お呼び出し
ロイズと初めての邂逅を経て、サイクロプスを斃してから2週間が経過した。
あれから、何度かギルドの掲示板に掲載されている依頼をこなし、その過程でロイズも魔物に対して剣を振るうことを躊躇わなくなった。
今の彼女ならば、あの日のサイクロプスに対してトドメを刺すことも躊躇しないだろう。
それを成長として受け取り、一皮剥けたと喜ぶべきか。はたまた、人として大切な何かを失ったと嘆くべきか。それを決めるのはロイズ自身に任せようと思う。
何はともあれ、彼女が冒険者……いや、騎士として一歩前進したことは間違いない。
そんなことを思いながら、俺とティア、そしてロイズは今日も冒険者ギルドへと足を運ぶ。
古びた木製の扉を開ければ、多くの冒険者たちの喧噪に迎えられるが、それも一瞬。
彼らの目線がこちらに集中し、一部の者から値踏みするような眼差しと囁くように噂する声が聞こえてくる。
少々鬱陶しいが、それも仕方ない。
古参のベテラン冒険者パーティならともかく、どこの馬の骨とも知れない新人パーティ――それもたった3人という少人数――が初依頼でいきなりサイクロプスという大物を駆除しただけでも話題性は十分なのだし。
ロイズもロイズで厄介な討伐依頼を好んで受けるものだから、始末に負えない。
結局、それら面倒な依頼を全て達成した結果、俺達はこのギルド内において一目置かれるパーティとして認識されてしまった。
今となっては、3人のみの少人数ということもあって、俺達をまるごと引き入れようと勧誘してくる冒険者すらいるほどだ。まぁ、その殆どはティアとロイズ目当てだったんだけど。
周囲から注目を浴びることが嬉しいのか、ロイズは上機嫌に依頼掲示板へ向かおうと足を向ける。
そこへ、待ったをかけるように声が掛かった。
「お待ちしておりました。ギルドマスターが是非お会いしたいと申しております。どうぞこちらへ」
俺達の姿を認識した女性職員に呼び止められる。
はて、ギルドマスターか。会うのは最初の顔合わせ以来だな。いったい、何の用だろう?
「ふむ、よかろう。案内してくれ」
ロイズは鷹揚に頷き、女性職員の案内に従う。
俺とティアもその後ろに続いた。
3階建ての建物の最上階へ赴き、一際大きな扉の前まで連れていかれる。
前回のように一階にある応接室ではなく、ギルドマスターの仕事部屋へと直接通された。
ノックの後に入室を果たしたところで女性職員が退出し、俺達とギルドマスターのロゥハンだけが残された。
「お久しぶりです、ロイズ様。御壮健そうで何より」
「うむ。久しぶりだ、ロゥハン殿。そちらも変わりないようだな」
「貴方の活躍は私の耳にも届いておりますぞ。期待の新星現る、とね。初依頼でサイクロプスを滅するとは、流石でございますな」
「う、うむ。まぁ、オレに掛かればサイクロプス如きただの木偶人形に過ぎぬということだな!」
ロイズの目が泳いでいる。
明らかに挙動不審だが、あの戦闘において機転を利かせて活躍したのは事実だし、誇ってもいいと思うけどな。
「こほん。して、此度は何用かな?」
「えぇ、実はですな――と、立ち話も何ですから、まずはお座りください」
ソファを勧められ、ロイズが腰を下ろす。俺達も座っていいものか迷ったが、普通にオッケーを貰ったので遠慮なくソファに尻を沈める。
タイミング良く現れたスマートな美女が、紅茶を用意してくれた。如何にも出来る秘書って感じだ。どうやったら、こういう貫禄を身に付けられるんだろう。
ロゥハンは目の前に置かれた紅茶のカップを手に取り、徐に口を付けて舌を湿らせた。
「実はここ数カ月、エプル山脈近隣の地域で魔物の襲撃情報が相次いでいましてな」
顎鬚を撫でながら、それまでの穏やかな雰囲気から一転、眼帯に覆われていない方の瞳が剣呑な光を帯び始める。
「生き残った者達の話によれば、オークとゴブリンの混成部隊に襲われたとの事。恐らくは互いのトップが協定を結び、協力し合っているのでしょう。実に厄介極まりない」
オークとは、豚に似通った容姿を持つ二足歩行の魔物だ。人間には及ばないものの、それなりに高い知能を有しているらしい。大柄な体躯と人間の平均を上回る膂力は驚異であり、実戦慣れした中堅どころの冒険者でも油断ならない相手だとか。
