けた姉の野望は、年を経るごとに徐々に下方修正されていった。

 高校を卒業すると、劇団で仲の良かった友達数人とともに退団して、自分たちの小劇団をつくり、フリーターをやりながら地元の小さなハコで時々自主公演をするくらいの活動に落ち着いていた。

 するくらい、というか……まあ、それはそれでバイタリティすごいんやけど。


 ところがある日、姉さんは知ってしまった。出会ってしまったのだ。「ユカイナノ」に。

 バーチャルタレントの始祖に。


 高名な絵師の手になるデザインだが、既存のゲームやアニメのキャラクターではない。

 豊かに表情を変えながら、動き、踊り、感情のこもった声で歌う、3Dモデル。

 ITエンタメ業界がその力を結集して立ち上げた、バーチャルアイドル創生計画――「プロジェクト・ユカイ」の精華。


 たまたま目についたネットニュースの記事で「彼女ナノ」の存在を知り、リンクされていた動画配信サイト「GoCube」で彼女のアーカイブを視聴しはじめた時から、明らかに姉さんは「変わった」。

 暗闇の中に差すひとすじの光。そこで見つけた、小さな夢への萌芽。

 ずっと探していたものに出会えた、という感じだった。

 典型的なアナログ人間だった姉さんが、苦手だったネットの情報を漁りまくり、ストリーミングに必要な機材やソフトを揃え、配信の基礎を勉強し始めた。

「まさか、配信者(ゴーキューバー)なるん?」

 と訊くと、姉さんはうなずいて、

「ナノちゃんみたいなんになったるわ」

 と満面の笑みを湛えて答えた。


 その宣言から、新進バーチャルタレント事務所のオーディションに応募した姉さんが合格を勝ち取るまで、さほどの月日を要さなかった。


***


 それから三年が過ぎた。

 今や姉さんは、大手バーチャルタレント事務所「フルダイブ・プロジェクト」の看板配信者の一人として、界隈でもトップクラスの人気を誇るバーチャルアイドルとなっている。

 かつて願っても手に入らなかった「華」を、プロの神絵師さんの手によって手に入れたのだ。

 苦悩していた頃の姉さんを知らない人たちは、これを悪魔との取引と呼ぶかもしれない。

 言いたい人には言わせておけばいい。

 間違いなく彼女は、ようやく「自分のあるべき姿」を見出したのだ。


 最近ではバーチャルタレントの認知度も高くなった。

 業界そのものも、2Dモデルが主流になり、それによってデビューするための技術的・コスト的なハードルが低くなり、また市場としてアニメが好きな客層との間にあった垣根が低くなったことで、いまやエンタメ業界の中でも有望なジャンルになりつつある。

 その業界の成長を牽引した配信者の一人が自分の姉さんだというのは、嬉しかったし誇らしかった。

 身バレ厳禁なので、周囲に自慢することができないのはもどかしいけれども。


 それにひきかえ、かく言う俺自身は今年大学受験に失敗し、この春から浪人の身だった。

 第一志望は良くできたと思っていたけど不合格。

 第二志望は、英語の長文読解と世界史の難問で引っかかり自滅。不合格。

 桜散る――

 進路指導をしてくれた高校の先生や、温かく見守ってくれていた家族には、まず申し訳ないという気持ちが先に立つ。

 彼らは、気落ちしていた俺に優しい言葉をさえかけてくれたけど、それでも不本意な結果を受け入れるには時間がかかった。


 俺に不合格通知が届いた日、姉さんは東京のスタジオで収録があって、新幹線で帰ってきたのは深夜だった。

 結果が結果だっただけに、メールでも電話でもすぐに伝える気にはなれず、帰宅した時に玄関先でそっと報告したのだった。

「そうかあ。まあ、一回目がいっちゃんキツいしなぁ」

 というのが、俺の不合格を知った姉さんの第一声だった。

 一回目て、そんな二回も三回も落ちてたまるかいな、とツッコミそうになったけど、そういえば姉さんは、落ちた経験値においては俺と比べ物にならないんだったなあ、と、あらためて彼女の顔を見返した。

 さすが、面構えが違う。

「悔しいと思うけど」

 と、姉さんは言葉をつづけた。

「その一回目の悔しさを、ちゃんと覚えとくんやで。落ちるのが当たり前になると、もう、自分にできないことを確かめるだけになっていくから」

 そういうものかな、と納得しかけて、はたと気づいた。


 あれ?――俺、悔しくなくない?


 落ちたことは残念に思っているし、浪人することで周囲に迷惑をかけることを申し訳なく思っているけれど――当然抱くべき「悔しい」という感情を、実感できていないような気がした。

 自分の努力が実らず、目標を成し遂げられなかったことに、勝負に負けたことに、俺は心底「悔しい」と思っているだろうか。

 そして愕然とした。

 一回目にして既に、姉さんの言う「できないことを確かめただけ」のような気分になってしまっている自分に。

 するとひょっとして、俺にとって大学受験は、姉さんにとっての芸能活動みたいに「何度落ちても成し遂げたい目標」などではなかったんじゃないだろうか。

 中学のときは、みんなが進学校を目指すから進学校に行き、高校にはいったら、みんなが大学にいこうと言うから大学目指し、主体性も何もなく、只々流されて自分の進路を定めてきただけなのではないか。

 急に足元が揺らぐような錯覚に見舞われて、その場でギャグマンガみたいにヘタっと膝をついた。

「なに? どないしたん?」

 姉さんは心配そうに、身をかがめて俺の顔を覗き込んでくる。

「いや……なんや急に、自分が情けなくなって」

 俺はかぶりを振って、うなだれながら理由を話した。

 その間、姉さんは黙って聴いてくれていた。

「――それで、姉さんみたいなやりたいことも無いし、姉さんの言うたような『悔しさ』みたいなんも、湧いてきいひん自分が、情けなくて……」

 我知らず俺は涙ぐんでいた。

 姉さんは短くため息をついてから、カバンを下ろし、右手を俺の頭の上に置いた。

 そしてしっかりと、俺の顔を前に向けさせ、真正面から目を見て励ましてくれた。

「人から何言われてもな、最後に決めたんは自分やない? 周囲に流されてでもなんでも、自分のどこかにちょっとでも『やりたい』て気持ちがあったから、そうしたんちゃうん?」

「…………」

「今はな、失敗してしんどいさかい、そんな風に難しいこと考えすぎんねん」

 姉さんはそう言って、慈しむようなに頭を撫でてくれたあと、同じ手で、ぱーん、と俺の肩を強く叩いた。

「そのうち全部うまくいったら、失敗したことも、そういうモヤっとしたんも、そのために必要やったんや、て思えるようになるから……今日はもう歯ぁ磨いて寝てしまいなさい」

 そして自分のカバンを拾い上げ、颯爽と階段を昇っていった。


 姉さんの言葉だけで、俺がスッキリ納得したかと言われれば、全然そうじゃなかった。

 けど、それでも少しは落ち着いた。

(来年まで、がんばろう……)

 夢も希望も目標も、まだはっきりしないけれど、ゆっくり考えながら、道を探そう。

 涙を拭いて、そこでそう思い直せたのは、姉さんのおかげだった。

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