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エルフのテイスティング

「はぁー……もう食べられないわ……。美味しいお肉、ありがとっ!」


 色白の長い足を組み、串焼きの串で歯に詰まった肉片を取り除きながら、そんな事をのたまう不審者……もとい、


「……本物のエルフって初めて見たよ」


 何やら感動に目を輝かせるティア曰く、どうやら目の前の太々しい輩はエルフらしい。こうして見るのは俺も初めてである。

 どうやら、遠巻きに様子を窺っている連中もいるみたいだ。

 街中で有名な芸能人に遭遇した一般人のような心境なのかもしれない。


「君は驚かないのね」

「あ?」


 エルフが朗らかに話しかけてくる。


「普通、街中でエルフを見かけたら、隣にいる女の子のような反応をするものなのだけど」

「……」


 まぁ、確かに。エルフといえばファンタジーの定番。地球では何をどう足掻いたところでお目にかかれない夢の存在だ。そのエルフが実際に目の前にいるとくれば、普段の俺ならティアと同じように興奮していただろう。

 この世界でも、巷では滅多に見かけないとのことだが……しかし、今はそんなことどうでもいいんだ。重要じゃない。


 何がもう一本だよ、ふざけやがって! こいつ結局、俺の串焼き全部平らげやがった。舐めてんのか?


「へぇ……眉ひとつ動かさないんだ」


 何やら、興味深げに俺を観察してくるエルフ。その眼差しは、好奇心旺盛な子供のそれに似ている。

 あと、ひとつ訂正したいんだが、間違いなく眉は動いてると思うぞ。……八の字にな。


「君、面白いね」

「そりゃどうも」


 何がこいつの琴線に触れたのかは知らないが、俺の方は全く面白くない。串焼き返して。


「それにしてもホント、助かっちゃった。ニンゲンに親切にしてもらったのって何時ぶりかしら? 貴方は命の恩人だわ」

「大袈裟な……そんな大したことはしてねぇよ」


 艶めかしく露出した太ももを組み替えて、上機嫌に微笑む不審者エルフ。長耳が彼女の感情を表すように小刻みに揺れている。

 物珍しげに眺めてくる周囲の野次馬の視線など物ともしない。中々に太い神経をしているようだ。それとも、単に慣れているだけなのか。


「いいえ、大袈裟なんかじゃない。こっちは旅の途中で全財産が入った財布を落としちゃって、ここ数日、何も口にできていなかったのよ。辛うじて水分だけは補給できてたけど、それにも限界はあるし」


 全財産落とすとか悲惨過ぎる。予備の財布くらい用意しておけばいいものを。


「働いて路銀を稼ごうにも、この街に辿り着いた時点で体力が尽きて、動けなくなっちゃってね。女の一人旅だから、頼れる人もいないし。あのまま放置されてたら、わたし、たぶん野垂れ死んでいたわ」


 からからと笑いながら、不審者エルフはさらっとそんな台詞を吐くが……。


「……どうだかな」


 たった今出会ったばかりにも関わらず、こいつが道端で干涸らびている姿が想像できない。切羽詰まったところで、何だかんだで切り抜けそうだ。

 それに、幾ら何でも、実際に目の前で死に掛けている人間がいれば、街の人が食べ物のひとつくらい分けてくれるだろう。ここの住民は比較的生活に余裕があるみたいだし。

 とはいえ、全財産を失ったのは、かなりキツイだろう。


「あー……マジで困ってるなら、幾らか都合付けようか? そんな大金は出せねーけど」


 あくまでもお情け程度だが、今の俺は他人に施せるくらいには財布が重い。上から目線で申し訳ないが、少しくらいなら恵んでやることもできる。


「ボクも、少しなら出せるよ」


 ティアも加勢してくれるようだ。決して多いとはいえないが、俺達二人分の金を持っていけば、職を探す余裕も生まれるだろう。

 エルフは僅かに目を見開いたあと、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。


「二人共、優しいのね……。でも、今出会ったばかりの人に、そこまでしてもらうのは気が引けるわ」


 俺達の申し出をやんわり固辞するエルフだが、現状はその場しのぎに飢えを満たしただけである。果たして大丈夫なのだろうか。


「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫だから。こう見えて、職の当てならあるの。お腹いっぱいになったおかげで体力も戻ったし、これなら自力で稼げるわ」


