狂犬
「狂犬注意」 門扉に貼られているシールには、確かにそう書いてある。しかし、門の向こうから聞こえてくる犬の鳴き声は、どう聞いても小型犬のそれだ。
「キャンキャン!」
ゆっくり門が開くと、真っ白なポメラニアンが小さな顔をひょっこり出してきた。丸くて大きな瞳、ふわふわした毛並みの子犬をみて、つい抱きかかえたくなる衝動にかられてしまう。舌を出して、短いかりんとうのようなサイズのしっぽをぷりぷり振っている。ハート柄の首輪とリードがつけられていて、きれいに体毛が整えられているあたり、相当飼い主が可愛がっているのだろう。どんな飼い主なのだろうか。
「何や」
ポメラニアンのはしゃぎように拍車がかかる。その後ろから、ゴツいガタイの男がぬうっと不機嫌そうな顔を出してきた。色黒にタンクトップ、短パンという簡素な格好で、キャップのつばを後ろにして被っている。筋骨隆々で、かなり身体を鍛えているのだろう。
男は、こちらに強烈な一瞥をくらわすと、なにごともなかったかのように子犬を連れて歩いて行った。振り返ると、タンクトップに「狂犬」の二文字が。
どうやら狂犬という言葉は、犬だけを指すものではないようだ。