第4話 『世界』
ガキはニコニコと小馬鹿にする顔で俺をみてくる。
クリクリとしたつぶらな瞳に幼い容姿。
どこにでもいそうな性別がはっきりとわからない子供。
違和感があるとするならきている白いTシャツのような服に感じで『世界』と書かれているくらいのものだろう。
小説でこいつが登場した時は黒幕にしてはふざけたやつすぎると思ったがいざ目の前にすると震えが止まらない。
小さな体に見合わないその巨大な存在感に。
先ほどまで相手してた『負けイベントモンスター』の『フライングホオジロシャーク』や『グリーンオーガ』が小物に感じるような存在感。
星一つの擬人化を前に俺は動けずにいた。
ガキはニコニコ笑いながら地べたにイキヨイよく座る。
「そんなにびびんなくてもいいよん。別に『世界』は君を褒めに来たのであって消しにきたんじゃないから。『世界』は作るだけの存在だかんね。『作ってその経過を見る』だけの存在。だから本当はルール違反なんだよ?誰が作ったルールって聞かれれば『世界』が作ったんだけどね。『世界』があまり干渉しすぎると『世界』が望む『世界』にならないってのは知ってるからね。だけど今回は特別。久しぶりのこの高揚感のお礼でもしようと思って。『世界』も初めてしてみたけど案外うまく行くもんだね。戻れるかどうかは知らんけど」
足を伸ばしリラックスしながらニコニコと喋る『世界』と一人称で自分を語るガキ。
本当にあの小説はこれから起こることだったと改めて感じる。
小説通りの幼い存在。
その存在感を前に主人公たちは一歩も動けずに何もできなかった。
子供と同じ自己中心的な残酷な遊びの主催者。
『世界』この物語の黒幕にしてこの星そのものである。
「あ、あの、ご褒美ってのはなんですか?」
震える声をなんとか絞り出して聞いてみる。
怖いとか恐れから来る震えじゃない、本能的に察知する次元の違いに体が震えているのだ。
そんな俺の気持ちなどまるで気にもしていたい『世界』はこう答える。
「あ?そこに食いついちゃう?だよねぇ、何も持たない人間が僕の想像した『ビースト』をたった一人で倒すなんて思ってもなかったんだ!『世界』びっくり!君の作戦勝ちによるジャイアントキリング!興奮したなぁ。」
うっとりとした目で何かの感情に浸る。
幸せそうなその顔は小さな子供のかではいくらか違和感があった。
「だからご褒美!本当は適当にばらまく予定だったけど君には好きなものも一つあげる。なんでも言ってごらん?」
何を言っているのかはわかる。
主語がないこの会話も前知識があればなんのことだかわかるだろう。
つまり『世界』は俺のことを気に入ったようだ。
弱者が強者を倒す瞬間が何より好きな『世界』のお眼鏡にかなったようだ。
俺が倒したというのはいささか納得しがたいが世界にとってはそんなのは些細なことらしい。
だから俺に望むスキルを一つ渡すと言っているのだろう。
解釈するとこんな感じか?
小説内でも結構支離滅裂なこと言うようなガキだと思っていたが。
ちらりと『世界』の方に顔を向ける。
純粋な眼差しでこちらを見ている。
まるで仲間になりたそうな目をしているな。
冗談はさておいて好きなものか。
「それはなんでも構わないんですか?」
少しづつ震えは止まってきたがこの圧倒的な存在を前にしては敬語は向けないらしい。
人生で初めてかもしれない敬語で喋るなんて。
「もちろん!『世界』に二言はないんだよ」
俺の考えがうまく通れば被害は今出ているだけで止まり最小限に済むのだが。
俺は死んだ『フライングホオジロシャーク』の方を指差して。
「じゃあ、この化け物ども今すぐ消して欲しいんですが」
「それはダメ」
即答だった。
「別に今『世界』にいっぱいいる『ビースト』を消滅させてもいいけど、またすぐにたようなもの作るよ?『世界』飽きちゃったんだ。平和ってやつに?だから壊す作り変える。また昔のように『世界』をドキドキさせてよ。君たちという生命体にはその可能性がある。強者を食らう才能が。今君が『世界』に再確認させてくれた。他にも様々な可能性が『世界』はみたい!」
曇りなき『世界』の眼は見るものすべてを引き寄せるような引力を放っていた。
この交渉がうまくいかないのは知っている、だめ元で聞いてみただけだ。
何より『世界』のモンスターの消滅の仕方は竜巻や台風、地震といった災害を作り出し殺すという手法。
『世界』は作れるし壊せるがなかったことにはできない。
ゆえにその昔、『世界』を一度作り変えた時は隕石や圧倒的な自然災害を使ったのだ。
下手すれば『モンスター』に関係なく人類滅亡である。
スキル、欲しいスキルか。
今まで散々いろんなウェブ小説を読んできて憧れた能力は死ぬほどある。
死ぬほどあるからこそ、俺は単純でかつ最も大事な能力をもらうことにした。
「安心して休めるところを提供して欲しい」
その一言だけでいい。
今俺の目の前にいる存在は『世界』出会ってもただのガキだ。
事細かに説明しても頭がこんがらがってよく分からないスキルになってしまう。
そのシーンを小説を読んでいた時に見たが特になんの伏線回収もなくゴミスキルとしてほとんど使わずに思った。
だからこの小説は面白くないんだ、せっかくのご褒美なんだからもう少し頑張って使え頭ヒネれ!と思っていたがこれが現実だってんなら理由はわかる。
よくわかんねー使えない能力を命がけの戦闘で使おうなんて考えあったもんじゃねーよな。
「わかった」
そう言うと世界は立ち上がりそこで大きく伸びをした。
その可愛らしい姿からは考えられないほどの存在感。
主人公は最終的にこの化け物から世界を取り返すことなんて本当にできるのか?
