資金確保
俺はそんな楓にざっくりと収納魔法の説明を行う。
『収納魔法はその名の通り、色々な物を別空間に収納する魔法だ。ただし、生きている物や魔法などはしまえないがな』
「それは凄く便利。私も欲しい」
楓はそれを聞くと、羨ましそうに目を輝かせながら俺に訴えてきた。
『楓の物も入れておいてやるから、それで我慢してくれ』
俺は楓をなだめるようにそう言った。
そんな俺に楓はいつもの読み取りにくい表情でこう言ってきた。
「ん。ただし持ち逃げは駄目」
楓が俺にはそんなことができないと知っている上でそう言っていると判断した俺は、少し笑いながら言葉を返した。
『ふははっ、大丈夫だ。死ぬまで俺が楓から離れることはねぇよ』
どうやら俺の判断は間違っていなかったようで、楓は少し茶化すように会話を繋げた。
「知ってる。そういう呪いだって聞いた。軽いジョーク」
そうだ、俺は持ち主が死ぬまで所有者が移ることも、遠く離れることもない。
この呪いといい、死の呪いといい俺の制作者はなぜこんなものを付けたのだろうか。
俺は長く時を過ごしてきたが、自分については分からないことが多い。
今までは、いつか分かるだろうと放置していたが、本格的に調べてみる必要があるかもしれないな。もっとも、そんな昔のこともう残っていないかも知れないが。
だがそれでも、今は資金確保が先だ。
俺は資金を得るために都市内の商店に向かうことを楓に提案する。
『それじゃあ、どこかの商店にでも行くか』
「ん」
しばらくして、俺たちは予定通り、都市内に存在するある商店を訪れていた。
「これは中々の代物で」
そう言うのは小太りの男だ。いかにも商人というオーラがにじみ出ている。
男はこの商店の店主で、熱心にルーペを使って楓が出した指輪を見ている。
「も、もしやこの指輪についているのはアダマンタイト!? 加工の難しいアダマンタイトをこんなに細かく加工するとは……」
店主は指輪を見て驚きながらそう言った。
この指輪は俺の数ある財宝の一品だ。あまり大量に出すと怪しまれそうだったので、俺はジャブ程度の価値の物を一つだけ出すことにしたのだ。
確かに指輪にはアダマンタイトがついているが、今はアダマンタイトを加工するのが難しいのか……もしかすると、俺が思っている以上にこの世界は進歩していないのだろうか。
いや、難しいということは、加工自体はできているようなのである程度は進歩しているようだ。
俺は頭の中のこの世界の文明レベルを再設定した。
ちなみにアダマンタイトとは非常に硬い金属で、魔力をほぼ通さないという性質を持っている。なので、鎧や剣の中心部分などによく使われる素材だ。
「これなら……金貨五枚でどうでしょう」
うーん、どうでしょうと言われても困る。俺も楓も今の物価が全く分からないからな。
先に基本的な物価くらいは調べておくべきだったか。
だが、さっきの驚きようを見る限りは大金なのだろう。俺が元いた時代でも金貨は結構な価値があったからな。
しかし……一旦、様子見で退いてみるか。
俺はそう思い、楓にある提案をしてみた。
『楓、一度、帰る振りをしてみてくれ』
こうしてみれば、金額が正当なものかそうでないかは一目瞭然だろう。正当な金額であれば引き止めもしないだろうし、不当な金額であれば引き止めるはずだ。
楓はそれを聞き、俺の意図を理解したようで、店主によって机の上に置かれた指輪の上に自らの手を乗せて一言。
「ならいい」
指輪を机から取り、店主に背を向けて店から出ようとする楓を店主は引き留めるように指輪の買い取り金額を引き上げる。
「なら金貨七枚で!」
しかし、楓はそんな店主の声も無視して店の外へ出ようとする。
そんな楓の行動に、店主はまたもや指輪の買い取り金額を引き上げる。
「金貨十枚!!」
店主の熱心な様子に楓は立ち止まり、俺に意見を求めてくる。
「どうする?」
俺は店主の必死さを見る限りもう少し指輪の値がつり上げることができそうだと判断し、楓に金額を上乗せするように言った。
『金額を上乗せしてみてくれ。俺の勘だが、おそらくまだ上がる』
一度、退いてみて良かったな。
あの指輪はそこまでする代物なのか、あいつも冒険者たちのように楓をただの少女だと見くびってやがったな。それだとしても足下を見すぎだとは思うのだが……。
「十五枚」
「ぐ、さすがにそれは……」
楓の提示した金額に渋る店主に向けて、楓は無慈悲な言葉を投げかける。
「さよなら」
店主のその反応を見て、楓は迷うことなく扉の取っ手に手を掛けた。
「ぐぬぬぬ……金貨十三枚!! これ以上は無理です」
そんな楓を見て、店主は苦肉の策を取っているような表情をしながら楓に訴えかけた。
俺はこの位が潮時だろうと判断したが、楓はそうは思わなかったようで、攻撃の手を緩めることはなかった。
「無理ならいい。他の店で売る」
店主の金貨十三枚という提案を簡単に突っぱねた楓を見て、店主は諦めたようにこう言った。
「なっ……分かりました。十五枚でいいです」
「ん。それで売る」
楓は満足そうな返事をすると、店主の目の前にある机に指輪を置いた。
楓、中々やるな。
まさか十五枚まで上がるとは思ってもいなかった。俺ならば、店主に金貨十三枚の提案をされていた時点で指輪を売っていただろう。これは、十分な成績と言ってもいいはずだ。
店主から金貨を十五枚受け取り、外に出ようとする楓を店主がまたもや呼び止める。
「お待ち下さい。もしや、このような品がまだあるのでは?」
店主は指輪を手に取り、こちらを見てそう尋ねてきた。
さすがは商人といったところか、金のにおいがすることには敏感だな。
だが、楓を侮った時点でその問は既に効力を失っている。
楓はそんな店主に真顔でしらを切る。
「持ってない。たまたま見つけただけ」
本当は沢山あるがな、あれよりも貴重な奴が。
だが、ここで売るのはあまり得策ではないだろう。そんな貴重な物を大量に売ってしまえば、面倒ごとに巻き込まれるのは想像に難くない。
もっとも、この商人の逆恨みで面倒なことになる可能性もあるが。
「では、どこで見つけたかだけでも……」
店主はしつこく聞いてくるが、もちろん楓がそんなことを教えるはずもなく……。
「駄目。情報はただじゃない」
そう言って楓は扉を開き、今度こそ店の外へ出た。