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08. 大男の昔話

「匂うな」

「確かに臭う。懐かしい臭いだけどくせぇな」


 二つの影が崩れ落ちた建物の前に映されている。


「確かにいい匂いはしない。ただ、意味が違うな。これは間違いなくあの男の仕業だ。君はどう思う、モーシャ」


 一人の男は細身でスーツを着て髪の毛は月の光に反射されるほどのワックスで固められている。そしてもう一人、モーシャと呼ばれたその男の体は大きく顎鬚はもみあげと繋がるほどの剛毛である。ゴリラを連想させるその男は崩壊した建物に向かって歩き出す。


「ああ、間違いないさ。こういう意味が分からんことをするのはあいつだって決まってる。あと、これは教会なんだろ。教会っつうのはすごい霊力に守られてるって飛之が前に言ってただろ?」


 飛之と呼ばれた男は手に持っている懐中電灯でモーシャが歩く道を照らす。


「照らさなくても見えるから照らさなくてもいいぞ」


 モーシャと呼ばれた大男は崩れ落ちた教会の一部を素手で掘り返し始めた。


「私が見えない。それにしても君のように自然の大地で育てられるとその身体能力や基礎的な力が得られるというのは本当なのだな。いや、君の経歴がおかしいだけか」


 大男は掘り返しながら返事をする。


「俺は昔の話が嫌いだ。昔の俺は人間の社会ってのが分かっていけばいくほど嫌になっていった。そんなことも忘れてゆっくり暮らそうと思ったらこんな体になっちまった」


 細い手だが懐中電灯を握った手が揺れることはない。一点を照らし続けている。


「その体なのももうそろそろ終わりかもしれない。試合は終盤に近付きつつある。私と君がこうして命を預けあうことになったのも何かの縁だ。いつも私が話してばかりだ。君の話が聴きたい」

「それもそうだな。俺が全部掘り起こすまでだぞ」


 こうして大男の昔話が始まった。


「俺が十六まで親父と森の中で暮らしていたことまでは話したことがあったっけ。親父は人を何十人も殺していた凶悪殺人犯だって俺が社会に出てから教えられた。だから森の中で暮らしていたんだと。親父は森に来る人間を捕まえては食ってた。それが俺にとっては当たり前だった。俺も初めは抵抗がなかったんだけどよ。だんだん歳とってけばとってくほど同じ人間を食うってことが嫌になっていった。それを親父に言ったが食いたきゃ食え、食いたくないのならば食うなって言われた。俺は親父のそういうところが好きだった。知ってると思うが人間が毎日森の奥深くまで来るわけじゃない。だから木の実や動物も食う。基本は小さい生物や草食動物をだ。そしてだんだんと肉食動物にまで手を出すようになっていった。当たり前だが、熊なんてもんは一筋縄ではいかなねぇ。始めのうちは親父が協力してくれた。けどだんだんと俺一人でも殺して食えるようになっていった。狼を見つけて食ったこともある。あいつは貴重だぜ。俺も人生で二回しか食ったことがないがな。そして俺が十六になった頃、一つの家族を襲って親父が一人の人間を殺し損ねた。その時親父が何歳だったかは知らねえが親父の昔話とか考えるとたぶん七十は過ぎてた。恐ろしいだろ。七十のじじいが一人で四人とか殺すんだぜ。俺にとっての当たり前が社会にとっては当たり前からめちゃめちゃ遠いことだったんだぜ。そこで間違いを犯した。親父が逃がした人間を捕まえなかった。俺が追って殺そうと思えば殺せた。女だったんだ。すごくきれいだったぜ。親父はそれを見ていたさ。俺が一人の女に見惚れて逃がしたところを。けど親父は怒ったりはしなかった。ただ俺に逃げろと喋った。顔を見られたのは自分だけだからお前だけでも逃げろってな。俺は断った。そいつらも殺せばいいって。けれどその時の親父の顔はいつもとは違った。鬼のような形相をしていたよ。俺は熊は殺せてもそんな顔をした親父に逆らえるほどの度胸なんてもんはなかった。親父は最後に言った。ありがとうって。そして俺は寝床にしていた洞窟を出てその場を離れた。そして何時間かしたら聞こえてきたんだよ。いろんな音がな。知っての通り俺の五感は異常なほど発達している。発砲音も聞こえてきた。我慢できなかった。俺は走った。たぶん森の中なら短距離選手よりも速かっただろうよ。どれくらいかかったかは分からないが着いたときには親父は原型をとどめていなかった。死んだ後もぶち込まれ続けていたんだろうな。いっつも親父が食ってる人間と同じようになってたっけ。そして周りには警察の死体も十体くらいあったさ。使えばわかるが銃ってのは意外と難しい。親父や俺を正確に狙うってのは実戦をほとんどやったことがない警察には難しい。だからじじいになった親父相手に十人も犠牲が出たんだろう。それで周りにはまだ大量に人間どもがいた。これもあとで聞いたが警察の戦闘員は百人以上、そのほかにも猟師が数十人いたらしい。必死に殺した。殺して殺して殺した。気づけば三十人ぐらい死んだ頃、周りの人間が逃げ始めた。俺は立ち尽くしていた。そして立った一台、車の音が耳に入ってきたんだ。乗っていたのは二人だ。運転手とそうじゃない男。その運転手じゃない男は車から降りてブツブツ何か言っていたんだよ。そうしたら俺の体はだんだんと動かなくなっていった。けどそれで終わる俺じゃあない。無理やり動かしてそいつを襲った。そいつはずっとぶつくさなんか言ってた。その度に俺の体がおかしくなったが力でごり押しさ。けどそいつはすばしっこくてなかなか殺せなかった。そして……」


