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プロローグB

 俺の家は極普通のありふれた一般家庭、とはちょっと言いにくい。

 その理由は、どうにもウチは由緒正しい士族の家系であり、大昔には戦で結構な武勲を立てていたらしいからだ。

 所有している土地や資産も多く、現在でも地元の地主として一族の血は絶えることなく存続している。


 そんな我が一族には武士の末裔などという黴臭い誇りを尊ぶ曽祖父が未だに当主として君臨しており、俺はそんな一族の正統な跡取りとして、この世に生を受けた。


 物心付いた頃から木刀を握らされ、剣術の鍛錬を通して、現代に残る武士としての矜持を叩き込まれる毎日。

 長男に生まれた者の務めだとして、他にも柔術やら何やら、武術を一通り叩き込まれ、一族の名に恥じぬ男児として育てられてきた。

 どうやらそれなりに才能はあったらしい。曽祖父や祖父、俺に剣術などを教えてくれた師は「生まれた時代さえ違ったら、名を残していたかもしれない」と酷く惜しんでいたのを覚えている。


 俺の才を評価し、可愛がってくれた曽祖父達の期待を裏切らないように、当時の俺は幼いながらも懸命に鍛錬を積み重ねた。

 そして、一族の誇りだと褒められ続けたことにより、今の自分の在り方に自然と満足するようになっていった。


 そんな世間一般の子供とは大きく異なる人生を送ってきた俺が、時代遅れの侍もどきにならなかったのは偏に父のおかげだろう。

 養子として迎えられた父は母と結託して、曽祖父や祖父の目を盗んでは俺をよく遊園地や水族館といった娯楽施設に遊びに連れて行ってくれた。

 武士の家柄などとは掠りもしない一般家庭に生まれ育った父は、俺が同世代の子供達と疎遠にならないように最大限配慮してくれたのだ。まぁ幼い頃の俺はそんな両親の想いに全く気付くことができなかったのだが。

 父母の甲斐甲斐しい気遣いもあって、俺は小学生から中学生の間は何の問題も無く過ごすことができた。


 問題は高校に入学してからだ。


 両親の決死の計らいで、俺は地元ではなく都心近くの進学校に入学することになった。

 曽祖父と祖父を説き伏せるのは大変だったらしいが、両親がうちの家柄を持ち上げるだけ持ち上げたあと、『文武両道』という謳い文句で黙らせたようだ。

 自分達の選民思想に理解を示し、それでいて尚、跡継ぎである俺の見聞を広げる為と言われては、言い返す言葉も出なかったのだろう。


 そんなわけで、俺は高校に通う為に実家を離れて、両親と共に賃貸マンションを借りて住むことになった。


 一連の裏事情など全く知り得なかった俺は、特に何の感慨も抱くことも無く晴れて高校生となり、そして愕然とした。


 思春期真っ盛りである同級生の話題に全く付いていけないどころか、俺の家柄やこれまで送ってきた私生活を、彼らは驚愕を持って、全く"理解してくれなかった"のだ。

 この時、俺は生まれて初めて、己という生き物の在り方に疑問を持った。

 これまで必死に積み上げてきた大切な何かが、音を立てて崩れていく錯覚すら覚えた。


 それでも人間、順応しようと思えば意外と簡単に順応できるもので。……いや、冷静に考えればこれも父母の功績か。

 とにかく、彼らからすれば異質ともいえる俺がクラスで孤立しなかったのは、危機感を覚えた俺自身が積極的に彼らと関わろうとしたこと、幸運にも俺の周りの友人たちが皆いい奴だったこと。そして何より、ゲームでもスマホでも「クラスの皆と少しでも共通の話題を持てるように」と、クラスメイトの間でトレンドとなっているものを両親が躊躇なく買い与えてくれたからであろう。

