表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

戦争が始まる温度

 変な夢を見た。

 

 家で飼っている豚の数が増え過ぎている(家では豚など飼っていないのに)。その所為で、豚に与える芋が足らない。もっと畑を大きくできれば良いのだが、残念ながら土地の大きさにも自然資源にも労働力にも限界があるからそれは無理だ(そもそも、僕の家に畑などないのだが)。

 妻がイライラしている(妻も僕の家にはいない)。

 芋不足で飢えるのは豚だけではない。人間も当然、飢えることになる。妻の苛立ちの原因の一つがそこにあるのは明らかだった。

 ただし、そればかりが原因ではない。

 僕は物置の奥の方に仕舞ってあった槍を取り出して手入れをし始めた。練習もかねて裏庭でその切れ味を確かめようと藁人形を切った。すると、隣の家の男性も槍を持って出て来るのが見えた。煙草をくわえていたが、煙草の為に出て来た訳ではないだろう。なんだか気まずい心持ちになる。軽く会釈すると、相手は「そろそろですかな」と言って来た。

 隠し切れはしないだろう。

 それに、隣の家とは味方同士だから、そもそも隠す意味などない。

 「そろそろでしょうね」

 だから僕はそう返した。お互いに間抜けな顔をしていたように思うが、それでいて微かに緊張をしてもいた。

 その緊張感に震える僕はふとこんな事を思った。

 

 「――戦争が始まる温度だ」

 

 この街の人口は増え過ぎてしまったのだ。人口を減らさなくては、やがては食糧が足らなくなるのは目に見えている。

 その為の戦争が、そろそろ始まる。

 領土を奪う為でもなく、原油を奪う為でもなく、軍産複合体を潤す為でもない。ただただ純粋に人口を減らす為だけの戦争。殺し合いのイベント。

 僕らの街ではずっと昔からその習慣が続いている。果たして今度の戦争を、僕は生き残る事ができるのだろうか?

 えいや!

 と、槍を振る。そんな自分は、なんだかとても馬鹿馬鹿しく思えた。

 

 そこで目が覚めた。

 

 僕の目の前には点けっぱなしのパソコン画面があって、そこには書きかけのブログが煌々と光っていた。なにがどうなってそうなったのかは分からないが、“おおおおおおお”なんて文字がテキストエリア欄に続いている。寝ぼけてキーボードを押しっぱなしにしたか、それとも書く内容に詰まって遊んだか。

 僕はなんだか虚しくなって大きくため息を漏らした。こんなブログ、多少、上手く書けたところでどうだって言うんだ?

 「――戦争が始まる温度……」

 不意に夢の内容が頭をよぎった。

 もし、生活の心配なんかせず、戦争の準備だけをしていれば良い暮らしがあるのなら、果たして、今と比べてどちらが仕合せなのだろう?

 そんな想像を思わずしてしまう。

 ……まぁ、単なる想像だけど。

 

 僕がなんであんな夢を見てしまったのかは、容易に想像がついた。パプアニューギニア中央のビスマーク山脈に暮らす農耕民族、“マリン族”をネタにして、ブログを書いている最中に寝落ちしてしまったからだろう。因みにまだ四分の一も書けていなかった。

 このマリン族、なんと宗教儀式として“戦争”を行うらしい。そしてそれには夢で見たように人口を減らす…… 調節する効果があると考えられているのだとか。

 つまり、この民族は戦争によって人口をコントロールしているらしいのだ。

 ブログのネタとしては充分に面白いと思う。

 もっとも、僕はそれほどノリ気ではなかったのだが。

 確かに面白いネタではあるが、僕のブログの読者はゲーマーとかアニメ好きとかだから、ジャンルが少しばかり違う。きっとあまりウケないだろう。

 では、どうして僕がそんなネタでブログを書いているのかと言えば、ぶっちゃけネタが尽きかけているからだ。

 僕はブログによって広告収入を得ている。それで生活するのは無理にしても小遣い稼ぎくらいにはなっていて、これが中々馬鹿にできない。派遣社員の少ない給与だけじゃ生活が苦しい僕としては、なんとしてもブログを書き続けなくてはならないという訳だ。

