表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

05. 風の女と俺どちらが馬鹿か『C』

 自分でも何が起きているのかわからない。ただ、右手から、右手に握ったナイフから力があふれているのが分かる。まるで、俺が立つ場所だけ空間が歪んでいるかのようだ。突き刺さる刃は消滅し傷口はふさがり力は(みなぎ)る。

 女は唖然としていた。当然だ。俺自身でも状況を呑み込めていないのだ。


「な、なんなの……。傷が一瞬で治った。な、なんなの何が起きてんのよ!」


 わかりやすく戸惑いすぎだろうが。右手を見るとそれまで握られていたナイフ消えており代わりに千羽がもっていた刀と同じものとなっていた。


「刀、折れてるぞ」


 この女に俺は殺されかけた。一時は臓器にまで刃が達した。俺がこいつに加減する理由はなくなった。刀を鞘から出すようにしたから上へと振るうと血が舞う。気が付けばどこかでかかっていたリミッターはなくなっていた。


「この……調子に乗るな…… 調子乗るなよ!」


 女は風の音と共に姿を消す。しかしさっきの動揺はない。体の傷が治っただけではない。相手の行動が分かる。この場でどこから攻撃すれば致命傷を与えられるか。こいつのこれまでの戦いでの癖を考えたときそれはどこか。


「死ね!」

「後ろだ」


 切っ先を避け刀を突き刺す。刀は女を突き抜ける。


「ァ……」


 女は刀を伝うように背中から地面へと落ちる。地面を染める大量の血。聞こえてくる苦しそうな息遣い。女は倒れながらも視線だけをこちらに向ける。


「少し乱してしまいましたね……」


 止まることを知らない真っ赤な液体は俺の足元まで来ていた。


「少しどころじゃないだろ。本性出てたぞ」


 僅かにだが女の口角が上がるのが分かった。


「そうですか……。おかしいと思っていました。力を分けてもらっているのに弱すぎると。力を開放できていなかっただけだったのですね……。そして私が与えた致命傷によってそれが解放された。私に感謝してもらいたいものです……」

「馬鹿か。お前に襲われなきゃこんなことしなくて済んだんだよ。どうせ助からないんだ。最後に言ってくれよ。なぜ俺を狙った?」


 女はわずかな呼吸を整えると言葉を吐く。


「この世界は生きにくいんです……私ははなから最後まで生き残れるなんて思っていませんでした。私みたいなのはもう少し早く死ぬと思ってましたが……ずいぶんと長持ちしたようですね。あの人に直接感謝を言いたかった……。つまらない日常に色をつけてくれた……。私を完成させてくれたんです。それだけで十分でした……。けれどあなたは…………。だからきっと大丈夫です……」

「おい、答えになってねぇぞ」


 瞼が閉じられ首に入っていた力もなくなった。死んだ。人を殺した実感はない。しかし自分を責めるようなことはしない。どちらかが死ぬ結末だった。死にたくないのは当然、死なないような行動をするのも当然、俺は当然のことをしただけだ。こんなを考えてるってことはどっかで罪悪感を感じているってことだ。責めるようなことはしないとか言っておいてなんなんだかな。

 

「いやぁ、凄いね君。俺がこっちで苦戦している間に契約者を殺しちゃうなんて」


 気が付くとあのジジイも消えていた。そうか。あの女が死んだから繋霊も自然と消えたのか。しかし何だこの男、あの戦いを見ればわかる。あの女の繋霊よりも強い。


「おっさん、手抜いてだろ」


 明らかに苦戦していた表情ではない。それにここに来て不意打ちされた時からわかっていた。この男は純粋に強い。不意打ちでしかもあの体制でジジイの一撃を軽々と受け止めていた。だったらどうしてあの時ジジイに苦戦していた。そうではない。していたように見せていた。こいつが本気を出せば瞬殺できていたに違いない。


「買いかぶりすぎじゃあないかい。俺はただの人間だよ? 君たちと違って」


 ただの人間? そんな訳あるか。こいつは繋霊との契約者でもないのに繋霊を圧倒していた。そもそもただの人間は繋霊に力を分けてもらえるといっても繋霊と戦うのには無理がある。つまりこいつはただの人間からは程遠い。


