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早過ぎる再会

 精霊の加護の効果を確認し、ユメとティアが梅干しの美味しさに感極まって涙を流した翌日。

 再びセレトレノの冒険者ギルドを訪れた俺とティアは、既に到着していたロイズと合流し、ギルド内の練武場へと足を踏み入れていた。

 練武場とは読んで字の如く、冒険者達が己の戦闘技術を向上させるべく利用する屋内空間である。ぱっと見で、テニスコート6つ分の広さといったところだろうか。

 当たり前だが、俺達はここへ鍛錬をしに来たわけじゃない。いや、それも悪くはないと思うが、残念ながら今回は別件だ。

 今日はこの練武場で、大規模討伐作戦に参加する冒険者に対し、作戦の詳細な説明を行うということで招集を掛けられたのだ。


「ふふん、随分と賑わっているじゃないか」


 ご機嫌な様子で、ロイズが練武場内に集っている冒険者達を見渡す。

 中には既に数十人程が集まっていた。大体はパーティーのリーダーとその連れの二人組らしい。他には、極少数だが、個人で活動している冒険者もいるようだ。

 各々が知り合いらしき冒険者と談笑している。そこに陰鬱とした空気はなく、皆が討伐作戦に対し、何らかの意気込みを抱いているように見えた。士気はそれなりに高いらしい。


「会話を聞く限り、滅多にない大規模討伐だってんで、皆興奮しているみたいだな」


 依頼の達成報酬が良い割に、敵は一人前の冒険者からすれば大した脅威ともいえないオークとゴブリン。しかも、貢献度に応じて別途で報酬上乗せとくれば、今回が稼ぎ時だと気合が入るのも当然だろう。


「結構、大御所のパーティも参加するみたいだね。えっと……『碧の旋風』に『銀翼の不死鳥』だったかな? ボクは知らないけど」

「そりゃ、俺達は冒険者じゃないしな。知らなくて当然だろ。……誰が聞いてるか分からないんだから、そういう事はあまり大きな声で言うなよ?」

「はーい」


 ティアの容赦ない一言に注意を促しつつ、さり気なく周囲を観察する。

 個人で参加する冒険者の中には、どこぞの著名なパーティにスカウトされることを目論んでいる者もいるみたいで、今回の討伐作戦で活躍しようと目をギラギラさせている。実に分かり易い。


「ところで、ロイズの方は親の説得はできたのか?」

「ああ、それなら問題ない。少々てこずったが、しっかりと許可は得てきた」

「そうか。なら、いいが――おっと、ギルドマスターが来たみたいだぜ」


 ロイズがドヤッと胸を張ったところで、俺達が入ってきた入り口とは別の扉からロゥハンが姿を現す。彼の隣には2人の冒険者が付き添っていた。

 一方は恐らく三十路は過ぎているだろう短髪の男性、もう一方は俺達とそう歳は離れていないだろう若い女性だ。

 どちらもそこらの冒険者と比べて纏っているオーラが違うというか、強者としての自負のようなものが垣間見えた。


「冒険者諸君、今日は我がギルドの要請に応じて頂き、深く感謝申し上げる。早速だが、只今より大討伐作戦――正式名『アンデール鉱山跡地攻略作戦』の概略を説明する」


 ロゥハンの静かな声が練武場に響き渡り、冒険者たちの顔が一斉に引き締まった。


 ◆◆◆――――――――――――――――――◆◆◆


「――説明は以上だ。何か質問があるなら、受け付けよう」


 話し終えたロゥハンは冒険者たちを見渡すが、声を上げる者はいない。

 作戦の規模こそ大きいものの、内容自体は廃鉱山に繋がっている3つの入り口から同時に侵攻し、蔓延っている魔物を殲滅するという単純なものだ。廃坑内部は既に地図を入手しているらしく、きっちり把握しているらしい。

 そのうち、最奥部まで最短距離でいける入り口へ突入する部隊を主力の『第一部隊』とし、二番目に近い入り口から侵攻する『第二部隊』が中継地点の確保と死守に努める。

 最も遠い入り口から侵攻する『第三部隊』は中継地点にて第二部隊と合流後、第二部隊の指揮下に入り、3つの入り口へそれぞれ分散しつつ引き返すとのこと。そのまま脱出路を確保しつつ、挟撃を防ぐ為に入り口近辺の警戒と哨戒を担当することになっている。

