07. 一難去ったらもう一難?
「このまま死なないよな……」
千羽の寝顔を見ていたら死んでんじゃないかと思えてきた。あれから意外と早く家に帰ってくることができた。一応傷口は洗って包帯で巻いておいたしとりあえずは大丈夫だとは思うが。今日はなんて不幸な一日なんだ。二体の繋霊に襲われたことは勿論、学校に電話したらめちゃくちゃ怒られた。そりゃ怒る気持ちもわかるが俺の事情も分かってくれ。無理だが。もともと月五くらいで学校さぼってたからできるだけ学校に行って登校日数稼ぎたいのだが。前は登校日数足りないせいで推薦入試断られたからな。ちょっと後悔した。なんでちょっとなのかというとどのみち推薦は無理だったからだ。三者面談のとき俺が掃除さぼってるのを親にチクった担任は許せない。実際さぼっていたわけではない。だって絶対洋式トイレ使用回数ランキング俺が一位なんだもん。そりゃあ俺が責任もって掃除したいじゃん。トイレ掃除の奴ら掃除適当なのだからな。まあ、トイレ掃除担当が面白い先生なのもあるのだが。いるだろ、生徒から異常な人気を誇る先生。ああいう奴って他の先生からどう見られているのだろうか。あれ、何を考えてたんだっけ。いいや。それで千羽は重傷で寝ているわけだが俺はなにをすればいいのだろうか。家の棚の奥底に眠っていた包帯や消毒液を使ったわけだが一応補充しておいたほうがいいか。ここで一人で買い物に行ってまた襲われる可能性もあるか。そのときはどうしようか。もっと考えればわかることだ。そもそも今襲われることがあれば千羽はこの状態だし俺も力の元の刀をもらってないから無抵抗のまま殺されるか。じゃあ、出歩いてもいいか。もっと考えろ。繋霊は見ればなんとなくわかるが契約者はパッと見じゃわからない。ならば俺一人が出歩いても大丈夫なんじゃないか。もっともっともっと考えろ。学校の自販機で買い物をしているとき俺は一人だったはずだ。なぜ俺が契約者だとわかったんだ。そもそもあの女は俺の姿を見つける前から学校に入ってきていた。まるで俺がもともとそこにいることを知っているかのように。考えすぎか。まあいいや。とりあえず千羽が目覚めたときのために弁当とジュースでも買ってきてやろう。
リュックから折り畳み式の財布を取り出して玄関から出る。鍵は一応かける。コンビニ行く合間に入る泥棒なんているのだろうか。この十八年間一度も泥棒の被害を受けたことはない。泥棒よりも質の悪い奴に人生狂わされているが。ほんっと狂ってる。授業抜け出して家に帰って買い物するほど悪ガキではなかったんだけどな。これも全部あの男のせいだ。あいつだけはただでは済ませない。こんな暴力的になったのもあいつのせいだ。千羽があんな目にあっているのも。
明雨千羽。人の名前を覚えるのは苦手だが、まあ得意な奴なんていないと思うが一回聞いただけで覚えている。初めて会話したとき、あのときのことはよく覚えている。あの時の会話だけよく覚えているがそれ以外は知らない。千羽の好きな食べ物も、生きていたときはどこに住んでいたのかも、趣味も、彼氏がいるのかも。おかしな話だ。友達や家族とでも混乱する話なのに見知らぬ幽霊と命を預けあっているのだ。責任を負う仕事はしたくないんだけどな。人生で一度も学級委員長や生徒会や運動会のリーダーなどはやってことはない。授業中だってめったに挙手することはない。それが突然『命』だぞ。もうわけがわからない。信じたくはないが俺のこの目で見ているのだ。よくまだ生きているな、俺。繋霊か。あと何人いるんだろうな。風の女は契約者は二人ほど殺していると言っていた。もともとは何人いるのだろうか。このまま殺し合いをしたところであの男にたどり着くことができるのだろうか。たどり着く前に死ぬのではないだろうか。変なことは考えないようにしよう。
自動ドアの音がコンビニへの到着を気が付かせる。あれ、ここの自動ドア、壊れて手動になった記憶があるけど今頃だったよな。俺の記憶違いか。まあ、どうでもいいことはおいておこう。にしても田舎のコンビニじゃ平日のこの時間は客いないな。コンビニの中は適温。やっぱり六月ごろの気温が一番好きだ。少し熱いくらいがちょうどいい。冬は起きるのがつらすぎる。布団が俺を飲み込もうとしているぞ、あれ。夏は暑苦しくてすぐに布団から出たくなるのに。布団は気分屋なのだ。ええっと、何を買うんだっけ。ジュースと弁当、あと一応絆創膏とタオルも買っておくか。まったく、どれだけ金使わせる気だよ俺に。別にいいけど。ええっと、なに籠にいれたっけ。コンビニって作った奴天才だよな。なんでスーパーとかあるのに作ろうと思ったんだろうな。どんなに田舎にもコンビニって意外とあるもんな。それでタオルってどこにあるんだ。ええっとこの辺りか……!
