証拠
「よう、急いでも来てらってすまんな。」
「……。」
「まあどこかしらに座ってくれ。」
「いや……部長。」
「何だ?割と急いでるんだが。」
「わかってます。……けど、すみません質問させていただきます。」
「どうして服がズタボロなんですか⁉︎」
屋上で休憩していた彩女は、秀の呼び出しに応じて急いで部室棟に駆け込んで行った。写真部室に入っていくと、そこには制服がボロボロに崩れていた秀だった。
「ああ、これか。いやー参ったよ。まさかゴミ収集所から猛犬が出てくるなんて。うっかり尻尾を踏んだらもう引っ掻かれるわ飛びつかれるわ災難だったわ〜。」
「どうりで部長が臭いと思いましたよ‼︎」
ツッコミを入れつつ、彩女は秀から大幅に離れていった。
「人のこと臭いって言って離れていくの止めてくれない?すごく傷つくんだけど。」
ため息混じりに秀が話す。
「本題に戻すぞ。」
「そうでした、このメッセージどういう意味ですか?」
彩女はスマホに送られてきた秀のメッセージを見せた。
『写真部室に恋。』と、メッセージには書かれていた。
「ああ、それはだな、実は俺がお前にこ「まさか今からボケるなんて……言いませんよね?」……冗談。」
彩女のにこやかな笑顔に思わず秀の口が引きつった。彩女の後ろに般若が見える見える。
「いい加減に本題に入ってください。もう数分後には先輩のもとに帰らないといけないんですから。」
「ふぅ、お前はとことん幸太にゾッコンなのな。」
「なっ‼︎そんなことないです‼︎」
幸太のことを指され、彩女の顔が思わず顔が赤くなる。
「先輩があまりにもルールバカの規律バカなので、私がいないとダメになるのでいてあげてるだけなんですから。」
「はいはい、そういうことにしときますよ〜。」
「うううう〜〜〜、信じてませんね?」
言い訳をしてきた彩女を秀は軽くあしらった。
ふと、時計に目をやると、裁判開始まで残り5分と迫っていた。
その時間を見て、秀は少し急いで作業をしていった。
「ごめんな〜、止まって説明してる暇はなさそうだわ。少し小走りで説明するけどいいか?」
「え?はい、大丈夫ですけど……。」
彩女の承諾を得たところで、幸太はパソコンに挿さっていたUSBを抜き取り、廊下へ出て行った。
「急ぐぞ、ついてこい。」
「いきなりですか部長‼︎ちょっと待ってくださいよ‼︎」
急に走りはじめた秀を追いかけるべく、彩女も追いかけて行ったのだった。
場所が変わって、裁判室内。
休憩の10分がもう直ぐ終わり、それぞれが着席を始めていた。
幸太は、自席に戻って目の前の虚空を見つめている。
視線が一点を集中して見つめているため、気力もほぼ使い切った状態だろう。
(まさか……、味方だと思っていた人から裏切られるなんて……。)
先の詰問で、証拠となる音声メモリを預けていた風紀委員の巡査長が、「そのようなものは預かっていない」という主張を行い、一気に立場が逆転。
もはや証拠は何もなく、大前を追い詰めるための手段も全てが失われてしまったのだった。
今の幸太は、ただの人形。気力もなくただ座るだけの存在でしかなかった。
(これで、一気に俺が悪人になるな。)
裁判の結果は、新聞部が翌日には記事にして詳細を載せている。
その新聞は構内の各所に張り出され、生徒の目の届きやすい場所に貼られているため、情報は逐一、全生徒の耳には明日届くようになっていた。
そこには当然、誰と誰が裁判を起こし、どちらが負けたなどの情報も明記される。
現在の裁判のほとんどは富裕層と奨学生グループの対立がほとんどであったため、この裁判で幸太が負ければ、それは奨学生グループ(いわゆる貧困層)の敗北につながり、いまより一層奨学生グループの立場が厳しくなることを暗示していた。
幸太は、横目で公聴人席を見た。