ゴブリンと合わせて非常に食欲と性欲が強く、小さな集落や旅人等を襲撃して、女性を攫っていくケースが多い。攫われた女性の運命は……ある意味で殺されるより悲惨かもしれないな。
「住民の被害が加速度的に増えている状況を鑑み、この度、大規模な討伐作戦を決行することになりました。内容としては、オークとゴブリン共が拠点としている鉱山跡地の廃坑を、複数の入り口全てから一斉に強襲するというものです」
「討伐作戦……なるほど! つまり、その作戦に我らを参加させようと言うのだな? ふふふ、こういう危険な依頼こそ、騎士たるオレに相応しい――「ロイズ様、落ち着かれよ」――むぅ」
喜び勇んで依頼を受けようとするロイズにロゥハンが待ったをかける。
水を差されたロイズが不満げに唇を尖らせるが、それに構わずロゥハンは話を続けた。
「つきましては、此度の討伐作戦の遂行にあたり、ユキト殿に協力を仰ぎたいのです」
「なに、ユキトを?」
「ええ。職員からの報告によれば、ユキト殿はジェムトを屠った実績があるとのこと。それはつまり、単騎で上位ランクの冒険者パーティに匹敵すると同義。彼が参加してくれれば、非常に心強い」
買い被り過ぎだと思うけどな。
評価してくれるのは素直に嬉しいけど、魔術師としての実力には期待しないでほしい。
「ふむ、話は分かった。では、オレとテアルはユキトのサポートとして——」
「その必要はありません」
「なんだと?」
無遠慮に言葉を被せてくるロゥハン。それに対し、ロイズが眉を顰める。
「助力を願いたいのは、あくまでユキト殿のみ。お二人には街で待機していただきたい」
「おいっ!」
ロイズがテーブルを叩いて激高する。
「オレ達はお呼びじゃないということかッ!?」
「申し訳ありませんが、今回の依頼はエメラルドランク以上の冒険者に限定しておりますので。それに、ロイズ様はバークレイ家の未来を背負うお立場にある。御身を過度の危険に晒すわけには参りません。今回はご自重頂きたい」
「むむ……」
冷徹な表情を崩さないロゥハンを前に、怯むように唸るロイズ。
今の彼女はアメシストにまでランクを上げている。その彼女を参加させない為に、敢えて依頼受諾の条件をアメシストよりひとつ上のランクに設定したのだろう。
それに思い至ると同時に、ロゥハンが俺に視線を向けてきた。
「ユキト殿、貴殿が冒険者ギルドに身を置いていないのは重々承知の上でお願い申し上げる。我々の戦力として、是非力を貸して頂けないだろうか。勿論、報酬は期待してくれて構わない」
「んー……」
正直なところ、怖いから参加したくないというのが本音。
ロゥハンの言う通り、俺は冒険者じゃない。ギルドに所属する正規の冒険者達と交友を深めているわけでもない。そんな俺が戦場で危機に陥ったとして、助けてくれるお人好しはいないだろう。
そんな環境下で、仲間も連れずに一人命を懸けて戦えるほど、俺は勇敢な性格をしちゃいない。
だが、報酬という言葉の魅力に抗い難いのも事実だ。
さて、どうしたものかと頭を悩ませていると。
「――ちょっと待ちたまえよ?」
唐突に口を挟んだロイズが、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。
「ロゥハン殿? ユキトに話を付ける前に、まずは私を説得するのが先ではないかな。何せ、今の此奴は私と契約中なのだ。雇用主の意思を無視して、勝手に話を進めるのは如何なものかと思うのだが?」
おっと、正論だ。今の俺はロイズと契約書を交わし、正式に雇われている状態である。
一時的だろうが何だろうが、俺をギルドの戦力として借り受けたいというのなら、彼女を納得させることは絶対条件となる。
それが建前である事なんて、この場にいる全員が理解しているが。
「……何がお望みですかな」
「フフン、話が早い人間は好きだぞ?」
反論できず、渋い表情を隠せないでいるロゥハンに対し、ロイズはご機嫌な様子。
「ユキトを貸してほしければ、オレも討伐隊に加えることだ」
「ボクもね」
ここぞという時に、さり気なく自己主張するティアがカワイイ。
「先程も申し上げた通り、それはなりません。私が招致した形で御身にもしもの事があれば、私の首が飛んでしまいます。……物理的にも」
まぁ、そうなっても可笑しくはないんだろうな。
俺の場合は"護衛に失敗しても責任は問わない"って事前にしっかりと了承させたし、大丈夫だけど。……大丈夫だよな?
