いち姫、に太郎、さんナスビ!?
「いち姫、に太郎、さんナスビ!?」
「博士、新しいロボットの開発はどうなってますか?」
ある晴れた日曜日。研究所に遊びに行った大学生の立野くんがこう尋ねました。
「おお、立野くん!久しぶりだね」
博士が嬉しそうに出迎えました。
着古した白衣姿のおじさんといった感じの人です。
「立野くん、きみ、ちょうど良い時に来たね。今から新型のロボットの起動テストをするところだよ。まあゆっくり見学してくれたまえ。こっちだ」
すすめられるままに立野くんは博士の後に続きました。
「こんどのロボットは三体セットで造ったんだ。なかよし兄弟だよ。どれが欠けてもいけない」
「はあ、そうですか」
長い廊下を歩いて行くと、ロボットの置いてある部屋のとなりの部屋に入りました。そこは実験などを見学する人のための部屋です。
「ほれ、あのー、よく言うじゃないか。いち姫、に太郎…だったっけ?」
「はあ」
立野くんは眉をひそめて考えました。
「ああ、子どもを育てる時は一番目は女の子、二番目は男の子が育てやすい、ということわざみたいなことか。…じゃあ、新しいロボットは女の子と男の子と、…?三番目は?」
ふっと疑問に思ったとき、強化ガラス越しにロボットが動きだすのが見えました。
「一番目はアルファという名前のロボット。家事を手伝ってくれるお姉さんだ」
立野くんが見ると、ひとみの大きな美人のロボットが動きだすところでした。
「二番目はベータという名前で、壊れたものを修理したり、力仕事をしたりしてくれるお兄さん」
今度はがっちりとした体格の、いかにもたのもしいロボットが動きだしました。
「でも、はかせ。三番目は?」
「決まっとる。三番目は『ナスビ』だ」
「はあ?」
「いち姫、に太郎、さんナスビ、だろ?」
「いいえ」
「あれ?違ったかな?」
「ええ。それをいうなら、いち富士、に鷹、さん茄子、です」
立野くんが言っているのは、お正月に見る初夢に出てきたら縁起の良い物の事でした。
「…それは、しまった」
博士が顔色を変えた時、三番目のロボットが動きだしました。
「あれはなんですか?」
「だから、『ナスビ』だ」
「………。ぼく、帰ります」
立野くんは三番目のロボットを見なかったことにして今日は帰って眠ろうと思いました。
後に取り残された博士は、元気に動きまわる足のついた巨大なナスビ型のロボットをみつめて、今度立野くんが来たらあきれて帰らないような姿に造りなおそうと決意しました。
☆
立野くんが大学の講義を受けているさいちゅうに携帯電話の呼び出し音が鳴り響きました。
講義をしていた教授がこわい顔をしてこっちを見ています。立野くんはあわてて外へ出ました。
「おお、立野くんかね?例の『ナスビ』だがね、造りなおしたんだ。これからすぐ見にこないか?」
「これからですか?」
立野くんは、まだ大学の授業が残っているのでどうしようか迷いました。
「きみ、卒業したらどうせうちの研究所に就職するんだろう?」
「…わかりました」
立野くんはしぶしぶ博士に従いました。
研究所に着くと、ロボットのアルファさんが出迎えました。
「タテノ様ですね。ハカセがお待ちです」
にっこり微笑んだ顔を見ていると、本当に人間そっくりに造られています。立野くんは博士を少し見直しました。
「タテノ様、予定より遅かったですけど、ナニカ問題でもありましたか?」
「じつは、ここに来る途中で、自転車のタイヤがパンクしてしまって、帰りはどうしようか悩んでるんだ」
「ああ。それでは、ベータにタイヤの修理を頼みましょう」
「えっ、本当?」
「ええ。エンリョなさらずに」
ベータくんは立野くんの自転車をひょいとかつぎあげると、手早く修理してくれました。
「うわー、すごいなー。ここに就職するのやめようかとも思っていたけれど、やっぱり考えてみよう」
立野くんは感心してしまいました。
「やあやあ来たね。ずいぶん待ちくたびれたよ」
