10. 不吉な予感『A』
「なんだ、かわいい人たち出てっちゃったじゃんか」
危ない。タイミングかぶらなくて助かった。今のをこいつに見られていたら確実に馬鹿にされていた。学校でいじられるほどめんどくさいことはない。だからいじる側に回る。これ以上にいい解決策はない。
「どうしたお前、顔赤いぞ」
せっかく落ち着こうとしているのにこいつはなんてことを言うのだ。人に顔赤いって言われるともっと赤くなるアレ、名前なんていうんだ。
「熱いからな」
「にしても赤い。けどまあいいや。ていうかようやく休みだ。一週間ってなんでこんなに長いんだ。あと一日、休み長くなんねぇかな。金曜日か月曜日、むしろどっちもでもいい」
「それ言ってるうちに一週間全部休みになるやつだぞ」
こいつはなにを言ってんだか。まあいい。とりあえず落ち着いてきた。いや、冷静になったからこそわかる。なんで俺なんかに休みに会う必要がある。めちゃくちゃ怪しくないか。まさか、あの女、繋霊との契約者か。いや、だが千羽が見えているそぶりは見せていなかった。思えば名前も知らない。なんて言ったけ。佳琴だっけ。覚えやすい名前で助かる。
「おい、ぼぉっとしてんじゃねぇよ。食いもん来たぞ」
店員からクレープを受け取り、一口目を頬張る。うまい。なぜこんなにもうまいのだろうか。しかしいつもよりもうまい気がしない。変な考えが頭をよぎる。悩み事抱えるなんて俺らしくない。適当が一番だ。
「あ、やっべ。今日塾だ」
「まじ」
「すまん、じゃあな」
そう言ってクレープをくわえながら足早に出て行ってしまった。
「なんか色々大変だね……」
気が付くとテーブルに置いていたクレープはどこかへ行ってしまった。隣を見るとクレープを馬鹿みたいに頬張る千羽。おごってもらったやつだからいいけど……。
「おい、さっきの佳琴だっけ。繋霊との契約者だと思うか?」
千羽は口を大きくモグモグと動かしながら話をする。
「わかんない。ぱっと見は気がついてるそぶりは見せてなかったけど……ゴホッ……」
「食い終わってから話せよ……」
馬鹿っぽいのはいつものことだからいいとして本当に明後日、駅前に行っていいのだろうか。万が一、佳琴が契約者であり襲われたとしたらどうする。そもそもそんな怪しい誘い断るべきだったんじゃ……。けどあそこで断ることなんかできない。過ぎたことはもういい。行くか行かないかはまだ決めることができる。
「行ってもいいと思う……」
意外な言葉。表情から考えていることが伝わったのかもしれない。絶対に行くなと言われると思っていた。
「けど、契約者だったらどうする」
「そのときはそのときでしょ。台桜ならこう言うと思ってたけど、なんで今日はそんな弱気なの? うちらだって戦えるんだから」
「ふっ、そうだな」
まさかこいつに元気づけられるとはな。ただ、なんで俺はこんなに複雑な感情になっているんだ。どうした俺、あれだ。疲れてるんだな。
「とりあえず店出るか」
眞貴人と一緒に来る分にはなんてことはないがクレープ屋に一人でいるのには抵抗がある。同級生に見られたら恥ずかしい。なぜ恥ずかしいのかわからないがなんか恥ずかしい。
「ごちそうさまでした」
店員に挨拶だけして外に出る。今日は平和だ。こんな毎日を送ることができていたなんてどれだけ幸せ者だったんだ。いや、大学全落ちしてるんだから幸せ者ではないか。このまま帰るか。タイムスリップして三日目か。三日とは思えないほど充実していたな。こんなに充実している生活は初めてかもしれない。……こんな充実の仕方あるかよ。
「……台桜」
千羽に呼ばれる。振り向くと千羽はどこかを見ている。自然と俺もその方向に視線を向ける。なぜ千羽に呼ばれたのか分かった。繋霊だ。
「今日も平和じゃなさそうだ……」
繋霊の前にうつむきながらスマホをいじる一人の青年。直観的にその男が契約者だとわかった。流行り風の髪形にセットしてある髪の隙間からスマホに向けていた視線を俺たちのほうへ移す。
「学校、お疲れ様っす」
身長は少し俺よりも小さいくらい。チャラそうな見た目からは想像できない落ち着いた声だ。後ろの繋霊もその青く染められたチャラそうな髪色以外は普通だ。
「誰だよ、お前」
「冷たいっすね。今さらなぜ自分が声をかけられたか言わなくてもわかるでしょう」
落ち着いている。何が狙いだ。ただ俺の命を狙うだけならばこんなところで堂々と声をかける必要はなくないか。何か狙いがあるはずだ。
「俺が契約者だからか? じゃあなんでこんなところで声をかけた」
「簡単な話っす。用事があるからっすよ」
用事? 用事なんて遠回しに言っているだけだろう。
「なんだよ、どうせ殺そうとしてるだけだろ」
「まあ、そんなところっす。あなたがいつ契約者になったかは知りません。ただ、ここまで生き残っているというだけで強いというのはわかります」
そんな堂々と言うなよ。苦手なタイプだな。
「こんなところで殺し合えば一般人まで巻き込まれるぞ。互いに得することはないと思うが。それにお前もそういうの好きそうな見た目してないぞ」
「あなたの言う通りっす。僕も一般人を巻き込んであなたを殺せばいい気はしないでしょう。だから僕についてきてほしいんっす」
千羽のほうに顔を向ける。何とも言えなさそうな顔だ。
「ここで殺し合いをしたいならそれでもいいっすよ。けれど僕は容赦しないっすけど」
ここでやり合うのは選択肢として一番あり得ない。こいつについていくというのもダメだと言いたい。ついていくからには罠か何かがあると考えるべきだ。
「なんでやり合う必要があるんだよ。お前、喧嘩とかそういうの嫌いだろ。それにお前についていけば俺の勝率は極端に下がるんだろどうせ」
初めて目の前の男が笑った。
「そうっすね。僕はそういうのは嫌いっす。けど上からの命令なんすっよ。それにここであなたが逃げても遅かれ早かれここ数日で死にます。だからせめてついてくることを進めますよ」
だからこういうタイプは嫌いなんだよ。落ち着いてる感じを出して怖いこと言ってきやがる。それにこういうやり方も嫌いだ。選択肢を俺に考えさせているようで結局自分の思っているようにさせてくる。嫌いだ。
「わかった。ついてく」




