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これが我らの部活日誌  作者: 無良独人
第1章-オープニング-
8/13

足元

裁判開始まで残り一時間。幸太は今までまとめたノートを部室内で見直していた。

どの主張が一番強いのか、ここは流して良いのかを戦略立て、今回の裁判で勝つことを最優先に考えてきた。

その本番からか、緊張を感じるようになってきた。

焦る気持ちを抑えながら誰もいない部室のなかで、ひたすら書き留めたノートを黙読していく。

「失礼ですね。私もちゃんと居ますから。」

ビクッ‼︎と、幸太の体が跳ねた。

「なんだ園部、居たのか……。ビックリさせるな。」

「先輩より先に部室に来ていた私を無視して、勝手にノートを見始めたのはどこの誰ですか?」

「……ごめん気付かなかった。」

「もぉぉーー‼︎」と彩女は不満そうに頬を膨らます。

何それ可愛い。

「まったくもう、先輩はいつだってそうです……。私が歩み寄っていっても先輩から来てくれないですし、ええ分かってます……。先輩にとって私はその程度の存在なんだってことくらい。でもそれでも、反応してくれてもいいじゃないですか……。たまには先輩からこちらに来てもらってもいいじゃないですかぶつぶつ……。」

「あの……、声が小さくてよく聞こえないんだけど?」

「良いんです聞かなくて‼︎先輩のバカ‼︎」

「バカ⁉︎」

部室の角で落ち込む彩女に声をかけたが、返事の代わりに罵声が送られてきた。

これには幸太も少しショックな様子である。


「まったく、君たちはいつも見てて飽きないねぇ。」

そこにいたのは、風紀委員の巡査長だった。

彼の手に収まっているものは、先日幸太が渡した音声メモリである。

「これ、データとっといたから、返しに来たよ。」

「わざわざすみません。」

「首尾はどうだい?」

「裁判自体が初なので、正直わかりませんね。けど、相手を追い詰めることはこれでできるのかなと思ってます。」

「なるほど、進んでるんだね。」

「といっても、一時間後には始まっちゃうんですけどね。」

「まぁ、その時間まで待ってるよ。じゃ、僕はこれで。邪魔してすまなかったね。」

「はい、ありがとうございます。」

巡査長が廊下を向いて歩き始めてすぐ、「幸太くん」と、改めて呼んだ。

「はい?」

幸太に背を向けつつ巡査長は話す。


「どんな結果になっても、俺は君の味方だから。」


ふと、そんなことを言われた。

「え?あ、ああ、はい。」

「それじゃ。」

それだけ残して、部室から離れていった。

「……なんだったんだろう?」

幸太は巡査長の言葉の真意がわからないまま、再びノートに目を落とすのだった。

「……だから、私を忘れないでーー‼︎」



「只今より、裁判を始めます。原告と被告は、入廷してください。」

司会が入廷を促してきたので、幸太は法廷に上がった。

幸太の座っている位置は、裁判長から向かって右側である。

左側には、今回の騒ぎの発端である男が、幸太を睨み座っている。

「……。」

「ほら、大丈夫です。そんなに震えないでください。」

「でも、やっぱり緊張しちゃって。」

幸太の座る席の隣には被害者が座っていた。

幸太自身も緊張を感じていたので、改めて公聴人席を見た。

「……せんぱ〜い。頑張って〜。」

(あの人たち、来てたのか。)

公聴人席には、部長である秀と、彩女が見にきていた。

そしてその隣には……


「勝つぞおおおおおおおおおおおお‼︎我ら、未来翼賛会に光あれ‼︎」

『おおおおおおおおおおおおおう‼︎』

剛たち未来翼賛会が応援に来ていた。

しかし、裁判の席で公聴人が声を発することは実社会でも禁止されているのは、知っている人も多いだろう。

なので、「公聴人は静粛に‼︎」と、裁判長から注意されるのである。

「次に騒いだら退場です。」

裁判長の強い言葉に、未来翼賛会の面々はすぐに席に収まった。

(あの人たち……前もって裁判所のマナーとか読んでなかったのか?)

