18. 少女と出かけることになる『B』
下にカスがたまったポップコーンの入れ物と氷がこすれ合う音がするコーラの入れ物を係員に渡して外に出る。疲れた。映画もそうだしその他もろもろ疲れた。いちいち俺の経験にないようなことをするなよ佳琴。お前は映画に集中して本当にビビっているだけかもしれないが俺の顔色が今日一日で変化しすぎてこれからずっと真っ白だぞ。ほら、疲れすぎて意味わからないことになってる……。
「……こ、こわかった、です……ね……」
「……ああ、そうだな……」
インフルエンザかよってくらいに全身熱かったのが今ようやく平熱に戻ったような気がする。とりあえず達成感はある。何もしていないのだけれども……。
「……おなか……すいた、かも……」
「どっか近くにあるっけ」
時間はまだ四時過ぎ。夕ご飯はまだ早いかもしれないが俺も少し腹が減ったところだった。なんたって今日は十秒ゼリー一つとポップコーンしか腹に入れていない。それに人が多くいるところで食事は嫌だ。なんなんだあれは。名前をつけてくれ。だが普段行くとこって回転寿司とかチェーン店のハンバーグ屋とかだぞ。こんなところでいいのか?
「……近くの、屋上がついてるレストラン……どうですか……」
「い、行ったことなかったし行ってみたいな……」
あぶない。提案されなければ回転ずしっていうところだった。ほんっとこういうところだ。仲いい女とならどこでもいいがこういうある程度距離がある奴と行くところをすぐに言えるような奴がリア充に。仲いい女なんていたっけ? はぁ……。
外に出ると少し冷たい風が俺たちを迎える。やっぱりこの辺の時期か秋が好きだな。極端じゃない気温がいい。たまに冬とか夏が好きな奴がいるがあいつらはどういう神経してるんだ。それはそれとしていろんな店の旗や看板を見ると過去に戻っているということがよくわかる。分かったところでなにもないのだが。
「このレストランに来たことあんのか?」
「……まえに、一回だけ……」
すげぇな。女同士ならこんなところにも来るのかよ。俺が友達とこんなところに行くって想像もできないもんな。いや、女同士? こんな顔して彼氏がいたことがないはずがない。きっと彼氏に連れられてきたのだろう。なんて彼氏だ。こんなところ行くなんて。俺が女とこんなところにいくなんて想像もできない。今来たのか。
「いらっしゃいませ。屋上をご利用ですか?」
「あ、はい」
「コースはお決まりですか?」
「いや、なにがありますか……」
「通常コースや季節限定のコースなどがありますが」
メニュー表をみせられるがどれがいいのかいまいちわからない。
「じゃあ、この季節限定コースで」
「わかりました。そちらのお客様は」
「わ、わたしも……同じので……お願いします……」
「了解しました。それでは上でお待ちください」
メニューの中だったら安めで甘そうなのを選んだが、まあこれでよかったか。それとよくわからないがせっかく屋上があるんだから行かない理由はない。見るからに俺が踏みつけていいとは思えない絨毯の上を歩き階段を上がる。
「すげぇ……」
食事するフロアと夜景を眺める場所は分かれているようだが十分にここからでも景色がキレイだということはわかる。ていうかあっちのフロアに行こう。今の時間でこんなにもキレイなんだ。夜はもっとキレイなんだろう。こんなところあったなんて先に言っておいてくれ。言われたとしても一緒に来る人がいないんでした、はい。
「いい景色だな」
「……は、はい……」
席に戻り背もたれに体重をかけて座る。間もなくして料理が運ばれてきた。メニューに描かれていた通りの料理だ。当然のことだがたまに名前だけ同じで見た目が全然違う料理出てくることあるからな。
「いただきます」
「……いただきます……」
それにしてもあれだ。なんかこう、食うのがぎこちなくなってくる。食う速さも少し落とさなくてはいけない。俺の空速度は俺のチャリ速度と比例している。あまり早く食いすぎても佳琴を急かすだけだ。
「男友達以外とあんまり飯食わないからなんか慣れないな」
「……そうですね……わたしも、そういう……経験がないです……」
嘘つけ。その顔で男と食事行ったことがないは馬鹿でも見抜けるぞ。こんな食事をして映画を見て今日だけは俺もリア充だ。こんなのが毎日って逆に疲れるんじゃないか。そうだ、疲れるから俺はあえてリア充から遠ざかってたのか。うん、なるほどなるほど……。
ガラス張りの外の空はすでにオレンジ色になっていた。皿の上にはソースだけがべったりとくっついている。佳琴の食べる速さに合わせたがゆっくり食うと意外と腹にたまるもんだと思った。ダイエットするときはゆっくり食べた方がいいってことか。勉強になった。
「……きれい……ですね……」
ふと佳琴の声が耳の中に響く。佳琴は両手を太ももの上に置き外を見ていた。
「そうだな」
夕日に照らされる空は神でも降りてきそうなくらいに神々しい。こんなにも空に見惚れたのはいつぶりだろう。小学校の塾帰りぶりかもしれない。スマホも持っていなかったあの時期に勉強が嫌いすぎて空を見て勉強なんとかなんねぇかなって思ってたな。
懐かしいものを思い出した。佳琴と一緒に俺はもう一度外へ出て改めてその景色を見る。扉一枚でもずいぶん見え方が違うものだ。
「……好きです……こういう景色……」
体が熱くなった。佳琴が俺の腕に寄り添う。佳琴の肌の温もりがわからなくなるくらいに俺の体は熱くなっている。目と目が合う。佳琴の顔が俺の顔へと近づく。顔を見れるはずがない。視界にあるのは背伸びをするその佳琴の姿。佳琴の腕が俺の首を包む。
