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20. 準備しているときが一番楽しい『A』

 つまらないと言う人間が最もつまらない。そんなことを学校だかテレビだかで耳にしたとき、共感した。なにかとあればすぐにつまらないとかくだらないとかいう奴に限って周りからつまらないと思われている。そう、周りはそいつと違ってそいつをつまらない奴だと思うだけだ。だから本人は周りからつまらない人間だと思われていることに気が付くこともできずにつまらない人間になっていく。つまり今俺が何を言いたいかというと、俺も周りもほんとつまらねぇ奴だということ。


「保橋先生の目的は君たちさ。君たち二人以外は眼中にない」


 時空を歪めて、繋霊や契約者たちに殺し合いをさせてその目的が俺と千羽? もっと面白いことを言え。つまらねぇつまらねぇ。俺がつまらない人間だということは重々承知ですから、頼むからもっと笑えることを言ってくれ。


「これまで保橋が行ってきたことが俺と千羽だけのためって……。絶対選ぶの間違えてるだろ。俺より優秀な奴は五万といるぞ」


 気が付けば月の明かりが出しゃばり始めてきた。薄暗いこの部屋の中ではそれがよくわかる。背の低い丸いテーブルを囲んで千羽、眞貴人、夢浦、そして俺が夢浦と対面する形で座っている。


「まあまあ、そんなこと自分で言うと悲しいだろう」


 少し笑みを見せながら夢浦が言う。


「短い間だが俺も台桜君を見ていた。君は直感的に動けるし鋭い判断力も有している。だが保橋先生が君たちを狙う決定的となる理由はわからない。わからないからこそ、ここまで彼の思うように俺たちは行動してきた」


 保橋の思い通りに行動してきた? どういうことだ、それじゃあ全てが思うつぼだ。


「保橋の思い通りに行動することでこっち側にどんな利点が生まれるんだ?」

「彼が新しい策を練る必要がなくなる。彼が俺たちの予想を上回る動きをすることはできないということだよ。だがそれは彼からも言えること。俺たちの動きは彼にとっても簡単に予測できているのかもしれない」


 なんだよ、結局保橋の悪事を止める決定打はないということか。それよりも先にぶつけておきたかった質問がある。


「それで、保橋の話はとりあえず措いておいて夢浦大呂、あんたは何者なんだ」


 その言葉を聞くと夢浦は袖辺りからライターとタバコの箱を、タバコ本体を取り出すと火をつけ天井を見ながら息を吐きだす。


「俺は“()藍者(らんしゃ)”、と呼ばれるもの。まあ、君たちは耳にしたこともないと思うけれどね」


 これまた突然訳も分からない単語が出てきた。霊藍者? なんなんだよそれ。そろそろ単語カード作った方がいいか。いや、受験勉強でも作ったこともないし無駄か。


「霊藍者が具体的にどういうものかというと、霊が見えんだよ」


 霊が見える? 


「だから繋霊も見えるんだよ。けど、それだけじゃあない。一般的に言われる霊というものも見ることができる。例えば、普通の人間には背後霊と呼ばれる霊が、その人間を他の霊から守るために必ず憑いている。俺はそいつも見ることができるんだよ」


 一般的に言われる霊というもの……。つまり繋霊は一般的じゃないと言いたいのか。確かに言っていたな。繋霊は保橋が創った。だがその話を聞くとますますそれが信じられなくなる。


「霊がいるってのはわかった。つまり今、お前には俺の背後霊が見えているって訳か」

「普通ならそうなんだけどねぇ。契約者には背後霊はいない。正確には台桜君の場合、千羽ちゃんがそれを取り込んでいる」


 取り込んでいるだと。ややこしくなってきた。


「繋霊は繋霊を以外の霊を見ることはできるのか?」


 夢浦はタバコを机に叩きながら答える。


「そこだ。繋霊っていうのはどうやら他の霊を見ることができないらしいよ、そうなんだろう、千羽ちゃん?」


 千羽は難しそうな顔をしながらも会話を理解しているようで、首を縦に振る。


「人間には見えず、ほかの霊を見ることができない、つまり繋霊という存在はこの地球に初めて発現した異端な存在なんだよ。それも保橋先生一人の手によって創られたね。どうやって繋霊を創り出したか、最終的な目標はなにか、彼に問う必要があるんだよ。当然、彼もそう簡単に言ってはくれないだろう? だからどうにかしなければならない」


 繋霊。保橋朝宏がなにかしらの目的のために創った異質な存在。他の霊がなんちゃらとか難しい話も出てきたが俺が今やるべきことは保橋を捕まえて元の日常を手に入れること。俺や千羽には明確な目的がある。ならば夢浦の目的はなんだ。保橋の創り出した異質なそんな存在である繋霊を研究することか。そもそもこいつが一人で動いているとは思えない。こいつは上からの命令に従っているだけじゃないのか。


