魔術従士
突然だが、キルフェルニア帝国に存在する魔術師協会というものについて、少し説明しよう。
魔術師協会というのは、キルフェルニア帝国が独自に設立した国営の魔術師養成機関だ。
魔術の動力源となる魔力は多かれ少なかれ生物ならば例外なく持っている物だが、魔術師を名乗れる程の才を持つ者は希少らしい。
帝国は絶対数が少ない魔術師を少しでも増やそうと画策し、野に埋もれている才ある者を積極的に取り入れる為、この魔術師協会を立ち上げた。
魔術師協会には貴族や平民、貧民といった区別なく、一定以上の素質があると認められれば誰でも入会できる。身体の健康に難がある場合は、その限りではないが。
無事に入会できた魔術師候補達は、協会で数年に渡り様々な教育を施され、然るべき後に世へ放たれるのだ。
ところが、ここで一つ問題が発生する。それは魔術師の育成に掛かる莫大な費用だ。
魔術師候補への教育は、希望する属性専門の魔術師がそれぞれ講師を務め、実技訓練に関しても周囲に被害が及ばないように高度な防護結界を張り巡らせる必要があるなど、兎にも角にもお金が掛かる。入会した者全てを無料で教育しようとすれば、軽く国家の財政が破綻してしまう程度には。
なので、協会に入会する際には一定の"入会費"を支払わなければならない。しかし、先の事情もあり、当然ながら入会費は高く設定せざるを得ず、裕福なおかげで問題なく払える者がいれば、貧しさのせいで払えない者も大勢いる。
そこで、入会費を払えない者に対して、帝国軍部は兵役を条件に入会費を援助する制度を設けた。
魔術師として無事に登録された暁には、宮廷魔術師として帝国軍に召し抱えられ、最低5年の兵役につくというものだ。その間に出る給料から、毎月少しずつお金を返済していく形式である。
魔術師と名乗るには一歩及ばなかった者も、一般歩兵よりは格段に役に立つということで、同じように軍に召し抱えられて特定の部隊に入隊させられる。こちらの場合は最低8年の兵役になるらしい。
だがしかし、何らかの理由で途中で退会した場合は当然ながら援助金は没収。全て自力で支払わなければならなくなる。もし払えなかった場合は帝国軍部に身柄を確保された後、辺境の国境警備隊に回され、借金を返済するまで任務に耐えなければならないという。
可哀想だが、事前に全て説明されたうえで本人の意思で決めたことだ。他人が同情する余地はない。唯一の救いといえば、そうなった者はここ十数年は存在しないという事実だろう。
さて、ここまでは己の師匠を持たずに一から魔術師を目指す者――所謂、一般部門の話。
俺の場合は、ユメという協会に属する正規の魔術師の弟子として登録することになるので、少し事情が異なる。
正規の魔術師の弟子として協会に入会する場合は、入会費は一切掛からない。協会の施設も自由に利用できる。
ただし、師匠とする魔術師には条件があり、それを満たしていないと弟子として協会に登録することはできない。
その条件というのは、鉄征、銅征、銀征、黒銀征、金征、白金征という魔術師に定められた階位の中で、黒銀征以上の階位を持つ魔術師のみが弟子をとることを許されるというものだ。つまり、弟子入りする魔術師は黒銀征以上の階位を持つ者でなければならない。
階位については、扱える属性の数や魔術の練度によって決定されるらしい。例外として、特殊系統を扱える魔術師は最低でも銀の階位が保障されるが、まぁそこらへんはどうでもいいだろう。
正規の魔術師――この場合は黒銀征か金征、または白金征魔術師――の弟子として登録された者は、魔術従士という敬称が与えられる。
一般部門の人間を魔術師見習いとするなら、魔術従士は準魔術師といった認識でいいそうだ。魔術の腕は別にして、という注釈が付くが。
余談だが、最高位の白金征魔術師は帝国全土において、ユメを含めてたったの数人しか登録されていないとかなんとか。まぁ、どうでもいい話だな。
