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24. 最終章 ~影はきまぐれ『B』~

 影を利用した攻撃、防ぐことしかできていない。防御に徹しなくてはまたどこかを切り裂かれる。まるで俺の思考をよんでいるかのような隙の無さ。動きが完全に読まれている。

「防ぐだけでは私を殺すことはできない。もう何回君は私の攻撃から逃げている? 反応もできなくなってきている。それを一番わかっているのは君自身のはずだ。ほらこうすれば」

 影から来る。分かっているが攻撃に転じることができない。両手でなんとか刀を握りしめ構える。


「……早い!」


 なんとか避けることはできたが地面に倒れてしまう。態勢を整えろ。


「遅い。遅すぎる」


 仰向けの状態。追い打ちをかけるように切っ先を下にして勢いよく下ろしてくる。


「くっ……」


 痛すぎる。痛すぎるですまないくらいにやばい。刃先を両手で握り顔を貫かれないように抵抗する。


「手が酷いことになっている。痛いだろう? 離してもいい。そうすれば君は楽になれる。ほら、そんな必死に抵抗する必要はない。なぜ君は抵抗する? この世界は君が想像するよりも退屈だ。君がそんなになって抵抗する価値はない」

「グっ……ン!」


 なんとか刀を避け地面に手をつき起き上がろうとする。


「痛ぇ……!」


 当然だ。さっきまであんなに鋭い刃を握っていた手だ。空気が触れるだけで激痛が走る。だけど殺らなければならない。激痛の中なんとか地面に落ちている刀を手に取る。


「気づいているか、隙だらけだということに」


 後ろから切りつけられたのは分かった。そんな生易しいことではないことも理解した。脇腹を切りつけられた、いや違う。俺の脇腹に刃が食い込んでいる。三分の一にもなる……。だんだんと銀色を紅に染めていく。


「……抵抗する必要はあった。世界が退屈……だとか、そんなんは関係……ねェ」


 口からも血が溢れる……。話すことも難しい。


「あんたみたいな……頭のいい奴は……先ばっか考えてんだろ……。俺は違うんだよ……。今しか考えてねェ。馬鹿から言わせてもらえば、後先考える方がアホだ……。俺は今、生きたいんだよ。誰かのためじゃなく……ただ俺が生きてぇんだよ……」


 意識が薄れる……。


「どうやらそれは無理だったようだ。その体でどう生きる? 君が面白い人間だということは分かった。だがそれだけだ。君は単純に力が足りない。ただ、最後に相手取る契約者が君でよかった」

 

 背後で話す声がだんだんと聴きとれなくなる。感覚が薄れていく。手を抜け落ちる刀を掴む力がない。

はっきりと聞こえたのは刀が地面に落ちる音。


「君は……」


 前にもあった感覚。身体に力が湧き上がる。聞こえたその音が俺の意識を鮮明にする。


「なんか知らんがまだ生きられそうだ」


 地面から風が吹くように体が楽になる。脇腹に突き刺さる刀は砂のように消え去り影を繋ぐ影もなくなりもともと傷なんてなかった、そう思わせられるくらいに体はキレイだ。


「そうか、それが君の力か。おかげで私の刀が消えてしまった。これじゃあ戦えない」


 甲騨は動かない。その場から動こうとしない。俺は地面に落ちた刀を手に持ち足を踏みだす。


「モーシャ。時間をかけすぎだ」


 その言葉に動かされるように甲騨の影は黒い煙を辺りに漂わせる。そして影の中からどろッとあの巨体が現れる。


「千羽!」


 乱暴に髪を掴まれた全身の痛々しい傷が目立つ千羽。


「……台……桜……」


 手の平から汗がジワリと出てくるのが分かったが刀を強く握る。勢いをつけてモーシャへと距離を縮める。


「おせぇな。おまえ」


 簡単に腕を掴まれる。物凄い圧迫感。


「なッ……!」


 体が宙に浮いた⁉ 腕からモーシャの手が離れ目の前に地面が迫る。

 急いで手の平をつきなんとか受け身をとる。


「飛之、こんな雑魚に手間かけすぎだぜ」

「なにを言っている、モーシャ。影の世界に連れて行っても一瞬で終わるから意味がないと言っていたのは誰だ?」

「それだそれ! こいつこの短い期間でこの前より強くなっていやがった。こいつ、霊力も変だ。霊力の把握に優れてる俺でもこいつの霊力が不安定すぎて分からねぇ」


 俺一人でこいつらを殺せるのか。技術面で長けている甲騨と圧倒的な身体能力のモーシャ。こいつらを俺一人で相手することができるのか?


