第5話『白い女』
っと気合いを入れたはいいもののどうしたもんかマジでこれ。
今は『叫ぶ毒草』の毒を無理やり摂取したことにより鎮痛作用で痛みを感じなくしているがそれもいつまでもつやら。
本当は漢方のように煎じて他の材料と混ぜて飲むものなのだが、直でかじってもなんとか効果があったことに少し安堵している。
こんなもん朝鮮人参をそのまま、かじる行為に等しい。
遅延性の毒だが、効果は結構長続きしたはず、大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせながら二人が待つ公園へと歩く。
幸い時間が時間なだけに周りに人はおらずに半裸の肥満体型の巨体な男が徘徊しても特に問題はなかった。
貧血で目の前が二重になり、ふらつく足を引きずりながらやっとの思いで公園にたどり着いた。
だが、そこに誰もいなかった。
二人の影も形もなく人っ子一人ない。
夜風が空く俺の頬を通り過ぎるのを感じる。
俺は軽く一息ついてついさっきまで三人で喋っていたベンチに腰をかける。
冷静に考えれば待っててくれとは言ったがあんな化け物を見た後に安全の保証もないこの公園にい続けるなんて非効率が過ぎる。
絶対な安全面を考えれば家に帰るのが妥当だよな、時間も時間だし。
今頃家に帰っていびきかいて眠ってくれてるといいな。
あの美形二人がいびきかいて眠るなんて、ちょっと笑える。
安全確認のために携帯電話を取り出して、二人に連絡でも入れるかと携帯を取り出すもアンテナも立っておらず圏外となっていた。
ありゃ?この間変えたばかりの最新型のはずなのにどうなってんだ?
電波を完全廃止するのは明日からのはずだろ?
『世界』は小説よりも早い段階で動いているのかもしれない。
もうすでに小説のストーリーから少しずつだが確実にズレが生じてきている。
二人の家に向かって安否を確認するかと立ち上がろうとしたが足がしびれて動けなかった。
足だけではない全身に雷でも落ちてきたんじゃないかと思うほどの衝撃が来た。
まずいな、これ『マンドレイク』の毒の症状か?
それとも体兄蓄積されたダメージが一気にきたのか。
あまりの痛さに俺の意識はゆっくりと闇の中に落ちていった。
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初めてあの人を見たとき俺はなんて思っただろうか?
昔の白黒テレビのようなモノクロの世界が俺の目の前に広がる。
見渡す限りの人、人、人。
あの人に敬服するように誰もかれもがその場で横倒れている。
誰一人として気絶することも許されず、意識を持ったまま動けず蹂躙されるがままそのプライドを踏みにじられる。
その光景に俺は何を思ったのだろうか?
恐怖?尊敬?信頼?意念?絶望?希望?
俺は呻きをあげる人々の合間をぬってその人に近づいた。
夜よりも漆黒な、朝よりも煌めいているその存在に。
もしこの世界が意図して生み出した化け物がいるのだとしたら世界は一体俺たち人類に何を求めていたのだろうか?
呻きの合唱をまるで自分のファンファーレのごとく気持ち悪そうに聞きながらその中心部分に立つ人間。
あるいは人の皮を被った怪物に、俺は何を思ったのだろうか?
わかっている、これは夢だ。
あの人と俺が初めて会った日の夢。
何て残酷な夢なのだろう。
意識もはっきりしない夢の中。
勝手に動く体はただ記憶の通りにあの人の目の前に立つ。
お互いに何かを話す。
何も聞こえないのに、俺の口は勝手に動く。
動くだけで声は出てないが。
照れ屋なあの人のことだ何を言っているかだいたい予想はつく。
予想はつくがもう覚えてはいない。
この夢は、夢のまま終わる。
叶うことはない。
目がさめるとそれを嫌というほど痛感させられる。
これはどうしようがないほどの現実なのだと。
あの人が呆れた顔で俺の頭をかき乱す。
俺は笑っているのだろうか?
どんな顔をしているのだろうか?
今はない、左手でその手を掴む。
くすぐったく、心地のいい暖かさ。
なぁ、夢平さん、ようやく『世界』はあんたが望む『世界』になったみたいだぜ?