博士はそう言って立野くんをつかまえると、建物の奥の研究室にひっぱっていきました。
「こんにちはー」
部屋の中にいた博士の助手らしい人がきさくにあいさつしてくれました。
「………で?『ナスビ』はどうなったんですか?」
にこにこ笑っていた博士は、急に表情を変えました。
「ここにいるじゃないかね」
「え?」
「こんにちはー」
よくよく見ると、助手だと思っていた人はよくできたロボットでした。
「…で、このロボットは?」
「ガンマくんだよ」
「何ができるんです?」
「あいさつが」
「………頭痛が」
立野くんはおもわずその場にうずくまりました。
「結婚式やパーティなどの式典で立派なスピーチができるんだよ。どうだい、すごいだろう?」
「いや、ロボットでそういうのはあんまりすごいとは思わないんですけど」
立野くんがそう言うと、とたんにガンマくんがプスプス煙をあげて壊れてしまいました。
「ああっ。きみ、ひどいよ」
博士は涙ぐんで言いました。
☆
次に博士から携帯電話が鳴ったとき、立野くんは大学の卒業が間近で、就職情報誌をみているところでした。
きっちり二十回呼び出し音が鳴るのを待ってから立野くんは電話にでました。
「この電話は現在使われておりません」
「ああっ。このあいだは本当に悪かったと思っているよ。きげんをなおしてまた遊びに来てくれないか?」
「人生について真剣に考えてたんです。どうか放っておいてください」
「いや、そんなこと言わずに。アルファとベータもきみに会いたがっているよ」
「…ガンマは?」
「もちろん彼もきみを待っている」
彼ってことは、『ナスビ』は男だったのかな、と立野くんは思いました。
「気持ちをふっきるために、最後に一度だけ『ナスビ』に会います」
「最後とか言わずに…」
プツッ。ツーツーツー。
立野くんは電話を切ると、研究所に行くために立ち上がりました。
自転車のペダルをこいでいると、ベータくんがいっしょうけんめいタイヤを修理してくれた姿を思いだしました。
アルファさんの出してくれたお茶はいつもとてもおいしかったし、研究所の中をうろついている小さなロボットたちや、きらきら輝いていた機械たち。初めて研究所を訪れたときに感じたどきどき。そんなものが今になって立野くんの胸によみがえってきました。
「立野くん」
研究所に着くと、博士はしょんぼりした様子で待っていました。
「『ナスビ』はどこですか?」
「彼はここにいる」
「?。見あたりませんよ」
「私も上に二人の優秀な兄弟がいてね。悲しいかな三番目というのは、あまり重要に思われないものなんだよ。失敗をしたりすると本当にどうしようもなく落ち込んだりする。『ナスビ』それは私のことだ」
「………」
立野くんは言葉につまりました。
「何番目かなんて、関係ありませんよ。能力だって関係ない。悩んだり失敗したりしてもがんばって何度も立ち向かう気持ちを持っているかどうかだと思います。できの悪い子どもほどかわいい、というし」
「それでは私は合格かね?」
「ええ」
立野くんがうなずいた瞬間、ドアというドアが開いて、いろんな人やロボットたちがなだれこんできました。
ぱちぱちぱちぱち。
最後にはくしゅをしながら、もう一人の博士が堂々と現れました。
「えっ?博士が二人?」
立野くんがきょときょとすると、一緒にいたほうの博士がにっこり笑いました。
「私が『ナスビ』です。博士もひとが悪い。立野くんを試していたんですよ」
「!!」
「立野くん。きみも合格だよ。ぜひうちの研究所へ来て欲しい」
本物の博士が言いました。
「俺、俺………」
立野くんは混乱しておたおたしました。
「どうしたんですか?タテノ様?」
アルファさんがやさしく笑いかけてくれるのを見たら、立野くんは自分がここにいても良いんだな、という気がして、思わずうなずいてしまいました。
「新しい仲間にかんぱーい!!」
みんなはオイルやジュースを片手に、立野くんの歓迎会を始めたのでした。
<fin>