プロローグ~奴の魔力、もとい権力~
この高校の生徒会長であり、幼馴染の巡野 海斗。奴の本性は…あたししか知らない。
「おはようございまぁす!巡野会長!」
「おはよう、中山さん」
「きゃー!巡野先輩だぁ!!おはようございます!」
「うん、おはよう、君川さん」
…。やつは、表ヅラは最強に良い。生徒全員の名前、顔を覚えていて、優しげな笑顔と性格、そしてアイドルかよ、と突っ込みたくなるようなルックス、身長…そして生徒会長ときた。人気になるのも仕方ない。
女子だけでなく、カリスマ性があるらしく男子からも信頼が厚い。…あくまでも、表ヅラが。
海斗は学校の入り口でにこやかに挨拶運動をしている。生徒会のメンバーが日替わりでやるらしく、今日はあいにく奴の日らしい…。
あたしは、なるべく奴より離れた校門から、全力で下を向いて人混みに紛れて通り抜ける。
「…勝った。」
と思い、思わずガッツポーズをしたその時…。ドンッ…。
「あ、すいません。」
下を向いていたからか、人にぶつかったらしい。謝って顔を上げる…と…。
「…げ。」
「ずいぶん、極端に下を向いていたようだけれど…具合でも悪いのかい?椿さん」
にっこり笑みを向け、いかにも心配そうな表情を見せた…奴。海斗だった。
「はっ…!?いや…ベ…別に…?大丈夫なんで、じゃっ!」
とにかく奴から離れたくて、さっさと横を抜けようとした…のだが。
「俺に言えないのか?'ベル'?」
「う゛っ…!?」
あたしの名前は椿 鈴音。奴だけは、あたしをベル、と呼ぶのだ。奴はしっかりあたしの右腕をつかみ、脱走防止策を講じていやがる。
「なんでもかんでも海斗に言わなきゃいけないんですかねぇ?別に海斗にカンケーないじゃん、離せバカ海斗。」
強気に言って、にらみつける。こうでもしないと奴に対抗できないからだ。
…それでも勝てないのが、そう、奴だ。
「…関係ない?へぇ…そう思うんだ?ま、いいけどね?さあて、今日の朝会は確か…文化祭についてだったな。会長挨拶は何を言おうかなぁ…あっそうだ!俺と誰かさんは実は恋人同士なんです~とでも言ってみようかなぁ。そしたらきっと面白いことに…」
「あーもー!分かった分かった!すいませんでした!!」
奴はこーやって毎日あたし「で」遊びやがる。恋人だなんて言ったら全女子生徒の敵になることは目に見えている。
そもそも、好きでもないし。海斗なんぞ好きになってみろ。24時間365日遊ばれ脅され本性毎日こんにちはの道まっしぐらだよ。そんなお先真っ暗な人生嫌だ。
「特に何も考えてないし、具合悪いわけでもないから。じゃ、挨拶運動ごくろーさま。」
海斗の手を振り払って歩き出す。こんなところ、内葉先輩に見られでもしたら終わりだわ。
「ま…今日はこの辺でいいか。…おはよう、高橋さん。」
再び挨拶運動を始め、海斗は表ヅラに戻る。…そう、奴の裏の顔…というか本性は、あたしの前でだけ発動する、ドス黒自己中魔王様なのだ。ちなみに、内葉先輩というのは…。
「…よっ!つーばき!」
「!!」
ポンッと軽く肩を叩かれ振り返ると、明るい笑顔が視界いっぱいに広がった。
「内葉先輩!おはようございます!」
「おはよさん!…どうした?疲れた顔して。」
心配そうにのぞき込んでくるこの人は、あたしの憧れ、内葉拓海先輩。3年だから海斗と同じ。あたしは1つ下の2年生。
…で、嫌ーなことに、奴とそれなりに仲がいい。性格はゼンッゼン違うけどね!
「えっ、あ、だ…大丈夫ですよ?最近色々忙しくってーあはは!内葉先輩こそ、まだ部活引退じゃないんでしょう?疲れてないですか?」
ヤバ。さっき海斗の奴に関わったせいで顔に出ちゃってたんだな。先輩はサッカー部で、スポーツ推薦で大学が決まったから今でもサッカー部で練習している。本当ならもう秋だから引退してるけど、全国レベルの人だし、くわえて大学の注目も高いから、特別枠で選手登録されてるんだって。
「オレは大丈夫だよ。体力だけはあるしな!お前は女の子なんだから、気をつけろよ?」
そこまで言って、内葉先輩はあたしにこそっと耳打ちした。
「…海斗だって、心配してんだかんな?」
…と。
「…はいっ!?」
そりゃありえないでしょう、先輩よ。奴はあたしを困らせ黙らせ従わせるのが楽しみな魔王ですよ?