 そう断言するエルフの瞳は自信に輝いている。少なくとも、引け目から誤魔化している雰囲気は感じない。だが、それでも――


「何事も万が一ってことがあるだろ。返さなくていいから、とりあえず取っておけよ」


 銀貨を一枚、弾いて寄越す。

 これだけでも、節制すれば3日は食べていけるはずだ。


「……ありがとね、助かる」


 やはりというべきか、腹が膨れたとはいえ、無一文では心細かったのだろう。エルフは受け取った銀貨を突き返すことはせず、大事そうに懐へ仕舞った。


「ねぇ、親切なニンゲンさん。せっかくだから君達の名前を教えてくれる?」


 にぱっと明るい笑みを浮かべたエルフが、そんなことを言ってくる。

 他人に名前を尋ねるときは、まずは自分から名乗れ――なんて意地悪なことは言わないでおこう。


「俺はユキト。よろしく」

「ボクはティアリーズ。テアルでいいよ」

「――ふむふむ、ユキトにテアルね? 覚えた!」


 俺達の名前を嬉しそうに復唱したエルフは、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。


「わたしの名前はエリーエル。気軽にエリーって呼んでくれて構わないわ。ちなみに、エルフのフルネームは特別な相手にしか教えられないから、"今"はファーストネームだけで勘弁してね?」


 エルフのエリーは少しだけ申し訳なさそうに苦笑する。

 まぁ、もう会うこともないだろうし、フルネームなんぞどうでもいいのだが。

 さて、飯も食わせたし、金も持たせた。施しとしては十分だろう――そろそろ行くか。


「そうか。じゃあ、自己紹介も済んだし、俺達はこれで――」

「あっちょっ……待って待って!」

「なんじゃい」


 何やら慌てたように呼び止めてくるエリー。

 今更かもしれないが、俺は串焼きを食べ損ねて機嫌が悪いのだ。発言には気を付けたまえよ……。


「まだお礼をしてないわ」

「あ? いいよ、そんなん気にしなくても」


 律儀にそんなことを申し出てくるが、全財産を失った人間から物をせびるほど性根を腐らせているつもりはない。

 そんな思考が表情に出ていたのか、エリーは苦笑して、否定するように胸の前で軽く両手を振った。


「あぁ、別にお金代わりに何か渡そうってわけじゃないから、安心して……っていうのも変だけど」

「ふむん?」


 となると、何をもってお礼とやらをするつもりなのか――ハッ!? ま、まさか、先立つ物がないから自らの身体でお礼しようとか……。そういうエロ展開ですか!?

 よくよく見なくても、エリーはエルフというだけあって、非常に整った容姿をしている。プロポーションも抜群で、比較的露出の多い服装から覗く白磁のような肌は、男のみならず同性である女性の視線すら釘付けにする程である……ごくり。


