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魔術とは

 本格的な魔術の修行を始めてから、凡そ1ヶ月が経過した。

 これは魔流甲冑を会得してから維持してきた期間でもあるが、今は甲冑状態を解いて肉体を素の状態に戻している。

 あまり長い間維持し過ぎると、魔流甲冑を解いた後の肉体の倦怠感が凄まじいことになるらしい。下手をすれば歩けなくなるほど身体が重く感じることもあるのだとか。

 実際、魔流甲冑を解いた後はかなり身体が重く感じた。まるで全身に重石を括り付けられたような倦怠感というべきか。視野が狭まり、研ぎ澄まされていた五感も利かなくなるという喪失感は筆舌に尽くしがたい。

 しばらくは『甲冑状態時の肉体の制御』と『素の肉体能力の強化と効率化』を重点的に訓練して、徐々に慣らしていくしかないな。


 さて、ここで少しばかり、この世界の魔術を幾つかの項目に分けて説明しようと思う。


 まず一つ目。

 この世界の魔術には呪文を詠唱する必要がない。所謂、無詠唱魔術に該当する。

 魔術の行使に必要なのは、身の内の魔力を扱う技量と使用する魔術を明確にイメージする想像力であり、ファンタジー小説にありがちな痛くて長ったらしい台詞をいちいち唱えることはしない。

 せいぜいが脳内のイメージを固めるキーワードとして、魔術の属性に因んだ言葉を口頭で叫ぶ程度だ。

 火属性の魔術なら「燃えろ」、水属性なら「穿て」とか。これも人によってまちまちだが。

 ただし、これらの作業は想像以上の労苦を伴うものであり、魔術の発動までに掛かる時間を考えると、素人としては果たしてどちらが良かったのか判断に迷うところである。

 だが、ユメのような魔術師として熟達した者は文字通り一瞬で魔術を行使することが可能らしい。こちらの世界の魔術の方が、即応性という意味では有利かもしれないな。


 二つ目。

 この世界の魔術は独自性の塊であり、決まった名称を持つ魔術というものがほとんど存在しない。

 例えば、『火の玉を飛翔させ、直撃した相手を燃焼させる魔術』があるとして、それが同じ威力、同じ燃焼規模だったとしても、魔術師によっては名称がファイアーボールだったり、フレイムキャノンだったりと統一性がない。

 統一性がないというのは戦闘においても顕著であり、個人個人が思い思いの魔術を好き勝手にゴリ押してぶつけ合うのが集団魔術戦の常識のようだ――というのは、在野の魔術師の話である。


 キルフェルニア帝国では世界に先んじて、規格統一された魔術を新たに開発し、『軍用攻威魔術』という名称で採用している。

 宮廷魔術師をより優秀な戦術単位に昇華させるべく企画したプロジェクトだったとか。

 概要としては魔術の威力、破壊の規模、術的効果の統一化を図り、歩兵との連携を想定した戦術として組み込むというもの。

 戦争規模の集団戦において、より効率的に戦場を支配するべく新規開発された魔術に固有名を付けて、『軍用』として用いたようだ。

 時の筆頭宮廷魔術師が理論を提唱し、帝国魔術省が精査の後、その実用性を認めて採用したらしい。

 戦場において、その効果は絶大を通り越し、"味方陣営"が恐怖すら覚えたほどだという。

 結果として、帝国の領土はその当時より180%程拡大したそうだ。とんでもない話だな。


 っと、無駄話が多くなってしまった。


 要するに「世間一般では固有の名称を持つ魔術は存在しないけど、帝国には軍用として固有の名称を持つ魔術が存在するよ!」という話である。


 三つ目。

 この世界の魔術は『三等、二等、一等、特等』からなる『白兵級、戦術級、破城級、戦略級、殲滅級』の5つの等級に分類されている。


 とは言うものの。


 これは帝国軍の軍用魔術にのみ適用されるものであり、在野の魔術師が行使する魔術に定められたものではない。

 強いて言えば、誰かが使った魔術を見て、他の魔術師が「あの魔術なら、これくらいに匹敵するんじゃないか?」と適当に評価する程度のものである。


 ちなみに、一等と特等の間には大きな壁が存在する。

 具体的に述べれば、一等は『凄まじい効果なれど、優秀な魔術師なら頑張れば再現できる魔術』で、特等は『その魔術を開発した魔術師くらいしか扱えないであろう特別な魔術』のことをいう。

