餌
「あ~ん……」
「ねえ、フロッシュ」
「やらんぞ、クソガキ」
ああ、やっと念願のチョコレートが食べられる。と調理場でチョコを手に大口開けた所に、また邪魔者が現れた。エリザベスだ。
オレの服を引っ張りながら物欲しそうにこちらを見ている。
「一個ぐらいあげたら? そんなにあるんだし」
ベーアが子をあやす親のように諭してくる。それに追随するようにアッフェもファルケも頷いている。
三人がそう判断するのも無理からぬことかも知れない。何せオレの前には計15個ものチョコレートがあるからだ。
何故ならあのオジーとの立ち合い、オレは大穴だったらしく、オレに賭けた奴らが儲けられたから、とオレにチョコを奢ってくれたのだ。
まさかあんなことでこれだけのチョコレートを得られるとは、腹の底から笑いが止まらない。
そんな訳でオレは今、気分が良いし懐具合ならぬチョコ具合も良好だ。がそれとこれとは別問題だ。
「馬鹿か? ガキってのはいつも物欲しそうにしてるから餓鬼って言うんだよ。そんなのいちいち相手にしてられるか」
周りの意見を一刀両断して、オレがチョコに噛みつこうとするのを、エリザベスは更に腕を引いて阻止する。
「違うもん! チョコが欲しいんじゃないもん!」
うざい。チョコが欲しい訳じゃないなら尚更ここから速やかに立ち去って欲しい。
「ブルータスが何も食べないの? どうにかして」
何だ? その今にも裏切りそうな名前の奴は。
「誰だよブルータスって? オレは知らん奴にやるチョコも食事も持ち合わせていないぞ」
「ブルータスだよ! フロッシュと一緒に保護したブルータス!」
「ああ、あいつか」
オレは頭の中「?」だらけなのだが、アッフェには覚えがあるらしい。
「ねえ、お菓子ならあたしのあげるから」
ガキのクセにものの頼み方を知っているじゃないか。
そしてエリザベスにねだられるまま、オレたちはそのブルータスが待つ場所へと移動させられたのだった。
チョコはお預けだ。
オレたちが向かった先はジャックストームの貨物庫の一つだった。
その中は獣やら鳥やら爬虫類やらがわんさか檻の中にぶちこまれた、差し詰め小さな動物園だ
「何だここ?」
「すごいでしょ!」
「お嬢は動物が大好きなんだよ」
アッフェが説明する直ぐ横で、六足のトカゲが猫のように呻き、カラス? がジーニアス! と鳴いている。
「動物? 世界珍獣名鑑の間違いじゃないのか?」
「はは。確かに街に行ったらこいつら見世物にして金稼いだりしてるよ」
とアッフェ。確かに見世物には良いかもな。
「あたしはフロッシュもすごいと思うわ!」
オレは珍獣と同格なのか。
オレがガックリ肩を落としながら皆の後をついて行った先に居たのは、オレのように項垂れた一匹の仔狼だった。
「こいつは……!」
見間違うはずがない。荒野でオレを襲ってきたあの狼の仔だ。なるほど、親が殺されて行く当てを失くした仔狼を、オレと一緒に保護したのか。
蹲ったまま、ボウルに入れられた餌に口をつけようとしない仔狼だったが、オレを視界に捉えると、
「ウォン!」
と一声吠えて尻尾を振る。
こいつ、自分の親を殺した相手に、よく尻尾を振れるな。あの場面を見ていただろうに。
「やっぱり、ご飯食べてない」
エリザベスが餌の入ったボウルの前でしゃがんで、今度はこっちが項垂れている。
「うわあああああ!?」
それを見ていきなり悲鳴を上げるベーア。
「何だよ、いきなり大声出すなよ」
アッフェが諌めるが、ベーアの視線はエリザベスの先、餌の入ったボウルで固定されたままだ。連られてオレたちもボウルを見ると、そこにはこの後のオレたちの食事に供されるはずの、肉が山盛りにされていた。
「お、お嬢! 何てことするんだ!」
「え? だって狼ならお肉でしょ?」
そう言うもんなのか? 狼の知識が無いオレとは違い、三人は口をあんぐり開けて固まっていた。
オレたちは今、トラックに乗って陸上艦からどんどんと遠ざかっていっている。
運転しているのはアッフェで、同乗しているのはファルケにエリザベス、そしてオレとブルータスである。
危ないからとアッフェとファルケはブルータスの同乗を嫌がったが、エリザベスが押しきった形で同乗が決まった。
そして現在オレはトラックの荷台で月光丸に搭乗しながら、その巨手でブルータスを撫で擦っていた。
何故オレたちが現在トラックに乗っているのかと言えば、単にブルータスの餌を狩りに赴いているのだ。
あの後ベーアが即行でボウルに入った肉を調理場に戻しに行くのを見送り、その場に残されたオレたち。
「そう言えば、その狼の親は荒野の大サソリをバリボリ食っていたな」
と言うオレの余計な一言によって、四人と一匹は荒野へ出発したのだ。
陸上艦から適当に離れた場所にトラックを止めると、オレは荷台から月光丸で荒野に降り立つ。
勝手知ったると言うべきだろうか、戦場とは違う風が吹いている気がする砂地で、オレはトラックから100メートル程離れると、その歩みを止めた。
するとオレの耳に聴こえてくる、サソリどもが餌を感知しカサカサと砂の中を移動する音。
そしてその音は円状にオレの周りで止まり、一拍置いて一斉にその鋭い尻尾で攻撃してくる。
オレはそれを跳躍でかわすと、数を確認する。6匹だ。充分だろう。オレは空中で大太刀を抜き、逆手に持ち替えると、そのうちの一匹の背に大太刀を突き刺した。これで一匹。
仲間をやられてこちらにやってくる大サソリども。その鋭い尻尾がオレに当たる前に、オレは大太刀を横薙ぎに振るう。それで3匹の尻尾が吹き飛んだ。
それでも攻撃を止めない大サソリから跳躍で後退すると、その着地時に足に貯まった跳躍力を解放し、鋭い跳躍からの突きで更に一匹仕留める。
更にこの着地時にも足に跳躍力が貯まるので、これを何度か繰り返すだけで、オレは大サソリを6匹無傷で仕留めたのだった。
「ウォン!」
オレが砂地に大太刀を突き立て一息吐くと、ブルータスは「待ってました!」とでも言うかのように一声吠えると、オレの突きで仕留められた大サソリにガリガリと齧りつく。
「これで良いのか?」
「ええ! 素晴らしいわ!」
トラックでオレとブルータスに近付いてくるエリザベスは、車中で大喜びしていた。
その後、オレたちはブルータスが食べ残した大サソリの死骸をトラックに回収し、仔狼の餌を確保すると、陸上艦ジャックストームへと帰艦しましたとさ。