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わたくしの下僕は異世界から来たとのたまっています


 わたくしがあれを拾って随分と月日が経ったものです。

 初めてあれを目にしたのは、そう――雪の降る寒い日のことでしたわ。

「――あら? 何かゴミが落ちているわ」
「お嬢様。あれはゴミではありません。浮浪者という生ごみです」
「そう、ごみにも色々と種類があるのね?」
「そうでございます。そしてあれはお嬢様が近づいてはならぬもの。――誰か、あれを処分しなさい」

 馬車の窓から外を眺めていたわたくしの視界に入った薄汚い塊。
 薄っすらと雪が積もる姿は、そのお陰で少しは見られるものだったけれど、ゴミはゴミ。
 侍女のバルバラが馬車の警護をする騎士に命じて、処分することにしました。
 騎士が近づき、手をかけようとしたのですが、それは吼えて、立ち上がりました。
 ゴミが、急に立ち上がりましたのよ。

「きゃあ!」
「な、なんですか!?」

 驚いてそれを見ました。
 何かを口にしてのたまっていました。その言葉はこの国の言葉ではありませんでした。
 立ち上がったのは、薄汚い格好の男。そんなのがいたのですわ。
 普通なら、何も印象になど残らないような、そんなゴミでした。
 でも、それのある特徴が、わたくしの気を引きました。
 黒目と黒髪。
 それはこの国ではあまり見かけることのない、とても珍しいもの。
 その時は長く伸びた髪に顔立ちまでは気が付かず、ただそれが目に焼きつき、わたくしの心の引き出しに保存されることになりました。

 それは大声を出しただけで暴れることはしませんでした。
 でも何故か、こちらを見て固まっていましたわ。
 すぐに騎士達に取り押さえらて、剣で首を切られそうになっても、這い蹲りながらも視線はわたくしに向いていました。
 わたくしはそこでふと我にかえって、声を発することになりましたわ。
 今でも思い出すたびに、何故あんなことをしてしまったのか、よくわかりませんの。
 でも、かの有名な詩人である、アルマルサースも言っていました。『人はときに、自らの意図しない行動をすることがある。しかしそれこそが私が愛してやまない、人というものである』と。
 ですから、私の行動は、そんなもの。人としてして当然のことでした。
 そういうことでしたの。
 ……そうでしたのよ?

「お、おやめなさい!」
「メ、メリラス様!?」
「はっ!?」

 騎士の剣は首寸前で止まり、地面に落ちることはありませんでした。
 それはというと、馬車の窓から乗り出したわたくしを見て固まっているばかり。
 黒い髪の隙間から覗く黒い瞳が、わたくしを捉えて話しませんでした。
 かくいうわたくしも、そのとき……。

 それから故あって、それはわたくしの屋敷で暮らし始めることになったのですわ。

「……そ、それを拾うことにしましたわ! 屋敷まで、連れてかえりなさい!」

 そんなわたくしの言葉で。



 わたくしは、自分が美しくないことを知っています。否、知らされています。わたくし自身がそれを望まぬとも、痛感させられてきています。
 それは使用人の態度であったり、社交界での噂だったり、両親の評価からでもありました。……男性から直接言われたこともありましたわ。
 まるで狐のようにきつく釣りあがった目。つんと上を向いた鼻は高く、丸まってすらおらず、穴も広がっていない。小さな唇と揃いすぎている歯。顎には贅肉のひとつもなく、頬だって同じ。
 それは体にだって同じことが言えました。
 胸にも、腰にも、脚にも、肉が少ない。生きるうえで必要最小限しか肉がないと言われたのは、いつの年のことだったのでしょう。
 手も足も長く、ただし胴が短い。
 唯一髪の毛だけはお父様譲りの綺麗な金色をしていたけれど、癖のあるせいで、自然に縦に丸まってしまう。
 だから、わたくしに笑顔を向ける人は滅多にいなかったのです。
 両親も、幼い頃は笑顔で接してくれていました。でも、わたくしが大人になるにつれて、それは少なくなっていきました。
 わたくし自身も、笑顔を浮かべることなんて、もうめっきりなくなってしまいました。
 でも、それは仕方のないことなのです。
 この顔のせいで、もう誰からも笑顔を向けられることはないと、わかっているのですから。
 だからわたくしは、態度、礼儀だけは完璧にできるよう、努めました。
 ただでさえ色眼鏡で見られ、評価を落とされるのはわかっているのです。だからその上、貴族としての態度、礼儀で家の評価を落とすことはできなかったのです。

 ……でも、あれだけは違いました。

「お……嬢……様!」

 たどたどしい声で話しかけてくるときは笑顔で。

「メリラス……様!」

 わたくしの名前を教えたときは心底嬉しそうで。

「ありが……とう!」

 小さな菓子をあげたら、もうその頭の中には感謝しかないのかと思うほど。
 あれは、言葉を知りませんでした。
 少しずつ言葉を覚えていく様は、幼児が言葉を覚えるのと同じように、微笑ましいものでした。
 やがて従者となった黒髪のそれは、わたくしの側から離れることはありませんでした。そのことを告げたとき、あれは嫌がることなんてせず、とても嬉しそうにしていました。それが強く印象に残っています。
 そしてそれが、それこそがわたくしの戸惑いの元でした。