 どの部隊にどのパーティが配属されるかは、最後に発表するとのことだが……。

 できれば、一番安全そうな第三部隊に組み込まれてほしいところだ。


「……いないようだな。次に、諸君らを率いる冒険者を紹介する」


 そこまで長いともいえない説明を終えたロゥハンが、傍らに控えていた2人の冒険者に目配せする。

 ロゥハンの視線を受けて、2人が一歩前に出た。


「俺はジャークス。パーティ『碧の旋風』を率いている冒険者だ。ギルドランクはサファイア。第一部隊を率いることになっている。よろしく頼む」


 濃い茶髪を短く刈り上げている筋骨隆々の大柄な男は、自分の背丈よりも大きい分厚い大剣を背負っている。落ち着いた雰囲気で、頼れる男という風格が漂っていた。

 廃坑の中であんなデカい得物を振り回せるのかという疑問が頭を過ぎるが、概略の説明途中で提供された廃鉱山内部の情報によれば、坑道はかなりの広さと大きさを保持しているようだったし、特に問題にはならないのだろう。


「アネイラ。パーティ『銀翼の不死鳥』のリーダーよ。ランクはルビー。第三部隊を担当するわ。余計な真似をして私の足を引っ張ったら、承知しないからね」


 気の強そうな尖った目付きに、鮮やかなオレンジ色の髪を肩付近で切り揃えた女性はコンポジットボウを背負っている。

 整った顔立ちをしているが、それ以上に男勝りな性格が先立っている。俺個人の感想としては、あまりお近づきになりたくない類の女性といえよう。


 それぞれが紹介を終えたところで、ギルドマスターが声を張り上げた。


「第二部隊は私が率いる。本来、ギルドの最高責任者が依頼に同行するというのはあまり醜聞が良くないのだが、今回は特例だ」


 ざわっと冒険者たちに動揺が広がる。俺達は事前に知らされていたので驚きはしないが、彼らは今初めて聞かされたのだろう。


「最後に、部隊編成を発表する。パーティを組んでいる者はリーダーの名前を。個人参加の者は当人の名前を呼ぶので、聞き逃さないように。まずは第一部隊から」


 そして、第一部隊に組み込まれる者から、名前が呼ばれていく。

 主力部隊というだけあって、中堅どころ以上の、そこそこ顔の知られた冒険者が選ばれているようだった。

 この部隊は廃坑の最奥部まで進み、そこに居着いているであろうボスを討伐する役目を担うことになる。実力者を割り振るのは当然だろう。

 ロイズは言うまでもなく第一部隊を希望していたが、俺達の名前が呼ばれることはなかった。がっかりと肩を落とすロイズには悪いが、名前を呼ばれなくて俺はホッとしたよ。


「続いて、第二部隊を発表する――」


 ロゥハンがそう口にした時、派手に扉が開かれる音がした。

 ロゥハンが告げるであろう自分達の名前を聞き逃さないように、皆一様に静かにしていたともあって、やけに反響して聞こえた。


「ごめんなさーい、遅れちゃった!」


 大して悪いとも思ってなさそうな、呑気な口調で謝罪の言葉を口にしたのは、なんと――


「あれ? そこにいるのはユキトにテアルじゃない! 奇遇ね!」

「エリー!?」


 ティアが思わずといった感じで叫ぶ。

 冒険者たちの、様々な感情を含んだ視線を一身に浴びる中で、それを気に留めないエルフの女――エリーエルが陽気に笑いながら、こちらに向けて手を振った。


「なっ!? 本物のエルフだとッ!?」


 エリーと初めて邂逅したロイズが、その特徴的な長耳を見て目を剥く。大物貴族の嫡子である彼女ですら、エルフを直接見たことはなかったらしい。


「そこにいる彼女はお知り合い?」


 俺達の傍に佇むロイズに対し、エリーが微笑みかけた。


「ああ、彼女はロイズ。俺達の雇い主だ」


 正確には俺の雇い主でティアは関係ないんだけど、まぁ些細なことだし、別にいいだろう。

 俺はロイズに顔を向ける。


「ロイズ、彼女はエリーエル。昨日、お前と別れた後に食事をたかられる形で知り合ったエルフだ」

「……」


 エリーがムッとした様子で睨んでくるが、紛れも無い事実なので言い直すつもりはない。俺はそっぽを向いて、何か言いたげな彼女の視線から逃れた。


「……ちょっと言い方が気になるけど、まぁいいや。初めまして、エリーエルです」

「ロイズだ。期間限定だが、ユキトとテアルを雇う形で共にパーティを組んでいる」


 初めて見るエルフに気圧されているのか、自意識過剰なロイズにしてはやけに大人しい自己紹介だ。

 互いに軽く会釈したところで、そこそこ大きめの咳払いが聞こえてくる。


「挨拶も終わったようで何よりだ。そろそろ部隊編成の発表を再開してもよろしいか?」

「あ、すいません……」


 ロゥハンに怒られてしまった。てか、何で俺に視線が向いてるんだよ。納得いかんぞ。


 ――その後、部隊編成の発表は恙無く終了し、解散となった。

 ぞろぞろと練武場から出て行く冒険者たちの視線はエリーに釘付けとなっている。物珍しいというのも間違いないだろうが、それ以上に彼女の並外れた美貌に見惚れているようだ。