さて、この魔術従士制度の何がメリットになるのかといえば、弟子の旨味は入会費を支払う必要がないことと協会の施設を無料で利用できることくらいらしい。まぁそれだけでも十分だとは思うが。
あとは師匠のコネで就職できることと、帝国軍部からの徴兵を拒否できることくらいか。
そもそも、この制度は主に弟子をとった魔術師の為にあるようなものだという。具体的にいえば、弟子を育成する為の費用を国から援助してもらえること。弟子を優秀な魔術師に仕立て上げれば、その功績で自らの階位を上げられること。弟子の活躍次第で自分の名声も上がること等が挙げられる。
いつの時代も名声と名誉というのは大切なようで、それは魔術師としても例外ではないらしい。
――というような話をユメから聞きながら、服と下着を無事に買い揃えたあと、二人乗りの小さな馬車に揺られて、俺はこの都市の魔術師協会へやってきた。
特にその必要もないのに、何故わざわざ進んで協会にやってきたのか。理由としては、協会に登録すると貰える『魔術従士認定証』なるものを得る為らしい。
これは身分証明書の代わりとして使えるらしく、提示すれば帝国の都市のどこでも自由に入れるようになるのだと。
何とも感想に詰まる話だが、つまりはそれだけ魔術師の存在は重要視されているのだろう。
余談だが、新しく買った衣服の一つは試着ついでにサイズ合わせして、購入してから改めてその場で着用させてもらった。
肌にフィットする半袖のインナーシャツと、留め具が右寄りで裾口が斜めに切れているお洒落なベストの組み合わせだ。
その上から、留め具は付いているものの、合わせ部分を重ねることができない薄手のコートを羽織っている。心臓部分を覆う薄い皮の胸当てで固定する仕組みのようだ。
店員によれば、このコートはベストを見せる為に敢えて前を閉じれないようにデザインされているらしい。
下半身はボトムスにブーツで無難に組み合わせた。
格式の高い店で買ったやつなので、デザインも機能美に溢れており、格好いい。
元の世界には存在しない生物とやらの皮や被膜をふんだんに使用しているらしく、肌触りや丈夫さ、関節部分の動かしやすさなど十分に及第点といえた。
ついでに外套もイメージに合わせて一新している。さらには店員に勧められるまま、コートに合う剣帯とハーフフィンガーのグローブ、膝関節部分のプロテクターなど、ユメがホイホイ購入するので、店側はそりゃもうホクホク顔だった。
縁取りの装飾やデザインの良さ、各配色の濃淡のおかげで単調なイメージは避けているものの、全体的なカラーは渋めの深い蒼で統一されている。
グローブとブーツ、外套と剣帯が黒色であることを除いて、紺色一歩手前の暗い蒼色を連想してくれると分かり易いかもしれない。
服装を一新し、コートの上から剣帯を装備したら、ユメと店員さんに一端の剣士のようだ褒められた。ちょっと嬉しかった。小並感。
チョイスしてくれたユメに何故蒼色を選んだのかと聞いたところ、彼女は蒼が好きらしく、自分達が師弟であることを強調する為に色を揃えたかったのだと。
他の魔術師の師弟もそういうことをするのか尋ねてみれば、あくまでユメの我が儘だそうだ。俺は買ってもらった側だし、特に文句はない。
元々俺が着ていた私服は、ついでに買ったボディバッグに収納して背負ってある。
なんていうか、服飾のデザインやら何やら、ファンタジーゲーム色が強いことを除けば、現代日本人の感覚にも合いそうなものばっかりだった。
この世界の服飾技術は進んでいるというユメの言葉に嘘はなかったようである。
さて気になるお値段だが、詳しくは教えてもらえなかったものの、かなりの金額を支払った模様。別に魔術師であることを明かしたわけでもないのに、店員総出でお見送りされれば嫌でも分かる。なんか金ぴかのコインを山盛りで支払ってたしな。
とまぁ長くなってしまったが、俺の恰好の事はさておき。
魔術師協会の建物内部へ足を踏み入れた俺はユメに連れられて受付へと向かった。
