13. 思惑を暴く『A』
「台桜!」
まだ寝れると思い開きかけてた瞼を閉じようとした瞬間聞き覚えのある声が聞こえた。
「……あ。どうした、そんな顔して」
「台桜、二十四時間ずっと寝てたんだよ……」
……。そうだ、俺は帰り道に契約者と戦う羽目になった。そして……。
「思い出した」
あの後俺の意識が飛んだ。千羽が家まで運んでくれたのか。
「すまん。お前はあの後大丈夫だったか」
千羽はうなずく。何が起こった。考えてもわかることではない。ただ一つ確かなことはあの男が保橋朝宏という人間と関係があるということだ。ただ、あんな化け物が味方しているのであれば勝ち目はゼロだろう。俺と同等以上の力を持つ契約者を繋霊諸共瞬殺。嫌なものを見てしまった。
「千羽。あいつは何者なんだ」
上半身をベッドから起こして千羽のほうへ顔を向ける。
「わかんない……」
千羽は顔を下に向ける。そうだよな。分かるはずがない。霊的なものは一切感じなかった。そもそも感じることはできないが本当に言葉通り意味が分からない人間だった。
「まあ、あいつはいいとして。保橋朝宏。それがあの時間を戻す眼鏡の男の名前なのか?」
千羽は顔を上げる。
「そうっぽい……」
あんなことを見せられて普通の会話をできるわけもなく時間が過ぎる。だから俺がきりだす。
「とりあえずお前も俺も無事でよかったってことで。それでお前も、顔色悪いから休んどけよ。寝てた俺が言うのもあれだけど」
「うん……」
聞こえるギリギリのちいさな声で返事が返された。だが考えてみればあの状況で生き残ることができたのは奇跡に等しい。それと襲ってきた二人のことも何も知ることができていない。誰かが奴らに指示を出して俺を襲撃した。結果、俺を殺すことはできなかった。もう一度狙われてもおかしくはない。
「あの契約者の二人に指示を出したのは誰だと思う」
「……わかんない。けどたぶん指示出してる人の目的は保橋を捕まえることだと思う」
そうだ。俺のクソみたいな頭でも考えることはできる。契約者と繋霊同士の戦いは俺たちが過去に来る前から行われていた。なら、今はどこだ。序盤、中盤、終盤どこに当てはまる。俺が過去に来て知っているだけでも二人は死んだ。そして昨日二人死んだかはわからないが戦闘はできない状態となった。これまで戦ってきた奴らの会話を思い出せ。今の時点でかなりの人数が死んでいる。もう戦いは終盤なんじゃないのか。
「千羽は…… 過去に来る前なにやってたんだ」
簡単な疑問だ。少なくとも昨夜の契約者たちは過去に来たという認識はなかった。あいつらは何らかの繋霊や契約者の組織に所属しているはずだ。あいつらが知らないなら他の契約者たちも知らないと考えてもいいだろう。ならばなぜ俺と千羽だけが過去にとばされた……。
「……あんまり覚えてない。あいつに捕まってからのことはあんまり覚えてない……」
千羽は静かに、拳を握りながらその言葉を発した。
「捕まってたってお前と保橋はどういう関係なんだ」
「……それがあんまり覚えてない……」
「すまん。変なこと聞いちまった」
「べつに…… だいじょうぶ」
それから千羽は黙る。人はだれしも聞かれたくないことがあるだろう。そういうのを間違って聞いてしまったときどうすればいいか知っているか? 俺は知らない。誰か教えてくれ。そんなことは置いておいて、千羽が言う覚えてないが思い出したくないなのかそのままの意味の覚えていないなのかはわからないがこれ以上聞いたところでお互い気分が悪くなるだけだ。とりあえず気分転換だ。
「シャワー浴びてくるわ」
干してあるタオルをとりそのまま一階へ降り風呂の中へと入る。
いつから繋霊や契約者が戦っていたかはわからないが何十人とすでに死んでいるのかもしれない。そして予想した通り手を組んでいた契約者たちもいた。完全に不利だ。今の状況で保橋を見つけることは難しい。一番簡単に保橋に会う方法。それがほかの繋霊と契約者を全員殺すこと。目的はわからないがわざわざ殺し合いをさせているんだ。その後でなにかしらのアクションをするはず。それをわかっているからこそ昨日の契約者を動かしていた奴は俺を殺すという選択をとった。どうやってかはわからないがその人間は俺にまた接触してくるはずだ。ただ、そこまでわかっていてもできることがない。
「はあ……」
シャワーの音でため息がかき消される。消された方がいい。今は自分で出したため息さえも聞きたくはない。なんか楽しいことはないのか。思ったが楽しいってめちゃくちゃ難しくないか。時間があるときのゲームとテスト前日にやるゲームの楽しさは何倍もの差がある。もちろん後者の方が楽しい。あの追い込まれると急に楽しくなる現象はなんていうんだ。誰か名前を教えてくれ。あれは危険だぞ。たぶん脳内でいけない物質がつくられてるに違いない。考えてみればそうだな、なんやかんや今が一番楽しいのかもしれない。いや、殺されそうだからスリルがあって楽しいとかっていうドエム発言をしたいというわけじゃない。ただこれまでだったら味わえない変な感覚なんだ。まずい。すでにいけない物質がつくられてるかもしれない。ただそういうもんだろ。分かりきったことをやったところでなにも楽しくはない。今俺の中で解決した。学校の勉強なんてわかりきったものなんだ。物理の法則だって数学の計算だって英語の文法だってそんなこと全国民が習うことなんだ。そんなことをやって楽しいわけがない。もっとも好きな人ができて一緒にあんなことをしたりこんなことをしたりもしたことがない。いや、そうか。恋愛なんて全国民がしたことがあるようなことだから俺は彼女もできたことがないのか。納得……させてくれ。
髪をわしゃわしゃと洗いながらあることを思い出す。
そういえば明日、よくわからない女に駅に来いと言われてたな。人間っておかしいよな。なんで一回コンビニで会ったくらいの女に遊びに誘われただけでこんなにも心が躍るのだろう。っていつもの俺だったら言ってた。だが今日は言わない。超冷静な今だから考えることができる。これは罠なんじゃないかって。いや、それくらいは前も考えていた。だが俺があの女に誘われたのはたしか金曜日だ。罠の確率は低いか。いやまてまて。過去に戻ったからといって世界が変わったわけではない。俺が突然見知らぬ女に声をかけられるってのはおかしい。悲しいことにおかしい。プラス思考でいけ。これが罠じゃないんだったらそれはそれでいいことだ。罠ならこちらから仕掛けるチャンスだ。生き残ってる契約者は全員手を組んでるってそのくらいの気持ちでいくべきだ。甘い考えはしないほうがいい。逆にあの女を利用しろ。出来るか俺。できる。奴らは手を組んでいるというよりかはボスに従っているという感じだった。そのボスにたどり着くことができれば必然的に保橋にも近づける。なんたってそれぞれがいろんな能力を持っている奴らをまとめてるんだ。今頃そいつは保橋に近づく努力をしているはずだ。やることができた。
仕上げのシャワーを浴びてタオルで体をふき、適当な服を身に着け部屋に戻る。
「千羽」
がいるはずだったその部屋に千羽の姿はなかった。
どこかに行った形跡はあった。窓が開いている。
「どこ行ったんだよ……」