 それから画面に食らいつき、少しでも自分のブログの読者層が好きそうな感じに記事をまとめ上げると、僕はエンターキーを押下した。

 「なんとか完成…… しかし、その場しのぎで誤魔化している感は否めないなぁ」

 投稿したその記事と、記事の投稿と共に増え続けるアクセス数とを眺めながら僕はそう呟いた。

 次のネタが早くも心配だ。

 何か話題性のある大型ゲームでもリリースしてくれれば、しばらくはネタに困らないのに。この際、クソゲーでも構わない。

 

 「よぉ、紐野」

 職場の昼休み、牛丼屋で並の定食を食べていると、不意にそう話しかけられた。見ると、火田という名の知り合いだった。

 この男を、僕はあまり得意としていない。はっきり言ってしまえば、苦手だ。決して悪い奴ではないのだが、いや、凶悪な面相の割にかなりいい奴なのだが、僕としてはだからこそ少々付き合い難い面があるんだ。

 「お前のブログ、読んだぞ。マリン族のやつな」

 「そりゃどうも」

 火田とは実はブログを通して知り合った。彼はウェブ記事関連の会社に勤めていて、ブログで金が稼げるようになり始めの一時、フリーのライターを志そうかと本気で悩んでいた僕が、コネを広げた方が良いと判断して会った人間のうちの一人だった。

 結局は厳しい現実を思い知らされてライターになる道は断念したのだが、派遣先の近くに偶然彼も勤めていて、昼飯時なんかにこうして会う事が度々あるのだ。

 勤務先の昼休みに、自分の書いたブログの話題なんてしたくないから断りたいのだが、困った事に火田はウェブ記事関連の仕事をしているだけあって知識を豊富に持っていて、よくネタを提供してくれるものだから、無下にもできない。

 実を言うと、“戦争をする宗教儀式を行うマリン族”のネタもこの火田に教えてもらったものだ。

 ただ、だからこそ僕はこの男を苦手としているとも言えるのだが。

 「俺としては食材を提供しただけのつもりで、だからお前がどうそれを調理してどんな料理に仕上げるのかについて文句なんか言いたくはないんだがな」

 火田はまるで言い訳をするようにそう前置きをした。

 “嘘だ”と、それを聞いて僕は思う。

 こいつは絶対に僕に文句を言いたいんだ。僕に文句を言う為に僕を探していた可能性すらもある。

 「お前の書き方じゃ、マリン族が未開の野蛮な民族みたく思えるじゃないか。いや、絶対に馬鹿にしているだろう?」

 それから火田はそう続けた。

 「そうか。そう読めたんなら悪かった」

 と、僕はそれに応える。

 “当り前だろう? そういう書き方をしたんだから”

 と、内心では返しながら。

 ……ああ、面倒臭い。

 僕の返答を無視して火田は続けた。

 「日本の文化・文明の優位をそれで示して、読者に気持ち良くなってもらおうっていうお前の魂胆は分かるけどな」

 “分かっているなら言うなよ”

 と、僕は心の中で返す。そしてその説教を聞き流すことに決めた。こっちは生活の為にブログを書いているんだ。世の中への影響がどーたらとかそんなのを気にしているような青臭い指摘をいちいち気にしていられない。火田はいっつもそんな感じの指摘を僕のブログの内容に対してしてくるんだ。

 「せめてそれと同時に“文化相対主義”とか“多文化主義”とかにも触れろよ。それが今の国際標準の考えでもあるって。

 文化や文明に優劣はない。それは相対的なものに過ぎないんだよ。

 マリン族の戦争をする宗教儀式が、どんなに俺らの感覚からは異常に思えても、ただ単純に否定したり馬鹿にしたりすれば良いってものじゃないんだ」

 聞き流すつもりでいたのだが、そこで僕はつい口を開いて反論してしまった。

 「なら、男女差別も名誉の殺人も何もかもそれが文化なら肯定しろってのか?」

 が、火田は少しも動じずそれに返す。

 「違う。問題点は大いに指摘すべきだ。この点を直せば、世の中はもっと良くなる。住み心地が良くなる。そういう指摘は。

 だが、それは価値の差じゃない。優劣の差じゃない。飽くまで、それで世の中が住み良くなるからするべきなんだよ」

 「分からないよ」

 「分かれよ」

 軽くため息を漏らすと、火田はこう言った。

 「お前は一応、インフルエンサーの一人に数えられているんだぞ? 力を持つ者には、それだけの責任があるんだよ」

 これはよく火田が僕に言うセリフの一つだ。インフルエンサーというのは、早い話が社会に対して高い影響力を持つ者のことらしい。学生時代にブログを始め、どんな幸運な巡り合わせがあったのかは分からないが、それがけっこうなアクセス数を叩き出してしまった僕は、低レベルとはいえ、なんだかその一人ということになっているらしいのだ。ゲームやアニメに対しての、ツッコミ絡みの感想を書いたりしていただけなのだが。

