富裕層と貧困層は仲悪い
「……はぁ。」
教室の中で六法全書を眺めている幸太は、大きくため息をついた。
理由は簡単だ。
以前に巡査長に言われたことをまだ引きずっているのである。
あの出来事が起きてからの一週間、幸太の休み時間のルーティンであった校則や六法全書を熟読することが少なくなった。
(結局俺は、ルールを守っていたいだけなのだろうか……。)
幸太が1人悩んでいるところにある人物が話しかけてきた。
幸太の悪友、新井就平である
「またそんなの読んでんのか?お前も暇やな〜。」
「勉強してるだけだっつの。」
「俺の中の勉強って、国語とか数学をやることだと思うんやけどな〜。」と、幸太の席の目の前に立つスポーツ刈りの大男は笑いながら話す。
それに対して、幸太は視線を六法全書から切り替えることなく、淡々と話しかける。
「要件はなんだ?」
「つれんな相変わらず。小学からの付き合いやないか。」
「俺とお前が合う共通の話題なんて無いだろ。」
「ま、俺は体育会系で、お前はバリ文科系やしな。」
冗談を言い終えた後、就平は真面目な表情になる。
「この前の騒動の中にまた野次馬したんやってな。」
その言葉に、それまで六法全書に視線がいっていた幸太は就平をようやく見た。
「野次馬じゃない、就平。」
「やめとき言うてんのに、なんでまたやるん?」
「好ましくない現場を見たら助けるのが普通だろ。」
「はぁ〜〜とても殊勝なことで。感服しますわ‼︎ ……けど、お前最終的に人助けではなくルールを守らせたいがために動いたよな?」
「それは……。」
「ええよ、お前がそれで満足なら。 けど、少し否定されて歪む程度の正義なら捨ててしまえ。生きる上で邪魔や。」
その言葉に、幸太は思わず就平を見る。
「どうしてそれを……。」
「お前の後輩とやらから聞いた。『先輩が悩んでるんです、助けてあげてください。』ってな。あの娘、手も足も口も震えてたで、きっと人見知りながらに頑張ったんやろな。」
「園部が……。」
「まぁ最終的にはお前で決めやええ。俺には関係ないし。」
「だったら俺に注意すんなっての。」
「違いねぇ。」
就平は高笑いとともに幸太との話を終え、立ち去っていった。
(後輩はわかってたけど、まさか友人まで心配してくれるなんて、ありがたい話だな。
……けどごめん就平、俺はまだこのままでいいのか分からない。)
★
授業後、幸太は割り当てられた清掃場所で掃除をしていた。
掃除の最中、幸太は外が少し騒がしいことに気づいた。
幸太はしばらく騒ぎの方向に耳をすませていると、「ドンッ‼︎」と大きな音が響いてきた。
「何だ…?」
何か気になるとすぐに行きたくなる能力を発揮して、音のする方向へ向かうのだった。
「オラッ‼︎さっさとやれよ‼︎」
「ダメですよ……。こんなこと……。」
「口答えすんの?俺らに金借りて生きてる貧民ごときが‼︎」
「そういうわけじゃ…。」
幸太が目撃したものは、脅迫現場だった。
男三人が一人の男を囲んで怒鳴りつけていたのである。
(おいおい、また変な騒ぎかよ……。)
過去に様々な現場を見てきた幸太にとって、脅迫現場はよく見るものであったため、驚くことはなかった。
むしろその逆で、慣れた感じでポケットから隠し持っていた録音装置を取り出し、スイッチを入れた。
(よし、これで証拠は取れる。)
準備ができた幸太は、その揉め事の渦中に飛び込んでいった。
「何してるんですか?」
「「「あ?」」」
「ぱっと見、三人で一人をリンチしてるように見えるんですが。」
「ああそうだよ、見て分からねえのか?」
「それは良くないですね、どうしてそんなことをしてるんですか?」
幸太が質問すると、そのグループのリーダーと思える人が、座り込んでいる男をにらみながら話す。
「コイツ、俺らに金を借りてる分際で俺らの命令には従わねえの。」
「違う…そんなことは」
「テメェは喋んじゃねぇ‼︎」
座り込む男に蹴りが入れられる。
それを見て幸太はさすがに止めたほうがいいと考えた。
「いけませんよ暴力は。『暴力罪』が適用されるのを知らない訳ではないですよね‼︎」
「知るかそんなこと。」