「それで、あんたの目的はなんなんだよ」


 新しいタバコを取り出して加える。


「いやー、君は俺を怪しいと思っているんだろう? 君の想像通り、俺も俺のほうでかなり忙しいんだよ。今のまま彼の思い通りにさせ続けるわけにはいかない。大げさに言ってしまえば彼の技術は世界を変えるものなのさ。体験した君なら直感的にわかっただろうさ。彼の力は世界に存在してはいけない。細かいことは話をややこしくするだけさ。要約するとこんなところだよ。それで、疑問はまだあるかい?」


 互いの利害は一致しているって、そう言っているのはわかった。


「あんたの力を見る限り、相当なものだった。たぶんあんたの仲間には俺らよりも強い奴

が多くいるはずだ。なんでそいつらを連れて保橋を捕らえない」


 世界規模で保橋が脅威となりうるというのはわかった。ならばこいつが仲間を連れて止めればいいはずなのだ。そうしない理由。仲間を巻き込んで死人が出てしまうリスク。もしくは夢浦一人で十分なのか。時間がおかしくなって過去と同じような時間を過ごして霊と出会う、それぐらいの俺が想像もつかない理由があるのか。



「さっきも言ったように俺たちは忙しいんだよ。それと細かい理由がいくつも折り重なってこうする結論を出したのさ。怪しむのもわかるがどうか、信用してほしいものだね」


 するとずっと黙っていた眞貴人が口を開いた。


「それで保橋を捕まえたとして、歪んだ時間は元に戻るんですか」


 一番、聞きたかったことを聞いてくれた。歪んだ時間が元に戻り、こんな繋霊という奴らと殺し合いをする世界なんてなかったことになるのか。それで俺は納得いくのか。


「正直俺もわからない。だけど、一つ言えることは時間を歪められたのは一度だけじゃないということだよ」


 俺が経験したあれだけじゃないっていうのかよ。もう脳トレより脳トレしてるぞこれ。じゃあ、大学全落ちした過去もあれも時間が歪んだ世界で起こっていたことだっていうのかよ。まあ、そうだよな、普通全落ちしないよな、うん……


「一度だけじゃない? なんであんたはそんなことわかんだよ」


 タバコを持った手で長く後ろに固められた髪の中の頭皮を掻きながら俺に向かって夢浦は言う。


「それが俺の仕事だからさ。安心していいよ、何十回とかそんなレベルじゃあない、ほんの数回さ。俺も完璧じゃない。少しの見落としはあるだろうけど」


 少しの見落としとか、何十回とかそんなことどうでもいい。あの一回だけじゃなく他にも時間が歪んでいたことがあって俺に気が付いていない自分に驚いているのだ。時間が歪むというのがどんなに恐ろしいことか俺が一番理解しているといっても過言ではない。それなのに気が付くことができていないなんてそんなことあるのか。


「状況は分かったっちゃ分かった。しっくりはしないけど元の世界に戻れるんならとりあえずはいい」


 フッ、と煙交じりの息をふきだし言葉を続ける。


「そいつは良かった。それともう一つ話さなければいけないのは、あの繋霊と契約者だね。彼らについては眞貴人君のほうが詳しいだろう?」


 夢浦が眞貴人のほうへ視線を向けると口を開く。


甲騨飛之(こうだひの)とモーシャ・ガルロロ。あいつらは単純に強い。これまでに二回、あいつと戦った。決着はつかなかったが俺の繋霊とあいつの繋霊は相性が悪い。これまで互角だったのはあいつらが繋霊の力を使わなかったからだ。理由はわからない。相性が悪いのか、こうなる未来を見越して温存してたのかは知らないが俺と俺の繋霊じゃあいつらに勝つことは難しい」

「つまりどういうことだ。まずあいつをここにいる全員で叩き潰すってことか」


 眞貴人は首を横に振る。


「まあ、と言ってもそれは後付の理由みたいなもんだ。お前ら二人で保橋のもとに向かわせる方が危険というわけだ。簡単に言っちゃえば甲騨飛之とモーシャ・ガルロロ。あいつはお前らに任せたいってことだ、台桜、秋雨」

「俺は全然かまわない。むしろあいつは俺が戦う必要がある」


 あいつのやり方は気に食わない。用なしになった佳琴を道具であるかのように扱った。あいつも保橋の被害者なのかもしれないがもはやそんな問題ではない。あれ、そういえば佳琴は……。


「安心しろ。あいつの部下だった女は今頃病院だ。俺らはこの神社に移動したがあいつは上手く病院の目の前に移動させた。見たところひどい傷だったから助かるかはわからないが」

「そうか」


 少し間が開くと夢浦が両手を叩き音をたてる。


「まあ、強引だけど状況は理解してもらえただろうしこれからの動きを説明していくよ。本当は今すぐにでも捕まえに行きたいんだけどそれは厳しい。月曜日、明日の夜、終わらせに行きたいんだよ」