 つまり、攻威魔術としての価値は、基本的には一等が最高であると考えてもらって差し支えないということだ。


 白兵級は文字通り白兵戦において利用される魔術であり、主に一対一で相手を先制する際に用いられる小規模効果の攻威魔術全般を指す。

 戦術級は複数人の人間を巻き込む威力の高い魔術全般、破城級は城砦や要塞を攻略する際に用いられる非常に威力の高い魔術全般をいう。

 戦略級や殲滅級は部隊~軍団単位、街~都市単位といった規模で展開される超威力の魔術だ。これらの魔術は一人の魔術師をイメージ担当に据え置いて、複数人の魔術師が合同で完成させるらしい。

 特に殲滅級の破壊力は非人道極まりなく、周辺の土地や生態系に与える被害が尋常ではないことから国家間の条約で使用が制限されており、滅多に行使されることはないのだとか。


 一般的に、魔術師個人で発動できる魔術は破城級が限界と言われているが、何事にも例外は存在するもので、位階持ちと称される帝国宮廷魔術師の上位連中であれば、個人で戦略級や殲滅級を行使できる者もいるとのこと。


 いやはや、化け物か。っていうよりは人型大量破壊兵器だな。


――などの話をユメから聞かされながら、日課の鍛錬をこなし、遅めの昼飯を食べ終えた頃。


 大体二日か三日置きに遊びに来るティアリーズが今日も家にやってきた。

 片手には燻製物の手土産を持って。

 以前聞いた話では、ティアはこの地を治める貴族の養子との事だったが、件の養父であるベクター卿は辺境伯の称号を持つ大貴族であるらしい。

 何故にそんな大貴族の養子として貰われたのか興味は尽きないが、いらぬ詮索をするのは無粋だよな。やっぱり。


「お邪魔します、ネレイス様」

「おお、ティアか。よく来たのじゃ」


 ティアは歓迎するユメに手土産を渡すと、知らぬ間に用意されていた彼女専用の椅子に腰掛けた。誰がいつ用意したのかは一切の謎に包まれている。


「今日の魔術の鍛錬はもう終わったの?」

「終わった」


 こうして顔を合わせる回数も二桁に届き、流石に慣れてきたのだろう。出会った当初のお堅い雰囲気は鳴りを潜め、目の前にいるティアは年相応の女の子といった雰囲気を前面に醸し出していた。

 一人称こそボクで、姿恰好こそ男装をしているが、そこに男らしさといったものは微塵もない。こちらの方が素の彼女なのだろう。

 ホント、なんで男の恰好なんてしてるんだろなコイツ。


「あーあ、ユキトは雷と闇の二重属性だなんてズルイよ。ボクなんて有り触れた火と水の二重属性なのに……」

「そのネタまだ引っ張るのかよ。っていうか、今更だけどその愚痴って俺に対する当て付けか? その火と水こそ、俺が最も欲して止まなかった属性なんですがねぇ?」


 俺が特殊系統の二重属性持ちだとティアに教えて以降、こうして面と向き合う度に溜め息を吐かれるのだ。いい加減ウザイ。

 仮にも貴族の子女がテーブルに突っ伏してべちゃっと溶ける姿など、最早コメディである。俺はこの状態のティアを垂れティアと命名することにした。


「これこれ、ティアよ。つまらん文句を口にするでない。どの属性であろうと、二重属性持ちはそれだけで貴重なのじゃぞ? それに、基本系統を"有り触れた"なんて言ってはイカン。寧ろ、基本系統こそ世に無くてはならない大切な属性じゃ」