「そんなわけねぇよ。そもそも普通の人間には繋霊は見えないだろ」


 男はポケットから煙草とライターを取り出すと火をつけ口にくわえ、はぁというため息と共に煙を吐き出す。


「どう説明すれば納得してもらえるかなぁ。あぁ、こういう仕事柄でしょ? 霊とかそういうのと関りが深いのよ。そういうことってことでいいかな」


 それは俺も考えていた。お坊さんとか神主とかそういう少し現実離れした力を持っていてもおかしくないんじゃないかって。けれどそれは違う。お坊さんとか神主がこんなにも異次元の身体能力を持っているわけがないのだ。根拠はない。ただ全国にこんなのが大量にいるとか考えられない。それだけである……


「まあ、これ以上聞いても多分答えてくれないでしょ、たぶん。実際あんたには助けてもらったから感謝してる。けどそんな強さを身に着けているあんたなら繋霊を創ったあの眼鏡の男の正体ぐらい知ってるだろ」

 この男が俺を助けてくれたことには素直に感謝している。そしてこんなにも強い奴が近くにいるという安心感は半端じゃない。今回で改めて分かった。いつ襲われてもいいようにしておかなければいけない。


「さぁねぇ。俺がその男についてなにか知っているかなんて今はどうでもいいじゃんかい。それよりも君は自分を気にしたほうがいい」


 自分のことを気にしたほうがいいことはわかっている。今だって運に助けられたようなもんだ。ここにたどり着けなければ俺は死んでいただろう。けれど自分のことを気にしているだけではあの男を攻略することはできない。


「俺はあの男をどうにかしなければいけないんだよ」


 神主は煙草を地面に落とすと足で踏みつぶし小さな炎を消した。


「気づいてないかもしれないが君は確実に成長している。考えてみればわかるさ。君は初めて超常的なことを目にしたとき何もできなかった。それが今日はどうだったかい? 目の前で起こった現実を受け止めどうすれば生き残ることができるか。それを瞬時に判断して行動に移すことができる。君のそんなところにその男も引かれたのかもしれないよ」


 褒めてるのか。褒めてくれているならば嬉しいがそれがあの男にこんなことをされる原因になっているのならばクソくらえだ。それに俺は小中高と先生や友達に褒めらられたことなんて数えるくらいしかない。絶対ほかにもっといい奴いただろ。なんでわざわざ俺なんだよ……。


「俺が成長しているかとかはどうでもいいんだよ。知ってることあんなら教えてくれ」


 地面に倒れたほうきを握りこちらへ顔を向ける。


「知らない、って言っておくよ。そうだ、台桜雪彦君。君の繋霊は大丈夫なのかい」


 そうだ! 早く千羽と合流しないといけない。千羽からすれば心配に決まっている。俺が死ねば千羽も死ぬのに俺がどっか行ってしまったのだ。俺みたいな雑魚が勝手にどっかに行ってしまったこの状況、逆の立場だったらブチ切れる。


「とりあえず、今回は助かった。そういえば名前、聞いてなかった」

()(うら)大呂(だいろ)。ほら、早くいかないと、何が起こるかわからないからね。それじゃあ、また」


 夢浦。聞かない苗字だ。ほうきを持ったまま建物のほうへと歩いて行く。俺も見とれている暇はない。がその前にもう一つ聞いておかなければならないことがある。


「この女、どうすればいい……」


 俺が初めて殺した人間。こいつをこんなところに放置しておくわけにはいかない。冷静に考えれば方法はどうであれ俺は殺人を犯したことになる。殺人犯とか、警察とかこんな状況でもそんなことが頭に浮かぶ自分自身を本当にアホらしく感じるが社会で生きている、生きていた、の方が適しているかもしれないが、そうである以上知らなくちゃこれから先不安よりも重いものを背負って生きていくことになりそうだ。