「ありえないですよ!海斗の奴があたしの心配なんて。優しさのかけらもないような奴ですよ?」
「ずいぶんな否定だな、おい。ってか、海斗が優しくないってんなら、他のどんな奴も極悪人ってことになるぜ?生徒全員覚えて、あんなに人望厚いじゃん、あいつ。」
表ヅラしか知らない内葉先輩は、あたしの言葉に苦笑を浮かべた。そりゃそーだ。表は先輩の言うとーりだもん。
「あ…はは。人望…ね、うん。…というか。なんでそう思うんです?奴が心配、だなんて…。」
さりげなく尋ねると、先輩はちらっと校門の方を見てから、あたしを見た。
「だって…見てりゃ分かるって。海斗、椿と会うと他のことは態度違うし、椿が他の男といると結構機嫌悪いんだぜ?」
まあ、そりゃそーでしょ。あたしへの態度が違うのは本性出てるからだし、機嫌悪いのは…。…なんでだ?自分に人望がある人と一緒にいると、本性バラされると思ってる…いや、奴に限ってそれはない。
「気のせいですよ。」
苦笑いでごまかして、自分の靴箱に向かう。ここからは先輩と別だから、軽く挨拶をして別れ、教室へ向かった。
「おはよー。」
「おはよ、鈴」
1番の友達、鳥井 真琴があたしの机の前に来て、前の席の椅子に座る。
「ちょっと遅かったね、どうしたの?」
「んー…ちょっとねぇ…。」
いくら真琴といえど、奴のことは話せない。一応彼女も会長信者ってのもあるし。
「あ、朝会じゃん、いこ。鈴。」
「うん。」
今日は文化祭についての話だったっけ。あ~…奴の話を聞かなきゃいけないのか…。
体育館につくと、この学校特有の、あいかわらずの適当加減でダラダラ並ぶ。あたしのクラスは、場所的にステージのど真ん中なんだよね。
「文化祭楽しみだなー、ねぇ鈴。クラスの出店何がいい?」
「うーん…食べ物屋がいーなー。真琴は?」
「うちは、カフェやりたい!コスプレ喫茶とかでもいいよね。」
盛り上がった所で、朝礼のあいさつが放送で響いた。静まったのもつかの間、奴が壇上に上がるとたちまち黄色い歓声と芯の太い男子の歓声が重なった。奴はにこやかな表ヅラで静めると、ステージ中央で口を開いた。
「おはよう、皆。今日は皆が楽しみにしている文化祭についてだよ。各クラス1店舗、部活動ごとに1店舗、委員会ごとに1店舗まで。其々配布した予算内で、好きにやってくれていいよ。ただし、アルコールは禁止だよ?」
そこで笑いが起き、再び静まると続きを話し始める。
「そして…今年はミスターコンテストをやろうと思うんだ。どうかな?」
…はぁ!?アホじゃないの?いや、奴の頭脳は学年1位だ…ってそうじゃなくて!
心の中で一人ノリツッコミをしていると、奴が呆れた顔のあたしを見ながら続けた。
「自己参加と、推薦参加の2パターンで参加者を募るよ。学園祭の準備期間だけ開設する、うちの学校のSNSアカウント、当日投票でNO.1を決定する。募集期日は今日から再来週の火曜日まで。クラスに用紙を配布するから、エントリー者、または推薦者は生徒会役員か、後日決めてもらう各クラスの実行委員に渡すように。…それと、2-Aの実行委員は、都合により椿鈴音さん、よろしくね。」
「…はぁ!?」
急な指名に、声を上げたあたしに注目が集まる。…ヤバ。ってかそこ!!ステージ上でニヤッとすんな!!
騒がしくなる生徒たちを奴は軽く静め、話をつづけた。…が、あたしをチラチラと見る人がいてイライラする。奴がステージを降りるまで、ずっとにらみつけてやる。…さらりとかわされるけど。ムカつく…!!
…ながーい朝礼が終わり、どっと疲れた重い体を教室まで懸命に引きずる。
「大丈夫?鈴。」
「…ダメ。帰りたい、全力で。」
その道でさえ、周りからチラチラと視線を浴びせられてうんざりする。…まぁ、そりゃーね。あの完璧生徒会長様(表)に名指しだもんね、うん。真琴がなだめるように、あたしの肩に手を置いた。
…文化祭、楽しみだったのになぁ…。奴の魔力…権力によって、あたしの文化祭は波乱の幕開けとなるのだった…。