「とにかく、今の一件は報告させていただきます‼︎流石に許される行為ではない‼︎三人で一人を囲うなんて、何考えてるんですかアンタらは‼︎」
「……おい、てめえあんま調子こいてんじゃねぇぞ。俺の力ならテメェなんぞこの学校から追い出すことだって可能なんだぜ?」
「上等ですよ、じゃあこの一件、風紀委員会の裁判部にでも持って行って、判決してもらいましょうよ。」
「あぁ?」
「あなたも知ってるでしょ?裁判部。風紀委員会が行うもので、違反者を裁くためあるものですよ。」
「ハッ‼︎受けてやるよそれ。ま、この状況の証拠がない地点で、お前は裁判に負けるだろうがな‼︎」
「勝てますよこっちが。その日を楽しみにしてるといいです。」
「……行くぞお前ら。」
男三人組は囲んでいた男を置いていき、立ち去っていった。
幸太は、倒れている男に駆け寄って手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?立てますか?」
「うん、ありがとう……。」
出された手を握る。
「いったい何があったんだ?」
「さっきあいつが言ってた通りだよ……。奨学生差別、君もよく聞くでしょ?」
宮代学園には独自の奨学金制度を持っていた。
しかしその金を借りるのは企業からだったり、経営者からだったり、とにかく金持ちからの出資があってこの制度が成り立っている。
しかしこの制度ができた頃、奨学金を出す家の生徒が奨学金を受けている家の生徒を苦しめる事件が起きた。
それ以降、宮代学園内では富裕層と貧困層の派閥ができてしまっている。
「僕は、あいつの家からお金を借りてこの学園にいるから、ああいう風な態度とられてもおかしくないんだけどね。……でも流石に今日のは堪えたよ。」
「安心してください。これでその辛いことともオサラバですから。」
そう言うと、胸ポケットに隠した録音装置を取り出した。
そして、スイッチを入れる。
——いけませんよ暴力は。『暴力罪』が適用されるのを知らない訳ではないですよね‼︎』
——知るかそんなこと。
——とにかく、今の一件は報告させていただきます‼︎流石に許される行為ではない‼︎三人で一人を囲うなんて、何考えてるんですかアンタらは‼︎
——……おい、てめえあんま調子こいてんじゃねぇぞ。俺の力ならテメェなんぞこの学校から追い出すことだって可能なんだぜ?
——上等ですよ、じゃあこの一件、風紀委員会の裁判部にでも持って行って、判決してもらいましょうよ。
「これは……‼︎」
「さっきの会話、割り込む前にスイッチを入れておいたんです。これでさっきの話の全ては録音できてますよ。」
「じゃあ、あの人が言ってた証拠は……。」
「ええ、これで揃っているわけです。あとはこれを持って風紀委員に告発すれば、裁判になりますよ?」
それを言って、男は嬉しそうな顔になってが、すぐに浮かない顔に戻った。
「でも、本当にこれで勝てるのかな……。」
「確固たる証拠もある。音声があるなら尚更強い。だから問題ないですよ。」
自信に満ち溢れた顔をする幸太。
「今から風紀委員に報告するから、被害者の君にも同行願います。」
「う、うん……。」
立ち上がって、二人は風紀委員会の部屋まで歩いて行った。
「またか……。」
部屋に入ってきた幸太を見るなり、ため息をつく巡査長。
「ひどいっすね、仕事の協力をしてるだけなのに。」
「誰がどこでいつ依頼したよ……ったく。」
「そんなことよりこの人ですよ先輩。」
「はいはい。じゃあ、どんなことがあったのか聞かせてくれるかな?」
「はい……。」
男は、巡査長にあったことすべてを話した。
話を聞いて巡査長は、「ふぅ」と深く息を吐いた。
「また、この手の問題か。」
「また?」
「君も知ってるだろ。奨学生いじめ。」
「それ、言うほどひどい問題ですか?」
「君が思っている以上には、深い問題だよ。……そうだろ、君?」
「はい……。最近では、俺たち奨学生もやられっぱなしではいけないって話になっちゃって、奨学生組合とかなんとかを作って、抗議しようって話になっちゃってて……。」
「確かにそれはひどいな。」