 どう接していけばいいのかわからなかった。
 笑顔で話しかけられて、多くの言葉を投げかけられて、あるときはまるで愛しいものを見るような、そんな目で見つめられて――。
 結果、言葉少なにしか話しかけることができないわたくしだったけれど、あれはそれでも嬉しそうでした。
 それが世辞なのだとはわかっていました。
 あの日、あれを拾ったことに対して、あれがわたくしに対して恩を感じていることは、他の使用人からの話でわかっていましたから。

 ある日、あれを見かけた。
 最近では、あれを見かけるたびに、心が高鳴るのがわかった。
 声をかけたときの反応を見るのが何より楽しみでした。
 今日は驚いた顔をするかしら? それとも、嬉しそうな顔をするのかしら? それとも?
 だから、その日も期待を胸に、足早に近づこうとしたのです。
 でも、わたくしの足が前に進むことはありませんでした。

「そうなんですかぁ」
「え、ええ。そうなんですよ」

 あれの前で、あれを見上げているのは、わたくしの屋敷で一番の美女と呼ばれている、使用人の女。
 猫なで声で、体をくねらせながら、明らかにあれを誘っているような表情で話しかけている。
 厚ぼったいまぶた。丸くて低い鼻。大きな口に、揃いすぎていない歯並び。
 顎と頬にはわたくしとは比べ物にならないほどの肉が乗り、それは体についても同じ。手足は短く、胴は長い。全身もふっくらしていて、あれこそが世の男性達の求めていると言われているもの。

 ……求めても求めても、わたくしが手にできなかったもの。

 彼女は言葉遣い、礼儀こそ弁えていたものの、わたくしのことを見下しているのは明白でした。
 男性の使用人は皆、彼女に夢中。
 そしていつも引き合いに出されますの。
 メリアス様はああだけど、彼女は美人だよな、と。
 勿論、わたくしの目の前で、わたくしが見てる場所で言う者はおりません。偶然……何度も聞いてしまっただけですわ。

 辞めさせることはできませんでした。
 あれほどの美女を辞めさせたとあっては、わたくしの評判が地に落ちることは確実ですから。
 メリラスは、使用人の美貌に嫉妬して、辞めさせた、と。
 それに加え、あることないこと、話に尾ひれがつくのでしょう。
 わたくしだけならばいいのです。
 ですが、そうなった場合、評判が落ちるのは、わたくしと、わたくしの家名。即ち、お父様、お母様の評判を落とすことにも繋がってしまう。
 その使用人が、わたくしのあれと話している。
 誘惑している。
 危機感が募りました。
 あれの容姿は、実はとても整っていたのですから。
 ……とても、というのは、言いすぎかもしれません。でも、黒目黒髪という魅力的な要素を引いても、並以上の顔立ちではありました。
 どうしようもないくらいの焦燥感を味わいました。
 ……でも、わたくしには、どうしようもできなかった。
 だから使用人の手が彼の肩に置かれるのを見て、わたくしは目を背けました。背を向けました。
 あれが、彼女に心引かれるのは確実だというのに、わたくしはその場から立ち去ることしかできませんでした。

「……メリラス様?」

 あれがわたくしの名前を呼ぶ声が聞こえた気がしました。でも、多分それは幻でしかなかったのです。

 でも、あれがわたくしの側を離れることはありませんでした。
 あの使用人とは、少しばかり噂になり、あれが求婚したという噂もありました。
 でも、いつものように……いえ、いつも以上に笑顔を向けてきました。
 噂のことを本人に聞くことは、わたくしにはできませんでした。そうしても当然なのだと、思い込んでいましたから。
 笑顔を向けられ、いつもならばそれで胸が温かくなるのに、そうはなりませんでした。
 何故ならば、それがただの憐れみだと……わたくしがそう、思い込んでいましたから。
 醜い、地位と財産だけしか取り柄のないわたくしを憐れんでいただけだと、思い込んでしまっていましたから……。
 あれに対して、辛辣にあたるわたくしでした。でも、あれは――。

「メリラス、様……俺、何かした、ですか?」

 あるとき、わたくしが部屋でお茶を飲んでいると、こう聞いてきました。
 手にあるのは、今はいつもの笑顔ではなく、困惑、悲しみにその端正な顔を歪める、あの日に拾った黒目黒髪の男の淹れてくれたお茶でした。

「……特に何も、しておりませんわよ」
「嘘、ですね? 俺、わかります。俺、メリラス、様に、何かした、ですか?」

 言葉はたどたどしいけれど、意味は十分伝わります。
 蘇るのは、言葉を教えていた頃の楽しい記憶。今はわたくしが教えることはなくなってしまっています。
 与えた絵本は、もう捨ててしまったのでしょう。
 でも、それも仕方ないことです。わたくしのような醜い女からの贈り物なんて、気持ち悪がられて当然なのですから。

