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26. 最終章 ~影はきまぐれ『C』~

「ずいぶんと君の繋霊は耐えているようだ、感心する。モーシャ相手にこれほど耐えているとはさすがと言おう。言う必要はないと思うがモーシャも私も加減をすることはできない」


 なんだ。ここは……?


「君は高校生だろう? 私は去年から四十に足を踏み入れてしまった。歳の差は経験の差そのものだ。加減もしないし、油断もしない」


 この会話さっきも聞いた。そうだ、甲騨が影の力を使用する前、この直後にあれが来る。


「消えた……」


 やはりそうだ。影に先制の攻撃をする。今やるべきことはそれだ。


「バカな……!」


 この感触。貫いたか。どのみち致命傷になっていることは間違いない。


「……私の力を理解していたのか? いや、仮にそうだとしてもありえない。まるであの位置への移動を知っていたかのような、場面を一度経験していたかのような……」


 目の前の男は赤く染まる胸を押さえながら話す。


「……」

「……フッ。恐ろしいな。最も恐れていたことが起きてしまったようだ。モーシャ、早く片付けろ。状況が変わった。もう殺しても構わな……!」


 突然、影の中から低い音をたてて黒い世界が現れて壊れた。中にいたのは千羽とモーシャ。千羽の刃がモーシャの首の左側から食い込んでいた。


「飛之……。これはどうなってんだァ?」


 掠れた声でモーシャは発する。


「……私が聞きたい。誤算が過ぎる……。我々の理解の範疇を超えたことが起きているということは間違いないが、ありえない……」


 千羽は刀を握りなおす。ここから千羽の顔は見えないが明らかに様子が普通じゃないことは分かる。


「いい顔になってるなぁ、女の繋霊!」


 モーシャが刀を握る千羽の細い腕を掴む。そしてもう片方も手で二の腕を掴み肘を逆方向へと曲げようとする。


「……!」


 だが曲がったのはモーシャの腕だった。何故曲がったのかは分からない。曲がっているという光景だけがそこに映されている。


「飛之。これはマジなヤツだ。正直、俺が死ぬときは飛之が死ぬ巻き添えだと思っていた。けど俺のほうが先に死ぬみたいだ」


 千羽と甲騨の影が繋がる。千羽の影に移り刀で千羽の首を狙う。モーシャでもどうにもできないんだ。不意打ちと言えど簡単にあしらわれる。蹴りを入れられ背中からベンチへとダイブする。


「けど楽しかったぜ。いい経験ってやつか。来世で生せるように頑張るかなぁ」

「ハッ、最後まで君はバカだった、モーシャ。来世には経験は引き継げない」


 モーシャの頭が首から離れた。


「台……桜……」


 ぽつりとそう言い千羽は地面に崩れ落ちる。


「千羽!」


 意識が飛んでる。それだけじゃない、呼吸が荒い。霊力が足りていないのか。傷はほとんどないことから間違いなさそうだがどうすればいい? 放っておけば治るというものじゃないのは見ればわかる。


「……異常なほどの霊力の変化。それに体がついていけていない。霊力が全身に通っていない状態が続けばその繋霊は死ぬ……」


 背後から声が聞こえた。


「甲騨! モーシャは死んだはずだ。なんでお前は死んでない?」

「モーシャの生命力が強過ぎる故、まだ一般的な死んだという状態になっていないのだろう。怯えることはない……。もう数分もすれば私も息絶える……」

「治す方法は?」


 甲騨は地面に座りイスに体重をかけ脱力したその状態で話を続ける。


「私にはここがどこか分からない。夢を見ていたようだ。君と話をした記憶が朧に、だが確かに脳の片隅にある。君が自覚できない君の力というわけか……」

「なに言ってる? 知っていることがあるなら話せよ」

「現実はとても鮮明だ。最後は楽しかった、これならばそう言える。私が殺したかったな……。悔いはそれくらい、ならば良しとしよう」

「おい……」


 その目はここじゃない遠くを見ているようだった。


「君からは加呂佳琴、彼女の匂いがする」

「なに?」

「アドバイスだ……。私は部下の詳細と霊力を把握するのが得意でね。彼女の霊力が君の中にある」

「佳琴の霊力が俺に?」

「失敗から成功への転嫁。結果論でしかないが目の付け所は悪くなかった……。唇か舌か。なにか思い当たることがあるだろう……」


 佳琴、唇、舌。思い当たることはある、が……。


「彼女にやられた同じことを君の繋霊へと行う。そうすれば彼女が君に架けた霊術が発動する。それが君たちを助けるものになるかは分からないがやる価値はあるだろう……」


 ……つまり……。


「わかった」

「それと……」


 甲騨の目の色が乾いていく。


「気をつけろ。そのほかに私が君に言えるようなことはない……」

「ああ」

「少しでもはやく、奴の元へ行くべきだ……。ありがとう。引き継げるといいな……この私の……すべて……」

「……」


 甲騨の首を支えていた力がなくなり顔が地面へと向く。


「うゥ……」

「千羽!」


 なんでこの状況でしなくちゃいけないんだよ。佳琴の奴、どんな霊術を使ったんだよ。まあいい。これは俺の意志じゃない、そう、これは義務なのだ……。


「……」


 閉じていた目を開けた。荒くなっていた息もその顔も落ち着いていた。


「だいざくら?」


 膝にのせていた顔と視線が合う。


「良かった。痛いところはないか?」

「うん。あいつらは……?」

「倒した。千羽が頑張ったおかげだ」

「ほんと?」

「ああ」


 話せる状態にまではなっているか。けど……。


「じゃあ行こう」


 千羽は膝から頭を上げ周りを見る。


「行こうってもう大丈夫なのか?」

「うん」


 しかし立ち上がった瞬間千羽はバランスを崩す。


「無理すんなって……」


 なんとか受け止めるが俺でもいい状態ではないことは分かる。


「けどここで無理しなくちゃ、ここまでの努力が無駄になる。アイツを殺すために今日まで来たんだから、そのためだったらなんでもする」

「……そうだったな。初めて会ったときもそんな会話をした。お前がそう言うなら俺はついてく」

「……ありがとう」

「一つ言っておく。……死んでも生きても、今日まで奢った分、生活費、治療費、全部払えよ」

「は?」

「それだけのために俺は生き返るぞ」

「ふふ……。分かった。それじゃあ行こっか」

「言ったからな。俺は張り切っていくぞ」


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