19. 少女と出かけることになる『C』
その妙に落ち着いた声の聞こえた方向は背後。
「誰だ、お前……。いつからそこにいた……」
体が強張る。目の前の男の表情、余裕が滲み出るその表情は不気味だ。
「彼女が答えにくそうだったからね。私が直々に名乗ろうと思いここへ来た」
「そうかよ。お前が黒幕ってわけだ」
男は自分の手に持った刀をじろじろと見ている。
「黒幕なんて大層なものじゃない。話をする前にやっておくことがある」
直後、男は手に持っていた刀をこちらへと投げた。しかしその刀は俺に掠ることなく後ろへと飛んで行った。
「君はよく働いた。感謝している。ただしもう用はない、さようなら」
「⁉」
後ろを向く。男の刀は佳琴の腹部を貫いていた。
「お前!」
うすら笑いを浮かべる男。自然と体が動いていた。それは千羽も同じだった。同じタイミングで切りかかる。
「ああ。そこの繋霊。気を付けたほうがいい。自分の身を守るべきだ」
そう言い男はなにもない地面から何かを握る仕草を見せるとその手には刀が握られていた。
「勢いだけでは私を殺すことはできない。それと、君の繋霊は大丈夫かい?」
同時に切りかかっていたはずの千羽は刀で身を守っていた。対峙しているのはパッと見ただけでもわかる二メートル越えの毛深い大男。いつからそこにいたのかわからない。
「おい、飛之。お前が言わなければ不意打ちで殺れてたのに」
「いや、そうでもない。それは彼女の実力さ。モーシャ。君も見ただろう。その繋霊は少しは楽しませてくれそうだ」
俺の刀を受け止めながら余裕を見せて会話している。なんなんだこいつは……。
「おい、佳琴はお前の仲間だったんじゃねぇのかよ……」
男は繋霊から視線をこちらへと戻す。
「君にはそう見えたか? 私と彼女らは対等な関係じゃない。部下だ。不要になれば切り捨てる。私だって無駄なことはしたくない。ただ、余計なものは切り捨てる。当然のことだ。自分の感情に頼っていては勝てない、そういうものだ」
「それが今の行動とどう関係があるか分からねぇな」
「君もわかっているだろう? 彼女も、そのほかの繋霊たちにももう用はないと言っているんだ」
本当に糞みたいなやつがいるなんて思っていなかった。
「じゃあ俺はお前を殺す」
「なぜそんなに感情的になる? 今まで生き残っているならわかるっているはずだ。私たちは保橋朝宏という人間が用意した実験台だ。すでに生き残っている契約者は片手ほどもいない。私は彼に感謝している。退屈な決まりきった日々を変えたのは彼だ。ならば私も彼が想像もできないことをしたんだ。聞くことも山ほどある。そして最後は殺す。それが私からの恩返しだ」
「そんなことどうでもいい……。お前が見ている世界が全てだと思ってんじゃねぇよ。俺も糞みたいなやつだけどお前は俺の何百倍も糞だってことだ!」
“ドォン‼”
切りかかろうとした瞬間、隣で何かが鈍い音をたてて地面に叩きつけられる。
「千羽!」
なんでだ。千羽はそこら辺の繋霊なんて比にならないくらいに強くなっていたはずだ。それなのになんでこんなことになっている?
「ああ、ああ。こんなもんか。期待しすぎちまったか?」
「さすがだな。もう終わりにするのか?」
「そうすっかな」
大男は大剣を振りかざす。化け物。そう言うのがふさわしい。その姿はどこかの神話に出てきても驚かない。だが、今しかない。切れ。
「なッ……」
「えぇ? いい度胸だな。けど、実力が伴ってない」
素手で受け止めやがった……。不意打ちを素手で。こんなの勝てないだろ……。
「どっちを殺してやるか。特別に人間のほうにするか!」
振り上げた腕をこちらへ向けた。そして下ろされた……!