あんたが望む、面白くたちの悪い世界に。
死んだ人間の夢を見るなんて縁起でもねぇ。
夢平さん、死んだ今でもちゃんとあんたは愛されているよ。
懐かしいその横顔に思いを馳せながら俺の意識はゆっくりと覚醒していった。
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目を開けると雲ひとつない薄暗い空だった。
どうやらそこまで長い時間気絶してはいなかったみたいだが、このまま半裸で公園のベンチにずっといると風邪をひきそうだ。
夏だからといっても夜明けは寒い。
俺は手がある方の手でガシガシと頭を掻く。
寝起きだからか貧血だからか脳に霞がかかったみたいにぼんやりする。
なくなったはずの左手がやけに生暖かい。
少しくすぐったい感触もある、まるで夢の中で握った夢平さんの手のような感覚。
ゆっくりそちらに目を向けると、白髪の女性がいた。
長いまつげに、腰ほどまでありそうな白髪。
肌の色も純白のウエディングドレスのような白さ。
気の強そうな釣り目はキリッとした顔つきを印象付ける。
その瞳の色だけが彼女の顔のパーツで唯一の異色。
サファイアのように透き通った青色をしていた。
白いワンピースに大きな白い帽子、令嬢のような気品に満ちた白い女性。
女性はただ無心に俺の左手がなくなった手首をなめていた。
眺めていたのではなく舐めていたのだ。
しゃがんでレロレロレロレロと舐めまわしていた。
その舌使いはソフトクリームを高速で舐めわし、飴玉をしたの上で転がすごとく、一般人より少し長い舌で俺の傷口をなめまわしていたのだ。
令嬢のような気品もクソもない。
「なーにしてんだよ、お嬢ちゃん」
俺が問いかけると白い女性はそっと俺の手から舌を剥がす。
見てみると確か昨日『フライングホオジロシャーク』に食いちぎられた手首の傷跡が綺麗にふさがっていた。
驚いたな。こんなスキル持っている奴小説には出てこなかったぞ。
痛みはなく左手がないという違和感だけが残る。
どうやら『マンドレイク』の毒も抜けたみたいで痺れも取れたみたいだ。
俺はベンチの寝転んだ状態から腰掛ける体制に体を動かした。
白い女性はそっと立ち上がる。
しゃがんでいて気がつかなかったが、けっこうでかいな。
いや、胸も確かにでかいんだが主に身長が。
大体180センチほどか、ワンピースってこんなに胸が強調される造りになってたっけ?
俺のアネキ分の女性たちが来ているのを何度かは見たことあるがもっと控えめだったような気がするが。
「何をしてるっかって言われれば傷を防いだんだ。よかったね僕がたまたまここを散歩していて。僕の寛大さをたたえてくれてもいいんだよ。さぁ僕に感謝の言葉を述べよ」
ドヤ顔で踏ん反り返る白い女性。
そんな感謝の気持ちを打ち砕く事を言われたのは人生初なのだが。
確かにあのまま傷口を放置していてはやばかった。
傷口からばい菌やらが入ったらいっかんの終わりだ。
特に消毒もせずに布で巻いただけだったからな。
と自分をなだめる。
こうでもいっとかないと素直にありがとうなんて言えない。
ただでさえ、俺がムカつく奴とそっくりのビジュアルというのに中身は全く似ていないのが救いか。
あいつは口数が少ない女だったからな。
「ん?どうしたんだい?もしかして感謝の言葉を知らない?ありがとうだございます、だよ?そんなことも知らないなんて非常識だな。半裸でこんな往来で寝ている時点でだいぶ非常識だけど。ホームレスって奴?かわいそうに自分の家も帰る場所もないなんて」
「帰る場所はないが家ぐらいならあるわ!一回黙ってもらってもいいですかね?お礼をいう気持ちがどんどんと薄れていくので!はぁ、ありがとうございます」
ため息をつきながら言うと目の前の白い女は不服だったのか俺の顔に自分の顔を近づける。
近い近い近い、もう少しでキスだできるぐらいに近い。
初対面の男に対してどんな距離感持ってんだ。
「それだけ?もっと感情こめてよ!その感謝の気持ちを長文で、もう一回!そんな心のこもってない感謝なんか受け取れない、もっと事細かに僕に心の底からどれだけ感謝しているのかを伝えてもらってもいいかな?」
強気な釣り目を俺の眼前でさらに釣り上げ抗議してくる。
うぜぇ、相当うざい。
うざいしハードルもタケェ。
が、ここで引き下がったらなんか負けなきがするし、俺はベンチの上に正座で座り直した。
「この度は傷を治していただきまことにありがとうございます。このまま傷を放置していたらどうなっていたことやら、最悪私のこの腕は一本まるまる壊死、いや私自身帰らぬ人になっていたかもしれません。見ず知らずの半裸なこの男にこのような温情を下さりまさしくあなた様は聖女、いや天使。そうきっと神が私を救うために遣わした純白の天使様でいらっしゃる。アァなんて幸運なんでしょう。あなたのような聖人君子に助けて頂くなんてこのデブ一生の幸運を使い果たした気分にございます!」
その場でひれ伏す。
これっぽっちも心は込めてないがまぁこれくらい言えばいいだろう。
敬語ってこんな感じであってんのか?中学の時ほとんど学校サボってたからいまいちわからん。
ちゃんと勉強しておけばよかった。
顔を上げちらりと白い女を見ると少し頬が赤くなっていた。
肌が白いからなのか少しピンクのような色になっているが。
「そっそうだよ。わかればよろしい。そうだね、うん。うん」
だんだんと声が小さくなっていく。
顔を俯かせているが下から覗き込む俺にはしっかりとその照れている顔が見えていた。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
俺がムカついてならないあいつは表情筋は何一つ動かなかったからな。
白い女はゆっくりと俺の隣に腰を下ろした。
その動作だけは気品にあふれているのだが先ほどの恩着せがましい女と本当に同じ人物なのだろうか?
結果だけいうなら俺は変な女に出会って助けてもらった。
よくある話である。