やわらかい。深い。なんだこのやわらかいものは。なんだこの口の中に広がる感触は。気を抜けば意識が飛ぶ……。
「……」
どれぐらいの時間がたったのだろう。わからない。いつの間にか目を閉じていた。あの感触はもうない。目を開けると佳琴がこちらを見ていた。
「あ……」
「ごめんなさい」
混乱が混乱を呼んだ。
勢いよく誰かに横から押し倒された。視線を向けると俺の立っていた場所には大きな十字架が立っている。なんだ。さっぱり訳が分からない。
「台桜、だいじょうぶ?」
「千羽!」
何回目だ。また千羽に助けられた。状況が呑み込めない。とりあえずわかることは……佳琴が俺を攻撃したということだ。
「事情はあとで説明する。今の敵は……」
「佳琴ってわけか」
佳琴が十字架を持つ手を空かざすと十字架は刀ほどの大きさにまでなっていた。
「……シスター……」
その十字架を空に向けたままそう言うと目の前に一人の女が現れる。
「お待たせしました。敵は目の前の二人、ですね」
シスターの格好をした女はこれまでの繋霊と同じように何もない空間から刀を創り出す。だがその刀はすぐに人間の大きさほどの十字架へと形を変える。
「私に驚いているのですか? 契約者と繋霊は互いを助け合う存在なのです。私の力を佳琴様に分け与えることによって私にはない力を生み出したんです。それが今のようなもの。私と佳琴様、二人の力によって神に力を貸してもらうことができるのです!」
手に持った巨大な十字架を振りかざし千羽と俺に襲い掛かる。千羽も刀を創り出し応戦する。いつも通り俺は契約者の相手ってことだが……。
「佳琴……」
「……ごめんなさい……君の、台桜君の、良心を利用しました……」
「ああ……。気にすんなよ。俺だって馬鹿だけどこんな状況だ。始めからだいたい分かってた。その上で来る選択をした。そういうことだ」
「……それだけじゃないです……」
そう言ってポケットから何かを取り出す。
「それは……」
あの時の十字架のネックレスだ。佳琴と初めて出会ったときに落としていったもの。後日それを俺が佳琴に渡した。それが今、何の関係があるんだ。
「……こういうことです……」
その小さな手に握られた十字架が銀色に光る。だがそれ以外はなにも変化は……⁉
「体が動かない⁉」
動かせるのは顔の部位とぎりぎり足の指くらい。一番違和感のある右手に視線を向けると手の甲に赤い十字のマークがついている。
「こんなの、いつの間に……」
「……初めて会った時から、わかってました……。台桜君は……いい人だって。わたしのような……知らない人の落とし物だって、拾ってくれるって。……だからあの時から十字架に特別な、霊力を込めていました……」
なるほど。今になって十字架に触れた右手を中心にその時込めた力が発動したってわけか。とんでもねぇな。こんなのどうしようもない。どんなに力を込めても動く気配はない。佳琴は大きめの十字架を持ってこちらへと近づく。
「……ごめんなさい……。わたしのために、こんな……時間まで使ってくれたのに……けど、わたしが決めたことなんです……」
「別に佳琴を責めるつもりはねぇよ。お前にはお前の立場があんだろ。けど俺にも俺の立場がある。だから遠慮なく来いよ」
「……本当に……台桜君は……いい人です……」
佳琴が持つ十字架が刀へと形を変える。そして夕日を反射させる刀をゆっくりと振り上げる。
はっきり言って状況を覆す方法はない。ただ、なんとなくわかった。千羽がどこかへ行っていた理由。ポケットに入っている俺のナイフが千羽が戻ってきたときから反応している。形が変化してるとか、色が変わってるとかそういうのではない。ただ、俺にはわかった。千羽の契約者だからなのだろう。そしてそれがなんとなくではなく事実だということを確信する。
「……⁉」
俺が触れてもいないのにポケットのナイフは刀へと変化し宙に浮いていた。それと同時に俺の体は自由の身となっていた。右手で刀を掴み佳琴の刀を弾き飛ばす。
「……どうなって、いるのですか……。聞いていない、力です……」
「止めにしようぜ。お前もこんなこと本当はやりたくないだろ。あっちも終わりそうだ」
刀を失った佳琴は千羽とシスターの方を向く。
「……なんなんですか、あなたは。情報にこんな霊力はなかった……」
地面に膝をついた傷だらけのシスターは握っている十字架の先を自分へ向ける。それを自分の体へと突き刺した。
「佳琴様のためにもここで死ぬわけにはいきません。心臓を捧げる。神よ! 鼓動を強めるのです。そして祈りを捧げる私に力を授けよ!」
シスターに光が差した。シスターが纏う物、心臓に刺した十字架、髪、肌の色までも白色に変化する。
「さあ、ここからが本番ですよ」
シスターは体に突き刺した十字架を引き抜き、ついた血を千羽の周囲へ飛ばす。地面に染み付いた血がうごめいたかと思うとその場所に生えるように十字架が千羽を囲むように何本も現れる。
「真の恐怖をあなたに教えましょう。あなたは今からこれまでにないほどの……!」
一瞬だ。一瞬で千羽は出現した十字架をすべて真っ二つに切った……。改める必要もない。千羽はこれまでと比にならないくらいに強くなっている……。
「馬鹿、な……。いや、こんなことはあり得ない! 私の力はこんなものではない! 私はまだ……!」
シスターは顔から地面に倒れた。動く様子はない。
「……これじゃあ、どうしようも……ありませんね……」
「そうだな。それで、佳琴、お前の上にいるのは誰だ」
佳琴は顔を下に向ける。
「……それは……」
「私だ」