周りを見渡せば、共通の制服に袖を通した者と、俺達と同じように少し着飾った私服姿の者が入り混じり、雑多に歩き回っていた。
ふむ、制服姿の人間は協会の職員で、私服姿の人間は在野の魔術師といったところだろうか。
「キルフェルニア魔術師協会、ルグルフケレス支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
爽やかな笑顔と良く通る声で、受付嬢は"俺に対し"軽く会釈する。
受付嬢といえば、その企業の顔ともいうべき存在だ。大企業ほど、得てして美人を採用する傾向にあるというが、ここの魔術師協会も例に漏れないらしい。
個人的な主観でいえば、この受付嬢の応対は完璧ともいえよう。しかし、如何せん俺に対して頭を下げてきたのは大きな失点だ。
俺は頭を振って否定し、指先でユメを示す。
幸いにして俺はユメの後ろを歩いていた為、彼女に気付かれることなく、ジェスチャーで意思を表示することができた。
受付嬢も俺の言わんとしていることを察したのだろう。その端整な顔を僅かに驚愕の色で染めつつ、それを一瞬で消し去り、再びの営業スマイルでユメに会釈する。
「今日は弟子の登録と適正属性の確認に来たのじゃ」
「お弟子様の登録と適正確認ですね。認定証を提示して頂けますか?」
「うむ」
頷いて、首元から下げた例のぴかぴかのペンダントを見せようとするユメ。
しかし、受付のテーブルの高さと彼女の身長の低さが災いして、上手く見せることができない。
しばらく爪先立ちなどで奮闘したユメは、やがて憮然とした表情で俺に両腕を差し出してきた。
抱っこしろ、と言いたいらしい。
「いや、首から外して見せればいいじゃん」
「わしの認定証は純白金製じゃ。埋め込まれてる宝石も全て高価な代物。価値が高すぎて、安易に他人に預けるわけにはいかぬのじゃ」
「……やっぱガチのプラチナだったのかそれ」
そういう事情があるのなら仕方ない。俺はユメを抱き上げてカウンターの上に座らせる。少々行儀悪いが、致し方ない。
改めて提示されたユメの認定証を確認した受付嬢は、その輝く白金色と埋め込まれた宝石の数をまざまざと凝視し、次第に顔を青白く変色させていった。
あれ、この反応デジャヴュじゃね?
受付嬢は震える指先でペンダントをひっくり返す。そして、そこに刻まれている文字の羅列を見た瞬間、恐れ戦くように頭を下げた。
「ししししし失礼しましたネレイス様!! 直ちに支部長を呼んで参りますので、今しばらくお待ちください!」
ひたすら恐縮し、何度も頭を下げる受付嬢は、アスリートさながらの猛ダッシュでどこかへ駆けていった。
タイトスカートにヒールなどという動き辛い恰好にも関わらず、凄まじく速い。
「この程度の事で、なんでいちいち支部長を呼ぶ必要があるのじゃ……」
何を言う間もなく置いていかれたユメは、ポツリと呟く。
その表情はどこか寂し気であり、腫れ物に触れるかのような扱いに納得できていないようだった。
ユメにそんな顔をされると心がモヤモヤするというか、どうにも放っておけなくなる。子供の落ち込む姿は苦手なんだ。
俺は何も言わずに、カウンターの上で所在無さげに座っていたユメを抱き上げた。
「――! ユキト……?」
ユメは少し驚いた顔をするが、俺が何も言わないと分かると、無言で首に腕を回してきた。
どこか嬉しそうに頬を緩ませていることから、どうやら俺の行動は功を奏したようだ。
出会って二日の男が何を言ってるんだとも思うが、敢えて言おう。やっぱりユメには笑顔が似合う。
「――大変お待たせしました!!」
何やらドタドタと慌ただしい足音が聞こえてきたと思ったら、結構距離が離れているにも関わらず大声で自分の存在をアピールする小太りのおっさんが走ってきた。
その声量に周囲の人間がギョッとし、何事かと振り向くが、おっさんはそんな事など気にも留めない。
