練り歩く
「うおーーー!」
「うおーーー!」
「ウォーーン!」
ジャックストームが街に着いた。
甲板から見る街は、賽の目状に広がっていて、オレの暮らしていた街の何倍も大きな街だ。そして風が違う。
オレは思わず甲板で叫んでいた。オレの横ではエリザベスとブルータスも叫んでいる。
ブルータスの一件以来と言うべきか、何故かエリザベスに懐かれた。四六時中オレの後をシーザーとブルータスを連れて付いてくる。
メアリーの婆さん的には、危険がなければエリザベスの自由らしい。
この街で見掛ける人々は笑顔で、一見して物乞いの姿は見られなかった。
当然そう言った奴らはどの街にも一定数居るだろうが、ジャックストームのような大型の陸上艦がやって来れば、オレの居た街なら、ワラワラと何処からともなく物乞いの浮浪者が集まってきて、飯や仕事を恵んでくれ、と声を掛けてくるものだ。
それがないだけでも、この街の治安の良さが窺える。
「うおーーー!」
「うおーーー!」
「ウォーーン!」
そして無性に叫びたくなるのは何故だろうか?
ジャックストームでチョコと肉を食ってからと言うもの、動悸が収まらないと言うのか、無性に体を動かしたくなる衝動を抑えきれなかった。
なので、オジーと甲板で良く稽古と称した真剣での試合をしていた。
アッフェたちからは、良く飽きないな、と呆れられていたが、オレはこのどうしようもない衝動を抑える相手がいて助かった。
恐らくオジーが居なければ、オレの衝動は艦内で爆発して、刃傷沙汰を起こしていただろう。
オジーは嬉々としてオレの相手を勤めてくれ、オジーのTANカラーの軍刀はいつの間にかオレの物になっていた。
「うおーーー!」
「うおーーー!」
「ウォーーン!」
ジャックストームの横に、ツヴァイホースが横付けする。
ツヴァイホースは中の積み荷ごとこの街で売り払うそうだ。
元々行き先がこの街だったらしく、丁度良いと言うことで、向こうのクルーとは話がついたそうだ。
向こうのクルーの何人かは、そのままジャックストームのクルーになった。ならなかった奴はこの街で再就職先を探すことになる。まあ、オレの知ったことではないが。
「うおーーー!」
「うおーーー!」
「ウォーーン!」
「いつまでそうやって吠えてるんだよ?」
アッフェに窘められてしまった。
「じゃあこれ、渡しとく」
そう言ってアッフェがオレに渡してきたのは、短銃身の回転式拳銃だった。色はやはりTANカラーだ。
弾倉を横に振ると、六発全て装填されている。
「357マグナムだ。これ、予備の弾薬な」
と一緒に弾薬の入ったケースを渡された。
「お嬢が危なくなったら躊躇わずに撃て」
目が真剣で恐いくらいなのだが。そんなにこの街は危険なのだろうか? まあ、いいか。
オレは弾倉を元に戻すと、357マグナムを既に軍刀を差してある腰のベルトに突っ込んだ。
「じゃあ、行ってくるな」
「行ってきまーす!」
艦での仕事があるために付いてこれないアッフェたちが、心配そうにオレたちを見送るのを他所に、オレ、エリザベス、シーザー、ブルータスはジャックストームを後にしたのだった。
陸上艦が入港した港から真っ直ぐに大通りが続いている。
その大通りを、エリザベスはオレの背丈より大きな体高のブルータスに乗りながら練り歩く。
いくらまだ仔狼とは言え、これだけ大きな狼が街を練り歩けば、衆目が集まるのも当然だろう。
なんだなんだ? と行き交う視線がこちらに注目しているのを感じながら、オレたちは声を張り上げた。
「明日から二週間、B地区の空き地に設営されるテントで、世にも珍しい珍獣動物園を開園します!」
「します!」
「ドロドロのスライムから、伝説の一角獣に、果てはドラゴンまで、何でも御座れの珍獣動物園だ!」
「だ!」
「これを見逃したら次は何時観られるか分からない、幻の珍獣たちだよ!」
「だよ!」
「話題に乗り遅れないためにも、そこのお兄さん、お姉さん、坊っちゃんに嬢ちゃん、旦那に奥様、ご隠居も、皆揃って寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「らっしゃい!」
「値段も格安! これを逃す手はないよ!」
「ないよ! 今ならあたしの隣のカエル男と握手が出来るよ!」
「誰がカエル男だ!」
と道行く人々から笑いが起こる。ここまででワンセットである。
そうして大通りを何度も往復しながら、オレとエリザベスは声を張り上げるのにも疲れたので、大通りの中程で、脇に逸れて一休みしていた。
「お疲れ様。ちっちゃいのに大変ねえ。これ、良かったら飲んで」
オレたちが休憩をとったのがどうやら小洒落た飯屋の直ぐ側だったからか、飯屋の女給が盆にグラスに入った水を持ってきてくれた。
「いや、オレたち金無えし」
とオレが断ったと言うのにエリザベスは、
「ありがとう!」
と当然のように飲み始めやがった。
飯屋で出される物は、たった一杯の水であってもオレが一月働いても買えない、と昔の仲間に聞いていたので、オレは背筋がゾッとした。
直ぐに土下座して謝ろうとすると、
「あらあら、余程喉が渇いていたのね」
と女給とエリザベスは呑気なものだ。
「お兄さんもどうぞ」
「いや、だから金が無くて」
「大丈夫ですよ。私の奢りですから」
との発言。何て気前のいい人なんだ! 確かにオレも喉が渇いていた。只と言うなら飲ませて貰おう!
ゴクリ
「な!? なんだこりゃ!?」
口の中がパチパチいって、水なのにすげえ甘い!
初めての体験にオレが驚いていると、
「あっはっはっはっ」
「うふふ」
エリザベスと女給に笑われてしまった。
「フロッシュ、もしかしてラムネ飲んだことないんでしょ?」
ラムネ? ラムネってなんだ?
「ね! 珍獣でしょ?」
女給に同意を求めるんじゃない。女給が困っているだろ。
そしてオレたちは無料のラムネを飲み干し、ジャックストームへと帰ろうとしていたのだが、
「ふざけんじゃねえぞ!!」
飯屋の中が騒がしいと思っていたら、
ドカァン!
飯屋の中から男が吹っ飛ばされて出てきた。その後を追うように、小洒落た店には似合わない回転式拳銃を右手に持った金髪の髭面男が現れる。