渡る
「はあ……はあ……はあ……」
砂塵舞う荒野は、その半分を砂漠に変え、陽を翳すモノなど存在しなかった。
新品のラビットはカラーリングなどされているはずもなく、炭素らしく真っ黒な為、陽の光を吸収して熱を帯びる。
コクピットの内部は猛烈な暑さで、いくら背部パックからチューブで水を飲んでいても、いつも脱水状態一歩手前だった。
「クソッ、何でオレはこっちに逃げてきたんだ」
真夏より暑いコクピット内部で毒づいた所で、今さら引き返す訳にもいかず、オレは一歩また一歩と荒野を慎重に進む。
しかし砂漠と化した地面は、ラビットで歩くにはよく滑って歩行するのに難しく、初めてラビットを扱う素人に砂漠越えの難しさを痛感させる。
それでもオレがこの荒野を進むことが出来ていたのは、月光丸が最新鋭機だからだろう。
月光丸は今までの膂力筋力に頼ったラビットと異なり、体幹、コアマッスルやインナーマッスルと呼ばれる筋肉等と連動させることで、今までの運動性能を保持したまま、半分の筋力で動かすことを可能にしていた。
荒野の、砂漠の夜は寒い。
昼間はあれほど暑かったと言うのに、夜には氷点下近くまで下がるのはザラにある。
そんな気候がオレの体力をどんどんと奪っていく中、オレが食べているのは完全食であるパフェブレッドだ。
手で握れる程の大きさのそれは、パサパサで人工的な甘味がいつまでも口の中に残り続ける。ハッキリ言えば後味最悪な代物だが、これ一本で半日持つのだからありがたいと思うしかない。
つい昨日までは一日一本だったのを今は一日二本食べれているのだから。
「はあ、本当の食事、食べてみたいなあ」
オレは食べたことが無いが、たまたま上級市民のおこぼれに与った同僚の話では、それはそれはとても美味で、食べる前から匂いでヨダレが止まらず、食べた後も余韻でヨダレが止まらなかったそうだ。そしてその一回の食事の記憶だけで3年は頑張れると言っていた。
3年は言い過ぎだと思うが、想像の食事からしたら、オレも2年は頑張れる気がする。
コクピットの中でオレはぐるぐる巻きのスプリングスーツなるモノに身を包み、それが各部の部品と連動することでラビットを動かしている。
これがスプリングと称されるようにバネの反動が凄く、気を抜けばコクピットの中で赤ん坊のように縮こまった姿で固定されてしまう。
ラビットファイターには、最低限このスプリングスーツを押し広げるだけの筋力が必要とされるのだ。
まあ、このスプリングスーツのバネの強さは、汎用や戦闘用等で違ってくるが。
ガサリ……
荒野を進む上で、温度差以外にも気をつけなければならないものがある。
コクピット内部で被るヘルメットは、ラビットの頭部と連動しており、そこに集約されたレンズや集音器から逐次外部の情報をもたらしてくれる。
ガサリ……
この音はこの荒野を根城にする大サソリの足音だ。
それに気付くが早いか、オレは背部パックから大太刀を抜き放つが、敵もさるもの、オレが気付いたと分かると一気に距離を縮めてきた。
地面の砂地から這い出てきたのは、月光丸の半分はあろうかという大きなサソリ、それも5匹だ。
尻尾の先が細いことからも、こいつらが毒サソリだと分かる。
一概には言えないが、尻尾の大きいサソリは毒を持っていないことが多い。持っていると見せかけるフェイクの為に大きな尻尾をしているのだ。
逆に細い尻尾を持つサソリは本当に毒を持っていることが多いとされる。振り回す実用性から、細くシャープなのだ。
オレの後ろの大サソリが、素早く距離を詰めてきたのを、オレは大跳躍でかわそうとして、砂に足を取られて派手にスッ転んだ。
そこに容赦なく迫るサソリの尻尾を、オレは身をよじることでかわすと、同時に大太刀を薙ぐことで尻尾を切り落とす。
ヨシッ、殻の硬いサソリ相手でもこの太刀なら斬れるな。
それを確認出来たオレは、素早く立ち上がると、オレを囲む5匹の大サソリ相手に矢鱈目鱈に大太刀を振り回し牽制する。
それに怯んだサソリどもが少しオレと距離を取った所で、オレは先程尻尾を切り落とした大サソリの所に活路を求め、突きを繰り出す。
ザクリ!
上手いこと大太刀が大サソリの中心に突き刺さったことで、敵は数刻のたうち暴れた後、その体は生気を失い動かなくなった。
1匹倒せれば気も楽になる。オレは死んだ大サソリの場所から敵の囲いの外に逃げ出すと、振り返り4匹を正面に捉える。
そこに直ぐ様左右端の2匹がオレを挟み撃ちにしようと回り込もうとするが、オレはそうはさせまいと、右手の大サソリに接近すると、相手が毒尻尾をこちらに撃ち込んでくるより先に、その頭部をザクリと縦に斬ってせしめた。
そこに左手から3匹が襲いかかってきたが、オレは前転することでそれをかわし、大サソリたちの後ろを取ったことで、太刀を大きく横薙ぎに振るう。
これによって3匹は尻尾を失い、一斉に砂に潜って逃げ出そうとするが、気が昂っていたオレは逃がしはしない! と3匹にドン! ドン! ドン! と突きを放ち、その命を刈り取ると、
「イヨッシ!」
誰に見せるでもなくガッツポーズを決めていた。