思いの外根強い問題だったことを痛感して、思わず納得してしまう幸太。
手元に置くコーヒーを一口飲んで、巡査長も声を発する。
「俺も最近聞いた話だが、実際にその動きはあるらしい。数日前、奨学生と社長の息子とかが殴り合いの喧嘩をしてたしね。」
その話を聞いて、幸太は巡査長に向かって言い放った。
「な、なんでその時に呼んでくれなかったんですか‼︎」
「君を呼ばないといけない理由があるのかい?」
キーンコーンカーンコーン……
掃除終了のチャイムが鳴り響いた。
それを聞いた巡査長は、幸太たちを帰そうとする。
「ほら、休み時間終了のチャイムだ。君達も早めに戻りなさい。」
「はい。そうだ先輩、これ。さっき渡す約束してたので、渡しておきますね。」
「ああ、わかった。」
幸太は、巡査長に今回の騒動の音声を録音した装置を渡した。
「音源のコピーがとれたら、部活時間に返しに行こう。」
「頼みます。」
そう言って幸太たちはそれぞれの教室へ戻っていった。
時は流れて、部活の時間。
今日も今日で、やることを探す1つの部が、騒がしかった。
「あのぉ、園部?なんで俺のこと椅子に括り付けるの?」
幸太は、1つ下の後輩にロープでぐるぐる巻きにされていた。
それを縛った本人、園部彩女は幸太の対面に仁王立ちで幸太を威圧する。
「先輩が私との約束を守ってくれないので、こっちも強行することを決めました。」
「……約束?」
「まさか……約束のことも忘れちゃったんですか⁉︎さすがに酷いですうわーん‼︎」
「ぐげっ‼︎」
彩女は身動きできない幸太の首を締めはじめる。
「悪かった園部‼︎覚えてる‼︎お前との約束覚えてるから‼︎首絞めるのはヤメて‼︎」
「ぐすっ……、じゃあ、どういう約束か覚えてますか?」
彩女は単に、『これ以上厄介ごとに首を突っ込まないでほしい』という約束を言ってほしいだけだった。
しかし、幸太はそれさえも覚えていなかった。
「……。」
「………………………………………………先輩?」
「園部……その……。すぅ〜〜〜〜〜〜。」
「ほんっっっっっっっっとうに、スミマセンでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
宮代学園の広い部活棟で、情けない一人の男の謝罪が木霊した。
「まったくもう‼︎先輩は本当にもう‼︎」
彩女は頬を膨らませて愛らしく怒っている。
幸太は、ようやく椅子から解放されたのは良かったが、今は正座させられている。
後輩女子に説教される先輩男子、その映像は、なかなかに面白いものがあった。
今もなお、幸太に向かって彩女の積もりに積もらせた不満を直接ぶちまけている。
「先輩‼︎聞いてますか⁉︎」
「は、はひ……。」
「返事はしっかり‼︎」
「イエスマァム‼︎」
「ふざけないでください‼︎」
「……はい。」
幸太は全身全霊で返事をしたが、ふざけたと取られたため、日に油を注ぐ形になってしまった。
「はぁ……ひとまずはいいです。でも、本当に無茶はしないでほしいです。」
後輩の可愛いお説教が終わる頃に、時刻はすでに4時半をを回っていた。
「本当にすまなかった、園部。これからはもっと気をつけるから。」
「本当ですよ、何かあってからじゃ遅いんです‼︎」
「先輩が居なくなっちゃったら……嫌、ですから……。」
「お、おう……。」
涙目で訴えてくる後輩に、破壊力があった。
幸太はその後輩の顔を見て、照れくさくて顔を背けてしまう。
「まぁ……なんだ、これからはちゃんと気をつける。」
「はい……。」
夕日も落ち始めていた頃に、男女は、少しだけ近づいたようにも感じた。
また別の場所、ある部屋。
辺りが暗くなってきた頃、男は、部屋の中を物色していた。
「あった……、これか……。」
男は、預かっていた録音機に手をかけた。
「すまない幸太君、今回は、協力できそうにもない。」
男は録音器に入っていたメモリを自分のパソコンの端子に入れ込んだ。
そしてデータフォルダを開いた。
「……。」
男は視線を上に向けつつ、メモリのデータを全消去した。
大学もあってだいぶ遅れました。また再開するのでよろしくです。