「私がルグルフケレス支部長、アントニー・ツェルニケンです。本日のご用件はお弟子様の登録と適正確認とお伺い致しました。すぐに用意させますので、まずは応接室にお越しください」
「うむ。よろしく頼むのじゃ」
「勿論でございます。ささ、どうぞこちらへ!」
まさに平身低頭。仮にもこの協会のトップである人間が少女に敬意を表するなど尋常ではない。
周りにそれとなくいた野次馬はひそひそと小声を交わし、互いに情報を交換している。
ユメに対する無遠慮な眼差しが非常に鬱陶しいので、俺は瞳に殺意を乗せて周囲の人間を一人一人ゆっくりと睨み据えてやる。
俺と目線が合った職員や魔術師達は顔を強張らせ、慌ててその目を明後日の方向に向ける。そのまま、足早にどこかへ歩き去っていった。
そうそう、それでいいんだよ。偶然目が合うだけならまだしも、他人に思い切り不愉快な眼差しを向けるなんて不作法極まりない連中だ。大人しく自分の仕事でもしてろ。
野次馬が散ったことに満足し、俺は意気揚々と支部長のおっさんに付いていく。
擦れ違うようにして戻ってきた受付嬢に会釈されながら、俺達は第一応接室と書かれた部屋に通された。
「どうぞ、お掛けください」
黒い皮張りの上等なソファを勧められ、俺とユメは遠慮なく腰掛ける。
と思いきや、ユメは俺の両脚を強引に押し広げると、出来た隙間に自らの尻をちょこんと収めた。なんでや!
「おい、邪魔だぞ」
「つーん」
俺の抗議をそっぽを向いて無視してくれやがるユメ。
そんな俺達の様子を努めて気にしないように気を遣ってくれているのだろう。支部長のおっさんは特に何も言わずに一枚の羊皮紙とナイフをテーブルの上に置いた。
「まずはお弟子様を正式にネレイス様の魔術従士として登録しますので、こちらにサインをお願いします」
「わしが代筆するのじゃ」
羽ペンを受け取ったユメは、さらさらと流れるような筆遣いで俺の名前を書いていく。見た感じ、どうやら達筆らしい。
最後に羽ペンを置いてナイフを手に取り、親指に押し当てようとしたところで、俺は思わずユメの腕を掴んでいた。
「おい、どうして血判なんだ。拇印なら普通に朱肉で十分だろ」
「んぅ? どうしてって、偽造防止の為じゃが?」
「偽造防止?」
「うむ。生物の血には微細ながら魔力が宿っておるわけじゃが、保有する魔力は個々で質が異なるでの。指紋と魔力の両方を紙に残せば、偽造は不可能じゃて。じゃから、魔術に関する重要な契約書類にはこうやって血判を用いるのが普通なのじゃ」
元の世界でいうDNA鑑定も含めてるって感じか。それならまぁ納得だが……。
「……あまり深く切り過ぎるなよ」
渋々ながら腕を離すと、ユメは表情を綻ばせて後頭部をグリグリと俺の胸に押し当ててくる。
「むふふっユキトは心配性なのじゃ!」
「やかましい」
それから一通り俺を弄って愉しんだユメは躊躇なく親指を切り、血を十分に滲ませた親指を紙に押し当てた後、そのまま書類をおっさんに返却した。
血判を施した紙を受け取り、支部長のおっさんは記入欄を確認する。
「確かに。これでユキト・サイガ様はネレイス様の魔術従士として登録されました。適正確認はもうしばらくお待ちください。すぐに魔晶球を持って来させますので」
支部長のおっさんは書類を丸めると、一礼してから応接室を出ていった。
それに合わせて、入れ替わるように部屋に入ってきた秘書っぽい女性がお茶とケーキの用意をしてくれる。
露骨な時間稼ぎだとか思ってはいけない。
ユメは支部長の秘書らしき女性が淹れたハーブティーを啜りながら、遠慮なくケーキに齧り付く。
見た目、レアチーズケーキっぽい。甘いの苦手なんだよな……。
「ところでユキトよ、おぬしはどの属性を望んでおるのじゃ?」
「ん? なんだよ突然。教えたら、その属性に適正があるように細工でもしてくれるのか?」
「無茶を言うでない。流石のわしも他人の才能を弄るなんて真似はできぬ。ただの暇潰し、興味本位じゃよ」
「まぁそりゃそうだよな」