 そして、自らに注がれる視線の意味をきっちり理解しているエリーは、不意に悪戯げな笑みを浮かべると、いきなり俺に身を寄せてきた。


「また会えて嬉しいわ、ユキト。あなたに会えなくて、わたし、寂しかったんだよ?」


 さっきの仕返しのつもりなのだろう。実に思わせぶりな台詞だ。エリーの言葉に反応した男たちの殺気が膨れ上がっていく。


 昨日の今日で何言ってんだこいつ……と呆れるのは俺ばかり。事情を知らない彼らからしたら、周りの目も気にせず、あからさまにイチャついているだけにしかみえないだろう。

 内心で溜息が漏れる。


「……嘘つけよ。調子の良いこと言いやがって」

「失礼ねー。エルフ族は嘘が大嫌いって知らないの? わたし、自らの誇りに賭けて、嘘は言ってないよ」


 人を揶揄うような笑みから一転、曇りのない真っ直ぐな瞳でエリーが見つめてくる。

 顔の距離が近いせいもあって、思わず胸が高鳴った。

 あぁ……美女にいちいちトキめいてしまう己の心の弱さが憎い。でも、仕方ないよね。だって男の子だもん。


「……さいですか」

「あれれ、ユキト? どうしたのかなー、顔赤いよー? うふふっ」

「やかましいよ」


 ――じっと睨んでくるティアとロイズの視線を感じつつ。自分の魅力を理解し、それを武器にしてくる女ってタチが悪い。心の底からそう思った。


 ◆◆◆――――――――――――――――――◆◆◆


「一緒の部隊だねー。当日はよろしく!」

「うん、こちらこそ……」


 嬉しそうに絡みついてくるエリーに頬擦りされ、ティアは迷惑そうな顔をしている。

 ロゥハンに解散を告げられ、練武場を後にした俺達は、少し早いが昼食をとろうという話になり、適当な食堂を探して歩いていた。

 ギルド内の簡易食堂で済ませてもよかったのだが、あそこでは他の冒険者たちの視線が気になって仕方ないということで、別の場所に移動することになったのだ。

 それにしても、先程から通行人からの視線が凄まじい。

 ティア、ロイズ、エリーという見目麗しい女性達が固まって歩いているだけで、老若男女の注目を集めてしまっている。

 そして、そんな彼女らと並んで歩いている俺にも、主に男連中から嫉妬に歪んだ暗い眼差しが飛んでくる。

 正直、居心地が悪過ぎるなんてもんじゃない。どこでもいいから早くお店に入りたい。


「……あれ? おかしいな」


 唐突に、エリーがティアの首筋に顔を近づけ、鼻をすんすん鳴らし始める。

 傍目から見て、とても正気とはいえない絵面だ。

 通行人もギョッとしている。……一部は涎を垂らして、食い入るように見つめているが。


「ちょっ……エリー!? やめて!」


 焦ったティアが顔を真っ赤に染めつつ、エリーを押し退ける。

 押し退けられたエリーは素直に離れるが、どうにも納得がいかないようで、その眉は困惑するように八の字を形作っていた。


「んー? わたしの魔力が打ち消されてる……?」


 首を傾げるエリーの視線が俺に向く。彼女が言っているのは、間違いなく"マーキング"の件だろう。

 それを証明するように、エリーの腕が俺の首に向けて伸びてきたので、ひょいっと躱す。


「……」

「……」


 互いに無言。そのまま少しの間が空き、


「!」