滑稽な光景をみた幸太はおもわず吹き出してしまった。

しかし、それと同時に緊張がほぐれていくのを感じていた。

(あの人たちは暑苦しくて面倒だけど、今回は感謝しとこ。)

心の中で感謝の弁を述べつつ、いよいよ本番を迎える裁判に集中するようにした。



「それでは、裁判を始めさせていただきます。」

中央に座る裁判長の号令に、裁判室内にいる全員が一斉にお辞儀をする。


「被告人、前へ。」

裁判長の号令に、男は席を立ち、裁判長の前に立った。

それと同時に、司会が話し始める。

「被告人、大前良樹おおまえよしきで相違ないか?」

「ありません。」

「被告人は、原告に卑劣極まりない暴力行為を働いたという事実は、相違ないか?」

大前と呼ばれた男は、その問いかけに少し時間をためた。



「いいえ、事実無根です。」



その一言で、裁判所全体の空気が少し変わった。

「嘘つけぇ‼︎証拠もあるからこうして裁判してるんだろうが‼︎」

公聴人席から、剛の大声の野次が飛ぶ。

「公聴人は静粛に‼︎本当に退場にさせますよ‼︎」

すぐに裁判長が注意をした。


「よぉ未来翼賛会さん、相変わらず貧民の匂いを漂わせて、他にやることないんすか?」

「なんだと⁉︎」

「こんなところに団長自らやってくるなんて、貧民はやっぱり暇人たちの群衆なんですね、ああ可哀想に。」

「被告人、必要以外のことは話さないように‼︎」

「まあまあ裁判長さんも、そうカッカせずに。クビになっちゃいますよ?」

大前は、未来翼賛会に、そして裁判官に対して余裕の表情をしつつ会話していく。

「だいたい、こんなことしても俺の無実は変わらないんすよ。」

「何故そう言える。」

幸太はおもわず、強い口調で避難も込めて返した。

「お前がこのあと何用意してるかは知らねぇけど、先に言っとくわ。……お前この勝負、負けだぞ。」

『‼︎』

大前の一言に、完全に空気が変わる。

「何言ってる、証拠は揃えてあるんだ。お前はこの先罪を暴かれ、法に裁かれる道しか存在してない。」

幸太は何故か押されている状況に、思わず汗が出る。

「まあ、やってみやわかる。続けようじゃないかこの茶番を。」

大前は言いたいこと言って椅子に戻っていく。


幸太と大前が言い争っている時、公聴人席に座る秀の表情が少し陰った。

(何か変だ……。)

秀は今の大前の言動に違和感を感じていた。

幸太から聞いていた話によると、幸太は現場を見た際に、録音機を押してから現場に突入していったはずだった。これによると、あの大前という男は、すでに証拠を押さえられていることを知っているはずだった。知っているはずならば、素直に自白して少しでも刑を軽くしようと思うのが当然の行動であった。


しかし、今の彼の言動はどうだろうか。

自信に満ち溢れ、あろうことか幸太にたいして「お前は負ける」と断定した挙句、今も自信ありげに足を組んで座っている。


明らかに違和感しかなかった。

(間違いない……。あいつは何か、一発逆転の切り札を持ってるってことか。)