壁際で目立たないように控えていた秘書っぽい女性が、口には出さないものの「そんなまさか!?」みたいな顔でユメを凝視するが、即座に否定の言葉が出てきてホッとしていた。
なんだか、ユメならあり得なくもないみたいな反応だったな。どんだけ規格外な印象を持たれてるんだか。
「そうだな……最有力候補は火と水。最低でもどっちか一つは欲しいところだ。次点で土と氷」
「ほう。その理由は?」
「どれも使えたら便利だろ。火の魔法を使えれば日常生活で火種に困ることはないし、水の魔法を使えれば飲料水やその他諸々の水の消費を気にしなくても良くなるからな。土の魔法も色々と応用が利きそうだし。氷なら食料品を長期保存できるし」
日常生活に深く根付いている火と水は真面目に片方、願わくば両方欲しいところだ。これさえ使えれば、日々の生活に大分ゆとりが持てるはず。その価値は計り知れない。
「ふむふむ。ユキトはまじゅちゅしっ……魔術師というよりは魔導技師寄りの思考で魔術を考えておるんじゃな」
「魔導技師って?」
「魔術を用いた道具、魔導具の製作を生業とする技術者のことじゃよ。魔術師と違って、魔術を世の為人の為に有効利用しようと日々模索している者たちじゃな」
「魔術師と違って、か。それなら件の魔術師様は魔術のことをどう考えてるんだ?」
ちょっと引っ掛かる言い方に疑問を覚え、股の間を陣取るユメの頭に視線を落とす。
俺の視線を意識したのか、ユメは小さな頭を俺の胸に凭れさせながら、
「――魔術師にとっての魔術とは、他者を圧倒せしめ、己の力を誇示する為の手段に過ぎぬ」
抑揚のない声で、感情を凍てつかせるようにして呟いた。
「地位を、名誉を、名声を、富を。それらを得て、世界史に自分という存在を刻み付ける為の道具じゃ。己の為に魔術を利用するのが魔術師という生き物じゃからな」
「…………ユメも、そう考えてるのか?」
「わしも昔はそう考えておった口じゃよ……」
悲しげに、どこか悔恨を滲ませた低い声音でユメは言葉を紡ぐ。
その表情は髪に隠れて見えないが、少なくとも愉快な顔はしていないだろう。
俺は彼女の後悔をどうこう言えるほど魔術に詳しくないし、彼女の過去を知っているわけでもない。
さてどうしたものかと悩んでいたら、軽いノックの後に扉が開き、ソフトボール大の透明な球を携えた職員らしき男が入室してきた。
なかなかに空気を読んだタイミングだ。正直、助かった。
「お待たせ致しました、魔晶球をお持ちしましたので、適正の確認を始めたいと思います」
「うむ、任せたのじゃ」
大仰に頷き、ティーカップをソーサーに戻すユメ。
男の職員がクッションに包んだ魔晶球とやらをテーブルに置き、俺に差し出してきた。
「この魔晶球にお手を触れてください」
「え? それだけ?」
「それだけです。他に何もする必要はありません」
ざっくりとした説明だが、それで何とかなるなら良し。変に気合込めろとか魔力流せとか言われるよりはよっぽどマシだ。
職員の指示通りに掌で魔晶球の表面を触る。
すると、それまで無色透明だった球が化学反応を起こしたように色を持ち始めた。
溶け合ったアイスクリームのように輝く黄色と黒が混じり合い、魔晶球の中をぐるぐると周回している。
「おおっこれは凄い! 内包された魔力も然る事ながら、まさか特殊系統の雷と闇の二重属性とは! 流石はネレイス様が見込まれたお弟子様ですな!」
「うむうむ。魔導書が選んだ時点で確信しておったが、やっぱりユキトはなかなかの才能の持ち主だったようじゃのぅ」
何やら職員の男と、脇で見ていた秘書っぽい女性が目を剥いて驚いている。一方のユメはしたり顔でしきりに頷いていた。てか、この秘書っぽい人、さっきから驚いてばっかりだな。
「――聞く限りじゃ、火と水の適性は無さそうだな。残念だ……」
うーん、雷と闇かぁ……。
雷はともかく、闇って何? イメージできねぇぞ。敢えて述べるなら、影とかブラックホールとか?