 僕が火田の説教に不貞腐れていると、火田は軽くため息を漏らしてこう続けた。

 「他の民族を馬鹿にして、自分達の優越を誇るっていうのは、ただそれだけで危険な思想なんだよ。それで気持ち良くなっている状態は、どんな悲惨な事件を引き起こすか分かったものじゃない。

 だから、ちゃんと予防はしておくべきなんだよ」

 今度は分かった。

 「そうかい」

 だから、そう返した。

 それで解放してくれるかと思ったのだが、火田は僕の返答が気に入らなかったのか、更に説教を続けた。

 「それに、そもそも俺らだってマリン族とそう変わらないのかもしれないんだぜ。似たようなもんだよ」

 僕はそれに間髪入れずに反応してしまった。

 「どこが?」

 僕達は人口を減らす為に戦争をしたりなんかしないだろう。じゃなかったら、世界の人口問題なんて発生していない。

 「人口って訳じゃないがな」

 と、それに火田は返した。

 「富の不平等。貧富の格差を“戦争によって埋める”って事なら、近代に入ってからも人間社会はどうやらやっているらしいんだよ」

 僕はそれに「どういうことだよ?」と質問をした。これは別に火田に反発をしたって訳じゃない。ブログのネタになると思っただけだ。

 「貧富の格差が広がると、人々の間で不平不満が溜まる。それがどうやら戦争を引き起こす原動力になるらしいんだな。

 そして、戦争が起こると軍事費を得る為の増税によって金持ちは資産を失い、更に戦争被害によっても大損害を受ける。それによって、貧富の格差は埋まるって訳だ。

 実際、第一次世界大戦や第二次世界大戦の折にはそんな現象が起こったらしいぞ」

 「ほー」と、僕はそれに返した。

 なかなか面白い話だ。

 「富が一部に集中していくと、社会に負荷がかかってそれが戦争を引き起こす。そして、その戦争が富の格差を是正するのか」

 僕がそう言うと火田は「マリン族と似ているだろう?」と尋ねて来た。

 「確かにな。この“文明社会”も、マリン族と大差ないのかもな」

 そう僕が認めたことで気を良くしたのか、火田田はそれ以上は、説教をするのをやめたようだった。

 「音楽バンド・クロマニヨンズに“むしむし軍歌”ってな曲がある。奇妙なメロディの奇妙な歌詞の曲なんだが、これが生み出された背景には、当時戦争を待望をしていた一部の人間達への批判があるのじゃないか?ってなコラムを読んだ事がある。

 俺も詳しくは知らないんだが、その当時、就職できない若者達の一部が、“戦争が始まれば絶対に就職できる”なんて主張をしていたらしいんだな。

 むしむし軍歌が、本当にそういった若者達への批判を込めた歌なのかどうかは分からないが、少なくとも貧困問題が戦争へと繋がる社会現象があった事の証拠の一つにはなるだろう」

 そう語る火田に僕は「ふーん」と応える。

 火田が僕のその反応をどう解釈したのかは分からないが、それから「それじゃ、俺はそろそろ仕事に戻るわ」と言って席を立った。それで、やっぱり僕に説教をする為に現れたのじゃないかと僕は思った。

 

 「酷過ぎる貧富の格差を是正する為に、戦争を望む……」

 

 か。

 その日、僕は家に帰ってブログのネタを考えながら、そんな独り言を呟いた。

 なんとなく共感できてしまえるように思えたからだ。一体、どんな仕事をしているのだかは分からないが、信じられないくらいの大金を稼いでいる大金持ちの連中が世の中にはいる。通常の方法じゃ、そんな連中から資産を吐き出させるなんて不可能なんだろう。戦争でそれができるっていうのなら、ちょっと期待してしまうじゃないか。

 それはいくら何でルサンチマンが過ぎるか?