「安心しろ。そこらへんはオレがお父様を直接説得する。それに、オレに万が一の事があったとして、家には優秀な弟がいる。何も問題はない」
いや、問題ないわけねーだろ。と、思わずツッコミそうになったが、何とか耐えた。
「そうは仰いますが……」
「この条件を呑めないのなら、ユキトは貸せぬ」
「……」
ロゥハンが顎に手を当てて黙考し始めるが、会話の主導権は既にロイズの手中にある。流れとして、俺の貸し出しと引き換えにロイズの同行が許可されるのはほぼ確実だろう。
その前に、いくつか聞いておきたいことがある。
「ギルドマスター、いくつか質問がある」
「何かね?」
「拠点への強襲という話だが、魔物の数はどれくらいいるんだ?」
「推測になるが、オークだけでも100匹は下らないだろう。ゴブリンとなれば、その倍はいると思った方がいい」
ちょっ、多過ぎぃ! 一匹見掛けたら何とやらってか。
「……そこまでの規模となると、冒険者が出張るよりも軍隊に任せた方が確実では?」
以前にユメから聞いた話だが、軍隊は何も対人戦闘のみを生業としているわけではなく、ちゃんと魔物の駆除も請け負っているらしい。それが大規模なものとなれば、それこそ集団戦闘に特化した軍隊の独壇場だとか。
こんな状況こそ、まさしく彼らの出番だろう。
「無論、私も軍隊に出動を要請した。しかし、却下されたのだよ。作戦地域となるエプル山脈は王国との国境線に近い。軍隊を動かせば確実に王国を刺激することになる。停戦中とはいえ、無駄に緊張を高める行為は得策ではないとのことだ」
つかえねー連中だな!
とはいえ、こればかりは仕方ないのか。
「りょーかい、軍隊が動かないってことは理解できた。なら、ギルドマスターの言う通りに冒険者の部隊を編成するとして、指揮は誰が執るんだ?」
「1つは私が請け負う。他は、経験と実績の面で信頼が置ける冒険者に任せるつもりだ」
「……」
せめて指揮官クラスの軍人だけでも派遣してもらえなかったのかね。
集団戦闘の訓練を受けているわけでもない冒険者が徒党を組んで敵拠点を攻撃するとか、寒気がする。
元々が自由を好む輩の集まりだ。足並みを揃えられるとは到底思えない。絶対に作戦を無視して勝手なことをする馬鹿が出てくるだろうし、万が一にも前線が崩壊したら最後、一介の冒険者風情が立て直すのは至難だろう。そいつが前線指揮のイロハを学んでいない限りは。
余りにも不安要素が多過ぎる、やっぱり断るべきか。
そんな俺の胸中を察したわけではないだろうが、乗り気でないのは見抜かれたのだろう。
ずいっとロイズが身を乗り出してきた。
「ユキト、オレは討伐隊に参加したいと思っている。学生の身で本格的な集団戦闘を経験する機会なんて滅多にない。オレのスキルを上げる意味でも、このチャンスを逃すのは惜しいのだ。……どうか、オレの我儘に付き合ってはくれまいか」
思いの外、ロイズは討伐作戦を真剣に捉えていたらしい。珍しく、真摯な瞳で語り掛けてくる。
「……乱戦になったら、最悪、護り切れないかもしれないぞ」
「その時はその時だ。なに、まだ学校に通っている身なれど、オレも騎士の端くれ。自分の身くらい自分で守ってみせよう」
「……」
判断に迷い、視線でティアに助け船を請うが、彼女は柔らかく笑うだけだ。この件に関して、口を出すつもりはないらしい。
夕焼けを閉じ込めた美しい瞳が、俺の瞳孔を真っ直ぐに射貫いてくる。
思わず、顔を逸らそうとして、がしっと頬を固定された。
ちょっ。
曖昧に言葉を濁すことは許されないようだ。
仕方ない、腹を括るか。
「わかった。俺はあくまで雇われの身だからな……雇い主の意向に従うよ」
「――うむ……うん……礼を言う」
嬉しそうにロイズが微笑む。てか、初めて彼女からお礼を述べられた気がする。
「こちらの話はついた。あとはそちら次第だ」
さて、どうする――とロイズの視線を受けたロゥハンは、諦めたように深い溜め息を零した。