「ああ、気にする必要はない。俺のほうで適当になんとかするよ。君が契約者であるという事実は社会とは正反対に位置するということを意味する。まあ、本当に気にしなくていいよ、君がこの契約者を殺したからと言って檻の中に捕らわれることもないし、法に裁かれることもない。今はただ目の前のやるべきことをやっていればいいさ」

「助かる」


倒れているチャリを起こしまたがり急いで学校へ戻る。千羽がどこにいるかわからない以上とりあえず学校へ戻るのがいいだろう。千羽も俺を探していたら最終的に学校へ戻るだろう。ていうか学校抜け出してきたんだった。忘れていた。学校中で騒ぎになっているか。それともトイレにこもっていることになっているか。どのくらいの時間が経過したかわからないが今から戻っていたら少なくとも一時間目は終わるだろう。説教は確定か……。


“ボゥッガドン!”


 立ち乗りで爆走しているその時、河川敷のほうで大きな爆発音が鳴った。音の方向を見ると荒々しい真っ赤な炎があたりを覆っている。なんなんだあれは……。わかることは一つ。繋霊が絡んでいる。俺は反射的に炎のほうへペダルをこいでいた。坂を駆け上がるとそこに人影があるのが見える。まさか!

 “ドサッ”と言う鈍い音とともに俺の目の前に何かが転がる。


「千羽!」


 全身のいたるところが焼かれ痛々しい姿の千羽である。普通の人間ならば死んでもおかしくない流血。なんなんだ。次々と何が起こっているんだ……。


「にげて…… あいつは……倒せない」


 千羽の視線の先を追い、振り返る。辺りの草木を燃やしながら炎の中から何かが出てくる。金属のような音を立てながらその姿を現す。中世の銀色の鎧を思わせるような格好をしたそいつは片手に大きな剣を握りゆっくりと一歩そしてまた一歩を踏み出しこちらへと近づいてくるのだ。繋霊だ。あの超人的な千羽がこの様じゃどうあがいても俺は勝てない。ただ何もしないで死ぬなんてことはできない。


「まてまてまて。こっち来んなよ。頼むから来んなって……」


 ポケットを確認するがもうさっきの刀はない。消耗品かよ……。千羽を背負ってダッシュするか。逃げ切れる気がしないし俺の足はもう限界だぞ。ガチャガチャと歩く音は止まることなく近づいてくる。俺は棒立ちすることしかできない。俺の拳でこいつを倒せる気はしないが最後の抵抗だ。やるしかない……。


“ガシャガシャ”


 鎧の男との距離はすでに数メートル。震えてうまく拳が握れないし呼吸は乱れる。だがやるしかない。無理やり作った拳で殴りかかる。

その時、鎧の男が炎に包まれた。何が起きたかわからなかった。ただ我に返ったときはもう鎧の男は消えていた。空気の熱だけがそこに残っていた。


「おい!」


 何が起こったかはわからない。ただ今は千羽をどうにかするのが先だ。横たわる千羽は意識があるようだった。できるだけ傷口や焼け跡に触れないようにして体を持ち上げコンクリートから焼かれていない芝に体を移動させる。


「あ、あいつは……どこ……」


 千羽の瞼がわずかだが開いた。息をするのも辛そうだ。合流できたと思ったらこの状況かよ。

「俺もよくわからないけどどっかに行った。今は動くな。何があったかはそのあとだ」

 そうは言ったもののどうすればいいんだ。病院に連れて行こうにも普通の人間には見えない。包帯や絆創膏が繋霊に効果があるかもわからないしそんな道具はもっていない。家に戻る。そうするしかない。


「掴まっておけよ」


 横に倒れている千羽をおんぶのような形で持ち上げ、チャリにまたがり全力で漕ぐ。確実に筋肉痛が約束されていた俺の足で漕ぐ。一日に二度も死を覚悟したのは初めてだった。そもそも本気で死を覚悟したことはない。普通に生活していればまずない。なによりなぜあの鎧の男が俺のことを殺さなかったのか。殺さない理由がなにかあるということだ。わからない。助かっただけよしとしよう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