びっくりした。この制服は同じ高校だ。見覚えのない顔だ。後輩だな。金髪の背の低い女が突っ立て棚とにらめっこしていた。こいつ絶対気が強い。こういう時どうすればいいか俺はまだ攻略方法を見出せていない。素直にすみませんと言って商品をとるのが模範解答だろう。だが、それは全てがうまくいったときの話だ。ここで俺のすみませんが聞こえなかった場合どうする。相手になんて思われているかわからないこの状況で。なんかブツブツ言ってんな、とか思われているなんて考えただけで嫌になってくる。と昔の俺ならば言っていただろう。ふふふ。だが俺は進化し続けている。そんなことなどもはやどうでも……。
「あ、す、すみません。じゃ。邪魔になってましたか……」
全然気強くない、だと⁉ なんてことだ。人は見た目で判断してはいけないというがそれは違う。表情や仕草にそいつの中身が出るのだ。俺だってきっと出ている。他から見れば嫌な奴だとみられていてもおかしくない。そして確実にこいつは気が強いタイプだと思ったのに違うだと……。俺もまだまだだな。もう少し自分を鍛えるひつよ……
「あ、あの、大丈夫ですか……」
しまった、乱しすぎた。一度落ち着こう。
「あ、あ、ええっと、べつに、ああ」
テンパりすぎだろ俺! なにしてんだよ本当に。負の連鎖だ。テンパりがテンパりを呼ぶ。深呼吸だ、深呼吸。
「ええっと、まだ、正午です、よね……。具合……悪いんですか……」
冷静に考えればそうだ。まだ正午だ。学生がこんなところにいていい時間じゃない。てことはやっぱりこの女、授業さぼっているということなのでは。
「ん、んん。そうだ。少し具合が悪くて早退したんだ。お前もか」
こういう時は相手に合わせることが重要だ。俺が話せばまた変な空気になるに決まっている。少しずつ、少しずつクールダウンすればいい。
「わ、わたしは、ちがう……ます。え、えっと定時制で……バイトしながらだから……」
ああ、そういうことか。定時制ってこんな感じの生活なのか。定時制は定時制で大変そうだよな。で、俺はなにしてたんだっけ?
「あ、この棚に……ようじがあった……んですよね……邪魔してすみませんでした……」
「あ、ああ。タオル買おうと思ってて……」
あ。女が棚から取ろうとしていたのはそう、タオル、しかも最後の、たった一つのタオルだったのだ。
「す、すみません……。さ、最後のひとつ……ですよね、どうぞ……」
頭がオーバーヒートしそうだ。
「ん、んん。タ、タオルの下の電池を買おうと思っていたんだ。うん。だから、おまえが買ってだいじょうぶだ……」
苦しすぎる。絶対逆に気使わせるパターンな奴。
「す、すみません……。ありがとう、ございます……。そ、それじゃあアルバイトがあるのでまた、今度……」
そう言ってそそくさと会計を済ませて出て行ってしまった。調子狂うな。なんか気合が入らない。ああいうタイプの女が一番読めない。ん?
なんかあると思ったら地面にキーホルダーが落ちていた。十字架のキーホルダーだ。あの女が落してったのか。店員に渡しておくか。いや、ここの店員かなり歳とったおばあちゃんなんだよな。なくしそうだし仕方ないから持っておくか。だけど見知らぬ女の私物を持っておくというのはなんか嫌だな。なんていうか、なんか知らないけど申し訳なく感じる。まあいいだろ。定時制とはいえ同じ高校に通っているんだ。それでええっとタオルはもうないしこれぐらいか。俺も会計済ませて帰ろう。
帰宅するときに堂々とできるということは素晴らしい。大学全落ちしたあと外に出かけることで気を紛らわしていたが帰るときは罪悪感が襲ってくる。思い出すだけでも恐ろしい。ただ、今の調子じゃ全落ちする未来は変えられないな。いや、生きられるかもわからないのだが……。
玄関の扉を開ける。ただいまを言わなくなったのはいつ頃だろう。両親は共働きで帰りはいつも八時とか九時だ。出張だってある。別に悲しいことではない。だってなんか親いないほうが開放感あるじゃん。俺の唯一の長所だ。特に自覚はないがよく周りに言われる。お前は気楽すぎると。あれ、これって長所? 天才と馬鹿は紙一重っていうし長所と短所も紙一重なのかもしれない。こんなこと考えている時点で俺は馬鹿に部類されるだろうが。
部屋の扉を開けると千羽はまだ寝ていた。寝ているという表現で合っているのだろうか。気絶しているって言ったほうがいいのかもしれないがまあ、どっちでもいい。無事なのは変わらないのだ。
「ん、ンン……」
