因縁の相手
「お前も俺たちも、見付けようとしても見付からなかった、……か」
明らかにイクトミを避ける様子を見せるエミルに対し、アデルはイクトミの話に耳を傾ける。
「確かに妙な一致だな」
「そうでしょう、そうでしょう。そこで名探偵のお二人にお知恵を拝借できないか、と。そう思いまして今回、お声をかけさせていただいた次第です」
「けっ、お前なんぞに頼られても嬉しかないな」
アデルは立ち上がり、上着を脱いで汚れをはたき落としつつ、話を続ける。
「だけどまあ、耳寄りな情報であることは確かだな。
イクトミ、お前が狙ってるモノってのは――無論、俺たちは泥棒に手を貸すつもりは微塵も無いが――一体何なんだ? またフランス絡みか?」
「ええ。イタリアの大英雄、ガリバルディがローマ共和国時代に使っていたとされる剣を秘蔵している、とか。
ご存じですか、今でこそ彼の故郷はフランス共和国領となっていますが、一度だけ現在におけるイタリア王国領内となったことが……」「いらん、そんな情報はいらん」
アデルはイクトミのうんちくを遮り、話を戻す。
「しかし剣ってなると、割とかさばるブツだよな。流石にうわさ話よろしく、トウモロコシの中に詰め込むなんてこともできないだろうし。
お前の腕とあの化物じみた身体能力があって、それでも見付からないってのも変な話だ」
「お褒めに預かり光栄です。
しかしムッシュ・ネイサンの言うこともごもっとも。わたくしはこれまで3度、あの屋敷へ密かに押し入っているのですが、その3度のいずれも、目的の物はおろか、あなた方が探しているような銃火器と言った品も、一切見たことがございません。
となれば結論は一つ。あそこは偽の本拠であり、本当に重要な場所は別にある。そこにこそ、我々の目的の品があるのではないか、と」
「ごっちゃにするな。俺たちは剣なんかほしくない。
だが確かに、その線は濃厚だな」
「そこでわたくしからご依頼申し上げたいのは、彼らの真の本拠地、これが果たしてどこにあるものなのか調べて欲しい、と言うわけです」
「ふむ……」
アデルは腕を組んで考え込み――かけ、慌てて声を上げた。
「ちょっと待て、何で俺たちがお前なんかの依頼を受けなきゃならねーんだよ? さっきも言ったが、俺たちは泥棒の片棒を担ぐ気なんかまったく無いんだぞ」
「ま、ま、そう仰らずに。
マドモアゼル・ミヌー、これからわたくしが言うことをお聞きになれば、是非引き受けて下さると思います」
「何よ?」
邪険な態度を執るエミルに構わず、イクトミはこう続ける。
「トリスタン・アルジャンを存じていますね?」
その名前を聞いた途端、エミルの顔に険が差した。
「ええ。覚えがあるわね」
「彼は今回、彼奴らの用心棒を名乗って行動しているようですよ」
「……何ですって?」
ここまでイクトミの顔を見ようともしなかったエミルが、顔を強張らせて振り向く。
「死んだはずでしょ?」
「わたくしもそう思っておりました。
しかし実際に生きておりますし、何を隠そう、あなた方の先輩が殺害されたのも、彼の仕業です」
「マジでか?」
アデルの顔にも、緊張が走る。
「さらに申し上げれば、先程そちらのムッシュ・ビアンキのご友人方を殺害したのも、恐らく彼でしょう」
「ほ、本当かよ……!」
呆然としていたロバートも、おたおたとした様子ながらも立ち上がる。
「正直に申し上げれば、彼の腕とわたくしの腕では、彼に若干の分があります。このまま4度目の劫を謀れば、今度こそ射殺されかねません。
ですがマドモアゼル。あなたのお力添えがあれば……」「知らないわよッ!」
辺りに響き渡るほどの声で、エミルが怒鳴り返した。
「あたしには何もできないわ! そんな力なんて無い!」
「エミル……?」
突然の怒声にたじろぐアデルを尻目に、イクトミがこう返した。
「失礼ながら、マドモアゼル。嘘はいけませんな。
本性は隠しても自ずと明らかになるものです。ニシン樽からはいつまでもニシンの臭いが漂うが如く、隠せないものはどうやっても隠せないのです。
そんな益体も無いことを続けていては、あなたの心は永遠に安らげない。それどころか、その行為はあなたの心を必要以上に縛り付け、ついには壊してしまうことでしょう。
それに――こんなことをわたくしが言う義理は無いのでしょうが――あなたが開けた扉は、いつかは、あなたご自身が閉じなければならないのでは?」
「……」
エミルはふたたびイクトミに背を向け、しばらく黙り込んでいたが、やがてぼそぼそとした口ぶりながらも、こう返した。
「癪だけど、あんたの言う通りかも知れないわ。
そうね、あいつが生きてるって言うなら、今度こそとどめを刺さなきゃね」