沈丁花
あなたに逢いたくて。
いつも一緒に歩いた道。
あなたに逢いたくて。
もう逢える筈もないのに。
ひとり、想い出を辿っている。
「ふっ…」
そんな自分が馬鹿らしく思えて、吐息にも似た卑屈な笑みが洩れた。
フワリと甘やかな香りが鼻をついて、思わず顔を上げる。
民家の門口に、淡い白が浮かび上がる。
手毬のように愛らしい花が一斉に咲いている。
ー沈丁花ー
気付けばもう三月。
あなたと過ごした春が又巡る。
「沈丁花の花言葉、知ってるか?」
「さぁ、知らんなぁ…」
「永遠。」
一瞬、遠い眼をしたあなたの薄い微笑みが消え入りそうで、繋いだ手を強く握りしめたら、
「痛っ。何や、急に。」
「何もない。」
怒ったようにふくれた私の頬っぺたを突っついて、あなたは優しく笑ったっけ。
「永遠なんて、嘘やん。」
独りごちる私の隣にあなたは居ない。
三月のどこまでも澄んだ青い空の彼方にあなたは逝ってしまった。
逢いたくても叶わない。
「阿呆。」
呟いた私の目に彼方の真昼の月がキラリと光った。
沈丁花の香りが漂う季節に思い浮かんだ掌編です。沈丁花の甘やかな香りに何故か感傷的になってしまいました。ご一読ありがとうございました。
作者 石田 幸