うむむ、影はまだしもブラックホールはちと規模がデカ過ぎるか……。
「何をしょぼくれた顔をしておる。おぬしの適性は世にいる魔術師にとって、得たくても得られない垂涎の属性じゃぞ?」
「それってどういう意味だ?」
「8つの属性の中でも、雷と闇は特に攻撃性に優れておる属性じゃからな。保有する魔力も申し分ないし、力を信奉する魔術師共はさぞやユキトを羨み妬むことじゃろうて」
「あんまり嬉しくない……。どうせなら私生活にも応用が利く属性が良かった。チェンジって出来ないの?」
「出来るわけなかろ」
ですよねー。
あんまり喚いても仕方ないけど、せめて雷か闇のどっちかは火か水に……くそっ。
「素晴らしい結果です。貴方のような前途有望な魔術従士を迎えることができて、我々も鼻が高い」
「それはどうも」
あーあ、なんか白けた。
若干興奮気味に捲し立てる職員の科白を聞き流し、俺はユメを促して席を立つ。
「あっ! お待ちください! まだ協会規定の説明が……」
「必要ない。ユキトにはわしが後で教えておく」
「さ、左様ですか……失礼致しました」
焦ったように声を掛けてくる職員を一瞥したユメは素気無く首を横に振る。
本来なら協会のルールについて説明を受ける義務があるらしいのだが、ユメが一蹴したので敢え無くナシになった。
これってパワハラ? ちょっと違うか……。
何はともあれ。
やることはやったし、もうここに用はない。あとは夕飯の買い物をして帰るだけだ。
はぁ……色々とガッカリですよ……。こんちくしょう!
「まぁそう落ち込むでない、ユキト。せっかく都市に出向いたのじゃ、買い物の前に何か美味しいものでも食べようぞ?」
「……ああ」
「元気ないのぅ。普通ならば、泣いて飛び跳ねて喜んで然るべき結果なんじゃが。ユキトは変わっておるのじゃ」
「そう言われてもな……攻撃にしか使えない魔術なんて覚えても、役に立つ場面なんて限られてるじゃないか……」
それこそ、戦いの場でしか役に立たせることができない魔術など、俺にとっては無価値も同然だ。
……ごめん、言い過ぎた。あまり価値を見出せないに変更しとく。
最初の候補に上がらなかった風や光にしても考えようによってはまだ使い道があるのに、こと利便性に於いては最悪の分類と思われる雷と闇ときた。こんなもん、嘆きたくもなる。
それはさておき、さっさと協会を出ることにする。
秘書っぽい女性に導かれるまま応接室を出て、協会の玄関口に向かう。ユメが俺の分のケーキを慌てて口に詰め込んでいたのは華麗にスルーだ。
そのまま廊下を進み、受付カウンターの横を通り過ぎようとしたところで、横合いから声を掛けられた。
見れば、支部長のおっさんが満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。
ちょっと怖い。
「こちらが魔術従士登録認定証になります。身分証代わりにもなりますので、無くさないようにお願いします」
「わかりました」
縁を金属で補強した革製のドッグタグみたいな認定証を貰い、早速首から下げる。
「サイガ様が魔術師として大成できるよう、我々も出来る限りの協力をさせてもらう所存です。これからどうぞよろしくお願い致します」
「……ありがとうございます」
俺に積極的に協力することで、ユメとのコネをなんとかして作ろうと画策してることが丸分かりな件について。
