一話 出会い
カルマはベッドに身体を預け、今日の新聞を読んでいた。
新聞の内容は、昨夜の殺人事件についてだ。
「大貴族ハクラス家の長男カルド・ハクラスが宿屋ノーゲンで、護衛の冒険者二人と共に遺体で発見された。」
ハクラス家は捜査を開始。
しかし、カルド・ハクラスの致命傷と思われる切り傷が、護衛の持っていた剣と一致した。
つまり護衛がカルドを殺害し、その後自殺したと思われる。
そして宿屋ノーゲンは外観や内装はもちろんのこと防犯面での絶対的な設備が、貴族に人気だったが、今回の事で根本的な見直しが必要になるだろう。
新聞を折り畳み、ベッドから起き上がる。欠伸をしながら部屋を出ると、途端に香ばしい匂いがカルマの鼻腔をくすぐる。
「ご飯出来てるぞ、早く食えー」
ネルはテーブルの上に料理を置きながら、席に座れと促した。それにカルマは短く「ああ」と返事をした。
「カルマ、今日はどうするの?」
「まず道具が足りなくなってて、それを補充しようと思ってっけど」
「僕もポーションがなくなってきたから買い足したいな」
「じゃあ買い物して、装備の点検してからいつものとこでいいな」
「うん」
早朝からにぎわいをみせる大通りから少し離れ、脇道に入ると、一軒の店がある。そこにカルマ達は手馴れた様子で入っていた。
店内は薄暗く、蛍光灯が二本淡く光っている。棚には小瓶に入った複数の魔法薬や暗器の類いが並んでいる。そして壁一面に引き出しが付いており、その全てに番号が振られていた。
「おっさん、来たぞ」
「なんだ? おッ、カルマじゃねェか!久しぶりだな。嬢ちゃ?……坊主も一緒か」
店の奥から出てきたのは、髪の所々にストレスのせいか、白髪が目立つ壮年の男だった。彼の名はオジロである。おっさんではない。
「う、うん」
オジロの言葉に一瞬動揺を見せたネルだが、すぐにいつものように返事をした。
「今日は道具の補充に来たぞー」
「そうか、じゃあリストを貸せ」
カルマはオジロに減った道具のリストを渡した。そのままオジロは店の棚へ向かった。
「てか、今日の新聞見たぞ。ハクラスの長男殺されたって。まぁ、あいつは其処彼処から恨み買いまくってたらしいな。いつ殺し屋差し向けられてもおかしくない状況だったから、自業自得だな」
そう言って笑い飛ばすオジロだが、次に言った事でカルマを驚かせた。
「この事件、黒幕はコーダだろ」
オジロは犯人をぴたりと言い当てたのだ。
「コーダ・ハクラス。ハクラス家現当主だ。世間体を気にしてた奴だから、アレが邪魔だったんだろうよ」
「へぇ、よく分かったな」
カルマが感嘆の声を上げる。オジロはすまし顔で続けた。
「伊達に犯罪捜査局局長やってたワケじゃねェんだよ。これでもオマエの数倍、事件を見て来たからな。てか、オマエ、さっきので墓穴掘ったぞ。オマエが実行犯だってことバレバレじゃん」
「おっさんには隠してもしょうがないだろ」
「そうそう、俺に隠し事なんて無理なもんだ。ほれ、締めて金貨10枚だ」
どさりと道具を入れた麻袋を置き、オジロはカウンターを指で叩いた。カルマは金貨10枚を置き、店を出た。
扉を閉じたあと、ネルが話しかける。
「オジロさんってちょっと変わってるね」
「ああ、だが実力は本物だ、そしてかなりのお人好しだ。そんな人だから俺は信用してる」
カルマが零す小さな笑みが、ネルの心を嬉しくさせた。
再び大通りに戻ったカルマ達は暇潰しに散策した。
この街はイーナットというグラニス王国の東端にある都市である。海に面しているため漁業が盛んに行われており、他国との貿易の要所である。
この街の名所は北区の娯楽エリアだ。
カジノに闘技場、劇場などがあり、様々な娯楽を楽しむことができる。現にカルマ達も、この場所に来ていた。
祝日でも無いのに人でごった返すこの場所にカルマ達は辟易しながらも人波をかき分けて進み、劇場に向かった。
シャンデリアが掛けられたエントランスを抜けると四百人ほど入れそうな観客席に大きな舞台。今回は吟遊詩人がリュートで弾き語りをしていた。一般的な英雄の物語。滑らかなリュートの音色とともに吟遊詩人の声が響いた。
劇場を出て進んで行くと人波が途絶え、広場に出た。中央に噴水があり、涼しげだ。カルマ達はベンチに座り一息ついた。ゆっくりした時間が流れていった。先程まで遊んでいた子供達が居なくなり、辺りが静かになった。
「カルマ、次はどこいく?」
ネルが飽きたのか、次に行く場所を聞いて来る。カルマは空を見上げた。太陽が真上に昇っていた。
「もうそろそろ行った方がいいかもしれないな」
「じゃあ行こうか!」
ネルは勢いよく立ち上がった。そしてカルマの腕を掴み、引っ張り上げた。
「おっとっと」
だが勢いあまって倒れそうになるネルをカルマは自分に引き寄せた。二人の顔が近づく。
ネルは顔を引き攣らせて、
「いくら僕が小柄で女の子っぽいからってコレは無いと思う」
「あ、ああ、悪い」
すぐに離れるカルマ。二人の間に流れる重い雰囲気。沈黙を破ったのはネルだ。
「ま、まあ行こうよ」
「ああそうだね」
ぎこちないが、徐々に雰囲気が戻り、北区を出る時にはいつも通りになっていた。
中央区の外れにある路地。そこは闇区と呼ばれている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息遣い。
心臓が激しく脈打つ。
意を決して行った逃走。仲間は足止め役を買って出てもう居ない。
目は霞み、服は至る所が裂けてそこからジクジクと血が滲んでいた。
トトンと足音が二つ、仲間は一人だ。なのに足音が二つ、つまり仲間は倒されたということ。
足音がした方へ手を突き出し睨みつけ、必死の思いで魔法を放つ。
「【氷の矢】!」
だが、無情にも魔法が発動することはなかった。
「えっ!?」
驚きと同時に絶望が襲う。自分の魔法に自信を持っていた。魔力は十分すぎるほどあった。それでも、魔法が発動する気配がない。
敵の刃が迫る、避けようとして倒れ込んだ。頭のすぐ上から空を切る音がする。
後ろを振り返る。王国の紋章が入ったフルプレートメイルを着た敵がバスターソードを振り上げていた。
眼前に剣先が迫る。
目を閉じた。
ガキンッ
いくら待っても痛みが来ない。
薄く目を開ける。
振り下ろされた剣は自分に向かうはずだった。
「大丈夫か?」
声がかかる。
敵の剣との間に体を滑らせ短剣での鍔迫り合いをした。その救世主とも言うべき者の顔は
「鬼?」
鬼の面を付けていた。