「具体的にどうするんだ」

「さっきの話の通り、眞貴人君には保橋先生を、台桜君にはあの契約者たちを相手してもらいたい。俺は臨機応変に動くよ」


 タバコの火を消し、ふぅ、と一息つくと話を続ける。


「数年前に駅前にマンションが建っただろう? 保橋先生はあそこにいるよ。彼はあの場所で研究を進めている。地下か何かを造っているのかわからない。それゆえ、中がどうなっているのかわからないが間違いはないさ。契約者のほうは……眞貴人君に説明は頼もう。俺が知っている大体のことは眞貴人君に説明してある。それと今日は泊まっていくといい。なにがあるかわからないからねぇ。風呂場もあるし近くにコンビニもあるからいいだろう? 適当に過ごしてちょうだい。それじゃあ、明日、必ず成功させよう。俺は仕事に戻るよ」


 そう言って夢浦は部屋を出て行った。部屋の中には眞貴人と千羽と俺。タバコの臭いにおいが残る中、眞貴人が口を開いた。


「どうする、秋雨、風呂はレディーファーストでいくか?」

「別にいい。そもそもうちは繋霊だから風呂入んなくて大丈夫だし」


 からかうようなその口調に怒ったような呆れたような返しをする。


「毎日風呂入んない女なんてきったねぇの」

「うるさい!」


 なかなかの強さで脇腹に蹴りを入れられる眞貴人。蹴られた部分を抑えながら苦しそうな顔を見せる。


「そう言えばお前の繋霊はどこにいったんだ」


 あの炎に包まれた巨大な鎧。考えてみればあんなのがこの部屋にいたらいたでシュールな光景なような気もするが。


「あいつにはいろいろ見張らせてんだ。甲騨飛之が動きを見せるとすれば現れる場所を転々としてる。まずあいつが負けることはないから大丈夫だ」


 確かにあの鎧が負けている姿はなかなかに想像できない。そして眞貴人はあの繋霊と普段どんな会話をするのだろうか。そもそもあの鎧は喋ることができるのだろうか。糞が付くほどどうでもいいが少し気になってしまった。


「てことはあいつらがどこにいるのか把握できてんだな」

「ああ。甲騨の目的は自分以外の繋霊と契約者を全員、それと保橋を殺すこと。叩ける状態にある契約者は俺たちだけだ。都合がいいだろ。だが保橋と甲騨、俺たちは同時に奴らを潰す必要がある。そして最悪な場合を想定して別々な場所で戦う必要もだ。俺はなんとかできる手立てはあるがお前らはどうだ、甲騨飛之とモーシャ・ガルロロ、あの二人をどうにかできる手立てはある?」


 ある。と言いたいところだがそれはなかなかに難しいことだ。さっき戦った感触じゃあの繋霊、モーシャ・ガルロロとやらが問題となってくる。普通の繋霊を簡単に倒すほどまでに強くなった千羽をいとも簡単に苦しめていた。あいつの相手をできるかと千羽に聞くのは少し躊躇われる話だが……


「できる。うちはできるよ……」

「お前、さっきボコボコだったじゃねぇか」


 反射的に言ってしまった。殺し合いをしている、そんなことを俺は少しでも忘れていた。だがあの繋霊、モーシャ・ガルロロと対峙した時感じたあれは間違いなく恐怖。あの巨体と圧倒的な強さを目の当たりにして絶望した。俺だってあいつは許せない。俺の手でどうにかしてやりたい。だが戦って勝てるということが想像できないのだ。


「さっきのは急だったから。準備すればどうにかなる……と思う……」


 たぶん思っていることはこいつも一緒だ。現状勝算を低い。


「おいおい、自信なくしてんじゃん。まあ、勝ち目が薄い中戦いに向かわせるってのもあれだろうからこんなのを創っておいた」


 そう言うと眞貴人は立ち上がり一度部屋の外に出るとすぐに元の位置に戻ってくる。


「刀?」


 両手に持った二本の鞘に入れられた刀を見ると発した声が千羽とかぶる。


「ああ、見たまんま刀だ。繋霊が創りだす刀とは違う。契約者じゃない普通の人間にも見える本物の刀だ。だが刀自体は普通じゃない。こいつの中には俺と俺の繋霊の霊力が込められてる。膨大な炎の力が込められてるって訳だ。状況に応じて使ってくれ。間違いないのはこいつを体に突き刺すことだ。体の内側から焼かれれば例えモーシャ・ガルロロでも戦闘不能に陥らせることができるはずだ。繋霊としての攻撃的な力がないお前らからすればいい道具だろ? ちなみに消費期限はこいつを開放して三分といったところだ」


 間違いない。千羽の回復させる力は戦闘での直接的な恩恵はない。その分連戦にも対応できるといういい点があるが今回のような場合はこういう武器があった方が助かる。


「そんな強力なのが二本もあるなんて太っ腹だな」

「その分授業終わるごとにジュースおごれよ」

「たぶんな」


 それぞれ刀を受け取る。いつも手にしている刀より重量があるように思える。いつもより疲れているだけか。とりあえず刀を床に置く。


「眞貴人、俺が一番風呂もらうわ」


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