 男は話を止める。


「どうした」


 大男の手には生臭い何かが握られていた。


「こうなった」


 懐中電灯に照らされた地面に向けて何かを投げる。重みのある音を出してそれは落ちる。


「そしてこうなるまでが省かれてしまったな。まあいい。そのあとの話は大体想像できる。君のことだ。私の想像を超えることもやっているかもしれないが」


 大男は手についた赤い液体を払うと細身の男のもとへと戻る。


「大量の武装した人間を殺したそのあと、霊力を使うことなく霊の力を遣う者と殺し合いをするとはね。やはり君は面白い。それに三十二年経ち社会に溶け込んだ今もその力は健在といったところか」


 大男は肩をゴキゴキと鳴らす。


「こいつとはいつかまた()り合うことになるって俺の勘がいってたんだけどな。久しぶりに外しちまった。やっぱりあの男は殺したいな。正々堂々殺し合いをしたいな」


 細身の男は、はっはっはと乾いた笑い声を出す。


「昔話を楽しんだからか知らないが、いつもより楽しそうだ。それに人間を殺すのは嫌だって言ってなかったか」

「昔の俺が喜んじまう。だから昔話は嫌なんだ。それに俺は人間を食うのが嫌なだけだ。どんなに道徳や社会を知ったところで変えられないものもあるって体感したぜ」


“プルルルプルルル”

 男はポケットからスマートフォンを取り出す。


「準備はできたか。ああ。できるのならば構わない。健闘を祈る」


 スマートフォンの明かりが消える。


「終わりの始まりってか?」

「そんなところだ」


 懐中電灯の明かりも消える。


「何十人も人を殺しておいて生かしおくとはやはり霊を使うものは面白い。そしてその霊を使うものを殺し、こんなにも楽しいゲームに参加させてくれたあの男はもっと面白い。しっかりと礼を返さなくてはならない。それと君は」


 大男は不思議そうな顔を見せる。


「四十八か。私よりも下だと思っていた」


 声は止み音もなく二人の男はどこかへ消えた。



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