「じゃあ『世界』、まだやることあるから帰る?もどる?まぁどっちでもいいか。君には死ぬほど期待してるから死なないでね。今回は特にルールも決めずにいきなり始めたのがよくなかったのかな?『世界』反省。明日のこの大陸ならお日様が一番高いところについたくらいかな?今度はもっと大量にそこの『ビースト』よりは弱い『ビースト』送り込むから。でもビーストだけじゃあつまんなそうだから特別ゲストも用意しようとおもってるんだ!頑張って生き抜いてね」
トテトテと俺の方に歩いてくる。
俺は動けずにその場で腰から力が抜けた。
その場にイキヨイよく尻餅をついた。
小さな子供が近寄っただけだというのに体の震えが止まらない。
『世界』はそんなことお構いなしに俺の顔に自分の顔を近づける。
「ちゅ!」
そのまま俺の頬に優しく自分の唇を押し付けた。
柔らかく慈愛に満ちたすべてを包み込むような口づけ。
悪戯が成功した子供のように笑いながら『世界』は離れた。
「これは君たちの愛情表現の一つだろ?『世界』知ってるんだ!じゃあね、また『世界』に面白いを見せてくれたらまた遊びにきてあげるよ。バイバーーイ!」
気がつけばそのガキはそこにはいなかった。
今の出来事すべてが幻であるかのよう。
俺は尻餅をついたまましばらくその場から動けそうもない。
今度はプレッシャーから解放された安堵からか全身から力が抜けている。
情けない話だがよく頑張っと褒めてくれてもいい。
自分で自分を褒めよう。
よく頑張った俺!よく喋った!すごい俺!何より生き残った!
ここから小説の内容とはだいぶ異なってくるはずだが『モンスター』の習性や弱点が変わることはそうないだろう。
これから『世界』を相手に俺たちはこの星を取り返していかなくちゃいけない。
人類にスキルがあろうが、いや中途半端に力をあたえられたからこそ、これから相手にする絶望たちの存在は計り知れない。
今更ながら『モンスター』ってのは今後現れる『ビースト』を含めたすべての人類の敵のことを指す。
個々に名称を変えるなんてめんどくさいから俺はしない。
このままいけば人類はこの戦争に勝つことはできない。
今確信した。
あまりにも実力が違いすぎる。
あの小説を999話まで読んだが敵はレベルが違いすぎる。
それこそ『負けイベントモンスター』が雑魚と感じるような怪物ども。
小説通りにことが運んだとしたら確実にバットエンドだっただろう。
中途半端もいいところでどう逆転するのかドキドキしていたがあの未来通り行けば人類は間違いなく滅亡する。
『世界』が望まない強者が弱者を蹂躙する終わり方になってしまう。
俺は震える足に無理やり力を入れて立ち上がる。
あのクソくだらん小説通りになる人生はまっぴらごめんだ。
俺は俺のストーリーの主人公だ。
なくなった手を見て一息つく。
この手だってその気になれば治すことができる。
時間はかかるがその知識が俺にはある。
やってやろうじゃねぇか!
『世界』お前の寵愛を受けた男がお前を倒してやる。
ジャイアントキリング!今度は俺がお前に寵愛をくれてやるぜ!
亡くなった左手を天にあげ俺は心に誓う。
その様子を天高くから俺を見下ろす満月だけが恨めしそうに俺を照らしていた。