16. 再会そして笑う
「サむ」
目が覚めると毛布が地面に落ちてしまっていた。なんとなく窓を少しだけ開けて寝たが意味はなかった。千羽が返ってくることがあるかもしれないと思ったからだ。昨日は無事に家に帰ることができたが結局千羽はいなかった。そして寝ている間に帰ってくることもなかった。契約者の俺が死んでいないということは千羽も生きているということだ。それで安心できるほど心に余裕はない。せっかくの日曜日なのにもかかわらず気分は悪い。そして昨日の気持ち悪さもいまだに残っている。重い体を起こし階段を降りる。洗面台の前に立ち歯ブラシを手に取って歯磨き粉をつけて乾燥しきった口の中に突っ込む。
どうすればいい。千羽を探そうにも手掛かりがない。現状、俺一人でいるところを襲われることがあればゲームオーバーだ。昨日の炎の鎧のような繋霊はもういないと考えていい。きっとあいつはどこにも属していない繋霊だ。目的はわからないが俺を殺そうとはしていない。だがそんな繋霊はあいつ以外にいないと考えるのが妥当だ。それに他の契約者たちに俺の顔はばれている。むやみに外に出ることは控えた方がいい。他のことも考えろ。俺の顔が割られているくらいなのだからこの家だって知られている可能性が高い。
「カァァっ」
口にたまった歯磨き粉と一緒にタンも吐き出す。冷静になろう。炎の鎧と繋霊で手を組んでいる奴ら、繋霊同盟とでも言っておくか。これまでの動きを見る限りあいつらは仲間ではないと考えるのが妥当だろう。そうでなければ行動に一貫性がない。保橋朝宏、俺と千羽、炎の鎧、繋霊同盟。これはこの四つの戦いだ。戦いの途中から参戦した俺と千羽が明らかに不利だ。次俺に勝負を吹っかけてくるとすればどいつだろうか。保橋朝宏、こいつは俺を過去に吹き飛ばした張本人。繋霊同士で殺し合いをさせて何かを企んでいる。今こいつが俺に接触する理由はない。炎の鎧。こいつは昨日俺に接触してきた。目的は確かではないが俺を殺すつもりはないらしい。今のところは。そして繋霊同盟。こいつらは俺を殺そうとしている。そうだ、今日俺は女と会う約束をしているんだ。あの女が契約者だとするならば繋霊同盟の一員である可能性が高い。ならば今日、俺は殺される。あの女に言われた通り会いに行けば俺は殺される。千羽もいない。だが逆を考えろ。俺がもしも今日あの女に会わなければ俺が良くない状況であると自らを晒すはめになるだけじゃないか。どっちみちいいとは言えない。
「ウゥん……」
歯磨きを終えて冷蔵庫の中をあさる。食欲をそそるものは一つもない。仕方なく十秒で飲めると書かれたゼリーを手に取り蓋を回して口に運ぶ。ゼリーの甘さと歯磨き粉が混ざり苦い味に変わってしまった。時間は十二時三十分を少し過ぎたところだ。寝すぎたからこんな時間になっていたわけじゃない。寝れなかったからこんな時間になっているのだ。千羽に関しての不安、目的が分からない炎の鎧への不安、今日の女についての不安。いろんな不安が重なったおかげで夜は寝られない。まあ、今週はゆっくり寝られたことが一度もないんだが。それは置いておき、問題はこれから駅に向かうかどうかだ。行かなければどうなる。あの女、もしくは繋霊同盟のボスが家にまでやってきて殺されるか。氷の男に声をかけられた時のことを思い出せ。なぜ俺が契約者だとばれていた。繋霊である千羽と一緒にいたからか。それだけだとは思えない。計画的に俺があの場所にいることを知っていて仕掛けてきたようにも思える。仮にそうならば俺の家だってばれていてもおかしくはない。千羽がいなくなった理由もそれに結びついているのかもしれない。俺と千羽がこの家にいるとわかったから何者かが襲ってきて家に被害を出さないために……、かはわからないが千羽が止めに行ったのかもしれない。それに家にずっといたって状況は何も変わらない。
「行くか」
最低限の持ち物と、今回は忘れずに千羽からもらったナイフを持って外に出る。チャリにまたがりペダルをこぐ。約束の時間は一時。俺の速すぎるチャリ速度で計算しなくとも出るにはまだ早い。だがいい。少し寄っておきたい場所がある。風を感じながら緩やかな坂を下り駅の近くを通り過ぎて学校の方面へと進む。何か知っていることがあるんじゃないかとちょっとした期待をもって訪れたのは神社。以前、風の繋霊に襲われたときに世話になった場所だ。夢浦大呂。確かそう名乗っていた。
チャリを止め鳥居をくぐり中へと入る。先日来た時と何も変わっていない。どこにも血痕もない。先日来た時に夢浦がもっていたほうきが近くの石に立てかけられている。
「すいません、誰かいますか」
人の気配はない。名前はわからないが大きな建造物の向こう側に足を踏み入れようとしたとき、気持ち悪さが増した。なんだこれ。昨日から続いてる気持ち悪さが……やばい。
なんとか元の場所に戻り深呼吸をする。異常な気持ち悪さがあるものの吐くこともできない。……先に行ってみたい。その好奇心が強くなった。気持ち悪さは我慢しろ。我慢すれば手掛かりが見つかるかもしれない。なんていうのは後付の理由かもしれないがそれでいい。
またさっきと同じ道を進む。気持ち悪さが込み上げるがまだ先を見たいという欲求が勝っている。奥に進むと今度は初めに会った建造物より一回り小さい木製の建物が目に入る。周りの静けさもあり自分の息が荒くなっていることがよくわかる。だがその足を止めることはない。なんとかその建物までたどり着く。唾をのむ。勝手に入ってはいけないという自覚はある。だがやらなければ納得はいかない。木特有の冷たさ。その引き戸に手を置きゆっくりと扉を開ける。
「……」
徐々に見えてきた光景はただ真っ暗だった。中はよく見えない。中の冷えた空気が頬を撫でる。ゆっくりとその扉を閉めようとしたとき何かを感じた。
もともと感じていた気持ち悪さに加え、誰かに見られているような視線。背中から嫌な汗が下に流れていくのを感じる。パッと後ろを振り向き周りを見るが当然誰もいない。俺は急いで自転車を止めたところまで戻った。結局なにもなかったがなにもない方が怖いこともある。もう一度走ってきた方向を見るが当然誰もいない。自転車にまたがる。
「なんなんだよ……」
自転車をこぐ。神社を離れた信号ら辺でようやく肩の重みが取れたような気がした。嫌な感じだがいい感じの時間つぶしになっただろう。久しぶりにこんな感覚になったが今からが本番だ。
これ以上はないくらいに息を吸って少しずつ吐きだす。気持ち早めに駅の駐輪場に向かう。駐輪場にチャリを止めて駅に向かうとそこには背が低めの長い金髪をしたあの女の姿があった。ポケットに入れた刀を握り気持ちを少し落ち着かせ歩き出す。
待て。いつ襲われてもおかしいだけじゃない。そもそも俺は女と二人きりで何かをするということが基本的にない。千羽とは繋霊と契約者という名目のもと一緒にいるが理由もなくこんなことをした経験が十八年の中で一度もないのだ。
「ま、待たせたか」
全然声が出てないのは起きてあまり時間がたっていないからということでいいか。別に緊張してるからっていうそういうわけじゃないはずだ。うん、そのはずだ。