考え抜いた結果、秀が至った答えだった。




秀が思考してる間も無情にも時間は過ぎていく。

次は幸太が大前に口頭詰問を行う時間だった。

「改めて聞く、被告人は暴力行為を働いた、間違いないな?」

「違う。……つか、いつまで同じ質問を行うんだ。」

「悪いな、罪の意識を植え付けたいんだ。」

「だから俺が悪いんだったら証拠を出しなっての。」

「そこまでいうなら出してやろう。」

幸太は裁判長の方を見て、はきはきとした口調で説明する。

「裁判長‼︎今回、暴力現場を押さえた音声を準備しております。この所内で流してもよろしいでしょうか?」

「いいでしょう、流しなさい。」

裁判長からの許可をもらい、幸太は音源を流してもらおうとした。

当然、音源を渡した幸太の隣に座っている、巡査長に、である。


「巡査長、音源をお願いします。」


それまで下を向いていた巡査長が、一言。

「音源?そんなものもらった覚えはないんだけど……。」

「…………え?」


巡査長から放たれた言葉は、この場ではとても効力のある一言だった。

「どうしてですか?どうしてそんなこと言うんですか?ほら、少し前に渡しましたよね……。」


幸太に張り付いた表情は、明らかな困惑。

それまであると信じていたものが無いと言われ、戸惑いを隠せない子供のように、一言一言を探しながら巡査長に話しかけていた。

「本当にどうしたんだ。俺は録音機なんてもらってないぞ。自分で紛失したんじゃ無いのか?」

幸太は、今も信じられない表情だった。

それも当然だ、信頼している……、いや、していた人からの予想外の攻撃。これにはおもわず幸太も抗議をした。

「どうしてですか‼︎どうして貴方が、そんなことをするんですか‼︎」

「幸太くん、君にも事情があるように、こちらにだって事情はある。済まないが……。」



「今回は諦めてくれ。」



放たれた一言に、幸太の目の前がおもわず暗転しかけた。

まさか、こんなところに伏兵がいたなんて……。



「あれー?仲間割れかなぁ?」


絶望しかけた幸太に、さらに追い討ちをかけるべく、大前がまくし立てる。

「だいたいさー、君もどうしてこんな面倒ごとに首を突っ込んできちゃうかなー?親切にも後悔するぞって言ってるのに、それでも突っかかってくるんだから。そもそもルールなんてのは、破るためにあるんだっての。」


膝を地面に着く幸太の耳元に歩み寄り、大前がささやく



「つまりだ、今までてめぇのやってたことは、金でどうにかなることだったんだよ。お前の今までやってきたことは、すべて無駄。残念だったな。」


「……‼︎」

どうしようもない屈辱を押し付けられた幸太に、すでに戦う意識はゼロだった。

当然だ、使える武器が、軒並み手元から離れていったからである。


幸太はついていた膝をあげ、力ない様子で自分の椅子に戻っていった。


「検察、他に証拠は?」

「……ありません。」

空気は完全に大前優勢を物語っていた。公聴人席に座っていた未来翼賛会の全員は愕然としており、彩女もどうしたらよいか分からないといったような表情だった。


「以上で、詰問を終わります。休憩を挟んで10分後、被告人の審判を行います。」


会場から裁判員、公聴人席、被告人とそれぞれ退出していく。

しかし、幸太は立ち上がることができなかった。


ひとり会場に残された幸太は、ただ虚空を見つめるだけ、その目に覇気は宿っていなかった。





一人残された幸太を尻目に、彩女は秀を探していた。

(裁判の途中から部長は抜けていったけど、いったいいつになったら帰ってくるの⁉︎)

彩女は裁判室を離れ、各棟の教室を探すも見つからず、屋上で休憩を取っていた

(先輩……、悔しそうだったな……。)

脳裏に焼きつく、幸太の絶望の表情。それはこの春入学してきたばかりの彩女にとって衝撃的なものであった。

普段は凛としつつ、やかましいほどルールオタクである幸太が、あの時だけは一言も発することなくただ伏せていただけだった。


(私……、何もできないの?助けてもらった先輩の恩返しもすることができないの?)

4月に一度、幸太に救われた彩女にとって恩人が苦しむ姿を見せられることだけは、ただ辛いことだった。

何かできることがあるはずだ。あの人の力になれるようなこと……。


彩女がしばらく考えにふけっていた時、急にスマホの通知音がなった。

「え‼︎部長⁉︎」

メッセージを送ってきた人は、現在彩女が探している人からだった。

慌ててメッセージを開くと、実に簡単な言葉で呼び出しが来ていた。

『写真部室に恋。』


焦って打った誤字なのか、それとも遊び人の秀の小さいいたずらなのかはわからないが、とにかく部室に来てほしいと書いてあった。

彩女はメッセージを閉じた後急いで、部室に向かうのであった。




大学の兼ね合いもあり、更新が遅くなってしまい申し訳ないです。

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