「本当に、何もしていませんわよ。……ただ」
「ただ?」
「……ただ、わたくしのような女に侍るより、愛しい女性のもとに行けばよろしいのではなくて? そう思っているだけですわ」

 ……わたくしより、もっと美しい女性のもとに。他の男性たちと同じように。
 互いに沈黙が続きました。
 カップが空になってテーブルに置いても、それにお茶が注がれることはありませんでした。
 目の前にティーポットが置かれます。
 あれは膝を折りました。
 下を向いていたわたくしの視界の中に、彼が入りました。
 真剣な表情をしていました。怒っているようにも見えました。
 そして口を開いたです。

「俺……メリラス、様、好き、です」

 思ってもみない言葉を。

「……嘘ですわ」

 わたくしは否定しました。
 そんなことがあるわけないと。

「ほんと、です」
「嘘ですわ。絶対、嘘ですわ。……そうやって、わたくしを騙すつもりなのでしょう?」
「ほんと、です」
「……目的は、地位? それとも、財産かしら? それを狙っているのでしょう?」
「そんなの、関係、ない。俺は……メリラス、様、を!」
「……嘘ですわ!!」

 だから耳を塞いで、蹲るしかできませんでした。
 涙が頬を伝って流れ落ちました。
 息が苦しくて、喉の奥からは嗚咽しか出てきませんでした。

 でも、あれは……彼は、言ったのです。

「メリラス様のことが、俺は好きです! 愛しています! 本当です!」

 なおも信じられない。信じられるわけがありません。
 わたくしは喚きました。喚き散らしました。
 まるで子供のかんしゃくのように。
 あれはわたくしが投げつける茶器や置物を受けて、なおも言い続けました。
 わたくしを、愛しているのだと。
 その言葉を信じられないわたくし。
 言い続けるあれ。
 どれだけやり取りを繰り返していたのか、覚えていません。
 けれどわたくしのかんしゃくは、唐突に終わりを迎えました。
 思いもよらない方法で。

 大きなクッションを振りかぶったわたくしに素早く近寄るあれ。
 わたくしが覚えているのは、そこまでです。
 気が付いたら、目の前に彼がいました。
 口にを塞がれて、言葉を口にできませんでした。
 首を動かそうにも、その力強い腕で抱きしめられ、身動きができませんでした。
 そう、わたくしはあれに――いえ、彼に口付けをされていたのです。

「……これで、信じてくれましたか?」
「……はい」

 顔を真っ赤にして、顔を背けたかったけれど、彼はそれをさせてくれませんでした。

 それからは大変でした。
 騒ぎを聞きつけた屋敷の使用人から、彼がわたくしに危害を加えたと思われ、弁明する破目になったりしました。
 ……でも、彼がわたくしを好いているという剣に関しては、あまりつっこみは入りませんでした。
 何故かと聞けば、彼は常日頃から、わたくしを……その、あ、愛していると、のたまっていたというのです。

 それから、彼は言いました。
「聞いて欲しいことがある」と。
 彼が明かしたことは信じられないものでした。
 彼はこの世界からではない、違う世界から来たのだと言うのです。
 確かに、彼の知識で、家の財産は格段に増えました。
 腐葉土を使った農地の改革。醤油や味噌、米や酒の開発。それに加え領の雇用問題、疫病の予防など、画期的なことを次々と提案する彼。それが異世界の知識だと言われれば納得するしかありません。
 でも、やっぱり信じられないのは、次のことです。

「メリラス、様は、美人です」

 彼は言うのです。わたくしが美人だと。
 ……その、絶世の美女だと。
 この世界と彼の世界では、美醜の価値が全く違うのだと言うのです。
 信じられませんでした。
 何をのたまっているのかと。



 彼を見つけてから、多くの月日が流れました。彼の言葉も、随分と流暢になりました。
 今日も彼は、わたくしに笑顔を向けてきて、こう言うのです。

「メリラス様、だから俺は異世界から来たんですよ」
「貴方はいつもそればっかり。言葉はうまくなっても、嘘は上達しないのね」
「俺はメリラス様の下僕ですよ? 嘘なんかつきませんって!」
「はいはい。そんなことをのたまっていないでいいから。ほら、いつものようにエスコートして頂戴」
「……いつになったら、信じてくれるのかな……」

 ため息と共に、そんなことを呟く彼。
 実を言うと、そんなことはもうすっかり信じているのです。
 ただ、こんなやり取りが続くことが嬉しくて、続いて欲しくて、ついそんなことを言ってしまうの。

 彼は名声を欲しがりませんでした。
 それらの手柄は、全てわたくしのものになってしまっています。
 彼は言いました。

「メリラス様が悩んでいたから……その綺麗な顔を悲しみに染めたくなかったから……ただ、それだけです」

 ……わたくしの下僕は、随分と殊勝なことを言うものです。

 彼の暖かい手が、わたくしの手に触れる。
 ただそれだけで、わたくしの胸は高鳴るのです。
 そして、感謝を捧げるのです。
 彼をこの世界に送ってくれて、ありがとう、と。

 名も知らぬ神様に、そう、感謝を。

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