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これが我らの部活日誌  作者: 無良独人
第1章-オープニング-
4/13

絶対にルールを守るマン3

「巡査長、園部。この人は……昨日俺が見た被害者の女性です。」

「何だと‼︎」

巡査長と彩女はこの言葉に驚く。

彩女は信じられないといった表情で、幸太の顔をじっと見る。

「思えば変だったんですよ今日の朝から‼︎どうして、被害者の方が今日まで一度も見えてないのですか⁉︎」

幸太の疑問は当然だった。

どんな事件にも、被害者自身が状況を話し、犯人の特徴を話すというよくある取り調べが今回は行われていない。

「巡査長さん、その人が今日学園に来ているかは、分からないんですか?」

「分かるよ。ちょっと待ってね。」

巡査長は慣れた手で新しい画面を引き出した。

画面には『出席情報』と出ており、たくさんの生徒の名前の隣に、◯か×が付いていた。

前田京子、明子両人とも◯が付いていた。

「今日は二人とも出席しているらしいね。……まだ寮にも戻ってないから、まだ学園にいるのが濃厚だろうね。」

「すぐに捕まえに行った方がいいのでは……?」

彩女の一言に、巡査長は考え始めた。


もし今から捕まえに行けば、今後の事件が発生しなくなるという事はもちろん、1週間悩まされていた盗難事件に終止符を打つ事ができる。

メリットは沢山ある、と巡査長は考えた。

しかし放しておく場合、さらなる被害が及ぶ事が想定される。

結論は簡単だった。


「今すぐに捕まえに行こう。」


夕焼けの中、幸太は巡査長と彩女とともに前田姉妹を追い詰めた。

姉妹は教室棟の4階の空き部屋に居た。あまり人通りのない端の部屋である。

周りに生徒はいない、教室の中には5人のみとなっている。

「前田京子さん、前田明子さんですね。あなた方に窃盗の容疑がかけられています。取り調べを行うので、我々と一緒にご同行願います。」

巡査長は一歩出て前田姉妹に語りかけた。

「お姉ちゃん、私たちもう……」

「大丈夫。あなたは黙っていればいいの……。私たちを疑うのはいいけど、証拠はあるの?」

「岡井翔吾くんが教えてくれたよ。君たちの仲間らしいじゃないか。」

「チッ……、あいつ余計なことを……。」

前田姉は顔をしかめる。

「君たちが犯人だという事はもうわかっている。逃げてもいずれ捕まるだけだぞ。」

「だったらどうしたのさ‼︎私たちはもう覚悟を決めているんだ‼︎ここで捕まるくらいなら、まだ逃げた方がマシに決まってんだろ‼︎」

向こうは頭に血が上っている状態だった。

話を聞いてくれなさそう。

「前田さん……、どうして?」

「‼︎……あなたは、あの時の‼︎」

幸太はもう一人の前田明子に話しかけた、事件の前に助けた女の子だ。

「君は、被害者じゃなかったのか……?」

「……ごめんなさい、嘘をついていて。」

「どうして、人を騙すようなことを……。」

「……ごめんなさい。」

「謝って欲しいんじゃなくて‼︎」

「先輩……。」

幸太の顔には騙されたことに対しての怒りがあった。

その表情を見て、明子は視線を幸太から外す。

幸太が黙ったのを見て、巡査長が話し始める。

「あなた方と会う前に、色々と調べさせてもらったよ。……前田京子さん、前田明子さん、両人とも成績は優秀、欠席もここ数年で2回のみ、中等部時代には両人とも学級委員をやるほど優秀だったそうですね。」

