二話 対敵
ギリギリと鬩ぎ合いが続く。
「そこをどけ」
「断る」
騎士の高圧的な言葉にカルマは飄々と返し、バスターソードを弾く。騎士がもたついた隙に、
「ネル!頼む!」
「分かってる!」
ネルはカルマが庇った人の側へ駆け寄った。服は破け土や泥に塗れている。ボサボサの金髪に碧眼は生気が薄く読み取れる。傷の状態を確認する。一見すると体中に切り傷や打撲痕があり重傷だが、全て急所を外し致命傷に至っていなかった。ネルはすぐに処置を開始した。
手際良く傷に薬草の軟膏を塗り包帯を巻いていく。骨折している箇所は添え木を当て包帯で固定した。おおよその処置が終わり、カルマに呼び掛けた。
「カルマ」
「分かった。俺も終わらせる」
騎士二人を同時に相手取り、剣戟を繰り返すカルマ。今もバスターソードの騎士が大上段から攻撃を繰り出す。
「終わらせる?我々に一撃も与えられていないのに?」
バスターソードを持った騎士が鼻で笑う。
カルマの背後から双剣の刃が交差する。
「君は自分の立場を理解しているのか?」
双剣を持った騎士が嘲笑する。だがカルマは全ての攻撃を防いでいた。
「分かってるさ。お前らは兎、俺は狼だ。いや、今は鬼だな」
仮面の角に触れ、カルマの右眼が赤く輝く。
「つまりこういう事」
カルマの姿が消え、再び現れる。カルマの手には手甲を着け、バスターソードを持った腕が握られていた。
自分の腕を見る騎士、そこに腕は無く、大量の血が流れ出ていた。
「ぐうぅぅぅ!!!」
痛みに悶える騎士。
「貴様!何をした!」
自分の眼前で起こった事が理解出来ず、困惑する双剣の騎士が叫ぶ。
「何って、もぎ取ったんだよ、腕を」
奪った腕を掲げる。そして上へ放り投げた。
カルマは短剣を三本取り出すと、姿が掻き消えた。投げた腕へ四方八方からの斬撃。
「【瞬剣陣・四重奏】」
腕はバスターソードごと細切れになり、どさりと落ちた。それを見た双剣の騎士は後ずさる。
再び駆けるカルマ。双剣の騎士は声を上げる間も無く首を刎ねられ、原形が無くなるほどの斬撃を浴び、金属と肉が混じっている残骸となった。
「さあ、とどめだ」
カルマは腕を押さえ蹲る騎士へ拳を握り、腹を打ち抜いた。
衝撃が全身に伝わり、骨が砕け、内臓は潰れ、命が消えた。
ネルの横でこの光景を見ていた彼は、息を飲んだ。
(ありえない)
彼を追って来た二人の騎士は、王国でトップクラスの戦闘能力を有する『王旗隊』の所属。それをたった一人で一方的に殺した。この光景はカルマの力量を理解するのに十分すぎるものだった。
(この人であればできるかもしれない!)
「あっ、あの……」
彼が声を出そうとした時、背中から拍手が起きた。
「相変わらず凄いですね、カルマさん」
「居たのか、ナイズ」
現れたのは美丈夫と言えるスーツ姿の男。三十代ほどの見た目で、上品な立ち振る舞いをする彼の両手には白い手袋をつけ、その上から右手に紅い指輪、左手には蒼い指輪を嵌めていた。
「貴方なら知覚していたでしょう。それにしても随分と汚しましたね」
ナイズは血や臓物で赤く染まった路地を見ながら苦笑した。
「片付けを頼む」
「はぁ、分かりました。ですが、次からはもっと片付けやすくして欲しいのですがね」
ナイズが手を一つ叩いた。するとどこからともなくぞろぞろと人が現れ、せっせと片付けを始めた。
「後処理は彼らに任せて私達は行きましょう」
ナイズはそれだけ言うと歩き始めた。
「よかったですね、カルマさんが来てくれて……えーっとお名前は?」
「あっ、ルークです」
「左様ですか、では、どうぞ皆さん。こちらです」
ナイズ立ち止まって壁を押した。すると壁が回転し入口が出現した。
驚くルークを後目にカルマ達は先に入った。
薄暗い通路に足音が四つ響く。ルークはカルマに先程から思っていた疑問をぶつけた。
「なぜ、私を助けたのですか?」
「うん?」
「なぜ、関わりも、助ける理由もない筈の私を助けたのですか?」
カルマは少しの間、考え込み言った。
「俺に利があるから。いや、これからお前が俺に利になる事を持ち込むからだ」
カルマが言った答えは、ルークの考えていた範囲のものだった。利があるから。だが、カルマの言ったのはこれからについて。
「俺は少し珍しい能力を持ってるんだ」
「それが、未来を見る能力なのですか?」
「いや、ちょっと違う。未来を感じる能力だ」
カルマの持つ能力の一つ【未来受信】。ある時、唐突に未来を体感する。体感する未来は様々だが、必ず全てカルマにとって害になるもの。カルマは先天的にこの能力を持っていた。この能力のお陰で数々の危機や災害を予知し、防ぐことが出来ていた。そしてルークを助けたのもこの能力で体感したためである。
だが今回の予知は、カルマへの直接的な害は判らず、ただルークが殺されるだけの未来だった。
(ルークを助ける事には何の意味が?)
カルマは再び思案顔になった。
「ルークさん。ここは初めてですか?」
ナイズがルークに問いかける。
「ええそうです」
「歩きながらですが、説明を致しましょう。ここは、闇区と呼ばれる場所です」
「闇区、ですか」
「そうです。世界中でもかなり珍しい場所で、魔法が使えなくなります。一般には魔法を使えなくする結界や魔道具はありますが、ここは自然にできた場所なのです」
ナイズは足を止める。それにつられてカルマ達も止まった。
「闇区という名は魔法が使えなくなるということだけが由来ではありません」
カルマ達の前には重厚な金属で出来た扉が閉じられている。
その扉が横にスライドして開かれる。
「この先こそ、闇区と呼ばれる所以です」