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02. 少女と密室で起こることは期待通りのことじゃないの『B』

「千羽、なにすんだよ!」


 言ったがその理由は聞くまでもなかった。千羽の腕からは真っ赤な血が流れていた。千羽は俺を守った。何から? 答えは目の前にあった。窓ガラス近くの壁に直径五センチほどの穴が開いている。なぜ開いているのか。何もわかっていない俺でもわかる。あの長髪の男が持っている緑色の球体からいわゆるレーザーというものが発射されたのだ。


「おい、大丈夫か!?」


 俺が声をかけるまでもなく千羽はすぐに態勢を整え右手になにかを持つような形を作る。するとびっくりあらどうだろう。彼女のその手にはナイフよりも少し大きめな刀が握られていた。


「すみませんね、急に襲っちゃって。それにしても素晴らしい(けい)(れい)をもちましたね、台桜先輩。おかげで確信できました。あなたはここで殺したほうがいい存在であると」


 ああ、俺もうそろそろ死にそう、ということともうここは俺が知っている現実ではないことはわかった。名前もよくわからない後輩が俺への殺意むき出しの言葉を口にすると髪の長いハット帽の男はもう一度レーザーを今度は千羽目掛けて発射する。千羽は瞬時に避け男との差を詰めると手に握る刀を振るう。長髪の男は避けようとするがその刀は確かに男の腕を切り裂く。


「グッ!」


 長髪の男は硬い表情を動かして低い声を上げると後輩を守るように後ろに下がり、今度は両手に緑の球体を作り出す。そしてその後どうなるかは想像通りである。二つの緑のレーザーが俺たちめがけて放たれるのだ。するとそのレーザーが俺を襲う前になにかが俺の腹を襲う。それは俺の目の前に立っている千羽の蹴りだった。


「イッテェな!」


 誰がどう見ても俺のその言葉は明らかに場違いだった。二つのレーザーのうち一つは千羽の刀と衝突しそしてもう一つは千羽の腹を貫通していた。グロテスクな表現が含まれていますというレベルではない。正直見てられない。自分と同じくらいの女の腹から血が大量にあふれているのだ。しかしそれも含めここは俺の知っている世界ではないらしい。千羽は血を流しながらも衝突したレーザをはじき返しそのまま崩れ落ちるそぶりも見せない。確かに息が切れている音は聞こえる。だがその姿はこの勝負を諦めているようには見えなかった。


「うちらを狙ったのが間違い……」


 荒い呼吸ながらもその言葉の重みは目の前の男たちを動揺させているようにも見える。


「負け惜しみお疲れ様です繋霊さん。個人的な恨み妬みなど一切ないんですけどね。言われてしまったら断れない立場なんですよ、僕は。台桜(だいざくら)先輩と一緒にここで消えてもらいますよ」


 またしてもレーザーが放たれようとするその時、その緑の球体を持つ手が腕を巻き込み宙へと浮いているその事実だけが俺の目に映る。目を移すと千羽がハット帽の男と距離を縮めていたのだ。


「避けろ!」


 後輩のその声だけが教室内に響いた。さっきとは違う余裕を感じさせないその声の方向で勝負の決着はついていた。ハット帽の男の胸部に千羽の刃先を突き刺さり腹部分に達するまで引き裂かれていた。俺にもう少し余裕があれば吐き気がこみ上げてきたのだろう。しかし俺の頭はそんな反射的な反応を忘れるほどめちゃくちゃだった。


「あ、ああ……」


 名前も知らない後輩は声にならない声を発しながら後ずさりをする。千羽は黙ってそれを見つめる。


「あ、ありえない……。こんなの聞いていたのと違う……。予定が狂っちゃうな……。フッフフフ、せいぜい二人で負けレースを頑張ってください……。僕は幸せでしたよ、ここで死ねて」


 声にもならない声はその色味を強くし後輩は膝から地面に倒れこみ、そのまま顔から地面へとダイブするとピクリとも動かなくなった。


「お、おい。そいつ……」


 情けない声である。だがここでかっこつけることなどできるわけもない。本当の腰が抜けるというのはこういうことなのかもしれない。地面から起き上がれる気がしない。


「……死んでる」


 言われなくてもわかる。目の前で倒れている後輩は息をしていない。


「ん、んん。なんも言えねぇ」


 ああ。もう疲れた。この一時間にも満たない時間で一生分の感情の変化を味わった。つまりあれだ。もう寝たい。朝起きて変な夢だったって言いたい。けれども目の前の女、千羽は追い打ちをかけてきやがる。


「それで……。 だいじょうぶ?」


 だいじょうぶ?じゃねぇ。まずお前が大丈夫かって言ってやりたい。腹から血流して辛そうにしてる女に大丈夫って言われるなんて男失格だ。こんな目にあってるのもたぶん人間失格したからだ。