「ハッ‼︎それがどうした‼︎」

「僕は不思議なんですよ。どうしてここまで優秀だった人物が盗みを働いたのか。」

「‼︎」

「……。」

「高等部でも、委員会活動などを積極的に行っていたそうじゃないか。……でも、ここ最近の出席はほぼゼロ。どうしてこの時期だけ?」

「くっ……。」

「君たちは良い生徒だった。模範になる生徒だったのは間違いない。」

「知らねぇよ……そんな前の話。」

「……何かあったんじゃないのかい?こんなにも良い生徒が、盗みに手を染めるなんて考えられない。」

二歩、三歩と前田姉妹に歩み寄って行く巡査長。

幸太と彩女はその様子を後ろから見ていた。


「こっち来るんじゃねぇ‼︎」

前田姉は手近にあった黒板消しを巡査長にめがけて投げた。

ガン‼︎と、鈍い音が響いた。

「巡査長‼︎どうして避けないのですか⁉︎」

幸太と彩女は巡査長に駆け寄る。

巡査長は投げられた黒板消しを避けなかったのである。

「僕は、君たちに何があったのかを知りたいだけなんだよ。決して君たちを攻撃したりしない。これで分かっただろう。」

その姿を見て、前田姉妹は顔を見合った。

--この人は信用してもいいんじゃないか。

「分かった、アンタを信じる。」

「今まで迷惑かけて、申し訳ございませんでした。」

前田姉妹は観念した。

姉はそれまでの強い当たりを改め、妹は頭を下げて謝罪した。

その様子を見て、巡査長は笑顔になった。

「心を開いてくれて、嬉しいよ。」



一息置いて、前田姉が訳を話し始めた。

「『奨学金難民』について、アンタらはどのくらい知ってるか?」

「奨学金難民?」

彩女は聞いたことがないといったように首を傾ける。

「聞いたことがあります。この学園である、貧困層を指した蔑称ですよね。」

「そうだ、略して『奨難』ともいう。私らはいわゆるそれにあたる。」

前田姉は教室の後ろの方で積まれている椅子を引っ張り出し、ドカッと音を立てて座った。

他の四人にも椅子を出したのは、彼女なりの優しさなのだろう。

「この学園は、富裕層と貧困層の隔たりが他の学校よりも強い。有名企業の社長の子供や国会議員の子供がいれば、寮の家賃が払えずホームレスギリギリになるような人間もいる。」

「確かに、風紀委員会も上層部は警官の息子とかで固められてるからねぇ……。」

「そうなんですか?」

「うん。父親から捜査の基本を教えられているからか知らないけど、巡査長の僕に捜査の仕方を自慢げによく語ってくるからねぇ。」

「それはご愁傷さまですね……。」

「んで、貧困層は奨学金を借りなければ生活が危うい状態になってんだ。」

「当然の流れですね。」

「けど、その奨学金の出元は富裕層によるものが多いんだ。だから、間接的に私ら貧困層は、富裕層に奨学金という名の借金をしているものになってんだ。」

「そして、お金を持っている人たちは、持っていない人たちより立場が上だって思い始めたんです。」

「し、知りませんでした……。」

彩女は驚きの表情を隠せずにいた。

彩女は高等部からこの学園に編入してきた新参者、入学してまだ一ヶ月しか経っていなかった。

ゆえに、学園の深い事情に関しては詳しくはなかった。

「まだ編入してから一ヶ月だろう、時期に慣れてくるって。……まぁ2年くらいしたら。」

「それ私もう高校3年生です。」

「頑張れ。」

「励ましになってないです。鼻の穴にコルク突き刺しますよ?」

「嫌だし何その罰‼︎聞いたことないわ‼︎」

「ちょい君たち、まだ話し終わってないからいちゃつくなら外でよろしく。」

「「いちゃついてないです‼︎」」

巡査長が仲裁に入ったところで、話を戻した。

「私らは二、三年前はちゃんとした生徒だったと思っている。」

「それは知ってますよ。」

「学級委員、委員会をこなしてそれなりに学園に貢献してきたはずだとも思っている。……それが、奨学金を借りて学園に居させてもらっている礼だとも思ってたさ。」

「正しい考えですね。」

「……けど、委員会での発言がきっかけだった。私は、貧困層にもよい学園生活を送ってもらえるようにしないかと提案した。そしたら委員会の大半が反対をしてきた。」

『……。』

3人は真剣に前田姉から語られる物語を聞いていた。

「私は委員会に貧困層の声を聞いて欲しくて、いろんな人の話を聞いて書類で提出した。けど、その書類を見た役員は私の顔を見てはっきりと言ったんだ。」


--金を貰っている分際で学園に文句とは、これだから常識知らずの田舎者は。


「分かるか……?目の前で自分の書類を真っ二つに裂かれた時の私の気持ち。」

「お姉ちゃん……。」

「私は失望したよ‼︎この学園では、財力や権力で全てが決められてしまって、それらがない奴は奴隷のような目で見られる‼︎それまで仲良く話してた友達とだって、私が貧困層だと知った途端に冷たい態度をとるようになったんだよ‼︎」

