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脱・ヒモ生活

 支部長アントニーの突然のアポなし訪問によって、居間には微妙な空気が流れている。

 斜め後ろに秘書を立たせ、自らは椅子に座る支部長の前にお茶はない。ユメの奴、楽しいティータイムを邪魔されてご立腹らしい。

 それはさておき、俺に用があると言った彼が持ってきた案件とは、特殊系統の魔術師を求めている冒険者のパーティメンバーになってくれないかというものだった。

 一応補足すると、冒険者というのは、冒険者ギルドと呼ばれる組織に属する者達の総称であり、魔物退治や各地にあるダンジョンと呼ばれる古代遺跡の探索、その他諸々を生活の生業にしている。

 さて、ここで問題となるのが、通常は冒険者同士のパーティ結成は冒険者同士で決めるものであり、ギルドやその他の組織が斡旋するというのは有り得ない。

 それが何故、わざわざ魔術師協会の支部長が直々に仲介役を買っているのか。

 それは――


「ほおん、伯爵家の長男……次期当主様、ね」


 騎士学校に入学済みだという件の冒険者。秋の長期休暇の間だけ冒険者として活動し、実戦経験を磨く腹積もりらしい。

 期間限定の冒険者稼業とはいえ、勤勉なことだ。

 まぁ、そこでわざわざ希少な特殊系統の魔術師をギルドに要求しちゃうあたり、残念さが滲み出ているんだけど。

 ちなみに、ギルドに登録して間もないとのことだ。お互いに半人前というわけだな。そういう意味では丁度良いともいえるか。


「はい。彼の父親であるクロマイ・バークレイ伯爵は魔術師協会に多額の寄付を……その伯爵様から直々にお願いされては、こちらとしても応えないわけにはいかず……」


 一応、彼も自分が厄介事の種を持ち込んだという自覚はあるらしく、申し訳なさそうに平身低頭している。


 そんな支部長を胡散臭げな瞳で睨み据えるのはユメだ。


「そちらの事情は理解したが、それで何故わしのユキトにお鉢が回ってくるのじゃ?」

「……他に引き受けてくれる方がいなかったからです。特殊系統を扱えるとなれば、引く手は数多。わざわざ貴族のお坊ちゃんの道楽に付き合わずとも、仕事は有り余っていますので」


 つまりは消去法といったところか。ていうか、道楽って言っちゃったよ、この人。


「しかし、ユキトはまだ三等白兵級を練習し始めたばかり。それも魔力の集中と属性変換を同時に行うことすらできぬヒヨっこじゃ。わしとしては到底許可は出せぬ」


 淡々とした口調で告げるユメ。その瞳が俺に向いたと思いきや、ジトッとしたものに変わる。


「――それに、つい最近、大問題を起こしたばかりだしぃ?」

「ぐっ……!」


 それを言われてはぐうの音も出ない。

 俺は口を噤んで耐える。

 だがまぁ、本音を言わせてもらえれば、冒険者というものに興味がないわけではない。いや、寧ろ大いに興味がある。

 俺だって男だ。こういうのに浪漫を感じずにはいられない。

 それに、支部長が提示する報酬もかなり魅力的だ。

 その報酬額はなんと3万メテル。メテルとはこの世界の通貨単位であり、1メテル100円前後の価値がある。1通貨単位の100分の1の補助通貨としてはルテルが用いられている。

 要するに、支部長のお願いを引き受けるだけで300万円がポンと手に入るのだ。

 拘束期間は2週間。つまり、騎士学校の長期休暇の期間のみ。件の冒険者が依頼を受けた場合のみくっ付いていけばいいだけという、なんとも簡単なお仕事。しかも、相手も先日冒険者となったばかりであり、大した仕事は受けられないときた。

 これでかなりの額のお金が貰えるってんだから、これ以上美味しい話はないだろう。割の良い短期バイトと思えば、2週間の拘束期間も大した事はない。

 この世界に飛ばされてもう少しで4カ月になるが、今の俺は紛うことなきヒモである。無職であり、ニートである。あっいや、一応日々ユメの仕事の手伝いはしてるので、ニートではない。うん、大丈夫、ニートではない。


 ……何にせよ、そろそろ金銭面だけでも自立したいところだ。


「……」


 チラッとユメを見る。

 俺の視線を真っ向から受け止めたユメは、それだけで色々と察してくれたらしい。

 困ったように溜め息を吐くと、ぞんざいな口調で言った。


「とはいえ、これはおぬしの問題じゃからな。師匠としては断固反対の意思を表示させてもらうが……まぁ好きにするがよかろ」


 やれやれと言わんばかりに肩を竦める。


「それに、都市に出向く以外はずっとこの森に篭っておったし、そろそろもう少し広い世界を見せてやりたいと思っていたところじゃ」

「ありがとう、ユメ!」

「つーん」


 ぷいっと視線を逸らすユメ。

 俺はそんな彼女を椅子から抱えると、膝の上に座らせる形で抱き寄せて、その小さな頭を撫でた。

 ユメはむすっと不満顔を晒しているが、されるがままで抵抗しない。寧ろ、もっと撫でろと言わんばかりに己の頭を胸に押し付けてきた。


「あー……イチャイチャしてるところ悪いけど、つまりユキトはこの仕事を引き受けるってことで話を纏めていいのかな?」


 そんな俺達の様子を苦笑交じりに眺めつつ、それまで黙っていたティアが口を開いた。このままでは話が進まないとでも思ったのだろう。


「んなっ!? 誰もイチャついてなぞおらんわっ! これは師弟関係における立派なコミュニケーションで――」

「はいはい、ユメは少し大人しくしてような――でまぁ、俺としては引き受けてもいいと思ってる」


 羞恥で鼻息を荒くするユメの頬を撫でて落ち着かせてから、俺はティアの質問に答える。

 それに納得したのか、ティアはひとつ頷いてから、支部長に向き直る。


「アントニーさん、ユキトの仕事にボクも付いていくことは可能かな?」

「ふむ……可能かどうかと問われれば、可能です。しかし、報酬の方は……」

「あぁ勿論、報酬はいらないよ。別にお金に困ってるわけでもないしね」


 ここで、ティアが俺に視線を向ける。


「というわけで、ボクもついていくから。よろしく」

「いや、よろしくって……何でティアが付いてくるん「何か問題でも?」――イエ、ナニモモンダイゴザイマセン」

「それでいい。素直は美徳だよ……ねぇ、ユキト?」

「アッハイ」


 なんということだ、俺の疑問は彼女の恐ろしい笑みで封殺されてしまった。

 いや、まぁ、理由は聞くまでもないんだけど。

 なんかホント、すいません……。


「そういうことでしたら、先方には私共から話を通しておきましょう」


 話が上手く纏まり、上機嫌な支部長は控えていた秘書に指示を出す。

 一礼した秘書が家を出て行くと同時に、支部長が俺に向けて頭を下げた。


「サイガ魔術従士、仕事を引き受けて頂き、深く感謝を申し上げます。報酬は勿論、このお礼はいずれ必ず。何かありましたら、すぐにご連絡を。最大限のサポートをお約束致します」


 その後、仕事の開始日だとか冒険者との待ち合わせ場所だとかを確認し終えたところで、支部長は協会へと帰っていった。

 ちなみに、ユメは俺が仕事に出ている間は家に篭っているとのこと。自分が出ると話が大きくなり過ぎるからだとか。有名人ってのはいらぬ苦労が絶えないようだ。


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