「それは分かっているのですが……」


 窘められてブーたれるティアの頭を、隣に腰掛けるユメが苦笑を湛えて撫でる。


「どうせなら属性の攻撃力や希少性の高さではなく、実用性を鑑みてほしいのじゃ――ユキトのようにのぅ」

「実用性……」

「火と水は属性的な価値を見れば凡庸なれど、その分、汎用性に於いてはどの属性よりも優れておる。世に優秀と称される魔術師に最も多い属性が火と水であることは知っておるかの?」

「えっ? そうなのですか!?」

「うむ。火と水の属性というのは、それだけの可能性を秘めておるのじゃよ。わしも、魔術で最も多用している属性は火と水じゃしのぅ」


 ユメは子を抱く母のような穏やかな表情でティアを見つめる。

 彼女の勇名がどれ程のモノなのかは知り得ないが、それでも自称『世界最高のまじゅちゅし様』のお言葉はティアの心に深く響いたようだ。

 萎れていた花が水を得たように、見る見るうちに垂れティアの瞳が輝き始めた。


「最も汎用性に優れる二つの属性に適正があるのは実に運が良い。見たところ筋も悪くないようじゃし、努力を怠らなければ間違いなく魔術師として大成するじゃろうて」

「本当ですか……?」

「うむうむ。世界最高のまじゅちゅしたるわしが保障してやるのじゃ」


 キャッキャッと魔法談義に花を咲かせる女性陣だが、それを聞かされる俺は全然面白くない。

 喉から手が出るほど欲しかった火と水属性の有用性を目の前で説かれて、心穏やかでいられるか。畜生め。

 俺は土産の燻製物を手に取ると、苛立ちを誤魔化すべく齧り付いた。美味い。


「おや? ティアの次はユキトが不貞腐れておるのぅ」


 クスクスと鈴の音が鳴るような声音でユメが笑う。

 俺は憮然とした表情を隠せないまま、椅子を寄せてきたユメに頭を撫でられた。

 ユメの白くて細い指が、俺の黒髪を優しく梳くように流れていく。

 ぐっ……気持ちいいだなんて思ってないからな!? 勘違いすんなよ!


「他人が食べる果実は彩り良いものじゃが、それを羨んだところで無意味じゃ。そんな暇があるのなら、持ち得た才能を磨くことに専念せよ。さすれば、いずれは己の力と真っ直ぐ向き合えるようになろうて」