(居るわ。新聞部だなあれ、パソコンで詳細をメモしてやがる。)
幸太は判決が下った後の自分の立場を考えていた。
(負けが下るということは、それが新聞によって全生徒に伝えられ、俺は笑い者に成り下がる。それから俺も奨学生だから、奨学金の提供元から最悪止められるよな。)
すべてを悟り始めたようなマイナス思考が、幸太を夢中にさせる。
(くそっ、まだ学生でやりたいことが沢山あったのになぁ。)
そろそろ時間なのだろうか、公聴人席がみるみるうちに埋まっていった。
(ああ、奨学生グループの。名前なんだっけな、いいや、もう会うことのない人だったわ。俺が名前を思い出さなくても、もう見ることもないわ。)
幸太もそろそろ始まる空気を察知し、前を見た。
前方には大前が自信ありげに足を組んで座り、幸太の隣には、今となっては敵の巡査長が座っていた。しかし、話す空気など皆無で、幸太が少しだけ席を離して座るような状態になっている。
そして最後に、司会者がアナウンスを始め、ついに始まった。
「今から、裁判判決を行います。全員起立、裁判長入廷。」
幸太にとって地獄の時が、始まろうとしていた。
「え?証拠音声を?」
「そうだ、復元して流せるようにした。データの損失はしてなかったんだよ。」
彩女と秀は、急いで裁判室に戻っている最中だった。
秀の手の中には、復元したデータメモリと壊されてた幸太のメモリがあった。
「音声メモリを折ってダメにするなんて、いつの時代の人間がすることだよ。」
「メモリ自体は割と最近に出たものだと思うんですが……。」
「細かいことはいいの。」
秀は開いた手を力強く握った。
「まあ相手方にどんな事情があるかは知らないけど、こっちもみすみす不正を逃すわけにはいかないんだよね、ましてやかわいがってる後輩がやられてるんだ、少し懲らしめてやらないとな。」
「部長‼︎着きましたよ‼︎」
彩女は数メートル先に見えた裁判室を指差した。
それを見た秀は、思い切り裁判室の扉を開いた。
「その判決、ちょっと待ったぁぁぁぁ‼︎」
一瞬、何が起きたかわからない様子だった。
裁判室内にいた全員が呆気にとられ、全員が一方向を向いていた。
それは先程厳粛な中執り行われた裁判室内の空気を一変させた。
その主は当然、秀と彩女であった。
「公聴人席は静粛にお願いします‼︎」
当然、裁判長は騒ぎ立てる公聴人に対して注意を促す。
しかし、秀は違った。
「まあ待ってよたろちん、せっかく俺が証拠音声を持ってきてあげたってのにさぁ。」
「「‼︎」」
秀の言葉に、思わず巡査長と大前の顔が一変する。
「おい、今の俺は裁判長だ。たろちんと呼ぶな強制退席させるぞ。」
「そう言うなって、長い付き合いじゃないの(笑)。」
「お前がその(笑)をつけたような喋り方をやめたら許してやってもいい。」
「つれないの。」
裁判長と秀が降らない舌戦を繰り広げていると、大前から野次を受ける。
「おい裁判長‼︎しっかり職務を全うしろよ‼︎それでも裁判長かよ‼︎」
その言葉に、裁判長は冷静さを取り戻したかのように、座り直した。
「失礼、本題に戻ろ「さっき言ったこと聞いてた?そこの検察の本来持ってくるはずだった音声を手に入れたから聞いてくれって言ってんの〜。」……いい加減静かにしてくれないか。」
裁判長が元の調子に戻る前にすかさず秀は話を遮る。
「公聴人が意見言ってるわけじゃなく、そこに参加してる検察である我が後輩の情報を持ってきてあげただけだって言ってるのに、それさえも許してくれないの?それほどの器量で本当に裁判長つ止まってるのかい?」
「……言い分を許可しよう。音声を流しなさい。」
「なっ‼︎裁判長、いくらなんでも横暴です‼︎彼は無関係の人間ですよ‼︎勝手に事情聴取なんて行ってい良いわけがない‼︎」
