旅の始まり
『じゃあ早速、行くとするか』
「ん」
することが決まってしまえば行動は早かった。
楓は俺を腰に下げながら、街の方向へと鬱蒼とした森の中を歩き出した。
しばらく話しながら森を歩いていると、魔物に出会ったが、あっさりと楓が斬り捨ててしまった。
『やはり強いな』
俺は会ったときから思っていたことを口にした。
「当然。これでも千年近く生きてる」
少し誇らしげに答える楓。褒められたことが素直に嬉しいのだろう。
だが、見た目通りの年齢ではないなとは思っていたものの、まさか千年近くも生きていたとは驚きだ。
『そんなに長く生きているのか』
「ん。私は妖狐族だから」
妖狐族? 聞いたことが無いな。
しかし、千年以上生きるとは、さぞ長命な種族なのだろう。
『どんな種族なんだ?』
俺は好奇心から気になり聞いてみるが、楓は首を振って答える。
「分からない。他の妖弧族にあったこと無いから」
『そうなのか』
まさか、他の同族に会ったことが無いとは思わなかった。
もしや、千年近くずっと聖域を守護していたのだろうか。そうなのであれば是非ともこの世界を堪能させてやりたいものだ。
「ん。前、本で読んだだけ。いつか会ってみたい」
『会えるといいな』
「ん」
今の所、特に目的のない旅だ。
他の妖狐族を探すのもいいかもな。長命な種族なんだ、世界を回ってみればいずれ見つかるだろう。
そんなことを思いつつも、その後は特に何事もなく森を抜けることができた。
「おー。森抜けた」
森を抜けると、しばらく草原が続いており、その上には街道が整備されていた。
その街道の先を見てみると都市を確認することができた。
『そこの街道を進んで行けば都市に着きそうだな』
「ん。早く行く」
楓はそう言って早足で街道を進んで行く。
楽しみなのか、心なしか楓の頬が緩んでいる気がする。
都市には思ったよりも早く到着した。
都市は頑丈そうな高い外壁で覆われており、こちらから見える門には槍を持った門番が立っている。
門まで行き、都市内へ入ろうとすると門番に呼び止められた。
「おっと、お嬢ちゃん都市へ入りたかったら身分証を出してくれ」
門番はそこそこ歳をとった顔つきで、装備等はあまり門番らしくない、むしろ傭兵や冒険者と言われた方がしっくりくる見た目だった。
「身分証?」
楓が首を傾げる。
身分証は持っていないはずだが大丈夫だろうか……というか先に言っておくべきだったか。失敗した。
俺が後悔している間にも、二人の会話は進んで行く。
「なんだ、身分証を持っていないのか。なら通行料、銀貨一枚だ」
門番はこれだと言わんばかりに、一枚の銀貨を見せながらそう言った。
「ん。銀貨一枚」
楓はそう言いながら門番に銀貨一枚を手渡す。
お金は持っていないと思っていたのだが、楓はお金を持っていたのか……でも、いつ手に入れたんだ?
「よし通っていいぞ。身分証を持っていないのならギルドで冒険者になるといい。果ての森から歩いて来たところを見ると、見かけによらず結構強いんだろう」
門番は親切にそんなことを教えてくれた。
ほう、見た目で侮ることなく、楓の実力を見抜くとはなかなかやるな。
見た目が強そうではない奴が実は強いなどざらにあることだ。例えば弱そうなスライムがドラゴン級の強さを持っているとかな。
「ん。ありがとう。そうする」
礼を言い、門を潜ろうとする楓を門番が呼び止める。
「待った。そういや、果ての森の方から凄い爆音が聞こえたんだが、何があったのかしらないか?」
門番は楓に少しドキリとする質問をしてきた。
「知らない」
楓は門番の質問に首を振ってそう答える。
やはり、あの爆音はここまで聞こえていたか。
だが、あの爆発と楓を結びつけられることはないだろうし、大丈夫だろう。
「そうか、悪いことが起こってないといいんだが……まあ、いつものことと言えばいつものことなんだが……悪かったな、呼び止めて」
門番は楓を疑うなんてこともなく、すんなり門を通してくれた。
ここらでは爆音などは日常茶飯事なことなのか……物騒だな。
「別にいい」
楓はそう言って、今度こそ門を潜り歩き出す。
俺は門番の助言通りギルドに行くことを楓に提案した。
『じゃあまずはギルドに行くとするか。身分証はあった方がいいからな』
毎回通行料を取られるのもあれだし、身分証があった方が怪しまれずに済むだろう。
「後はお金が必要」
楓は俺の発言に付け加えるかのようにそう言ってきた。
それを聞いて俺は思い出したように、先程の銀貨のことを楓に聞いた。
『そういえばよく銀貨持ってたな。てっきり持っていないものだと思ってたぜ』
ずっと聖域にいたと言っていたし、当然通貨なんて物は持っていないと思っていたが、スィーフのように聖域に来た俗から奪ったのだろうか。
その質問に楓は、ばつが悪いように目をそらして答えた。
「……持ってない。あの銀貨は幻」
その返答に、なぜか俺も目をそらしてしまった。
『……まじか』
俺はただ、そう返すしかなかった。
「ん。まじ。とっさだったから仕方ない」
とは言いつつも、やはり罪悪感があるのか、目はそらしたままだった。
『はぁ、次からはするなよ』
俺はそんな楓を見て、諦めたように言った。
「だからお金が必要」
まぁ、仕方がないか。
悪いな、門番。いつか返すから、それで勘弁してくれ……そういう問題ではないか。