パニック状態の俺を気にすることなく千羽は祈るような容をとる。するとどうだろう。壁にぽっかりと空いた穴は塞がり、地面に生々しく残る血痕、さらには後輩の死体は空気の一部になるかのように教室からなくなった。さっきまでの教室がなくなり新しい教室がそこに作られたような感じ。霊ってこんなことできるの……。絶対違う。こいつがおかしい。こんなことできたらみんな目つぶって毎日祈りささげるもん。


「確実に大丈夫ではない。けどなんとか体に穴は空いてはない……。ま、まずなんだよあいつら……」


 そうだ。普通の人間に千羽(ちはね)の姿は見えない。見えないのに机が動いたり扉が開いたりするのだ。今の調子で外に出ればとんでもないことになるのは考えるまでもない。こいつは普通の人間には見えない。つまり必然的にあの後輩と長髪ハットは普通の人間ではないということになる。


「うん。あいつらもうちらと同じ」


流れ的にあの長髪は霊ってことか。にしてもなんだあのレーザー。なんだあの刀。なんだあの身体能力。そしてなぜ俺らを襲った?


「そんな顔するのもわかるけど……」


 よほど間抜けな顔をしていたのだろう。


「「うちら」と同じって、つまりどういうことだ……」

「うちみたいな霊が憑いてる人を契約者、うちらは(けい)(れい)って呼ばれてる。繋がる霊って。なんで呼ばれてるかって言うとうちらどっちかが死ぬとどっちも死んじゃうから」


 なるほど。繋霊である長髪が死んだから後輩も死んだと。なるほどじゃないけど。


「俺が死んでもお前も死ぬってことか? じゃあ絶対俺を狙った方がいいじゃねぇか。よくわからんけど千羽は刀使ってるしすげぇ身体能力だし」


 だってわざわざ強い千羽を狙う必要もないし俺の方が確実に殺せるもん。


「だからうちができるだけ台桜の近くにいなくちゃいけないから大変なの。そういうことだから台桜も刀使えるようにしておいてよ。練習するならいつでもうちが貸してあげる。ていうか持っておいて、うちの力が少しは使えるから」


 いやいや。貸してあげるじゃないでしょ。使えるわけないだろ。小中高で人の殺し方なんて習いましたか。習ってませんよね。まったくこれだから小中高の教育は役に立たないんだよ。もっと人の刺し方とか実用的なことを教えないと。はぁ……。


「待て待て。それにまだ疑問がある。あいつらも来年の四月からタイムスリップしてきたのか? だとしたら人襲うの慣れ過ぎじゃないですか……」

「違う。あいつらはもともとここの時間の人たち。うちが知ってる限りタイムスリップしてきたのは私たちだけ」


 なるほど。その言い方だと繋霊だかを連れまわしているのはあの後輩君だけじゃないということか。そうなるともう一つものすごく簡単な疑問が生まれる。


「つまりあの後輩やそのほかの繋霊が憑いてる人たちは去年から俺が何も知らないでゲームしているところでこんなことをしていたのか?」


 千羽は机に寄りかかりながら答える。


「うーん……。ここが過去とそのまま一緒の時間なのかも分かんない……けど殺さないと殺されるから」

「なんであいつらは殺し合いをするんだ。繋霊っていう存在を知っている人たち同士で仲良くなったりできそうじゃん。秘密の共有みたいで普通は他と違う優越感にも浸れそうだし」


 千羽は机から腰を上げ窓の方を見る。


「ほかの繋霊を殺さないと自分たちが死んじゃうから。そういう風にうちらは創られてる。うちら繋霊が死ねば契約者だって死ぬ。全部なにもかもアイツが仕組み上げたことだから」


 さっきまでとは一変。話し方に怒りが混ざっていることはパニックに陥っている俺ですら分かる。そして千羽が言う「アイツ」が誰を指しているのかも。


「あの男の目的はなんだ。なぜ繋霊を創ったりタイムスリップさせたり。それもあの後輩を見た限りじゃそこそこ前から繋霊を使って人同士を戦わせてるように思える」


 すると突然千羽の顔が俺の顔に近づく。


「だから! だから、アイツが何かを企んでいてもうちらにできることは一つ! アイツの計画をめちゃくちゃにしてあいつを倒す。わかる。台桜みたいな普通の人間にまで干渉してありえないものを創り出してタイムスリップまでできる奴を倒すことなんてできるはずがないって考えはわかる! けど誰かがやろうとしなくちゃ絶対にできない。うちにこんな力をくれてしかも時間を戻して倒す時間をくれたこと絶対に、ぜぇったぁいに後悔させる。だから! 台桜にも契約者として一緒に戦ってほしい。力を貸してほしい!」


 目の前でこんなに言われて断れるわけがない。それに断る理由もない。俺だってあの男が気に食わないしこんな身近な場所で殺し合いが行われていると知ったら黙っていることの方が難しい。


「しょうがないからやってやる。どうせ暇だし」


 状況はなに一つ呑み込めていないがここからの未来は確実に変わること、そしてこれじゃあ、大学全落ちの未来は変えられないことは容易に想像できた。




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