「……」


 エリーが惚れ惚れするような体術でもって掴み掛かってきた。

 間髪入れず、次々と伸びてくる細い腕を最低限の体捌きで対処する。

 半歩後ろに下がり、肩を逸らし、腕で払う。その応酬を目にも留まらぬ速度で繰り返す。

 ロイズは何が起こっているのか理解できないのか、目を白黒させていた。


「中々やるっ……じゃなくて、何で逃げるのよー!?」


 俺を捕まえられずに憤慨して地団駄を踏むエリー。

 そんな彼女に対し、俺は「スタァーップ!」と掌を向けた。


「落ち着け。俺はエリーが抱いている疑問にしっかりと答えることができる。だから、まずは話し合おう」

「むぅー……」


 ジト目で睨んできても無駄だ。俺は一歩も引かないぞ。


「分かった。ユキトの反応を見るに、わたしの聞きたいことは察しているみたいね――って、あぁ!? あんなところに(ドレイク)がっ!」

「えっ!? マジで!? どこっ! どこにいんの!?」

「――隙ありぃっ!!」

「ファッ!?」


 エリーの卑怯な言葉に踊らされ、大きな隙を晒した俺は抵抗する間もなく、一瞬のうちに組み付かれてしまった。

 首筋を舌が這う淫靡な感触と衆人から向けられる濃密な殺意に鳥肌が立つ。


「やっぱり……わたしの魔力が根刮ぎ消されてる……ううん、それだけじゃない。執拗に混ぜ込まれてる、この強大な魔力は――」

「ええいっ、離れろっての!」


 恥知らずなエルフの女を引き剥がし、激しく動悸する心の臓を落ち着かせた俺は、諸悪の根源を睨み据える。


「エリーエルゥ……貴様ぁ……! よくも騙しやがって……何がエルフは嘘が大嫌いだよっ!?」

「嘘じゃないもん。ほら、見なよ。そこにちゃんといるわよ、竜」

「ああ!?」


 エリーが指差す先を目で追ってみれば、確かに竜がいた。家具屋らしき店の見本用らしい陳列棚に飾られた木彫りの竜が。かなり丁寧に彫刻されている。購入するとしたら、そこそこ高そうだ。


「ね?」

「……うん」

「あ、大体の事情は理解したから、もう説明は不要よ?」

「そうかよ……」


 ニコッと微笑むエリーに何も言い返せず、俺は項垂れることしかできない。


「終わった? ボク、お腹減ったんだけど」

「丁度そこに食堂がある。さっさと入るぞ」


 俺とティアの攻防を黙って見守っていたティアとロイズは呆れたような一瞥を残して、付き合っていられないとばかりに足早に店の中へと入ってしまった。

 2人とも、何だか冷たくない?

 エリーはといえば、別段気にした様子もなく、上機嫌に鼻歌を歌いながら後を付いて行く。

 俺は精神的な疲労のせいか、どうにもその場を動けずにいた。兎にも角にも、足が異様に重い。


「入らないの?」


 何が楽しいのか、それとも嬉しいのか。ニコニコと人好きのする笑みを浮かべてエリーが尋ねてくる。


「……入るよ」

「なら、早く行こうよ!」


 エリーに手を引っ張られ、急かされる形で店内に連れていかれる。


――ちくしょう……何だかんだいって、やっぱ可愛い女の子に構われると嬉しいんだよなぁ……。


 斯くも虚しき男の(さが)よ。


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