 そうかもしれない。

 けど……

 聞き流すような感じで点けていたテレビのニュース番組が、そんなタイミングで、日産でのカルロス・ゴーンの不正行為のニュースを流した。

 その立場を利用して、不正に日産から報酬(?)を得ていたって例の事件だ。

 実際にカルロス・ゴーンが法に触れるようなことをしていたのかどうかは分からないが、少なくとも莫大な金を手に入れていたのは事実なんだろう。

 そして、彼のように「どうして、そんなに貰えるんだ?」って程の大金を得ている人間が今の世の中には少なくない。

 百歩譲って、それが本当にその労働に相応しい報酬であるのなら、納得できないこともないだろう。だが、そんな大金持ちの中には、莫大な損失を出して公的資金で援助を受けている銀行の役員や、会社を潰してしまったCEOなんかもいるんだ。

 とてもじゃないが、“妥当な収入”だなんて言えないだろう。

 こんな状況をおかしいと思っているのは、多分僕だけじゃないはずだ。だが、その議論は中々本格化されない。

 原因は恐らくシンプルだ。

 “妥当な収入”を求める為の研究がほとんどされていないからだ。つまり、基準がない。だから、どっかのCEOがとんでもない額の有り得ないような収入をどれだけ得ていても「間違っている」と明確には主張できない。それは社会的な正当性を帯び切ってはくれない。

 しかし、“妥当な収入”ってのは絶対にあるはずなんだ。

 当たり前な話をしよう。

 もし、世の中の全部の富を一人の人間に集めてしまったなら、世の中は崩壊する。その一人以外は生活ができなくなるからだ。

 その反対に全ての人間に平等に富を分配しても世の中は巧く回らない。どれだけ真面目に働いても収入が変わらないなら、不平不満が溜まって真面目に仕事をする人間は激減してしまうだろう。言うまでもなく、これは社会主義の失敗原因の一つだ。

 という事は、富の一極集中と完全平等分配の間のどこかに、適切な“富の偏り”があるはずなんだ。そして、それを求めたなら、その状態を維持できるような政策を執るなり、慣習を普及させるなりをしなくちゃならない。

 もちろん、それを実現させる為の収入が“妥当な収入”って事になる。つまりは、世の中の収入の基準って訳だ。それが決まったなら、或いは、カルロス・ゴーンにはやっぱり“貰い過ぎ”という判断が下されるかもしれない。それを法律化するのは難しいかもしれないが、少なくともガイドラインみたいなもんは直ぐに敷けるだろう。

 妥当な収入が求められないと、これから先、どんどん富の格差は広がり続ける事になる。その行き着いた先の社会が、どうなってしまうのか分からない。だから、絶対にそれは必要なはずなんだ。

 

 「――どうして、“妥当な収入”の研究が進まないんだろう?」

 

 そう僕は呟いた。

 そんな研究が進んだら、困る誰かがいるからか。それとも、誰も得をしないからか。世の経済学者や社会学者達に“妥当な収入”について興味を持ってもらう為には、一体どうすれ良いのだろう?

 もし、“妥当な収入”が提示されたなら、多分、僕の生活はもうちょっとくらいは楽になるんだろうに。

 テレビのニュース番組では、カルロス・ゴーンのニュースがいつの間にか終わっていて、今度は水道インフラの老朽化の所為で水道料金が上がるだろうなんて話題を流していた。

 それで民営化がどーたら言っている。

 もし、民営化されたら、職員の収入はどうなるんだろうな?

