四話 契約
「国を殺す、なんてよく分からないんだが。国を滅ぼせばいいのか?」
「違います!国民を危険に晒したくはないのです!」
「おぉ……そうか」
勢いよく否定したルークに半歩たじろぐカルマ。そこへここに居ない者の声が反響する。
「皆さん、依頼の話ならばそこではなく、執務室にて行いましょう」
それを聞いたカルマはため息をつき、
「ナイズ聞いてたのか。全く、内緒話が出来ないな」
カルマは疲れた顔でエレベーターに乗った。
「お前たちも早く乗れ、ナイズが呼んでる」
ネルとルークが飛び乗ると扉が閉まった。一階で乗り継ぎ、最上階へ到着。扉が開くと、ナイズが一礼している姿が現れた。
「ささ、早く座ってください。話はそれからです」
ナイズがそそくさとカルマ達をソファーに座らせ、職員にお茶を持ってくる様に頼んだ。程なくして、お盆を持った職員がテーブルに四つお茶を置いて退出した。
すぐにナイズは茶を一口含んだ。
「では、先程の話の続きを」
ルークは頷くと対面に座ったカルマを見据えて言葉を紡ぐ。
「私は幼い頃、よく城を抜け出し、町へ遊びに行ってました。そのときの町はとても明るくて楽しい場所でした。ですが今は住民達は皆暗く、今日を生きることにも必死な状況です。それに比べて王や貴族は民から搾取し、私腹を肥やし贅沢な暮らしをしています。王族の私の立場でおこがましいですが、どうかこの国を殺してください、お願いします!」
言い切ると同時にルークは頭を下げる。
「わかった。で、何をすればいい」
カルマはそれにあっさりと同意した。
「えっ、良いのですか!?」
「ああ、言っただろう?お前が俺にとって利になることを持ってくるって。多分それがこの依頼だ」
ルークは頭を上げると、ソファーにもたれ掛かかり、安堵のため息を吐く。
「良かった〜」
「いや、それよりも、依頼の内容を詳しく話せ」
「ああ、そうでした。つい嬉しくて。ええと、最終目標は王国の変革。つまり重要な地位の人間を暗殺し、王国を変えることです。そのためにまずやってもらうのは三大貴族の一人、宰相アイトラ・レイ・ダリオンの暗殺です」
カルマは標的の名前を聴くと、ぬるくなったお茶を飲む。
「アイトラか。随分と大物を狙うんだな」
アイトラ・レイ・ダリオンは宰相の地位にいる貴族であり、『賢者』の二つ名を持つ人物だ。
彼は政治や経済、戦争においてその手腕を発揮している。過去王国の各都市部で大規模な自然災害が起き、甚大な被害が出たが、彼の采配により、数日で大部分が復興した。
そして『賢者』の二つ名は、彼の魔法の才能も表している。齢十五で上級の魔法を全て覚え、戦争では自ら前線に立ち、数々の軍を屠ってきた。
そんな燦々たる功績を持つアイトラの名を聞き、カルマの口角が上がる。
「へへっ、面白くなりそうだ」
三下の様な笑い方をするカルマに、その横でため息を吐くネル。
話の内容を書き留めていたナイズは、立ち上がり、机の中から一枚の紙を取り出し、それをテーブルに置く。
「ではお二人とも、この紙にサインをお願いします」
カルマとルークはそれぞれ両側から名前を書く。それを見届けると、その紙の上に話を書き留めたメモを重ね、手をかざし、契約の言葉を紡ぐ。
「【私の名において、この者たちの契約を承認いたします】」
ナイズの詠唱により、文字が浮き上がり、重なっていた二枚の紙が一つになった。そして文字がその紙に定着した。
「これが契約書になります。ご確認ください」
カルマは手に取り契約書に目を通す。紙には依頼主ルークの名前とカルマの名前、暗殺対象や報酬が書かれていた。
カルマは一通り確認するとルークに渡した。ルークも目を通すと、ナイズに渡す。
「それでは手続きは終了になります。もう外は暗い時間ですし、カルマさん達はお帰りになられた方が良いのでは?」
「そうするつもりだよ。でもルークはどうするの?」
ネルはナイズに肯定の返事をし、ルークに訊ねる。
「そうですね、今更城へは戻れませんし」
「そういえばなんでお前は王旗隊に追われてたんだ?」
「それはですね、城から秘宝を持ち出して逃げたからです」
懐に手を突っ込み金色のアクセサリーを取り出す。五つに分かれた鎖の先にそれぞれリングが付いており反対方向には金色の鎖が円を描いていた。中央に鈍く光る石の表面には複雑な紋様が刻まれていた。
「これは、召喚石か!」
「はい、その中でも最上級の渾沌の宝玉です」
カルマは以前渾沌の宝玉の力を見たことがあった。それは渾沌から力の権化を召喚し、意のままに操るもの。王国の秘宝の一つであり、これ一つで都市が最低三つは壊滅させられるほどの代物だ。
「なるほど、そりゃあ追われる訳だ」
「これだけでも王国の戦力は落ちます。少しでも減らせればかなりやりやすくなります」
「ああ」
気の無い返事をするカルマ。依頼として、達成しやすくなるのは良い。だが、それでは依頼の質が落ち、つまらないと、カルマは思ったからだ。
ナイズは一つ咳払いをした。
「話を戻しますが、ルークさんはここにいるのが一番かと思います」
「うん、僕もそう思うよ。その方が安全だろう。ナイズもいるし」
「ではお言葉に甘えてお願いします」
ルークがここに残ることを決めると、ナイズが場を締める。
「では、今日はここまで、明日から行動を開始するということに致しましょう」
ナイズは席を立ち、自分の机の回転椅子に座ると、椅子をくるくると回り始めた。
「じゃ、俺も帰るとするか。行くぞ、ネル」
カルマはエレベーターに乗り、執務室を後にした。
遂に、始まる。