 両親のおかげで、俺は周囲で繰り広げられる会話に何とか食いつくことができ、そのまま交友の輪を広げることができたのだ。


 これまでの自分の生き方を否定し、これからの自分の生き方を模索しながら、俺は順調に高校生活を謳歌していた。

 心の中に、言いようのないモヤモヤを感じながら。


 そんなこんなで、友人達と馬鹿やりながらも、俺は無事に進級して高校二年生になった。

 そして、今。

 季節は夏真っ盛りで、学生は夏休みを満喫中。身体が溶け落ちそうな猛暑が日本の地上を焼いていた、とある日。

 夏休み中の課題をある程度終わらせた俺は明後日に友人達との旅行を控え、その前になんとか最後の課題である読書感想文を始末しようと思い立ち、興味をそそる本でもないかと古本屋に足を運んでいた。


「何か良さそうな本でもないものか……」


 日に焼けて古びた本の題名を睨みながら、俺は適当な書棚をうろつく。

 フル回転する冷房から生み出される冷気が室内を巡り、火照った肉体を冷ましてくれる感触が心地良い。


「とりあえず有名な著者の本から見繕っていくか」


 そう考えた俺は目当ての本棚に移動しようとしたところで、妙に古びた皮張りの本を見つけた。


「何だこれ。随分と立派な本だな……」


 何の皮が使用されているのかは不明だが、焦げ茶色のしっかりとした装丁だった。

 書棚から抜き取ってみれば、豪勢にも南京錠付きという。


「鍵付きじゃん。これ開くのかよ」


 どう見てもがっちりと鍵が掛けられている南京錠を不審に思いつつ、それとなく鍵穴を探すが、面妖な事にどこにもそれらしきものが見当たらない。

 どうなってんだと思わず独り言ち、指先で軽く錠に触れてみた瞬間――何の前触れも無く、唐突に鍵が外れた。

 一瞬、南京錠に何やら文様のようなものが迸った気がするが、恐らく気のせいだろう。


 そんな事よりも。

 やばいぞ、壊してしまったか。

 バレたら面倒だ。


 そう思い、慌てて本を書棚に戻そうとするものの、それは叶わなかった。

 何故なら、意味不明な力によって強引に本が開かれたからだ。本が自ら意志を持っているように感じて、否応なく鳥肌が立った。


「なっ!? なんだこれ……」


 明らかに異常事態だ。どう考えても普通じゃない。

 流石に恐怖を感じ、強引にでも本を手放そうとするが時既に遅し。最早、俺に行動の自由は存在しなかった。

 気付けば、手足は勿論、まるで金縛りにあったように全身余さず動かせないどころか、指一本、あまつさえ口すら満足に開くことができなくなっていたのだ。


「た……たす……け……」


 何とか声を絞り出そうと奮闘するが、出てくるのは蚊の羽音よりも小さな呻き声ばかり。

 俺が必死に抵抗している間にも本のページは問答無用で捲られていく。

 見れば、どこの国とも知れない筆記体の文字がひたすら紙の上を畝っており、何とも不気味だった。

 紙を捲る速度も少しずつその速さを増している。


 事態は俺を絶望のどん底へ突き落とすかの如く無慈悲に進行していくばかりで、一向に改善する兆しが見えない。


 このままじゃマズイ。


 本能が我武者羅に警鐘を鳴らすが、それに反して俺の身体はぴくりとも動かせず。


「がっ……ぐっ……!」


 ケツから糞を捻り出しかねない程の全力で肉体を動かそうと試みるが、どう足掻いたところで微動だにしない。


 そのうち、何やら本から眩い光が溢れ出した。

 何か不思議な力を解放しようとしていることが、どういうワケか即座に理解できた。


 しかし、俺に成す術は無い。

 悲鳴すら上げられず、ただ事の成り行きを見守ることしかできないのだ。


 てか、この変な光に早く気付けよ店主! 様子を見るくらいしろ!


 八つ当たり混じりの抗議も虚しく、本は直視できないほどにその輝きを増していき――そして、ふと気付けば、俺はいつの間にかノーロープバンジーを敢行していた。


「あぁ、嘘だろ……」


 今更になって身体が動く事に気付くものの、この状況でどうしろというのか。

 俺は自分の身に起こった現実を受け入れられず、無気力状態で眼下に広がる森へと落下していった。


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