 なんて僕は少しだけ思った。

 その日、僕は結局、ブログを書かないでそのまま眠ってしまった。今日、火田から仕入れた“富の格差が戦争を引き起こす”というネタで何か書こうかと思っていたのだが、どうしても戦争を期待するような内容になるような気がして、筆が進まなかったからだ。

 ま、仕方がない。

 ……こういう日もある。

 

 ――ステルスマーケティング。

 通称、ステマ。

 一応はインフルエンサーの端くれに数えられている僕は、それに興味を持った事もあった。

 どっかの企業と契約して、ブログ内でしれっと商品の宣伝をする。多分、広告収入よりは稼げるんだろう。

 だが、思い止まった。鼻の利く奴ってのはいるもので、ステマをやったブロガーが呆気なくバレて、しかもそれを理由に叩かれて、酷い目に遭っているのを見てしまったからだ。

 下手したら、ブログの収入がなくなる。

 リスクとリターンのバランスが合わない。そんな危険な橋は渡れないだろう。

 ところが、ある日、こんな依頼が僕に来たのだった。

 『軍事力の必要性について、ブログで書いてみないか? 最新兵器の性能を紹介するなんてのも良いかもしれない』

 それはどっかの何かの団体さんの、広報活動を担当しているうちの一人だった。資金源がどうとか、どんな政治思想を持っているのかとかは分からないが、とにかく、軍事に纏わる宣伝をすれば金をくれるらしい。

 幸い、僕のブログの読者からも需要がありそうなネタでもある。

 この宣伝がステルスマーケティングになるかどうかは微妙なところだろう。別に騙して何かを買わせようとしている訳じゃない。ただただ軍事について肯定的な記事を書くってだけなんだから。

 これなら、宣伝活動だってバレても特に問題はないのじゃないか?

 僕はそう考えた。

 それでその依頼を受ける事にしたのだ。金を貰える上に、ネタまで提供してくれる。こんな甘い話はそうそうない。ゲームやアニメ内に登場する軍事兵器との関連を取り上げたりなんかすれば、今までの読者も満足させることができるだろう。上手くすれば、新たな読者の獲得にも成功するかもしれない。

 始めてみると、予想通り批判はあまり出ず、軍事方面の記事は、大好評とは言えなくても安定的な人気にはなった。

 本当の読者じゃないだろう、恐らくは左寄りの団体が、妨害の為か嫌がらせのようなコメントを書いて来たが、大した問題じゃない。無視すれば良いだけの話だった。

 そうして、やがて僕のブログはゲーム・アニメに加えて、軍事関連を中心にするように変わっていったのだった。お陰で、随分と軍事知識に詳しくなってしまった。

 そして、気が付いてみると、そんな風に“軍事色”が強くなっているのは僕のブログだけじゃなくなっていたのだった。

 どうやら僕以外のブロガーにも軍事関連の宣伝の依頼の声がかかっていて、皆はそれを受けたらしい。宣伝をすれば、それほど大きな額ではないとはいえ、安全に金が貰えるんだから、当たり前と言えば当たり前かもしれない。

 

 ある日、しばらくぶりに職場の昼飯時に火田に会った。今はネタには困っていないから、別に話をするメリットはなかったが、だからといって急に態度を変えたらかなり嫌な奴だろう。だから僕は普通に対応するようにした。もっとも、前から僕のこいつに対する態度はそれほど良くはなかったかもしれないが。

 最近の僕のブログの軍事方面に傾いた内容について火田は何か説教をして来るのかと思ったのだが、そうではなく「ある一定層の人間達は、どうして“軍事”を重要視するんだろうな?」とそう呟くように僕に問いかけて来た。

 ――金銭目的には思えない。女と寝たいとか、遊びたいとか、名誉が欲しいとか、そういう“快楽”とも関係ない。ただただ軍事を重要視する。そういうタイプの人間達がこの世の中にはいる。何故なのか?

 どうやら火田はそんな疑問を口にしているらしかった。

 僕はてきとーに「やっぱり、本能に組み込まれているんじゃないか? 縄張り本能とか闘争本能が働いているんだよ」とそう返す。

 「そうかもな」

 と、火田は言った。

 「中には本当に“戦争が好き”って人間もいるのかもしれないが、これはそういう捉え方をするべき問題じゃないのかもしれない。世界の捉え方が“軍事中心”で、相手に脅威を与え、そしてまた相手も自分達に対して脅威を与えて来るものと、そう思い込んでいるのかもしれない。

 だから、その為に軍事力を強くしないといけないと考えてしまい、別の世界の捉え方には鈍感で、そうじゃないものを理解できないのじゃないだろうか?」

 そう語る火田の表情はいつになく暗かった。珍しい。もっとも、最近は会っていなかったから本当のところは分からないのだが。

 「だが、それには限界がある。昔からSFのモチーフによく使われているが、破壊力が高くなり過ぎた軍事兵器は、この社会そのものを滅ぼしかねない。もちろん、敵も味方も。そんな状態では、全面戦争なんてできないのは言うまでもない。