扉を閉める音で起こしてしまったか。
「……家……?」
「ああ。まだ動くなよ。ひどい傷だ」
千羽は毛布に半分顔を隠した状態でこちらを見ている。
「これ……雪彦がやってくれたの?」
「なんだ、これって」
「……なんでもない」
なんなんだ、こいつ。ケガしただけじゃなく頭までイかれたのか。まあ、元からイってるようなもんか。だってあの炎の鎧と戦って生きてんだろ。それだけで凄い。
「まあ、その、あ、ありがとう……」
「あ、ああ……」
おい、本当に今日は調子が狂う日だな、どうしたんだ台桜雪彦。お前はこんな正面から礼を言われる人間だったのか。もうなんか、なんかあれだ、なんも言えねぇ……。
「そ、そうだ、台桜は大丈夫だったの……?」
そうだ、俺があの後どうなったとか言わなくちゃな。
「ああ。繋霊に襲われたけどどうにかなった」
千羽は毛布を跳ね除け飛び上がろうとするが予想通り全身が痛むようですぐにおとなしく横になる。
「襲われた! ……って大丈夫なの……」
「おまえがよこしてくれた刀のおかげで助かった。まあ、いろいろあったけど今は大丈夫だ。ていうかまだ寝てたほうがいいだろその傷は」
とりあえず包帯巻いておいたけどどうやらこれでよかったらしい。よかった怒られなくて。ていうかよくそんな傷で人の心配してられるな。やっぱり底知れぬ女だ……。
「とりあえず俺のことはいいけど、おまえはどうなったんだ。なんであんなことになっていたんだ」
千羽は体だけ起こした状態で話をする。俺も床にけつをつけてあぐらをかく。
「台桜が教室でたから、うちもついていこうと思ったんだけど、背中のほうでなんか気配がしてたから振り向いたらあの炎の鎧着けた奴がいた。そしたら攻撃してきたから開いてる窓から飛び出たらついてきたからそのまま戦うことになって、ずっと戦ってた……」
やはりおかしい。明らかに俺と千羽を引き離すために誰かが裏で糸を引いているとしか思えない。偶然が過ぎる。どちらかを殺せばどちらも死ぬならば引き離すというのはいい作戦だ。それにあの炎は仲間がいるところで使うのはたぶん難しい。ならば引き離す意味はわかる。ただ、わからないのはあの炎の鎧が俺たちにトドメをささなかったことだ。俺があそこに来たということは仲間の風の女が死んだということも炎の鎧は知っていたはずだ。炎の鎧の契約者は姿を見せられないってことか。あぁ、俺は大学全落ちなんだぞ。馬鹿にこんな頭使わせやがって。
「炎の鎧は強かったか? 聞くまでもないと思うが……」
「うん。たぶん、二人でも勝てない……」
死にかけた奴に強かったかと聞くのもおかしな話だが。俺もわかっていた。炎の鎧はこれまでの二人と比べると明らかに強い。なんていうか、オーラが違かった。オーラとか全然わからないけど。あるだろ、サッカー部とか見てこいつは明らかにベンチだとか、こいつはエースだとかなんとなくわかるじゃん。そんな感じだ。
「あいつとは鉢合わせしないようにするのが一番だな。けどあいつがいつ現れるかなんてわからない。運次第だな。とりあえずどうにもならないことは置いて、おまえの傷はあのときみたいにすぐには治せないのか」
初めて会った日に千羽は傷がついた体を治し、建物の傷も直したはずだ。レーザーを出す能力だったり風の速さで移動する能力のように千羽の能力は治す能力のはずだ。
「治すのに使う霊力がまだたまってないから無理……。けど、食べて寝ればたぶん明日には霊力は満タンになってると思うから、だいじょうぶ」
なるほど。あの能力を使うのには霊力っていうのが必要なのか。だから、あの風の女たちも連続で使ってこなかったのか。それだけではない。あのジジイが女も自分と一緒に風にするというのは霊力の消費を上げるのか。めちゃくちゃ便利ってだけの話ではなさそうだな。そりゃそうか。人間にも体力とか集中力とかあるからな。当然っちゃ当然か。ならば炎の鎧にも限界があるっていうことか。大人数襲いで霊力を消費させる、って。いや、待て俺が思いつくくらいだ。協力関係にある契約者がいたとしても不思議ではない。だからさっきの話だ。千羽と俺を引き離すために誰かが裏で糸を引いている。んん。わけわからない。だがまだ勝ち筋はあるはずだ。
「ああ。だめだ、あの男にたどりつく前にこんな苦戦していちゃ。もしかしたらあの男も予想外のことが起きている可能性だってある。そうだ、気楽に考えよう。気難しいのは俺無理だ。計画とか作戦とか俺苦手だし。適当が一番だな」
「適当って……。けど焦ってもいいことないか……」