八つ目の願い
そして、いつものように今日を迎え、”おはよう”と挨拶を交わした。
「もうすっかり春だね」
僕は来ていた上着を脱ぎながら言った。
「暖かくなってきたよね。そうだ!八つ目の願い”桜が見たい”」
「桜かぁ、もう咲いてるかな」
と言いながら窓の方を見た。この部屋の窓からは丁度病院の庭が見える。庭の中央に、少しずつ咲き始める桜の木があった。
「お、咲き始めてるね。先生から許可が降りたら、明日お花見しよう」
「いいの!?」
「もちろん」
「やったぁ、お花見だ!」
次の日、優しい春風の吹く花見日和だった。入院から八ヶ月たった今、咲菜の腕の筋力は殆ど無くなってしまった。咲菜の体のこともあり、外出は厳しいが病院内ならということで許可を貰った。病室へ行くと咲菜は既に準備をしていて「早く行こう」と僕を急かした。
「よし、行こうか」
「楽しみだな」
病室を出て庭へ向かった。芝生にシートを引き、座った。
「綺麗だね」
「うん、綺麗だ」
「私、勇斗とまた桜が見れて嬉しい」
「僕も嬉しいよ」
「勇斗に出会えて本当に良かった」
そう言った瞬間、ふわりと風が吹いて咲菜の長くて綺麗な髪がなびいた。
あぁ、やっぱり桜みたいだ。そういえば、前に「桜になりたい」って言ってたけどどういう意味なんだろう。
「あのさ…」
「ん?なぁに?」
こてんと首を傾げて言う咲菜が愛おしくて聞くことが出来なかった。
「いや、何でもない」
「そっか、勇斗今日はありがとう。楽しかった。来年も一緒に見ようね」
「…そうだね」
咲菜は後数ヶ月しか生きられない。そう思うと胸がギュッと締め付けられた。病室に戻ってからも窓から桜を見続けた。桜を見ているとやはり気になってしまう。勇気を出して聞いてみよう。
「あのさ、前に桜になりたいって言ってたよね。あれってどういう意味なの?」
「桜ってさ、春が終われば散るでしょ?」
「うん」
「でもね、本当は散ったふりをして次の春まで蕾になって隠れてるんだって。それを聞いた時、なんか桜が忘れないでって言ってるような気がしたの。夏から冬の間は誰も見てくれないけど、次の春になればみんな思い出して見に来てくれるでしょ?」
「そうだね」
「だから、もし私が、消えてもみんなに忘れて欲しくなくて。桜みたいに覚えておいて欲しいなって思ったんだ。なんてわがままだよね」
「わがままなんかじゃないよ。僕はたとえ咲菜が消えたとしても忘れないよ」
「ありがとう」
と笑う咲菜は華やかで儚くて何度も言いたくなる。
君は桜みたいだと…