 そして、今という時代は既にそこまで達してしまっている。水爆には、もし使用されれば、冗談でも誇張でもなく、一国が亡くなる威力がある。

 が、ある種の人間達は、それでも戦争をしようとしてしまうのじゃないか?」

 多少、説教臭い内容だったが、火田の口調や態度にそんな雰囲気はなかった。むしろ、僕に対して懇願しているように思える。

 ただ、だからこそ、いつもの説教よりも僕はその火田の訴えを真剣に受け止めた。

 「お前はインフルエンサーの一人だ。俺なんかよりもよっぽど世の中に影響を与えられる。

 どうか、そのことを忘れないでくれ」

 最後にそう言った火田は、やっぱりまるで僕に懇願しているようだった。

 

 それほど熱心にテレビ番組を観る方じゃないから気が付かなかっただけかもしれないが、いつの間にかテレビでも戦争を扱う事が当たり前になっていた。

 隣国が攻めて来る可能性。それに対処する為の軍事力。同盟関係の強化。自国の安全を確保する為に行う軍事活動の正当性。それらは、攻撃と防衛の境界線が意図的に曖昧に解釈されるように誘導しているように思えた。そして、それらは、防衛の為の先制攻撃なら許されるべきだという主張に、どうやら帰結しているようだった。

 テレビ番組は、そんなネタを延々と何度も取り上げて流していた。まるで馬鹿の一つ覚えみたいに。

 「軍事力増強の為には、自衛隊だけでは足りません。一般からも志願者を募るべきです。この国を守る為に!」

 そんな事もテレビのコメンテーターが力強く言い始めた。そして実際に、それは行われた。

 もっとも、軍への入隊を志願するのはフリーターや派遣労働者なんかの生活が安定しない層だけのようだったが。

 一応、僕もブログを書いている身だから、読者に与える印象を操作する手口は知っている。そういった手口をテレビが用いるのは、別に今に始まった事じゃないが、その戦争関連のテレビ番組の宣伝でもそれが使われているのは明らかだった。

 戦争は極力避けなければならないが、平和的な解決が望めず、相手が攻めて来るのであれば、致し方ない。

 そんな論調に、世間を向かわせる為の印象操作。

 しかし、それが本当にそうなのかは分からなかった。ある種の人達は、戦争を回避することなど初めから望んではいなかったのじゃないだろうか?

 僕のブログへの依頼も具体的な軍事活動を促すような内容が多くなっていった。防衛の為に、先制攻撃を。その正当性を強調するように、と。

 多分……、と言うか、ほぼ確実に戦争を始めたがっている連中が、仕組んでいるんだろう。

 そして、皆はそういった連中の意図通りに思想をコントロールされていた。それはもう面白いように。

 否、それは実は少しばかり違っているのかもしれない。

 

 ――貧富の格差が酷くなっていけば、戦争を望む声が強くなっていく。

 

 火田が教えてくれたあの話を僕は思い出していた。戦争の宣伝に、皆は確かに影響を受けてはいるのだろう。

 だが、直ぐにそれに染まってしまうのは、貧富の格差に絶望し、本能的に戦争を望んでいるからなのかもしれない。

 戦争をすれば、金持ち連中は大損して、貧富の格差が埋まる。

 実を言うのなら、ほんの少しだけ、戦争に反対する内容をブログに書いてやろうかとも僕は思ったのだ。

 だが、反対しても、貧富の格差は広がり続けるのだろう。そしてその先にあるのが破滅的なディストピアなら、果たしてそれに何の意味がある?

 貧富の格差を埋める手段が、もう、それしかないと言うのなら……

 

 「よぉ、久しぶりだな」

 

 ある日、火田からそう話しかけられた。また、職場の昼休みだ。火田はなんだか妙にさっぱりしたような顔をしていた。

 何か良い事でもあったのか?