気づけば、前田姉の目には涙が流れていた。

姉が受けてきた傷、それらを乗り越えようとはしたものの、力に押し戻されてどうすることもできなかった屈辱。

それらを知った幸太らは、姉妹にかける声が見つからなかった。

目の前で泣き崩れる姉、妹はハンカチを渡し、姉の背中をさすっていた。

「私は見下した奴らに復讐しようと思った。……けど、あいつらに貧困層の苦しみを伝えるにはどうすればいいのかと思った。」

「そこで思いついてのが--盗難だった。」

「ああ、物を失うことが、やつらにとって苦しみだと思ったんだ。ただでさえ高額なものに金を使う富裕層の物を奪ってしまえばダメージが残るだろ?」

「でも、どうしてそう考えたんですか?」

「分からせたかったんだよ。金に困っている人間がどういう苦しみを持っているのか……。私を見下した連中に復讐をしたかったんだよ。……これが、私らが盗みをした理由だ。」

「……なるほどね。」


事件の全貌は、犯人によって明らかになった。

全てを話して鬱憤が晴れたのか、前田姉はそれまでこわばっていた表情を緩めた。

しかし、このムードを壊す人物が一人、声を発した。

「でもそれは……自分の身をさらに危険にさらすことになるんですよ。」

「……あ?」

「幸太くん、何を。」

「あなた方がやったことは、理由はどうあれ犯罪です。良くないです。社会不適合です。反省してください。」

「先輩……?」

「な、んだよ……。そんなことわかってんだよ‼︎けど、悔しかったからしょうがねぇじゃねぇか‼︎」

「知っているはずです。『盗難』は校則第23条に書いてあるということを。最低でも2週間の雑用か、最悪留年が待っていることを。あなたたちには今後、裁きが待っています。」

「ちょっと先輩、そんな言い方……。」

「そうだよ幸太くん、彼女たちも反省しているようだし」

「反省しているから何ですか?許すとでも言うんですか風紀委員会の巡査長ともあろうお方が‼︎」

幸太はルール最優先の男である。

ゆえに、犯罪を犯した人間に対しての扱いは厳しく、事情を考えない。

どんな理由があったとしても絶対に罪は黙認しない、たとえどんな理由があったとしても。

「甘いんですよ‼︎復讐とかかっこいいこと言ってますけど、やってることは犯罪なんですよ‼︎罪なんですよ‼︎彼女たちを庇う必要なんてミリ単位もないんですよ‼︎」

「落ち着け‼︎」

「……‼︎」

巡査長の滅多に聞かない大声に、幸太は思わず驚く。。

「君の言いたいこともわかるさ。風紀委員である以上、犯罪は見過ごせないのも自分が十分知ってるよ。それに僕は、彼女たち許すなんて一言も言ってないだろう。」

「……‼︎」

「君の言う通り、犯罪は良くない、それは幼稚園児でも知っていることだ。……だけどね、人はどうしてもルールや法律を破ってまでやらなければいけないことだってあるんだよ。」

「それが今回だとでも言うんですか。」

「彼女たちはそれまでに酷い時間を過ごしてきたんだ。だけど一度は溝をなくすために努力した。その結果は最終的には溝を広げる結果になってしまったけどね。」

「……。」

「今回が、彼女たちでいう『やらなければいけない時』だったんだよ。」

「ルールを破ってもいい時なんてないですよ。」

「あるんだよ、僕も詳しく言えないけどね。」


「ルールを守ることだけが、全てじゃないんだよ。」




前田姉妹の身元は後々やってきた風紀委員の増員が連行していった。

巡査長も「あ〜これでやっと一件落着かぁ。」と力を入れていた全身を解しながら詰所に戻っていった。

残された幸太と彩女もひと騒動あった部屋を出て、部室に戻ろうとしていた。

「私たちも戻りましょうか。」

「……。」

「先輩?」

「ん?ああ、すまん。行こう。」

「先輩、どうかしたんですか?」

彩女は横を歩く幸太の顔を覗き見る。

上目遣いという状態で見られた幸太は、視線を窓の方に向けつつ話した。

「園田。」

「はい?」

「ルールを破ってもいい時って、何なんだろうな……。」

「さっき言われたこと、気にしてるんですか?」

「そりゃな……。」

「俺は今までルールを第一に生きてきたけど、違ったのかな……。」

そう言って歩く幸太の姿は後ろから見ると背中が丸まっており、まるで存在感を感じなかった。


この物語の主人公、山本幸太はルールに忠順な男である

しかし、そのルール第一主義の考えが揺らぎ始めるのであった。




【宮代学園 写真部 活動記録】

5月14日(火)   晴天

参加者  2年 山本幸太

     1年 園田彩女

活動報告

     風紀委員会に呼ばれたので今日はあまり活動を行っておりません。

     余談ですが、ルールって何のためにあると思いますか。

     僕は、この世の秩序を作るものとして認識しています。

     しかし、それを破った時に賞賛されることってあるのでしょうか。

     僕には理解できません。

ちなみに部長も来てません。

                             山本幸太






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