「アハハ! 君ってわかりやすいねー。別に、わたしはそれでも一向に構わないけど……」


 蠱惑的且つ、男を誘うような挑発的な流し目を向けてくるエリー。しかし、ふとその瞳が俺の横へと流れる。


「――ユキト? 分かってるよね?」

「ハイ!」


 ティアの冷たい声音に、反射的にハンズアップしてしまう。命は惜しい。


「フフッ。まっ、そっちはまたの機会に。というわけで、今回はエルフ式"親愛の証"をプレゼントするわね!」

「親愛の証?」

「そそっ。ちょっとじっとしてて……」


 滑らかな足取りで近付いてきたエリーが、俺の目の前で立ち止まる。

 何をする気なのやらと、内心で少し身構えていたら、


「はむっ」

「――なッ!?」


 ティアの驚愕の声が鼓膜を突き抜けていく。

 オゥ、ジーザス……。

 跳ね上がる心臓。硬直する肉体。脳の処理が追いつかない。

 唐突に抱き締められたと思ったら、いきなり首筋を甘噛みされた。あまりに自然な、気負いない動作だったが故に、全く反応できなかった。

 舌の先でねっとりと頸動脈付近を舐められて、背筋が震えるような心地良さが広がっていく。

 数秒、それなりに長い時間を掛けて口付けを受けた後、


「んちゅっ……ぷはっ」


 最後に皮膚を吸われるような感触と共に、エリーの花唇が離れていく。つぅっと唾液が糸を引いていたようで、ぺろっと舐め取られた。


「い、いきなり何をする……」


 動揺が思い切り声に出てしまっている。俺ともあろう男が情けない……。


「驚かせちゃったかな? さっきも言ったけど、これはあくまでわたしからのお礼。君達に不利益を招くものじゃないから、そんな不安そうな顔しなくても平気よ」

「むぅ」


 不利益を招くものじゃないというエリーの言葉が、果たして本当なのかどうか、それを判断できるだけの知識は俺にはない。ここは彼女を信じるしかないだろう。


「じゃあ、次はテアルね」

「いや……ボクは遠慮する――」


 下唇に人差し指を当て、妖艶に微笑むエリーから、蒼い顔をして後ずさるティアだったが、


「かぷっ」

「――ッ!?」


 見事な足捌きで瞬時に間合いを詰められ、首筋を甘噛みされてしまう。

 今の地面を滑るような動きは間違いない、エリーは武術に精通している。

 なるほど、腕に自信があるからこそ、今まで女の身一つで旅ができていたらしい。


「ふっ……んぅっ……」


 ティアが酷く艶やかな吐息を漏らす。

 美少女2人の絡み合い……この背徳感、いいっすねぇ。


「ぷはっ。はい、おしまい!」

「……ッ!!」


 ティアが真っ赤な顔をしてエリーを睨むが、当の本人はどこ吹く風。


「で、親愛の証とか言ってたけど、それって結局何なんだ?」

「親愛の証っていうのはね、他種族から恩を受けたエルフが、自分を助けてくれた相手に"精霊の加護"を与えることをいうの」


 ドヤッとした自慢げな顔で胸を反らすエリー。


「精霊の加護?」


 そういや、ユメが精霊術とかいうエルフ由来の秘術を使ったことがあったっけ。あれに準じたものなのかもしれない。


「あら、知らない? 結構、有名だと思ってたんだけど……。まぁ、いいわ。簡単に言うと、精霊の補助を受けることで魔力が扱いやすくなるの」

「それは魔術師としての腕が上がると理解していいのか?」


 魔力が扱いやすくなるってことは、すなわち魔術の行使が容易になるってことでファイナルアンサー?


「んー……有体に言えばそうかも?」

「凄いな、それ」

「でも、あくまで補助だから、過信はしないでね? 魔術師として大成したいなら、訓練は怠らないように!」


 当たり前っちゃ当たり前の話だけど、精霊の力を借りたからといって、魔術師として成長できるってわけでもないみたいだ。

 ていうか、なんで俺とティアが魔術を嗜んでいると分かったのだろうか。


「エルフは他種族より魔力を感知する術に長けてるからねー。魔力の流れ方を見れば、一目瞭然だよ」


 なるほど、実に簡潔な答えだ。種族特性ってやつだろうか。他にはどんな特技を持っているのだろう。


「エルフについて詳しく知りたいなら、自分で調べてみてね!」


 軽いウィンクと共にそう締め括るエリー。そういうことなら、後で生き字引のユメに聞いてみるとしよう。


「わたしが契約した精霊はかなり格が高いから、恩恵はそれなりに感じるんじゃないかな」


 ほう、便利じゃないか。精霊に格があるっていうのも興味深い。

 ただ、それにしても……。


「加護を与えるために、いちいち相手の首筋を舐めなきゃいけないっていうのは、ちょっと考えどころだよな。男にやられたらと思うとゾッとする……」


 ホモォ……な展開は絶対に嫌だ。


「ん? 何か勘違いしてるみたいだけど、あの行為自体は加護とは何の関係もないわよ?」

「は?」


 このエルフ、今何と仰った?


「加護を授けるには、どこでもいいから相手の肉体に触れて自分の魔力を流しつつ、心の中で祈祷を捧げればいいだけ。相手の首筋を舐める行為には別の意味があるの」

「別の意味?」


 つまり、精霊の加護を与えるだけじゃなく、他にも何かしたってことか。


「……知りたい?」


 ニマァッと獲物を追い詰めた猫のような笑みを浮かべるエリーは、焦らすようにこちらの様子を窺ってくる。

 何となく、嫌な予感がするが……。


「教えてくれ」

「それはね――ヒ・ミ・ツ」

「おい、そりゃねぇだろ!」

「じゃあ、わたしはそろそろ行くわね。また会いましょう、ユキト、テアル」


 バッサリと会話を断ち切られる。

 クスリと悪戯っぽい微笑を残して身を翻したエリーは、後ろ向きに軽く手を振って、そのまま振り返りもせずに去って行った。

 何だか、嵐のような奴だった。エルフって皆ああなのか?

 てか、また会いましょうって……。何か、再会することが確定しているみたいな言い草だったな。


「やれやれ……」


 翻弄された疲労感が肩にのしかかってくる。


「うぅーっ……何だよあれ。精霊の加護は素直に嬉しいけど、く、首筋にあんな……ッ!」


 横に目を向ければ、涙目で顔を赤らめるティアが、恥辱に言葉を詰まらせている。

 先の光景、俺としては眼福であったが、その手の趣味でもない限り、本人からすれば堪ったものではないだろう。


 とりあえず、頭を撫でておいた。


「まぁまぁ。犬に噛まれたと思って、さっさと忘れようぜ」

「自分の時は満更でもなさそうな顔しといて、何言ってんのさ!」

「おっと、手厳しいな」


 藪蛇だったか。冷たい目で睨んでくるティアに対し、両手を挙げて降参する。

 ティアの言い分は最もであるとはいえ、俺も健康的な成年男子なのである。ファンタジーを夢想する男達の憧れともいえるエルフの美少女に迫られて、嬉しくないはずもない。だから許して。


「はぁ……どこか喫茶店にでも入ろう。気分を切り替えたいよ」

「そうするか」


 項垂れるように呟くティア。反対する理由もなく、俺は彼女を伴って公園から出る。


 ――初めてのエルフとの邂逅は刺激的過ぎるものだった。しばらくは忘れられそうもない……。


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