 ちょっとだけそう思ったけど、そんな感じの顔にも思えなかった。不自然に明るいと言うか何と言うか。

 「いよいよ、戦争に向けて本格始動しそうな気配だな」

 火田は続けてそう言った。

 「ああ、」

 と、僕は答える。

 つい最近、軍事費を確保する為の増税が始まったのだ。現役世代はもちろんだが、高齢者年金にも税がかけられていて、一部、反発するような声も上がっていたが、それほど大きな運動にはならなかった。このまま突き進んでしまいそうだ。

 直接日本が攻められる訳じゃないが、同盟国が領土侵犯を受けていて、日本はそれに対抗する為に協力すると約束してしまったのだ。と言っても、単なる協力じゃないはずだ。それに成功したなら、絶対に何かしらの権利は主張するだろう。

 よく分からないが、それは集団的自衛権の範疇だと解釈できるのだそうだ。もっとも、かなりの無理矢理感は否めない。法律に詳しくない僕でもそれくらいは分かった。

 「ま、この増税で、金持ち連中の財布から金を落とさせられるだろう。それが戦争に使われれば、こっちにも少しは回って来るさ。僕はそれを期待しているね」

 そう言ってみた。

 火田はどうせ綺麗事でも言って、戦争に反対するんだろう。だが、僕は火田よりもずっと現実主義者なんだ。自分が無事で、それで少しは生活が楽になるんなら、戦争が起きようが何が起きようが構わない。

 ところが、火田はそれにこう返すのだった。

 「何言ってるんだ? そんな事、起きるはずがないだろう?

 それどころか、これで金持ち連中は今よりもっと金を儲けるぜ。損するのは、俺らみたいな中間層だよ。ま、覚悟しておこう」

 

 「――は?」

 

 僕はそれを聞いて思わずそんな声を上げてしまった。

 「何を言っているんだ? お前が言った事だぞ? 戦争が起きれば、貧富の格差が埋まるって……」

 その僕の言葉に火田は肩を竦める。

 「そりゃ、過去の話だよ。第二次世界大戦とか、その辺りの。

 今は違う」

 「どうして?」

 「当時と違って、今は税金逃れの手段がたくさんあるからだよ。

 聞いた事があるだろう?

 タックス・ヘイヴン。租税回避地の存在。戦争だからって、強欲な金持ち連中が真っ当に税金を払うとは思えないな。

 それに、金融資産の技術も進んでいるから、例え戦争でインフラの類が破壊されてもその影響は限定的だ。金持ち連中はちゃんと身を守る手段を心得ているだろうよ」

 僕はそれに目を丸くした。

 「金持ち連中がもっと金を儲けるっていうのは、どういう理屈だ?」

 「簡単だよ。軍産複合体だ。国が戦争兵器を買えば、それで軍事産業は潤う。そこから富を得るのは金持ち連中。だから、戦争が起こればむしろ得をするんだ」

 火田は吐き捨てるように言葉を続ける。

 そこで気が付いた。火田は明るくなっている訳じゃなく、半ば自棄になっているだけなんだと。この世の中に対して。

 「戦場で犠牲になるのは、生活する為に働きに行かなくちゃならない下層。戦争の為に金を出して損をするのは、中間層。そして、利益を上げるのは上層って訳だ。

 金持ち連中が戦争に反対しない理由もよく分かるよな」

 僕はそれを聞いて愕然となった。

 酷くなり続ける貧富の格差は、戦争でも是正されない。それどころか酷くなる。なら、一体、この世の中は、これから先、どうなってしまうんだ?

 

 火田が最後にこんな事を言った。

 

 「今、AIやらロボットやら、どんどん世の中は機械化が進んでいる。つまり、俺らみたいな労働者は必要なくなって来ている。

 もし完全にそうなってしまったなら、果たして、必要のなくなった俺らを上層の連中は生かしておいてくれるのかな? 或いは、排除されるかもしれないぞ。

 俺は人間ってのはそんなに優しくない存在だってそう思っているんだ……」

参考文献:

『宗教を生みだす本能 進化論からみたヒトと信仰 ニコラス・ウェイド 依田卓巳:訳 NTT出版』

『大不平等 エレファントカーブが予測する未来 ブランコ・ミラノヴィッチ みすず書房』


日本の場合、むしろ所得格差が縮まったなんて話も聞きますが、どうなんでしょうね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 2019年2月の投稿ですが、内容が現在の状況に合致する予言めいたものになってしまいましたですね。 
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