「モーシャ、私の刀が壊れてしまった。あとで創っておいてほしい。それと彼の相手は君に任せるよ」

「こいつの相手? つまらんなぁ。それよりこの女の繋霊にとどめを刺した方が早いんじゃねぇか」


 モーシャは拳を強く握る。この巨体のその動作だけで筋肉が固くなるのがわかる。この毛深い体、浮き出る血管、顔の半分以上を占める髭。そのすべてがこいつへの恐怖の根源となっているんじゃないかと思うくらい、俺はこいつにビビっている。こいつをなんとかする方法、切るしかねぇ。


「えぇ? おまえ、そんなに殺されたいのか。おまえの繋霊がこの様ってことはどうゆうことかってわかってんだろうになぁ」

「おい! 千羽!」


 地面に投げられた千羽の苦しい表情。千羽がこんなになっても勝てない。それと俺が勝てないのは関係ない。関係なくない。むしろ関係ある。


「どうやって殺せばいいかなぁ」


 呑気に語るモーシャ。こいつをどうにかするのにはまず急所を狙う。心臓か首を切りつける。出来るかは関係ない。今は余計なことを考えるな。考えると勝てないに収束する。

 風任せに勢いをつけ勢いをつけて切りかかる。


「おぉ。その姿勢はいいんだけど……やっぱりダメだな」


 腕で……腕で刀を防いだ……。血は確かに出ているが表面上だけだ。まったく中に刃が通らない。こいつの体のところどころに傷はある。この傷は千羽つけたのか。やっぱり千羽はすげぇ。

ん? こいつの皮膚には火傷の跡がある。そうだ、俺は眞貴人に渡されたあれをまだ使っていないけどたぶん千羽は使ったんだ。けどやっぱりこいつには決定打にならなかった。いや眞貴人は中に突き刺せば確実に殺せると言っていた。こいつの体のどこにも刺された跡はない。千羽は突き刺せていないんだ。ちょっとだけでも希望が見えた。


「せっかくだから試してあげよう」


 ……!


「ゴッブゥッ……」


 ただのパンチか、今のが。確実にあばら骨イってる……。変に態勢を変えれば骨がもっと酷いことになる……。ありえない、本当に元人間か? 殴られた瞬間足浮いたぞ……。


「おう、ちょっとは痛いのに慣れてんだな。それじゃあ、もう少しだけ筋肉自慢でもしようかなぁ」

 

腕が掴まれる。抵抗しようとしても腕が動かない。上半身をひねったかと思うとボールを投げるかのように軽々と投げた。この勢いでいったら死ぬぞ!


「ァアア!」


 熱い。どこもかしこも腫れている。背中からベンチにぶつかった……。まともに立てない。倒れたベンチに体が支えられている。クッソが。イテェよ……。もう無理だろこんなんよ。


「モーシャ。彼を相手に油断するものじゃない。彼は未知の力を宿している。殺すことができるときに殺しておくべきだ」

「笑わせんな。こんな雑魚、ッて言いたいところだが俺もなんとなくわかる。こいつらは普通じゃないようだな。じゃあどうするよ、どっちも動けなさそうだし、どっちを殺す?」

「彼らには楽に死んでもらいたかったんだが、もうだいぶ痛めつけてしまっている。そうだな、私の相手をした彼を、楽に殺してやってくれ。刀で彼の首を落としてやってくれ」

「かたな? まあいいか。こいつら最後なんだろ。最後くらい楽に殺してやるか」


 巨体が刀を持って近づいてくる。なんとか腕を動かして刀を探す。

 これは……。

この感触、リュックだ。俺があの刀を入れたリュックだ。ベンチが倒れたときに近くに落ちたのか。刀は中にあるか? ある。この感触はあれだ、間違いない。どうやってあの巨体に突き刺す? 足音は大きくなる。選択肢はない。やるしかない。