思わず巡査長は食い下がる。
「構わない、許可しよう。」
裁判長はそれを却下し、秀の言い分を認めた。
そして、秀がUSBを差し込み、室内全体に暴力時の音声が流れ始めた。
それまで自信ありげに振舞っていた大前は顔色を青くし、巡査長も冷や汗が出始めていた。
「待て‼︎その声の主が俺だって証拠はどこにある‼︎」
最後の最後に振り絞った反論が出てきたと感じ取った秀は、最後のトドメを刺しに行くように大前に向かって書類を差し出した。
「その写真は監視カメラの映ってた映像の一部だ。音声と画像の日時が同じで、この映ってる二人を解析させてもらったよ。この意味、わかるよね?」
「くぅ……。」
「おお、『ぐうの音もでない』とはまさにこのこと。」
若干の茶化しを入れて、秀は大前を論破していく。
他の公聴人席に人々は呆気にとられた様子だった。
「それと巡査長さんよ、君にもあるんだぞ。」
「何を言ってるんだ。」
しらを切り続ける巡査長に、秀はあるものを差し出した。
「これ、なーんだ?」
渡されたものは、巡査長が壊した音声メモリであった。
「それは……‼︎」
「こんなのがゴミ箱に捨ててあったら不思議だなと思うでしょうに。いったい誰がこんなことをしたんでしょうね?」
少しずつ少しずつ、秀は相手を詰め寄っていく。
「そんなことは知らん、誰かが捨ててったんだろう。」
なおも逃げ続けようとする巡査長。しかし、秀はその返答も予測していた。
「おいおい、あくまでもしらを切り続けるのな〜。この音声メモリに付着してた指紋もとって、真犯人も特定できてるってのに。」
『‼︎』
秀の一言で、さらに空気を一変させた。もう誰も秀の言葉を遮るものはいない。
「この音声メモリには、所持者である幸太ともう一人、巡査長、あなたの指紋も出てきた。幸太が他に人物に渡していないのなら、他に方法は不可能。」
「バカな……完璧だったはずなのに……。」
「つまり君ら二人の間にどういう取引があったのかは知らないけど、この結果から言えるのは、君たちはグルでこの裁判を騙して勝とうとしていただけさ。どっちが悪いかは裁判長、分かりますよね?」
すでに、大前と巡査長は意気消沈。
この裁判の決定的になった意見だった。
「以上。」
秀は公聴人席に戻り、静かに着席するのだった。
結果から言うと、裁判は秀の発言が最有力証言とされ、大前と巡査長には有罪判決が下された。
完璧に打ちのめされたからか、控訴は行われず、これで一件落着という流れになっていった。
これで、普通の日常に戻る。
「部長、ありがとうございました。」
「お前……いつまで感謝の意を述べてんのよ……。」
秀によって助けられた幸太は、一週間位は秀に顔が上がらなかった。
窮地を助けられ、盛大な感謝の意を示そうとした結果が、これである。
「そいえば幸太、あんときの表情はひどかったなぁ。」
「まだ言うんですかそれ‼︎」
「確かに、この世の終わりって顔でしたね先輩。」
「園部まで‼︎いいから忘れてくださいよ、本当にダメだと思ったんですから‼︎」
すっかり消沈モードから気を取り戻した幸太は、二人のいじられキャラになっていた。
「とにかく、今回は部長には本当に感謝してます。」
「うるせ、感謝してんならそのいつまでもツラ下げた感じをやめろっての。」
「はい、そうします。」
頭を下げ続けていた幸太の顔が上がる。
「じゃあまた明日から部活再開するんで、部長も必ず来てくださいね。」
「おう、前向きに考えとくわ。」
「それ絶対に来ない人の言い方ですけどね‼︎」
「先輩‼︎私は当然いきますからね‼︎」
「お、おうそうだな。」
「なんですかその反応‼︎」
写真部は今日も楽しそうな声が響いていた。
この声は、日常に戻っていった証拠でもあった。