“ガン”
赤い炎に包まれた巨大な鎧。俺の目の前で大男の大剣を刀で受け止めているそれは間違いなくあの鎧だ。
「炎の鎧!」
炎が鎧を纏う炎が大男を襲う。大男は後ろに下がり大剣を振り炎を消す。
「おおっと、驚いたぜ。お前がここにくんのか。どうする、飛之?」
「少し、予定が狂ってしまった。台桜雪彦。君とはもう一度刀を交えそうだ。そのときは、いい勝負をしよう。モーシャ、引き返そうか」
言葉を発した契約者男の元にも燃え盛る炎が襲い掛かる。炎が男を包み込んだ、そう見えたが男は、気づけば巨大な繋霊までもが姿を消していた。
「どういうことだよ……」
理解が追い付かない。この短時間で色々なことが起こりすぎだ。
「うッ……」
「千羽!」
地面に倒れこむ千羽に駆け寄る。
「……大丈夫。まだ霊力もあるしこれくらいなら自分でどうにかできると思う……」
「思うって……。まあ、とりあえず喋れるだけ良かった……と思うことにしておく」
重症じゃないだけましだ。それに千羽の能力は回復だ。なんとかならないことはないだろう。だが問題はこいつだ。炎を纏った鎧。なぜ俺を守った。それともさっきの男と敵対関係にあるだけか。すると背後から声が聞こえる。
「お疲れさんだな、台桜」
聞き覚えのある声だ。
「……眞貴人!」
なんで真貴人がここにいる。それにこれは……。
「悪いな、いろいろ言ってないことがあって。こういうことだ」
眞貴人の右手が炎に覆われる。
「眞貴人、お前が炎の鎧の契約者か……」
「そうだ。俺が炎の鎧の契約者、かつ契約者第一号だ」
「……どういうことだ?」
眞貴人が初めての契約者だと? おい、次から次へとなんなんだよ。
「言葉通りだ。俺たちが保橋朝宏が創った、初めての繋霊と契約者。だからこそ、俺が今お前の前にいるんだ」
敵か味方かもわからない。こいつの言葉をどう受け取る……。
「わかんねぇ。どういうことなんだ」
「保橋朝宏。あいつの狙いはお前だ、台桜。それと秋雨千羽。保橋はお前らの力を利用しようとしている。詳しいことはこれから話す。秋雨。お前からも言えよ。お前を強くしたのは俺たちのおかげだって」
千羽が強くなったのは眞貴人のおかげ? 千羽は眞貴人と一緒に特訓していたって訳か。だがそんな簡単な話じゃなさそうだ。
「そうなのか、千羽」
「……うん。とりあえずこの人たちは敵ではない……と思う……」
「思うか……。現に今助かったのは事実だからな。それで眞貴人、なんでお前が契約者なんだよ。いつからこんなことが起こっているんだ」
眞貴人は右手の炎を手の平から砂のように地面へこぼすとその炎は周りを囲む。
「念のためだ。炎で壁を創っておく。それでいつから俺が契約者かという質問は、もはや意味がない」
「意味がない?」
「そうだ。保橋はお前を過去に戻したんじゃない。時間を歪めたんだ」
時間を歪める? どうやってそんなことができる。過去に戻ったんじゃなくて時間を歪めているってそんな話理解できるわけがない。まだ過去に戻ったといわれた方がしっくりきたのだが。
「時間を歪めてどうすんだよ。それに他の人間はそれに気づいていない。普通の人間や繋霊でさえもだ。なんで俺と千羽やお前だけが気づけてんだよ」
「一つ言っておくと俺も気づけていなかった。俺がお前に説明できる程度の知識があるのは教えてもらったからだ」
教えてもらった? 誰に。
「意外と時間がかかったな」
眞貴人はそう言って手を空に向けると周りを囲んでいた炎は消え去った。
「ここは……」
見覚えがある建物。地面には無造作に置かれたほうきが倒れていた。
「お前も来たことがあるだろ、ここの神社」
横を見ると千羽も同じように周りをきょろきょろと見まわしていた。
「「お、成功したみたいだ。こういうのはあまり得意じゃないんだけどね」」
声の方向を見るとそこには見覚えのある顔。
「あのときの……夢浦……大呂、だっけ……」
「おお、名前まで覚えてくれていたなんて嬉しいね。それで、調子はどうだい、台桜君」
なんだ急に調子どうだいって。言うまでもなく最悪だ。分かってて聞いただろこいつ。
「いいわけがない。いろんなことが一気に起こりすぎて整理がついてない」
フッ、と声にならない笑いを呟くと夢浦は話をつづける。
「まあそう不安な顔するのもわかるけどとりあえずは大丈夫さ。外で立ち話っていうのもあれだから中へ入るといいさ」
そう言うと夢浦と眞貴人は本堂がある方へ歩き始めた。
「なか、入ったことある?」
千羽は複雑さが垣間見える表情をしているがたぶん今、俺もそんな顔をしている。
「ない。ていうかお前、歩いて大丈夫なのか」
「心配しすぎ。台桜こそ大丈夫なの……?」
「あんな巨体と戦ってたお前に言われたくねぇよ」
久しぶりに気が抜けた状態で千羽と話をしている気がする。気が抜けたと言ってしまえば語弊があるのだが、大丈夫だと自分に言い聞かせることは大事だ。そうやってブラック企業にでも順応していこう。こういう考え方は危険だ。就職先がブラック企業だったらすぐさまやめてしまえ。まあ、俺は働いたこともバイトしたこともないんだけれど。
……。
「すまんかった。あのとき、お前がいなくなっても見つけれなくて。それと毎回なんやかんや助けてもらって」
「いや、全然だいじょうぶ。うちが勝手に外出てっただけだから。それにうちは台桜の繋霊だし。うちのほうが強いんだから守るのは当然……ていう……」
わずかな沈黙が倍にも、その倍にも感じられた。
「じゃ、家のトイレットペーパー買い足しとけよ。お前の消費量すごいんだからよ」
「ハぁ? デリカシー無さすぎ! それにうちは台桜の繋霊ってだけでパシリじゃないんだけど!」
「そうだっけか。まあ、俺らもあっちのほうに行くか」