「あんまり動くなよ? 動くと変なところに刺さってひどい痛みになっちゃうからな」


 視線だけを動かして確認する。楽しそうに笑っていやがる。こいつの笑顔は純粋だ。その純粋さが恐怖を何倍にもしているのかもしれない。


「あんた……人殺すのがそんなに楽しいのかよ」

「楽しい? 違う違う。殺さなきゃいけないからいやいや殺してるだけ。そんなに楽しそうだったか、俺は」

「ああ……。最高に楽しそうだ。子供みたいな顔してる……」

「そうかぁ。案外顔に出るもんなんだな。けど仕方ない。俺は心がピュアなんだ。ピュアで力も強い、金にも困ってない、どうだ理想の男だろぉ?」


 モーシャが刀を構える。今しかない。チャンスはこれしかない……。


「……じゃあ理想の男、こんぐらい受けてくれよ」


 力任せに刀を前に出す。

腕で防がれるか……。こんな力じゃ体内に刃を入れることはできない。


「なんだそれ!」


 巨体がそう言うのも無理はない。いとも簡単に刃はその太い腕の中に入っていく。そしてその瞬間。


「グォァ!」

「モーシャ!」


 火が燃え移るように炎がモーシャの体内で燃え上がり、外にまで炎は達する。見る見るうちにモーシャは火だるまになり、その場で暴れる。


「ンナゥゥァアァ!」


 何が起きているのか自分でも理解できていない。だがやれることをやったということはわかる。燃えながらもなんとかしようともがくモーシャの動きはだんだんと鈍くなっている。モーシャが弱まるのと連動しているように奴を包む炎も弱まる。

 モーシャは膝をつき顔から地面に倒れる。炎はすでに消えており、そこにあるのは真っ黒の炭と化したさっきまで動いていたとは思えない死体。刃を刺した右腕はすでに腕であった原形もとどめることができていない。

 甲騨はその場に立ちすくんでいる。こいつらを倒すのにこんなに苦労するなんてな。これまでの繋霊と比ではなかった。その場に立つだけで周りに恐怖を与える。力と戦略、契約者と繋霊でどちらも補うことができていた。こいつらが理想形なのかもしれない……。いや、待て。なぜ甲騨が死なない? 繋霊が死ねば必然的に契約者も死ぬはずだ。甲騨が死んでいないってことはまさか……⁉


(あち)ぃ。熱ィ熱ィ熱ィ熱ィ。最ッ高に熱ィよォ」


 立ち上がった……。 黒いその巨体が焦げた皮膚をまき散らしながら。嘘だろ、おい。これでも死なねぇのかよ。こいつの生命力はどうなってんだよ。もはや繋霊じゃないだろ……。


「最高に楽しかったぜェ。本当に死ぬかと思った。ひさびさだ、こんな気持ちになるのは。ありがとうよ、おまえ、ほんとうに最高だぜェ?」


 黒焦げたその顔面で純粋な笑顔を見せるこいつはまさしく悪魔だ。悪魔にしか見えない。どうすればこいつが死ぬんだよ。


「第二ラウンド開始してもいいかい?」


 右腕だったものがボロボロと落ちていくがその笑顔は崩れない。本能で笑っている。この状況を楽しんでいるんだ。化け物だ。振りかざす左腕を防ぐ手段もない。体を起こすこともできない。一方的に殺られる……。


「いくぜェ」


 目を瞑ってたが痛みがない。殴られた感触も。


「千羽!」


 千羽がモーシャの左腕を刀で抑えている。抑えるのが精いっぱい。刀を握る腕は押されている。今のうちに俺がモーシャにとどめを刺す。奴の体は焼けている。前よりは可能性はある。チャンスはゼロじゃない。

両手で地面を押し、膝をつきながら移動し刀を探す。どこだどこに……!


「念には念を重ねておいた。君は本当に、凄いという言葉が似合う」


 目の前に人が、顔を上げる前にその声で分かった、甲騨。体制を変えず恐る恐る自分の影を見る。消えたはずの影の糸は俺の影と甲騨の影を繋げていた。


「いつから繋げてあった……」

「モーシャが動き出してから彼に創らせた刀を私が持った。影の糸はモーシャの創った刀からしか発現しない。君がモーシャに目をとられている間に繋げ、君の前に移動した。こんなに苦戦するとは思わなかった。これが最後だ、さようなら」


 顔を上げたまま下に向けられた刀が振り下ろされるのをただ見ているだけだった。


「台桜ぁ!」


 痛みなんてない。首から喉を冷たく鋭いものが通り抜け、暴れるかのように左右に動き視界は高く広くなる。体が見える。俺のボロボロな体だ。これが死ぬってことか。すでに死んでいるのか。俺は何もできなかった。けど最後に俺を呼んでくれてありがとう。幸せだ。


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