 ユメはそう言って微笑むと、ハーブティーのカップに口を付けた。


「――他人が食べる果実?」

「おぬし風に言うなら、隣の芝生は青いといったところかのぅ」

「ああ、そういう意味か」


 聞いたことのない言い回しだと思ったが、どうやらこっちの世界の諺のようだ。


「まぁ? かく言うわしは二重属性どころか、全ての属性を扱えるんじゃがの!」


 せっかく良い話で終わりそうだったのに、余計な一言で場の空気を乱すユメ。

 ない胸を張って「ふんす!」と荒く鼻息を鳴らす姿に脱力感が湧いてくるが、それを抑えるのは至難の業だ。

 まぁそれがユメの可愛いとこでもあるのかもしれないけど。

 ていうか、全属性扱えるって。今更だけど、本当にとんでもない奴だな。


「そのうえ、魔術とは異なる"魔法"も使えるんだもんなぁ。普通に考えて反則じゃね?」

「反則とは何じゃ、失敬な。わしは世界最高のまじゅちゅしじゃぞ? これくらい当然なのじゃ」

「噛んでる噛んでる」

「うっうるさいのじゃ! そこは敢えて気付かないフリして、黙って師匠をフォローするのが弟子の役目であろ!?」


 ポコポコと拳を振るってくるユメを適当にあしらいながら、俺は窓の外を眺めた。

 あー……平和だー……。

 自分がこの世界に召喚された理由を忘れてしまいそうになるくらい。


 ユメとティア、彼女達とこうして呑気に茶を飲める日々がずっと続いてくれれば気楽なんだが……。


「ところで話は変わるのだけど。ここ最近、王国が妙な動きを見せてるらしいね」

「妙な動きじゃと?」


 それまでの和やかな雰囲気を断ち切るように、ティアが真面目な顔をして言った。

 何やら不穏な匂いが漂う言葉に、ユメの眉尻がピクッと跳ねる。


 彼女が言う王国とは、正式には『アルドニス王国』という。

 キルフェルニア帝国と隣り合う大国であり、つい数年前まで帝国と血生臭い戦争に興じていた敵国らしい。今は帝国有利の停戦状態に移行しているようで、互いの軍隊が国境線で睨み合っているという。

 ちなみに、王国に面した国境線の防衛を担っているのが、ティアの養父であるベクター卿だ。


 俺はこの世界の情勢にはあまり詳しくなく、王国の動きが妙だと言われてもピンとこない。なので、余計な茶々は入れずに耳を傾けることにした。


「ええ。何でもお義父さんがいうには、国内に間諜が浸入した形跡があるとか」

「間諜なんて、いつの時代でも好き勝手に送られてくるものじゃろ。それが停戦中の敵対国であるなら猶更じゃ。別に気にする必要もないと思うが?」

「それはそうなのですが……。王国が動きを見せた時期が個人的に気になってしまって」


 動きを見せた時期と聞いて、ユメがハッとした表情を浮かべる。

 ユメは実に面倒臭そうな態度で自らの銀髪を指に搦めて弄ぶと、疲れたように呟いた。


「……もしや、わしらが魔術師協会に出向いた直後とか言うのではなかろうな?」


 瞳に剣呑な光を帯び始めるユメに対して、ティアは気まずそうに頷き、そっと俺に視線を移した。

 どうやら、俺にも関係ある事柄らしい。

 だが、俺がここで気にしたところで、どうしようもないのも事実だ。何をどうすればいいのかも分からないし。

 とりあえず、ユメに任せておけば問題ないだろうと自分の中で結論付ける。

 大丈夫、ユメならきっとなんとかしてくれるはず。たぶん。


「はぁ……どいつもこいつも。何故、放っておいてくれぬのかのぅ……とは、わしがやらかしたことを考えれば口が裂けても言えぬか」


 重い溜め息を吐き、ユメはばつが悪そうに自嘲する。ティアもそんなユメの姿を見て、この話題を出すべきではなかったと後悔しているのか、暗い表情を見せた。

 ユメの過去に何があったのか。気にはなるが、それを問い質すのはどうにも憚られた。

 他人の過去を無遠慮に詮索する趣味はない。

 ここは空気を読んで黙っておこうと思う。


「相分かった。この件、心に留めておくのじゃ。気を遣わせてすまぬな、ティアよ」

「いえ、そんな私は……。ネレイス様の気分を害す真似を致しました。申し訳ありません」

「何を言うか。ティアは純粋にわしらのことを心配してくれたのじゃろう? おぬしの気持ち、嬉しく思いこそすれ、気分を害されたとは思っておらんのじゃ」


 直前までの陰鬱な表情を消し、努めて明るい声音で言い切ったユメは椅子をティアの傍に寄せると「ティアは優しい子なのじゃ。いい子、いい子」と、柔らかい手付きでティアの頭を撫でた。

 俺とほぼ年齢が変わらない少女が自分よりずっと外見が幼い少女に頭を撫でられる姿は、傍目から見ると随分と滑稽に映るものの、当人は嬉しそうに頬を朱に染めていた。

 しかし何でだろうな。確かに滑稽なんだが、ユメが誰かの頭を撫でる姿は妙に様になる。見た目は小学生低学年なのに。


 まぁどうでもいいか。こういう心が和む光景は嫌いじゃない。


 ……このまま何事も無く、無事に元の世界に帰れるといいんだが。


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