はっきり言って、物凄くよろしくしたくない。
おっさんから差し出された手を嫌々ながらも握り返し、さっさとユメ連れて退散する。
俺の中で「なるべくなら顔を出したくない場所」ナンバー1に選ばれたのは言うまでもないだろう。
◆◆◆――――――――――――――――――◆◆◆
協会から出ていくユメリアとその弟子である少年を見送ったアントニーは、自身の執務室の椅子に深く腰掛けて思案に耽っていた。
部屋の隅で待機する己の秘書には一瞥もくれず、頭の中で件の魔術従士をどのように利用するか算段を巡らせる。
正規の魔術師として登録された者は魔術師協会ではなく帝国魔術省によって管理されることになるのだが、その中でもユメリアの存在は別格だ。
この世界においては、魔術師どころか一般市民でさえ、その名を知らぬ者はいないとまで言われるほどの魔術界の権威である。その影響力は大貴族はおろか、下手な小国の国王ですら太刀打ちできない程に大きい。
ユメリアが動けば世界が動くとまで言われるほどに、彼女の存在価値は途方もないものであった。
故に、魔術師協会の一支部長如きでは、今日の今日までユメリアに近づくことすらできなかった。
彼女が長年に渡り、帝国魔術省からの要請の一切を無視して弟子を取らなかったのも理由の一つとして挙げられる。
それがどうだ。ここにきて何を血迷ったのか、ユメリア・トルティエ・ヴァルデクトが1人の弟子を取った。
これはまたとない好機である。
アントニーは魔術協会の一支部長で終わるつもりはなかった。いずれは帝国首都の魔術師協会本部の会長、延いては協会の親である帝国魔術省本部に抜擢されることを望んでいる。
自らの野望を果たすには、ユメリアという存在は大きな助けとなるだろう。それに加え、彼女の弟子となった少年も将来に期待できる有望株であるらしい。彼を利用しない手はない。
そして何よりもアントニーにとって幸いなのは、彼が魔術従士であるという点だ。
正規の魔術師であるユメリアには手の出しようもないが、協会の管理下にある魔術従士であれば便宜を図るという名目で近づくことができる。
何とかしてユメリアとコネを作り、出来るならば魔術従士の少年を利用して彼女に貸しを作りたい。さらに欲を言えば、魔術従士の少年も自らの駒として取り込みたい。
しかし、彼女との間にコネを作るには、まずは支部長である自分の顔に馴染んでもらうところから始めなくてはならない。その為には、アントニー自ら会いに行く口実が必要だ。
ここまで考えたアントニーは、一つの案を思い付いた。
ユメリアと少年の関係は、通常の魔術師の師弟のそれと比べて随分と奇異に映るが、お互いを慈しんでいることだけは傍目から見ても十分に理解できた。
彼女なら、弟子の行動を放任することはしないだろう。
それを踏まえて、アントニーは自らの野望の第一歩を踏み出すべく、早速自らの案を実行に移すことにした。
今は敢えて借りを作る形にしてでもユメリアと顔を繋ぐ必要がある――そう判断した彼は、執務室に篭ってから初めて己の秘書を視界に入れる。
「スフィーヌ。冒険者ギルドのギルドマスターに連絡を取れ。至急、会いたいとな」
魔術師の階位ですが、白金征を追加し、白銀征→黒銀征と名称を変更しました。
文章中でおかしな部分を見つけたら、報告を頂ければと思います。